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すとーかーのぜんじつへん~

ー/ー




始まりは、ただの小さな違和感。

たまたま繁華街ですれ違った、酒臭くて、酷い様相をした女の面影に、元カノがチラついた。

けれどあんな女が、元カノのはずはないと、その時は清潔感のない嫌な女だと見下していた。

それに、俺の腕には既に新しい女がしがみついている。

ふんわりとしたブランド物の香水と、自分を引き立てる大人っぽい露出のある洋服。
爪も髪も綺麗に整えられた、細い体を持つ女と、あの酒臭いデブの女を見比べると、違いの差は歴然としているせいで、余計に下に見る要素が多くなった。

とは言え、元カノと連絡を取らなくなってどのくらいだろうか。

そう言えば、前に住んでた家を追い出されてから、音信不通だったな。

いや、追い出されたってか、ある日『別れよう』と連絡が来て、家帰ったらもぬけの殻。
元カノ名義の部屋だったから、元カノが出て行けば当然住めなくなる。
当時、ロクな職にも就いてなかったから、適当な女の家に上がり込んで、ほぼヒモみたいな生活を送っていた。

今もそう。

転がり込んだ家に居た女とヤるか、適当な場所で短期間働いて、金貰って辞めるか。

ふらふらとした生活を送っている。

でも、元カノといた時は、ふらふらしながらも帰る所があるって思えたから、なぜだか、酷く安心した気持ちがどこかで存在していた。

今は…どうなんだ?

ふらふらして、女の家を転々としてる。

アイツといた時は、女と遊ぶことはあっても必ずアイツの家に帰って来ていた。

俺と付き合う前から料理下手なのに、慣れない手で料理して、おかえりと言って、迎えてくれる。

いつの間にかそれが当たり前になっていた。

俺が何したって、おかえりと言ってくれるから。
慣れない手で作った、少しだけ濃過ぎたり、薄過ぎたりする、色んな手料理を出してくれるから。

…なんだっけ、電話番号とか、メッセージの連絡先とか、まだ残してたっけ……。

思わずスマホを取り出して、元カノの連絡先を探してしまった。

ひょっとしたら、もう新しい彼氏出来てんじゃないのか?と言う、そんな自分の囁きを無視して、メッセージを送ってみる。

当たり前だが、数日待っても返って来なかった。

そりゃそうか。と、思い直し、今度は元カノが務めてた会社に連絡してみる。

すると、元カノはもう会社を辞めたとのこと。

なんだよ、しっかり対策練ってんじゃん。と思ったのも束の間。

「彼女ねぇ…実は、精神壊しちゃったみたいで、会社辞めてから、もうどこにいるか分からないんです。彼女の知人の人も、電話に出ないから分からないとの事で…お力添え出来なくて申し訳ないです…。」

……。
そうですか、とポツリと呟き、挨拶もそこそこに電話を切った。

薄らと、嫌な予感が頭を過ぎった。
そんなハズない、あんな女が元カノのはずない……けど、連絡、取れないって……。

じゃあ、じゃあ、あの女が元カノじゃないなら、今肝心の元カノはどこにいる……?

……大丈夫、大丈夫、きっとこうやってストーカーされるのを警戒して、引っ越してから、新しい所で働いて、元気に暮らしてるはず。

…でも、精神壊しちゃったって言ってたし、…。

それが俺のせいなのは分かってた。

蔑ろにしてたのは分かってるし、別れるきっかけは多分、別の女と悪ノリして撮った、あの動画。

その女とは今でも関係を持ってるから、動画や写真なんかいくらでもスマホから出てくる。

違う、ちがう、そ ん な ハ ズ な い 。

震える手で、俺は確かめるように、元カノに電話をかけてみる。

『おかけになった電話番号は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。』

無機質な音、無機質なアナウンス。

…まさか………え、し んだ…???

“アレ”が元カノじゃないなら、精神病んで、音信不通で、どこにいるか、分からない状態。

どこに、も、いない……?

落ち着け、落ち着け、まだ決まった訳じゃない。

早とちりし過ぎてる。

とりあえず、一旦、知人のツテを借りて、俺は彼女を探してみることにした。

少しして、どこに住んでるかは、結構、簡単に割り出せた。

生活保護を受けてる人間達が多く住んでる、治安の悪い団地。

そこに住んでるとの事で、部屋番号を割り出して、住んでる住人の写真を特定した結果、繁華街ですれ違った、あの女に行き着いた。

顔が隠れるくらい髪はボサボサで、ぶくぶくに太った容姿、辛うじて見える目は、生きることを諦めた光の宿らない真っ黒な目をしていて、その姿全てが、不健康そのものだった。

死んでなかった。

でも、これが、アイツの今の姿。

こんな、酷い姿じゃなかった、人違いだって思いたかったけど、ふと、気付く。

あ、れ…?おれ、いつだっけ……?

いつ、マトモに連絡取らなくなって…、おれ、いつの頃の、アイツを思い出してるんだ……?

何年前だっけ…、顔合わせなくなったの、一年…いや、もっと経ってる、えっと…、

「どっかに…スマホに残してたヤツ……あ、これ…」

何か痕跡はなかったかとスマホのデータを漁ってみれば、別れるちょっと前に、一緒にカフェに行った時の写真がでてきた…。
確か、この日にレアなレシートを貰って…また店に持って行ったら、好きなフード商品が無料で一個貰えるやつだからって、印象に残ってたんだ。
でも、この後すぐに別れたから、…この写真から換算すると、大体、一年と半年……。
……、一年半も会ってなかったんだ、俺とアイツ…。
一年半で、あそこまで変わってしまった。

言っちゃ悪いが、いつ死んでもおかしくないくらいに、顔色は悪く、写真からも生気を感じなかった。

おれの、せい…

俺がアイツを壊したから、こうなった…?

連絡取れたら、また都合良くやり直せないかなって、そう思ってたのは認める。

でも、もうアイツは、やり直す以前の問題になってしまった。

出来ない、やり直せない、もう戻れない、おかえりって、もう……、

「ぁ、」

おかえりって言って貰えなくなるのも、時間の問題だと思った。

やり直しなんか効かない、壊れちゃったんだから。

放っておいたら、二度とあの声を聞けなくなるかも知れない。

もし、あの団地で、死んじゃうようなことがあれば、おれ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、

あ、

あ、


「ねえ!ちょっと聞いてるぅ?、まぁくん!」

ハッとして気が付けば、ボーッとしていたらしく、茶髪の女にコーヒーの入ったマグカップを渡された。
転々としていた女の家の一つで、最近彼氏と別れたからと言って、やたらと家に来ないかと誘って来てたヤツだった。

「んでさぁ!酷くない?、妊娠したって言ったら、アイツ即答で堕ろせって言ってきたんだよ!、マジムカつくんだけど!」

熱心に話しかけて来たのは、悪ノリで撮った動画を、アイツに誤爆という形で送り付けた女。
元々そう言う救いようのない人間なので、妊娠したと言う理由で別の男に結婚を迫り、あえなく玉砕。
結局、子供は堕ろして今に至るらしい。
別にそれに関して、同情の心もない。
適当に受け流して、喉の奥に苦いコーヒーを流し込む。

「ああっ、思い出したら腹立ってきた…っ!」

「思い出すなよ、そんなヤツ忘れとけ。」

「簡単に忘れられたら良いんだけどねぇ〜、…あっ、そうだ、ねえねえ、最近、元カノの素性探ってるんだって?」

ツテを頼った時、知人が女に漏らしたのか、不意に目ざとくそう呟いてくる。

「何で今更探し始めたのぉ?、もしかしてヨリ戻したいとか?」

「そうだって言ったら?」

「ええー、冗談でしょ?元カノの写真見せて貰ったことあるけど、バケモノみたいになってたじゃん、今思い出しても笑えるんだけど、」

肩でケタケタと不快な笑い声を出す女。
機嫌を損ねると面倒なので、適当に話を合わせれば、とんでもないことを言い出した。

「ねえ、どうせなら徹底的に壊しちゃわない?」

「…は、?」

「どうせ向こうは、働けなくなった無職のニートじゃん。今、精神異常者共が住んでる団地のトコの人間なんでしょ?」

今更、アイツが消えたって誰も疑わないでしょ。と、ニヤニヤと笑いかけてくる女。

「アタシらで手ぇ組んでさ、自殺させて、お金にしよ。いけそうな臓器とか売って、流しちゃおうよ。」

頭の奥で、何かが弾ける音がした。
血管が千切れる音って言うか、とにかくそんな音。
元々、ただでさえ、いつ死んでもおかしくない彼女のことを考えるだけで精一杯になりつつあったのに、追い打ちをかけるように死に関与する宣告をされ、俺は遂に狂ったのかも知れない。
女が眠った深夜、家を飛び出して、ネカフェで一夜を明かした。
起きてそうな時間帯に、彼女にメッセージを送ってみたり、電話かけてみたり。
反応して貰えるわけないのに、何度もスマホで連絡を取ろうとして必死になって、遂に彼女の家で待ち伏せするようになった。
でも、彼女は酒を買うとかの用事以外で、ほとんど家を出ていないようだった。
たまに、ずーーっと家を張っていたら、家を出て行く姿を何回か見かけた。
片手で数えられるくらいの頻度。
けれど、帰って来る頃には、安い缶チューハイで膨れ上がった大きいビニール袋を持って、家に入っていく。
そんなに飲んだら、アルコール中毒で死んじゃう。
せめて、どうにか水とか、二日酔いの薬とかだけでも家に置いてあげられないかな……。
けど、ふと気付く。
今までふらふらして、女に頼って生きてきた人間が、彼女に必要な物を買う金を、都合良く持ってるはずがない。
お金、お金集めなきゃ、死んじゃう前に、何とかしなきゃ…。
ただ、足が着く仕事をする前に、やらなきゃいけないことがいくつか。
ネカフェに帰って、整理してみて、やらなきゃいけないことは大きく分けて五つ。
一つは関係の清算、後腐れがないよう関係を切って根回しすること。
二つ、仕事先を見つけること。今は人ひとりを養える金が欲しい。
三つ、住む家を探すこと。出来ることなら、彼女とまた同棲出来るレベルの。
四つ、彼女のことを見守る。いつ何があっても良いように、彼女の家に入れるようにしておきたい。
五つ、未だに連絡が来てるあの女を、どうにかして殺したい。彼女にとって害悪にしかならないあの女は、いずれ彼女に傷を残す。その前に消したい。
とりあえず、優先して自分がやりたいこと、やらなきゃならないことは、この項目。
まず手を付けたいのが、彼女を見守ること。
いつ倒れるか分からないので、心配だから、団地の管理人に彼女の知り合いだと言って、家に入れて貰った。
連絡が取れないから心配して来たと言えば、すんなり家に入れてくれたので、その時に鍵の型を拝借した。
家に彼女は居なくて、管理人さんにメッセージを送って貰ったら、その日はお出かけしてるみたいだった。
鍵は簡単に作れたから、その日のうちに、少ない手持ちの金を使って、水と頭痛薬を買って、家に置いてきた。
でも、家が凄く散らかってたから、薬と水の置き場所が分かったかなと不安になった。
とは言え、これから関係の清算とか、仕事とかで忙しくなる。
心苦しかったけど、鍵は手元にあるし、ちょくちょく様子は見に行けるからと、我慢することにした。
ネカフェを拠点として、女との関係を切ったり、一旦日雇いで仕事をしながら金をかき集め、住む所を探した。
でも、今回住む所はぶっちゃけすぐ捨てるつもりでいる。
あの女を潰す為の拠点にする予定だったし、あの女との関係を終わらせたら、短期間ですぐ出て行くつもりだった。
あの女を調べるためにネカフェと、家の経由をして、身辺に探りを入れると、あの女自身は、高校の頃からパパ活をしていたようで。
そんで、自分が年齢を重ねる毎に、大きい金額が貰えなくなり、売り物にならないと感じたのか、今度は売春の斡旋だとか、詐欺紛いな仕事をやったり。
何もしなくても、その内捕まりそうな女だった。
呆れたとは言え、実はこう言う姑息な女ほど、割と生き延びたりするので、念には念をと言うことで。
とりあえず当初の方針は変わらず、殺すことにした。
どう殺したかについては…、まあ色々。
あの女がパパ活してた時、本気になったオッサンを探し出して、けしかけてみたり。
あと、女が仕事で使ってる詐欺紛いな仕事に、わざと嘘の情報を混ぜて、仕事を失敗するようにしてみたり。
ちまちま、ちまちまと少しずつ嫌がらせをした。
こういう小さいことから慣れさせていけば、違和感をその内持たなくなる。
て言うか、耐性が付き始めるので、取り返しのつかない所まで来てるってことに気が付かない。
その内、女の住んでる家や、新しく出来た彼氏とかにもあれこれやった。
決定打になったのは、あの女がやってた売春の斡旋の時。
状況を上手く転ばせて、逆に、あの女が海外に売り飛ばされるよう細工を施した。
そしたら、海外に売られる前日に、手首切って死んでたらしい。
元々、度重なる嫌がらせでノイローゼになってたから、余計に強い引き金となったんだろう。
女は結局、過去の痴情のもつれや、短い文の遺書もあってか、すぐに自殺として処理された。
全部終わった後、俺は彼女と住める家を探したけど、こう言うのはやっぱり、彼女とちゃんと二人で決めた方が良いよなぁと考えた。
なので、一旦、一人暮らし出来る小綺麗な部屋にお引越し。
金もそこそこだし、女との縁も切ったから、そろそろ会っても大丈夫。
彼女のこと、ちゃんと養える。
水とか薬とか、気が付いてくれてるといいな。
何も無い新居に引っ越してすぐ、俺は荷解きをしながら、近いうちに会いに行く彼女に思いを馳せた。
だけれど、やっぱり思い出に出てくるのは、健康だった頃の彼女。

「………。」

戻れるといいな…なんて、小さく小さく都合のいいことを考えながら、俺は、彼女の家に行った時に見つけた、お揃いのマグカップを開けた。




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始まりは、ただの小さな違和感。
たまたま繁華街ですれ違った、酒臭くて、酷い様相をした女の面影に、元カノがチラついた。
けれどあんな女が、元カノのはずはないと、その時は清潔感のない嫌な女だと見下していた。
それに、俺の腕には既に新しい女がしがみついている。
ふんわりとしたブランド物の香水と、自分を引き立てる大人っぽい露出のある洋服。
爪も髪も綺麗に整えられた、細い体を持つ女と、あの酒臭いデブの女を見比べると、違いの差は歴然としているせいで、余計に下に見る要素が多くなった。
とは言え、元カノと連絡を取らなくなってどのくらいだろうか。
そう言えば、前に住んでた家を追い出されてから、音信不通だったな。
いや、追い出されたってか、ある日『別れよう』と連絡が来て、家帰ったらもぬけの殻。
元カノ名義の部屋だったから、元カノが出て行けば当然住めなくなる。
当時、ロクな職にも就いてなかったから、適当な女の家に上がり込んで、ほぼヒモみたいな生活を送っていた。
今もそう。
転がり込んだ家に居た女とヤるか、適当な場所で短期間働いて、金貰って辞めるか。
ふらふらとした生活を送っている。
でも、元カノといた時は、ふらふらしながらも帰る所があるって思えたから、なぜだか、酷く安心した気持ちがどこかで存在していた。
今は…どうなんだ?
ふらふらして、女の家を転々としてる。
アイツといた時は、女と遊ぶことはあっても必ずアイツの家に帰って来ていた。
俺と付き合う前から料理下手なのに、慣れない手で料理して、おかえりと言って、迎えてくれる。
いつの間にかそれが当たり前になっていた。
俺が何したって、おかえりと言ってくれるから。
慣れない手で作った、少しだけ濃過ぎたり、薄過ぎたりする、色んな手料理を出してくれるから。
…なんだっけ、電話番号とか、メッセージの連絡先とか、まだ残してたっけ……。
思わずスマホを取り出して、元カノの連絡先を探してしまった。
ひょっとしたら、もう新しい彼氏出来てんじゃないのか?と言う、そんな自分の囁きを無視して、メッセージを送ってみる。
当たり前だが、数日待っても返って来なかった。
そりゃそうか。と、思い直し、今度は元カノが務めてた会社に連絡してみる。
すると、元カノはもう会社を辞めたとのこと。
なんだよ、しっかり対策練ってんじゃん。と思ったのも束の間。
「彼女ねぇ…実は、精神壊しちゃったみたいで、会社辞めてから、もうどこにいるか分からないんです。彼女の知人の人も、電話に出ないから分からないとの事で…お力添え出来なくて申し訳ないです…。」
……。
そうですか、とポツリと呟き、挨拶もそこそこに電話を切った。
薄らと、嫌な予感が頭を過ぎった。
そんなハズない、あんな女が元カノのはずない……けど、連絡、取れないって……。
じゃあ、じゃあ、あの女が元カノじゃないなら、今肝心の元カノはどこにいる……?
……大丈夫、大丈夫、きっとこうやってストーカーされるのを警戒して、引っ越してから、新しい所で働いて、元気に暮らしてるはず。
…でも、精神壊しちゃったって言ってたし、…。
それが俺のせいなのは分かってた。
蔑ろにしてたのは分かってるし、別れるきっかけは多分、別の女と悪ノリして撮った、あの動画。
その女とは今でも関係を持ってるから、動画や写真なんかいくらでもスマホから出てくる。
違う、ちがう、そ ん な ハ ズ な い 。
震える手で、俺は確かめるように、元カノに電話をかけてみる。
『おかけになった電話番号は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。』
無機質な音、無機質なアナウンス。
…まさか………え、し んだ…???
“アレ”が元カノじゃないなら、精神病んで、音信不通で、どこにいるか、分からない状態。
どこに、も、いない……?
落ち着け、落ち着け、まだ決まった訳じゃない。
早とちりし過ぎてる。
とりあえず、一旦、知人のツテを借りて、俺は彼女を探してみることにした。
少しして、どこに住んでるかは、結構、簡単に割り出せた。
生活保護を受けてる人間達が多く住んでる、治安の悪い団地。
そこに住んでるとの事で、部屋番号を割り出して、住んでる住人の写真を特定した結果、繁華街ですれ違った、あの女に行き着いた。
顔が隠れるくらい髪はボサボサで、ぶくぶくに太った容姿、辛うじて見える目は、生きることを諦めた光の宿らない真っ黒な目をしていて、その姿全てが、不健康そのものだった。
死んでなかった。
でも、これが、アイツの今の姿。
こんな、酷い姿じゃなかった、人違いだって思いたかったけど、ふと、気付く。
あ、れ…?おれ、いつだっけ……?
いつ、マトモに連絡取らなくなって…、おれ、いつの頃の、アイツを思い出してるんだ……?
何年前だっけ…、顔合わせなくなったの、一年…いや、もっと経ってる、えっと…、
「どっかに…スマホに残してたヤツ……あ、これ…」
何か痕跡はなかったかとスマホのデータを漁ってみれば、別れるちょっと前に、一緒にカフェに行った時の写真がでてきた…。
確か、この日にレアなレシートを貰って…また店に持って行ったら、好きなフード商品が無料で一個貰えるやつだからって、印象に残ってたんだ。
でも、この後すぐに別れたから、…この写真から換算すると、大体、一年と半年……。
……、一年半も会ってなかったんだ、俺とアイツ…。
一年半で、あそこまで変わってしまった。
言っちゃ悪いが、いつ死んでもおかしくないくらいに、顔色は悪く、写真からも生気を感じなかった。
おれの、せい…
俺がアイツを壊したから、こうなった…?
連絡取れたら、また都合良くやり直せないかなって、そう思ってたのは認める。
でも、もうアイツは、やり直す以前の問題になってしまった。
出来ない、やり直せない、もう戻れない、おかえりって、もう……、
「ぁ、」
おかえりって言って貰えなくなるのも、時間の問題だと思った。
やり直しなんか効かない、壊れちゃったんだから。
放っておいたら、二度とあの声を聞けなくなるかも知れない。
もし、あの団地で、死んじゃうようなことがあれば、おれ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、
あ、
あ、
「ねえ!ちょっと聞いてるぅ?、まぁくん!」
ハッとして気が付けば、ボーッとしていたらしく、茶髪の女にコーヒーの入ったマグカップを渡された。
転々としていた女の家の一つで、最近彼氏と別れたからと言って、やたらと家に来ないかと誘って来てたヤツだった。
「んでさぁ!酷くない?、妊娠したって言ったら、アイツ即答で堕ろせって言ってきたんだよ!、マジムカつくんだけど!」
熱心に話しかけて来たのは、悪ノリで撮った動画を、アイツに誤爆という形で送り付けた女。
元々そう言う救いようのない人間なので、妊娠したと言う理由で別の男に結婚を迫り、あえなく玉砕。
結局、子供は堕ろして今に至るらしい。
別にそれに関して、同情の心もない。
適当に受け流して、喉の奥に苦いコーヒーを流し込む。
「ああっ、思い出したら腹立ってきた…っ!」
「思い出すなよ、そんなヤツ忘れとけ。」
「簡単に忘れられたら良いんだけどねぇ〜、…あっ、そうだ、ねえねえ、最近、元カノの素性探ってるんだって?」
ツテを頼った時、知人が女に漏らしたのか、不意に目ざとくそう呟いてくる。
「何で今更探し始めたのぉ?、もしかしてヨリ戻したいとか?」
「そうだって言ったら?」
「ええー、冗談でしょ?元カノの写真見せて貰ったことあるけど、バケモノみたいになってたじゃん、今思い出しても笑えるんだけど、」
肩でケタケタと不快な笑い声を出す女。
機嫌を損ねると面倒なので、適当に話を合わせれば、とんでもないことを言い出した。
「ねえ、どうせなら徹底的に壊しちゃわない?」
「…は、?」
「どうせ向こうは、働けなくなった無職のニートじゃん。今、精神異常者共が住んでる団地のトコの人間なんでしょ?」
今更、アイツが消えたって誰も疑わないでしょ。と、ニヤニヤと笑いかけてくる女。
「アタシらで手ぇ組んでさ、自殺させて、お金にしよ。いけそうな臓器とか売って、流しちゃおうよ。」
頭の奥で、何かが弾ける音がした。
血管が千切れる音って言うか、とにかくそんな音。
元々、ただでさえ、いつ死んでもおかしくない彼女のことを考えるだけで精一杯になりつつあったのに、追い打ちをかけるように死に関与する宣告をされ、俺は遂に狂ったのかも知れない。
女が眠った深夜、家を飛び出して、ネカフェで一夜を明かした。
起きてそうな時間帯に、彼女にメッセージを送ってみたり、電話かけてみたり。
反応して貰えるわけないのに、何度もスマホで連絡を取ろうとして必死になって、遂に彼女の家で待ち伏せするようになった。
でも、彼女は酒を買うとかの用事以外で、ほとんど家を出ていないようだった。
たまに、ずーーっと家を張っていたら、家を出て行く姿を何回か見かけた。
片手で数えられるくらいの頻度。
けれど、帰って来る頃には、安い缶チューハイで膨れ上がった大きいビニール袋を持って、家に入っていく。
そんなに飲んだら、アルコール中毒で死んじゃう。
せめて、どうにか水とか、二日酔いの薬とかだけでも家に置いてあげられないかな……。
けど、ふと気付く。
今までふらふらして、女に頼って生きてきた人間が、彼女に必要な物を買う金を、都合良く持ってるはずがない。
お金、お金集めなきゃ、死んじゃう前に、何とかしなきゃ…。
ただ、足が着く仕事をする前に、やらなきゃいけないことがいくつか。
ネカフェに帰って、整理してみて、やらなきゃいけないことは大きく分けて五つ。
一つは関係の清算、後腐れがないよう関係を切って根回しすること。
二つ、仕事先を見つけること。今は人ひとりを養える金が欲しい。
三つ、住む家を探すこと。出来ることなら、彼女とまた同棲出来るレベルの。
四つ、彼女のことを見守る。いつ何があっても良いように、彼女の家に入れるようにしておきたい。
五つ、未だに連絡が来てるあの女を、どうにかして殺したい。彼女にとって害悪にしかならないあの女は、いずれ彼女に傷を残す。その前に消したい。
とりあえず、優先して自分がやりたいこと、やらなきゃならないことは、この項目。
まず手を付けたいのが、彼女を見守ること。
いつ倒れるか分からないので、心配だから、団地の管理人に彼女の知り合いだと言って、家に入れて貰った。
連絡が取れないから心配して来たと言えば、すんなり家に入れてくれたので、その時に鍵の型を拝借した。
家に彼女は居なくて、管理人さんにメッセージを送って貰ったら、その日はお出かけしてるみたいだった。
鍵は簡単に作れたから、その日のうちに、少ない手持ちの金を使って、水と頭痛薬を買って、家に置いてきた。
でも、家が凄く散らかってたから、薬と水の置き場所が分かったかなと不安になった。
とは言え、これから関係の清算とか、仕事とかで忙しくなる。
心苦しかったけど、鍵は手元にあるし、ちょくちょく様子は見に行けるからと、我慢することにした。
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呆れたとは言え、実はこう言う姑息な女ほど、割と生き延びたりするので、念には念をと言うことで。
とりあえず当初の方針は変わらず、殺すことにした。
どう殺したかについては…、まあ色々。
あの女がパパ活してた時、本気になったオッサンを探し出して、けしかけてみたり。
あと、女が仕事で使ってる詐欺紛いな仕事に、わざと嘘の情報を混ぜて、仕事を失敗するようにしてみたり。
ちまちま、ちまちまと少しずつ嫌がらせをした。
こういう小さいことから慣れさせていけば、違和感をその内持たなくなる。
て言うか、耐性が付き始めるので、取り返しのつかない所まで来てるってことに気が付かない。
その内、女の住んでる家や、新しく出来た彼氏とかにもあれこれやった。
決定打になったのは、あの女がやってた売春の斡旋の時。
状況を上手く転ばせて、逆に、あの女が海外に売り飛ばされるよう細工を施した。
そしたら、海外に売られる前日に、手首切って死んでたらしい。
元々、度重なる嫌がらせでノイローゼになってたから、余計に強い引き金となったんだろう。
女は結局、過去の痴情のもつれや、短い文の遺書もあってか、すぐに自殺として処理された。
全部終わった後、俺は彼女と住める家を探したけど、こう言うのはやっぱり、彼女とちゃんと二人で決めた方が良いよなぁと考えた。
なので、一旦、一人暮らし出来る小綺麗な部屋にお引越し。
金もそこそこだし、女との縁も切ったから、そろそろ会っても大丈夫。
彼女のこと、ちゃんと養える。
水とか薬とか、気が付いてくれてるといいな。
何も無い新居に引っ越してすぐ、俺は荷解きをしながら、近いうちに会いに行く彼女に思いを馳せた。
だけれど、やっぱり思い出に出てくるのは、健康だった頃の彼女。
「………。」
戻れるといいな…なんて、小さく小さく都合のいいことを考えながら、俺は、彼女の家に行った時に見つけた、お揃いのマグカップを開けた。