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いんもらるぴぃすぅ〜 つ〜

ー/ー




元カレのヤツが家に住み着き始めてから、はや数週間が経とうとしていた。
数週間の間に、部屋は掃除されて綺麗になった。
もう空き缶が転がってたり、なんかよく分からないベタベタが着いてたり、時たま変な汁がこぼれてたりすることもない。
冷蔵庫の中には、酒の他に、いつも作り置きのご飯が常備されていて、食べられなかったら、ゼリーやら、カップスープやら、ジュースやら、あれこれキッチン周辺に置いてあるものを食べればいい。
基本的に彼が帰ってくれば、洗濯物や、掃除、晩御飯も作ってくれるため、至れり尽くせり状態。
そんな最中でも、私の気持ちは、いつも早く帰ってくれないかな…だった。
住み着き始めてる時点で手遅れだろうが、彼にも一応住居がある。
ほとんど私の家に出向くばっかで、ろくに帰ってないようだが。
ただ、私の世話焼いてる中で、しっかりと家ん中でシコッてるぞ、アイツ。
だってトイレ入った時、ごく稀に換気扇回すの忘れて、それっぽい臭いする時あるもん。
何なら寝てる時、バレてないと思ってるのか、はぁはぁ言いながら、私で見抜きしてる時あるもん。
気付いてるんだからな。

「あっ、あっ…ねえ、ご飯食べない?今日何も食べてないでしょ…?」

「いらない。」

夜の九時を回って、少し。
今日は、朝からゼリーしか食べてない。
彼の晩ご飯の誘いを断って、風呂に入って、私が外向きの洋服に着替え出した時点から、何か勘づいたらしい。
しきりにどこに行くのかと、私に聞いてくる。

「ど、どこ行くの?、もう夜遅いよ?外食行きたいの?、それならどっか近くの……」

「どこにいこうがわたしのかってだろ、ほっといてよ。」

「や、やだ…っ、だって、死にに行ったりしないよね?、着いて行っちゃダメ?、俺、ご飯なら美味しい所知ってるから、一緒に行こうよ…」

「うっせぇな、ともだちとのみにいくの、ひとりでめしくうか、ねてろ。」

友達、と言う単語を聞いた瞬間、過敏に彼は反応を示し始める。

「と、友達???、男?男じゃないよね?、」

「おんなだよ。」

「ど、どんな感じ?どんな子?その子とどこの店に行くの?」

「はんかがいののみや。きょうやくそくしてんの。」

彼に詰め寄られながらも、既に私は玄関にいて、靴を履いて家を出る直前だった。

「ああっ!、待って、待ってぇ!俺も行く!連れてってぇ!」

「やだよ、おまえは、るすばんだ。もういえにはいていいから、おとなしくまってろよ。」

「なんで!!一緒に行きたい!、大人しくしてるからぁ!!」

「おとなしくしてるとか、そういうもんだいじゃねえんだよ。」

なんで、分かんねえかな。と、私が彼を怪訝な顔で見つめ出した所で、スマホにメッセージが入った。
見ると、飲む約束をしてた社畜チャンから。
どうやら、残業が長引いているせいで、飲みの約束を、別の日にズラして欲しいとのこと。
あちゃ〜、そう言えば、社畜チャンの会社って、ブラック企業だもんな。
残業、終電当たり前だから、そりゃこんな日もある。

「あぇ、ともだちこれなくなったって。」

「え、そうなの?」

家に居てくれるんじゃないかって、ちょっとソワソワしてる彼に、

「まあ、のみにはいくけど。」

と、現実を突き付けると、「なんで!!友達来れなくなったのに!」と、ちょっと泣きながらキレだす彼。

「まあ、ついてくるのはいいよ。どうせきょう、ひとりになっちゃったし。」

「あ、え、ホント?じゃあ行く。」

即決じゃねえか。
今まで家に居ろって言ってたのに、一緒に行けるって分かった途端、手のひらくるくるかよ。
彼も、靴を履いて外に出て、繁華街に繰り出す。
前に彼は、恋人繋ぎで、他人が入れる隙間もないくらい密着して歩けると言っていたが、正直、いざやられると、周りの目が気になりすぎて、歩きずらいことこの上ない。

「あるきずらい…」

「もっとこっち来てぇ、車とか危ないよ。」

その前に、好奇に晒される私の身にもなってくれ。
一応、彼は顔が良い男なのだ。
そんな彼が、私の隣にいるってだけで、他人から見れば、「え、ナニアレ」と思われるほど、奇っ怪な光景なんだよ。
彼はそんなこと気にしてないようだし、私も気にするだけ無駄なんだろうが…。
にしても、ココ最近、繁華街の治安が悪くなって来てる気がする。
いや、元から悪かっただけで、私が気にしてなかっただけかもしれないけれど。
まだ健康な状態だった時は、繁華街に出向くことはあんまりなかったし。
どうせならと、彼に紹介された居酒屋に入り、私はとりあえずグレープフルーツのチューハイを頼んで、お通しを突いていた。

「今日は家で何してたの?、寝てた?」

「ねてた。」

「そっかぁ、起きてた時は何してた?お気に入りの動画とか見てたの?」

「おまえ、こわい。」

「え、なんで!?」

席に着いて、お通し突いてたら、ニコニコ上機嫌に話しかけて来るもんだから、どうしても過去と比較して、彼の豹変ぶりに、些か恐怖を感じる。
それと同時に、過去の彼は、本当に顔のいいクズだったんだなと、痛感もした。

「お、お気に入りの面白い動画とかないの?って聞いただけじゃんかぁ……」

「だって、かこのおまえ、わたしがきょうみをしめすものぜんぶ、そしらぬかおだったじゃん。」

そんなんと付き合う私も私だけど。

「んうぅ…」

「あー、もうめんどくさいなぁ、いちいちなくなよ。」

他人から見たら、私が悪いことしたみたいになるので、とりあえず、紙ナプキンで、泣きそうになっている彼の目を拭く私。

「るいせんどうなってんだ、おまえ。」

「アンタのこと傷付けて、笑ってた自分が嫌で…それ思い出して…」

しおしお…と昔を思い出して、萎びている彼。
涙で水分が出ていったから、顔がシワシワになってる。

「もういいよ、いまさらだし。わるかったな、むかしのはなしして。」

「や、違う…、謝るのは俺の方だから…、うっ…嫌わないでぇ」

「もとからきらいだから、あんしんしろよ。」

「うわぁぁあんっ!」

嫌いと言われた途端、机に突っ伏して泣き始める彼。
せっかく涙拭いてやったのにと、思いながら、料理が来るのを待っていると、多分彼の顔が目的なんだろうなって言う、女の子の店員さんが来てくれた。
持っていたトレイの上には、だし巻き玉子が乗っている皿。

「お、お待たせしました……」

「あ、どうも。」

だし巻き玉子来たぞ、と私が、彼をゆさゆさ揺すると、

「これ頼んでないぃ…っ」

と、泣きながら皿を押し返してくる。
え?と思い、店員さんの方を見ると、既にレジカウンターの方で、他の女の子とヒソヒソ何か話している。
頼んでないもん来たって、どうすりゃいいんだ。
注文は彼に任せっきりだったし、その過程でだし巻き玉子頼んでたんじゃないのか?
もう一度、料理を運んで来た女の子が居る、レジカウンターの方に目を向けると、パチッと目が合った。
そして、じとっとした目で睨まれて、スタスタとぶっきらぼうに厨房の方に戻って行ってしまった。

「???」

声を掛けたかったんだが、睨まれた上に、さっさと厨房に帰ってしまったので、仕方なく私は、店員呼び出しのボタンを押すことに。
すると、今度は面倒くさそうな顔をした男の人が来た。
外見が、過去の彼と同じ属性を含んでいそうな、チャラ男感のある店員だった。
なんか嫌だな…と思いながら、注文を聞いてくる男の人に、だし巻き玉子のウマを伝える。

「あのこれ、たのんでないみたいで、べつのつくえとまちがえてませんか?」

「あ〜、それさっき運んで来たヤツの奢りです。その人目当てのお通しだと思って貰ったら。」

目線で彼を指しながら、店員さんはそう呟く。
あらま、顔が良いと得だな。
あちらの方からですってか?

「あ、そうですか…」

「とは言え、困りますよね。あとで代金とか請求したりしないんで、下げましょうか。」

「だそうだ。おまえあてのだしまきたまごだぞ。くうのか?もういらない?」

皿を目の前において、未だぐずぐず泣いている彼に問いただすと、

「いらないぃ…」

と返ってきたので、私は申し訳ないと男の人にだし巻き玉子を下げてもらうことに。

「すみません、やっぱりいらないみたいなので、さげてもらっていいですか?」

「わかりましたぁ。」

「あと、よかったらこれつかってください。」

不意に、だし巻き玉子を下げようとした彼に向かって、私は紙で包装された絆創膏を差し出した。
持って来ていたカバンの中に入っていたもので、私が自傷したりして、血が滲んで来た時によく使ってた名残り。
なんで店員さんに、絆創膏を渡したかについては、手の指先が切れていたから。
飲食店なので、手の指先を、包丁か何かで切ったんだろう。
一度血は止まったようだが、恐らく、水仕事やらなんやらで、また血が滲んで来ていた。
一応、絆創膏は防水加工なので、そこの心配はいらないはず。
男の人は怪訝な顔をしながらも、血が滲んで来て痛かったのか、絆創膏は受け取って、だし巻き玉子と共に厨房に帰って行った。

「はぁ〜あ〜、かおがいいっていいなぁ、すごいとくだ。」

「得じゃない!、アンタがこの顔、好きかどうかが問題なの!」

「うわ、うるさ、きゅうにふっかつするなよ。」

だし巻き玉子が引かれた後、急に彼が怒りながら、私を涙目で睨んでくる。

「アイツみたいな顔がいいの?!」

そう言って、厨房に戻って行った、あの男の店員さんを指し示す彼。

「いや、ゆびきってたから、ばんそうこうあげただけじゃん…ぜんいだよ、ぜんい。」

「浮気じゃん!、善意があったってことは、アレと関わっても良いかなって思ったってことでしょ!!」

「なにをいってるんだ、おまえは。」

善意で絆創膏あげただけで、浮気判定になるのかよ。
最近は世知辛いな、おい。

「ていうか、それいったらあんたも、おんなのこからたまごやきもらってたじゃん、ぎゃくなんされていいごみぶんだな、このやろう。」

「俺、卵焼きなんかいらないよ!!」

「わたしからのたまごやきは?」

「いる!!でも他のヤツからのはいらない!!」

「はいはい、わかったから…めんどくさいな…」

チューハイを飲みながら、私は困ったようにそう呟く。
唇を尖らせて烏龍茶を飲む彼に、私はため息混じりに、会話を続ける。

「おまえ、いまどこではたらいてんの?ていしょくついたとかいってたけど…」

「工場勤務…、アンタの住んでる最寄り駅から、二駅離れた所に会社ある……。」

しょぼしょぼと涙を紙ナプキンで拭きながら、名刺を渡されて、見てみると、本当に正社員でちゃんと働いていることが伺えた。
はえー、すっごい、人って変われるもんなんだな。と感心しながら、名刺をまじまじと見つめる私。
ちょっと見直したな、と思っていた矢先、今度はちゃんと頼んでいた料理がやって来た。

「おお〜おいしそ、」

山芋の短冊に、茹でた枝豆と、せせりポン酢、焼き鳥盛り合わせと、生ハムユッケ。
どれも、酒に合いそうな連中達だ。

「ねえ、俺達付き合ってるよね?やり直してくれるんだよね?」

ちゃんと仕事には就いてるから…と、彼は不安げにそう聞いてくる。

「わたしとつきあっても、めりっとないとおもうけどね。」

もぐもぐと、早速せせりポン酢を口に入れながらそう言うと、

「そ、それはアンタが決めることじゃない、メリットあるかどうかは、俺が決める…!」

と、妙にそれっぽいことを言い出す彼。

「せいろんなんだけどなぁ、なんだろうな、このコレジャナイかん。」

「頑張って養うから、もっかいやり直して…、一緒に俺と同棲しよう…?」

「やだよ、きもいな。」

「どうしてそんなこというのぉ!」

凄い悲しげに嘆く彼を放置して、私は生ハムユッケに手を伸ばす。
ここの生ハムユッケは、新玉ねぎと生ハムが使われていて、これがまた後を引く美味さだ。

「同棲しようよぉ!前は同棲してたじゃんかぁっ、」

「おんなつれこまれたら、たまったもんじゃないからやだ。」

「連れ込まないよ!!もう俺、そんなことしないから!!」

「しんようしないって、まえからいってんだろ。おまえが、そうやってだましてないってほしょうは、どこにもない。」

「…っ!」

何も言い返せないのか、下唇を噛んで小さく唸る彼。
同棲してた頃は、何回も部屋に女連れ込まれたことがあった。
最初こそ小さな違和感だったのに、気付かないフリしてたら、証拠の隠滅も段々雑になっていって、しまいには、彼自身が、キスマーク付けて平然としてることすらあった。

「はやくあきて、どっかいっちまえ。そんでべつのおんなとけっこんして、こどもでもつくりゃいい。わたしはもうつかれた。」

モモ肉の焼き鳥を頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら、私はため息混じりにそう呟く。
実際、割とこれは定職に着いている、彼の為でもあるんじゃなかろうか。
私自身は、生産性のない人間なので、どちらにせよ、この先は将来的に見積もっても、あまり利点はない。
なんかこう、結婚して、家庭持って〜みたいなことが、この先やりたくない人間なので、彼がまだ若い分、私とやり直すことで、彼の未来が潰えそう。

「やだよ…俺、別れないから、やり直してもいいって言質取ったし…」

「なんかいこすってんだよ、わかったよ、やりなおすから、もうだまれよ。」

「ホント?ホントに?嘘じゃない?」

「うん。」

嘘じゃない、嘘じゃないと、頷いてやると、パッと表情が明るくなる彼。
彼の顔を見つめながら、彼はかつて、ここまで単純な性格だっただろうかと思いつつ、また生ハムユッケに箸を伸ばす。
思ってたより、ここのユッケうめぇなと、酒と一緒に飲み進めていれば、あっという間にほろ酔い気分になる。
社畜チャンと飲んでる時みたく、良い感じの酔いが来た所で、会計をして、ルンルン気分で外に出ようとした時だった。

「えっ、まぁくん?、奇遇だね〜、飲みに来てたのぉ?」

不意に、甘い声であだ名(?)を呼びながら、近寄って来る女が現れた。
女を見てあら、びっくり、だって私のスマホの中に入ってる、例の鬼畜動画に映ってた女だったから。
彼のヤリチン時代は、不特定多数の女が複数人いた事は知ってたから、その中の女だろうな。
別れたあとも、女共からの嫌がらせで、割とそう言う動画、何本も送られてきてたし。
ただ、彼が言ってた、死ぬまで私をいじめてやる発言をしてきた『死んだ女』ってのとは、また違うようだ。

「行こ……」

彼は関わりたくないのか、私の着ていた服の裾を引っ張り、さっさと店を出ようとする。
別に彼が良いなら構わないが、良いのだろうかと、思っていると、案の定、女が小走りで駆け寄ってくる。

「え〜、ちょっとぉ、無視しないでよぉっ」

女は私を置物だとでも思っているのか、無抵抗なのを良いことに、乱雑に押し退け、彼の腕に、若々しいハリのある乳を押し付けている。
昔だったら、混乱して誰?!となっていただろうが、今の私には、特に何かを感じることはなく、帰ろう……と、逃げるようにその場を後にしようとする。
だが逃げようとした矢先、ガシッと彼に手首を掴まれてしまった。
恐る恐る彼の顔を見ると、なんか見たこともないような絶望顔で、「置いていかないでぇ……」と、狂ったように私に呟いてくる。
それを見て、本格的に恐怖した。
怖い、最近、テレビのロードショーでやってたホラー映画よりも怖い。
やっぱり怖いのは幽霊とかじゃなくて、人間なんだなって……。

「アァ…ッ、こわい…もれそう……」

口から飛び出た恐怖の言葉と、背中に流れる冷や汗。
逃がすまいと、これでもかと目を見開き、視界から私が消えないよう、彼は私の手を掴んだまま、女を振りほどく。

「離せよ、俺もう帰んだから。」

「えー、なんでぇ、もっかい飲み直そうよぉ。急に連絡取れなくなっちゃって、アタシびっくりしたんだからぁっ、奢ったげるから向こうで飲もうよぉ。」

「しつけえな、ハッキリもう会えないって言っただろうがよ、なんで関わってくんだよ。」

「だってぇ、久しぶりに見かけたと思ったら、変な女侍らせてるし、なんか弱みでも握られてんの?」

私の方を見て、本気で分からないと言ったように、薄ら笑いながら、首を傾げる女。
確かに状況だけみれば、おかしいと思われても仕方がない。
向こうは多分、私が元カノだって事に気付いてないみたいだし、余計になんでか分からないだろう。

「お前に関係ねえだろ、さっさと行けよ。友達待ってんだろ。」

女の方は、陽キャ複数人のグループで居酒屋に来ていたらしく、席を案内されてた後も話し込んでいる女を見て、早く戻って来いと視線を寄越している。

「ふぅん?、ま、別にいいけどぉ。」

頑なに彼が突き放す姿勢を取ったからか、女は引くことにしたらしく、するりと腕を話して、仲間の所に帰って行った。
彼は安堵したように、ホッとした顔をすると、「行こっか。」と私の手を引き、店を後にする。

「ごめんね、変な時間取らせちゃった。」

「いやいいけど…、だいじょうぶ?あのおんな、なんかまだきそうなふんいきあったけど……。」

目が諦めてなかったと言うか、隙を狙ってもう一回くらいなんか仕掛けてきそうだと、私は大丈夫なのか、と彼に問う。

「大丈夫、俺が何とかする。心配しないで。」

「お、おう……」

いざとなった時は、人を殺しそうな感じをまとい出した彼に、私はそうか……と頷くことしか出来ない。

「お家に帰って、今日はもう寝よっか。俺もう眠いや……」

ふぁあ……と目を擦りながら、彼は眠そうに、パチパチ瞬きしている。
定職に就いた分、朝が早いのでどうしても決まった時間帯には、眠くなるんだろう。
健康的でよろしいこと。
まあ私は、全然まだ起きてるつもりだけど。
内心でそう呟きながら、帰路につき、ねむねむと寝る準備を整え、私を抱き枕にして眠りに着く彼を他所に、私は寝落ちするまでお気に入りの動画を見て過ごした。
いつの間にやら、気絶するように眠りに着いた昼過ぎの翌日。
いつも通り、机には朝ご飯が置いてあって、仕事行ってくるね。と言うメモ付き。
今日も今日とて、型をパクって作った合鍵で、夕方頃に帰ってくるんだろうな……と、ため息をつきながら、もそもそと朝食に手を付けてみる。
置いてあったのは、食べやすいおにぎりと、即席のお味噌汁と、卵焼き。
これなら食べられると、私は懐柔されてんなぁと、しみじみ思いながら、ご飯を口に運んでいた。
ご飯を食べ終わった後は、寝るかスマホかのどっちかなので割愛。
問題は、夕方頃になっても彼が帰って来なかったこと。
時間は過ぎて、現在午後九時前。
その頃には、やっとこさ、彼のパンツやら肌着やらも含んだ洗濯物を終えて、部屋の掃除も軽く出来た状態だった。
晩飯めんどくせぇ〜、なんて考えつつも、腹は空くので、何かないかとコンビニに行くことに。
だが、そんな絶妙なタイミングで、何と社畜チャンから連絡が来たのだ。

「今日行けるから飲みに行こ〜」

そんなメッセージを片手に返信をしながら、私は社畜チャンと行くなら、ちゃんとしとこ。と、外に行く準備を始める。
行先は、いつも行ってるおでん屋台じゃなくて、社畜チャンの会社から近い、飲み屋にすることにした。
待ち合わせは現地集合との事なので、マップを頼りに、
目的地を目指していると、ふと気付く。
この辺りの建物達、なんか見覚えがある。
そんでもって、目的地の居酒屋を見て合点がいった。
ここ、昨日の夜、彼と行った居酒屋だ。
まさかまた、同じ店に来るとは。
社畜チャンもこの店好きってことは、美味しいお店ってことなのかね。
店に入ると、社畜チャンが先に席を取っておいてくれてたので、その席に座り、タッチパネルでメニューを操作する。
生ハムユッケは確定として、あとは焼き鳥の盛り合わせと、私は、グレフルのチューハイ、社畜チャンは生ビールにするらしい。
注文してから、すぐに酒が運ばれて来たので、乾杯して雑談に入る。

「マミちゃん、最近どう?大丈夫?」

「だいじょうぶ、でもさいきんさぁ、もとかれがいえとつってきてさぁ。」

「ええー、何それぇ、キモォイ……」

怪訝な顔をしながら、社畜チャンは、うんうんと話を聞いてくれている。

「でしょぉ、しかも、むだんであいかぎつくられてて、びっくりよぉ。」

「えっ、待って待って、どういうこと!?、合鍵?!」

「うん〜、かんりにんが、わたしのことしんでないかどうかで、へやあけたときに、もとかれが、かたをぬすんでたみたいでさぁ。それでかってに、へやにはいってこられてんの。」

「マミちゃん、警察呼んだ方がいいよ、それ。不法侵入で訴えられるよ。」

神妙な顔付きで、生ビールを飲みながら、社畜チャンは私にそう呟く。

「そうだよねぇ、でももう、はんどうせいみたいなかんじになっててさぁ、たいみんぐのがして、いまは、いっぽうてきにおせわされてるんだよね。」

「お、お世話??、あんなゴミの塊みたいなヤツだったのに?」

「うん。」

あの鬼畜動画を見たからこそ言える。
『元カレはゴミの塊。』
間違いないと、拍手したいお言葉。

「にわかには信じられないよォ、マジで今、マミちゃんの家、どうなってんの?」

「たいていのかじはぜんぶやってくれるよぉ、ごはんもそうじも、せんたくもぉ。ていしょくにもついたみたいなんだよねぇ、あさにはちゃんと、しごといってるみたい〜。」

「え〜、信じられなぁい。だって、面白半分で女と結託して、あんな動画送り付けてくる男が、更生なんかするもんなの?」

「わたしもそうおもう、しかも、くずだったせいで、ごはんつくるときも、わたしのすきなたべもの、なにもしらないみたいだし。」

「うわ、彼女の好きな物知らないとか、ヤバ。えのきだよね?マミちゃんが好きな食べ物。」

「そそ、えのきの味噌汁好きなんだぁ。」

彼が、えのき歯に詰まるからヤダって言うから、普段あんまり使えなかったヤツ。
言われる前は、料理には大抵、えのき入れてたのに、制限がかかって、あんまり入れられなくなって、ちょっと嫌だったんだよなぁ。

「えのき良いよねぇ、お通じ運動活性化〜。」

「そのせいかしらないけど、わたし、いままでべんぴになったことないんだよねぇ。」

「うわ、うらやま〜、万年便秘だわ、私…生理前とかマジでヤバいの〜…」

「せいりヤバイよねぇ、はげるんじゃねえかってくらい、かみのけぬけるんだよ、わたし。」

「分かるゥ、排水溝とんでもないことになるよね。貧血で立ちくらみもするし、良いことないよ。」

うんうんと、頷きながら、社畜チャンとの会話に花が咲きつつあった時だった。
不意に、自分のスマホに着信が入ったことに気付く。
彼からだった。
めんどくせぇなぁ、と思いつつも、ここで出なかったら、後からもっとめんどくさいので、電話に出ようとした。

「あ、ぇ、な、なんで……」

背後から聞き慣れた声が聞こえてきて、電話口からも同じ声が聞こえて来たので、見ると、彼がいつものスーパーの袋と、スマホを持っていた。

「ええ。」

お前こそ、なんでここにいるんだよ。
会社の人と飲み会か?

「お、おでかけ?、俺が遅かったから、ご飯食べに来てたんだよね…?」

何を想像しているのか、ズカズカと仕切りで隔てられた私と社畜チャンの席に入ってくる彼。
社畜チャンを見るなり、私と同じ女だと分かって少しホッとした顔をしている。

「マミちゃん、コイツ、例のヤツ?」

ヒソヒソと、社畜チャンが小声で話しかけてくる。

「うん、そう。」

「なんでここにいんの?」

「わかんない。」

二人して、お前はお呼びでないと言う視線を送り付けるも、彼は気付かないフリをしているのか、本気で分からないのか、どちらにせよ、今はいらない存在であることに変わりはない。

「なんでここにいるんだよ、かえれ。」

「…い、一緒に帰らない?お酒飲むなら、何かつまめるもの作るから…」

「ヤダ、いまのみはじめたばっかなのに、かえりたくない。ていうかなんでここにいるんだよ、なにするきだったんだ。」

「え、えっと、その、ご、ごめんなさ、昨日の、ここに来たあの女、覚えてる?ソイツにちょっと、脅されてて……」

うわ、めんどくさい。
何に脅されてるのかは知らないけど、とにかくめんどくさいのはよく分かった。

「なににおどされてんの?」

「あぅ…あの…」

「はっきりいえよ、めんどくせぇな。」

「か、過去に、アンタに送り付けた、あの…あの動画……」

もにょもにょと呟く彼の言葉を噛み砕いていくと、どうやら、あの鬼畜動画の事で脅されているとのこと。

「はぁ?もうろけんしてんのに、おどされてるの?」

「いや、違うの……あの動画の他にも、その…動画あって……その動画も匿名で、アンタに送り付けるぞって言われて…それで……」

「うっわ…最低…キッショ……」

これには流石に、邪魔になると黙っていた社畜チャンも、ドン引きである。
彼にも、動画を送り付けると言った女にも該当することで、あの鬼畜動画の他にも、まだあったんか、それに類する動画が。

「うるさい!関係ないヤツは黙って…いだぁっ!?」

ドン引きする社畜チャンに対して、噛み付きそうだったので、ビンタして黙らせた。

「おまえ、まだどうがのこしてたのか、このやろう。」

「ご、ごめなさいぃ…」

「いんがおうほうじゃねえか。あくいましましで、ふざけるからこうなるんだよっ!ばーかばーか!!ちんこばくはつしてしんじゃえ!」
「やれやれ、マミちゃん!ボコボコにしてやれ!!」

「うええぇ…っ、ひぃん……」

私と社畜チャンに責められて、ボロボロと情けなくガチ泣きする彼。
それでもなお、ムカつきしかないので、帰れ帰れ!!と無理矢理に外に連れて行こうとする。

「かえれかえれ!じぶんちにかえって、さみしくめしくってねてろ!!」

「いやぁあっ!ごめんなさい!、全部俺が悪かったから!、もう二度としないからぁ!一緒に帰ってぇ!」

ぐいぐいと外に押し出すも、恥もへったくれもなくなった彼が、離れられないように、膝立ちで腹に抱きついて来て、ピッタリ密着してくる。

「家帰ったら、アンタの好きな味噌汁作るからぁ…」

「はぁ〜?、わたしのすきなたべもの、しらないくせになにするきだよ。」

「と、豚汁…昔アンタが作ってくれたヤツ、美味しかったから、真似して作れるようにしたの…豚汁好きだったでしょ…?」

「全然違ぇじゃねえか!!」

あまりにも的外れな回答に、社畜チャンが立ち上がって彼を睨みつける。

「アンタさぁ、付き合ってたんでしょ??、マミちゃんの好きな食べ物すら分かんないって、ヤバくない?どういう知能してんだよ!」

「はぁ!?じゃあ、お前何か言えんのかよ!」

「言えますけど??、えのきだよ、えのき、つまりマミちゃんが好きなのは、えのきの味噌汁だよ!お前が、えのきヤダって言ってたから、マミちゃんずっと我慢してくれてたの!!」

本当に何も知らないの!?と、驚き半分と呆れ半分が混じった顔で、社畜チャンは目頭を押さえる。

「ねえー、コイツ、ホント大丈夫?マジで頭おかしいよ……」

「わたしもそうおもう。」

「え、だ、だって、よく作ってたから、アンタも好きだと思ってて……」

「おまえが、おいしいっていってたからつくってたんだよ、こんぶだしからつくってたんだから、さぞかしうまかっただろうな、ちくしょうめ。」

ガーン…と効果音が着きそうなくらい、青い顔をして、彼はショックを受けた顔をしている。

「ぐす、うえっ…」

「泣いちゃった、カワイソウ、カワイソウ。」

棒読みで、あほらし。と、冷めた目をしている社畜チャン。
場の収集が付かなくなってしまった上、周りの客からもずっと白い目で見られている。
もう今日は、お開きにしよっか……と、開始早々、社畜チャンと名残惜しい別れをすることになり、お互いまた飲もうねと、お別れのハグをして、泣いてる彼を引きずって、私は家に帰宅した。
だが、家に帰っても、彼はずっとメソメソ泣いている。
仕方がないので、スーパーの食品達は、私が全部冷蔵庫にしまった。

「いつまでないてんだよ、いいかげんなきやめよ。」

せっかく家に帰って来てやったのにと、私は彼の着ていた作業着をはぎ取って、洗濯カゴに放り込んで行く。
とりあえず洗面所に連れ込んで、それに便乗して、私も洗ってもらおうと、浴室に入る。

「あたまあらって」

「ぐす、ずび…わがっだぁ」

「こえがらがらじゃん」

メソメソずっと泣いてたから、声が掠れてる上、目も腫れて酷いことに。
ぬるめのシャワーを顔面にかけて、彼の顔を洗い流し、タオルで拭いてやる。

「ふぅんぅ…」

「ひどいかおしてるな。」

シャワーを彼に預けて、今度は私の頭を洗って貰う。
なされるがまま洗われつつ、ヘッドマッサージもされて、ご満悦にリラックスする私。

「気持ちいい…?」

「うん。」

続けざまに、身体もちゃんと洗ってくれて、私は一足先に空の浴槽に入る。
今日は帰りが遅く、湯を張っていなかったので、彼が全部洗い終わると同時に、湯を張るつもりでいる。
数分くらいして、彼も全部洗い終わったので、蛇口を捻り、お湯を出す。
同時に、彼も一緒に浴槽に入って来た。

「ン〜…」

やはり、彼の身体が大きいので、浴槽が狭い分、幅を取る。
不服だが、頭も身体も洗って貰ったし、二人でちゃんと温まることにした。

「…あちゅい」

だが、浴槽が狭いと言うことは、その分、彼と密着する部分も多いと言うこと。
オマケに彼が、筋肉の着いた両腕を駆使して、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるので、浸かり始めてから数分で、私は熱くなってくる。

「もうあがる…あちぃ…」

「あがる?、じゃあ俺もあがる。」

のぼせ気味な身体をザバァッと、湯船から上げて、浴室を出れば、ちょっとひんやりとした外気が、肌に触れて涼しい。
タオルで身体や頭を拭いて貰いながら、ふと、飲み屋での出来事を、ぼんやりと思い出す私。

「ねえ、あのおんなにおどされたっていってたけど、つぎあったとき、どうするの?」

「んぇ…ああ、それは大丈夫。手は打ってあるから。」

「よういしゅうとうだな、またなにしたんだよ…。」

「え、だって、アイツが他の動画持ってると同時に、俺もアイツのヤバい写真とか持ってたから…」

「……。」

彼いわく、消そうと思ってたらしいが、彼が私と関わる上で、何かトラブルがあった時、十中八九、過去の女達が要因となるであろうことを、事前に予測していたらしい。
それだけトラブルを起こしてきた自覚がおありのようで、念の為、その女達を私から遠ざける為に、未だ悪趣味な写真や動画は、普段使いのヤツとは別の端末にあるのだとか。

「それでおどしかえしたわけか…。」

「うん。だから、大丈夫だと思う。」

「にしたって、おまえがあくしゅみなくずってことに、かわりはなかったようだがな。」

「うぇ…」

また泣いてんじゃねえと、私はバスタオルを奪い取り、彼の頭をわしゃわしゃと拭いてやる。

「んっ、んっ……ぅ、…」

「なにみてんだ、へんたい。」

頭を拭いてやってるのを良いことに、じっと彼が見つめる視線の先には、私の乳。
唇を尖らせて、触りたそうに指先が遊んでいる。

「だ、だって…前よりおっきくなってて、柔らかそうだなって…」

「ふとったからな、そのぶん、むねにもよけいなしぼうがついてんだよ。」

ぶくぶくと太ってからと言うもの、ブラジャーのサイズが合わなくなりつつあって、彼が来る前は、基本的にノーブラで生活していた。
でも、彼が来てからと言うもの、ノーブラで居たら、必ずと言っていいほど、彼の視線が、私の乳に向くので、カップ付きのインナーを着るなり、工夫せざるを得なくなっている。

「うぅ…♡、触っちゃダメ?」

「どこに」

「っ……お、おっぱい、触りたい…」

「じぶんのでもさわっとけ。」

素っ気なくそう返してやると、ここで引けば後がないと思ったのか、私の両手を掴んで、媚びるように顔を擦り付けてくる。

「や…っ、そんな事言わないで、アンタの、うぅ…触りたい、から、お、お願い…っ」

「そのまま、なあなあにして、おそうつもりだろ。ハッキリいえよ。」

「っ、アンタとセックスしたい、恋人がするやつ、いっぱいキスして、イチャイチャするやつ…ッ!」

「でもわたし、ゆるいよ。としまだし、ぶすだし、あとからきたいはずれっていわれるのやだ。」

過去に彼に言われたことを、そのまま返して断ろうとするも、彼はしつこく食い下がって来る。

「お、お願い…もぅ嫌なこと言ったり、したりしない…アンタの好きなことしかしないから…気持ち良く、出来るから……」

「なんだよ」

「ヤラセて…アンタのイイトコ、知ってる…キスから、全部、やり直して、い、いっぱい、アンタに媚びるから、だから、気持ち良かったら、させて欲しいの、ダメなら、ちゃんと諦める、から。」

犬みたいに息を荒らげながら、正気じゃない目でこっちを見てくる。
些か誘い文句が、ヤリチン時代の彼が見え隠れする下品なセリフだ。
我慢ならないのか、返答がないのを良いことに、べロリと私の頬を舐めてくる。
目を細めて睨み付けると、その視線すらも興奮するのか、ゔー…と唸りながら、渋々、頬を舐めるのを止める彼。

「このくそやろう。」

私のこと、壊したクセに。
抵抗したって、この状況じゃ焼け石に水だ。
何となしに辿り着いたこのチャンスを、彼は逃がすつもりもないだろう。

「う、ん…クソだよ、俺。アンタのこと壊しておいて、もう一回やり直してって、ふざけたこと言うゴミクズ…だから、アンタの気を引けるものが、もうこれしかないの……」

「おまえ、ほんとうにあわれだな。」

何も、戻っては来ないぞ。
退廃した思い出は崩れ去り、今あるのは壊れた私と、そんな私に縋って、ドロドロとした、言い様のない重苦しい感情を抱える彼だけだ。
だが、彼はもう、私が居ると言う、ただそれだけの事実があれば良いのだ。

「シたい、きすしよ、げひんなやつ、あれがいちばん、きもちいいの、」

口を開けてと、彼の親指が私の口の中に入ってくる。
私は、彼から逃げられないことを悟り、早々に諦めることにした。
黙って彼の言う通り、口を開けて舌を出せば、べロリと彼の長い舌が、蛇のように絡み付いてくるのだった。


おわれ


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元カレのヤツが家に住み着き始めてから、はや数週間が経とうとしていた。
数週間の間に、部屋は掃除されて綺麗になった。
もう空き缶が転がってたり、なんかよく分からないベタベタが着いてたり、時たま変な汁がこぼれてたりすることもない。
冷蔵庫の中には、酒の他に、いつも作り置きのご飯が常備されていて、食べられなかったら、ゼリーやら、カップスープやら、ジュースやら、あれこれキッチン周辺に置いてあるものを食べればいい。
基本的に彼が帰ってくれば、洗濯物や、掃除、晩御飯も作ってくれるため、至れり尽くせり状態。
そんな最中でも、私の気持ちは、いつも早く帰ってくれないかな…だった。
住み着き始めてる時点で手遅れだろうが、彼にも一応住居がある。
ほとんど私の家に出向くばっかで、ろくに帰ってないようだが。
ただ、私の世話焼いてる中で、しっかりと家ん中でシコッてるぞ、アイツ。
だってトイレ入った時、ごく稀に換気扇回すの忘れて、それっぽい臭いする時あるもん。
何なら寝てる時、バレてないと思ってるのか、はぁはぁ言いながら、私で見抜きしてる時あるもん。
気付いてるんだからな。
「あっ、あっ…ねえ、ご飯食べない?今日何も食べてないでしょ…?」
「いらない。」
夜の九時を回って、少し。
今日は、朝からゼリーしか食べてない。
彼の晩ご飯の誘いを断って、風呂に入って、私が外向きの洋服に着替え出した時点から、何か勘づいたらしい。
しきりにどこに行くのかと、私に聞いてくる。
「ど、どこ行くの?、もう夜遅いよ?外食行きたいの?、それならどっか近くの……」
「どこにいこうがわたしのかってだろ、ほっといてよ。」
「や、やだ…っ、だって、死にに行ったりしないよね?、着いて行っちゃダメ?、俺、ご飯なら美味しい所知ってるから、一緒に行こうよ…」
「うっせぇな、ともだちとのみにいくの、ひとりでめしくうか、ねてろ。」
友達、と言う単語を聞いた瞬間、過敏に彼は反応を示し始める。
「と、友達???、男?男じゃないよね?、」
「おんなだよ。」
「ど、どんな感じ?どんな子?その子とどこの店に行くの?」
「はんかがいののみや。きょうやくそくしてんの。」
彼に詰め寄られながらも、既に私は玄関にいて、靴を履いて家を出る直前だった。
「ああっ!、待って、待ってぇ!俺も行く!連れてってぇ!」
「やだよ、おまえは、るすばんだ。もういえにはいていいから、おとなしくまってろよ。」
「なんで!!一緒に行きたい!、大人しくしてるからぁ!!」
「おとなしくしてるとか、そういうもんだいじゃねえんだよ。」
なんで、分かんねえかな。と、私が彼を怪訝な顔で見つめ出した所で、スマホにメッセージが入った。
見ると、飲む約束をしてた社畜チャンから。
どうやら、残業が長引いているせいで、飲みの約束を、別の日にズラして欲しいとのこと。
あちゃ〜、そう言えば、社畜チャンの会社って、ブラック企業だもんな。
残業、終電当たり前だから、そりゃこんな日もある。
「あぇ、ともだちこれなくなったって。」
「え、そうなの?」
家に居てくれるんじゃないかって、ちょっとソワソワしてる彼に、
「まあ、のみにはいくけど。」
と、現実を突き付けると、「なんで!!友達来れなくなったのに!」と、ちょっと泣きながらキレだす彼。
「まあ、ついてくるのはいいよ。どうせきょう、ひとりになっちゃったし。」
「あ、え、ホント?じゃあ行く。」
即決じゃねえか。
今まで家に居ろって言ってたのに、一緒に行けるって分かった途端、手のひらくるくるかよ。
彼も、靴を履いて外に出て、繁華街に繰り出す。
前に彼は、恋人繋ぎで、他人が入れる隙間もないくらい密着して歩けると言っていたが、正直、いざやられると、周りの目が気になりすぎて、歩きずらいことこの上ない。
「あるきずらい…」
「もっとこっち来てぇ、車とか危ないよ。」
その前に、好奇に晒される私の身にもなってくれ。
一応、彼は顔が良い男なのだ。
そんな彼が、私の隣にいるってだけで、他人から見れば、「え、ナニアレ」と思われるほど、奇っ怪な光景なんだよ。
彼はそんなこと気にしてないようだし、私も気にするだけ無駄なんだろうが…。
にしても、ココ最近、繁華街の治安が悪くなって来てる気がする。
いや、元から悪かっただけで、私が気にしてなかっただけかもしれないけれど。
まだ健康な状態だった時は、繁華街に出向くことはあんまりなかったし。
どうせならと、彼に紹介された居酒屋に入り、私はとりあえずグレープフルーツのチューハイを頼んで、お通しを突いていた。
「今日は家で何してたの?、寝てた?」
「ねてた。」
「そっかぁ、起きてた時は何してた?お気に入りの動画とか見てたの?」
「おまえ、こわい。」
「え、なんで!?」
席に着いて、お通し突いてたら、ニコニコ上機嫌に話しかけて来るもんだから、どうしても過去と比較して、彼の豹変ぶりに、些か恐怖を感じる。
それと同時に、過去の彼は、本当に顔のいいクズだったんだなと、痛感もした。
「お、お気に入りの面白い動画とかないの?って聞いただけじゃんかぁ……」
「だって、かこのおまえ、わたしがきょうみをしめすものぜんぶ、そしらぬかおだったじゃん。」
そんなんと付き合う私も私だけど。
「んうぅ…」
「あー、もうめんどくさいなぁ、いちいちなくなよ。」
他人から見たら、私が悪いことしたみたいになるので、とりあえず、紙ナプキンで、泣きそうになっている彼の目を拭く私。
「るいせんどうなってんだ、おまえ。」
「アンタのこと傷付けて、笑ってた自分が嫌で…それ思い出して…」
しおしお…と昔を思い出して、萎びている彼。
涙で水分が出ていったから、顔がシワシワになってる。
「もういいよ、いまさらだし。わるかったな、むかしのはなしして。」
「や、違う…、謝るのは俺の方だから…、うっ…嫌わないでぇ」
「もとからきらいだから、あんしんしろよ。」
「うわぁぁあんっ!」
嫌いと言われた途端、机に突っ伏して泣き始める彼。
せっかく涙拭いてやったのにと、思いながら、料理が来るのを待っていると、多分彼の顔が目的なんだろうなって言う、女の子の店員さんが来てくれた。
持っていたトレイの上には、だし巻き玉子が乗っている皿。
「お、お待たせしました……」
「あ、どうも。」
だし巻き玉子来たぞ、と私が、彼をゆさゆさ揺すると、
「これ頼んでないぃ…っ」
と、泣きながら皿を押し返してくる。
え?と思い、店員さんの方を見ると、既にレジカウンターの方で、他の女の子とヒソヒソ何か話している。
頼んでないもん来たって、どうすりゃいいんだ。
注文は彼に任せっきりだったし、その過程でだし巻き玉子頼んでたんじゃないのか?
もう一度、料理を運んで来た女の子が居る、レジカウンターの方に目を向けると、パチッと目が合った。
そして、じとっとした目で睨まれて、スタスタとぶっきらぼうに厨房の方に戻って行ってしまった。
「???」
声を掛けたかったんだが、睨まれた上に、さっさと厨房に帰ってしまったので、仕方なく私は、店員呼び出しのボタンを押すことに。
すると、今度は面倒くさそうな顔をした男の人が来た。
外見が、過去の彼と同じ属性を含んでいそうな、チャラ男感のある店員だった。
なんか嫌だな…と思いながら、注文を聞いてくる男の人に、だし巻き玉子のウマを伝える。
「あのこれ、たのんでないみたいで、べつのつくえとまちがえてませんか?」
「あ〜、それさっき運んで来たヤツの奢りです。その人目当てのお通しだと思って貰ったら。」
目線で彼を指しながら、店員さんはそう呟く。
あらま、顔が良いと得だな。
あちらの方からですってか?
「あ、そうですか…」
「とは言え、困りますよね。あとで代金とか請求したりしないんで、下げましょうか。」
「だそうだ。おまえあてのだしまきたまごだぞ。くうのか?もういらない?」
皿を目の前において、未だぐずぐず泣いている彼に問いただすと、
「いらないぃ…」
と返ってきたので、私は申し訳ないと男の人にだし巻き玉子を下げてもらうことに。
「すみません、やっぱりいらないみたいなので、さげてもらっていいですか?」
「わかりましたぁ。」
「あと、よかったらこれつかってください。」
不意に、だし巻き玉子を下げようとした彼に向かって、私は紙で包装された絆創膏を差し出した。
持って来ていたカバンの中に入っていたもので、私が自傷したりして、血が滲んで来た時によく使ってた名残り。
なんで店員さんに、絆創膏を渡したかについては、手の指先が切れていたから。
飲食店なので、手の指先を、包丁か何かで切ったんだろう。
一度血は止まったようだが、恐らく、水仕事やらなんやらで、また血が滲んで来ていた。
一応、絆創膏は防水加工なので、そこの心配はいらないはず。
男の人は怪訝な顔をしながらも、血が滲んで来て痛かったのか、絆創膏は受け取って、だし巻き玉子と共に厨房に帰って行った。
「はぁ〜あ〜、かおがいいっていいなぁ、すごいとくだ。」
「得じゃない!、アンタがこの顔、好きかどうかが問題なの!」
「うわ、うるさ、きゅうにふっかつするなよ。」
だし巻き玉子が引かれた後、急に彼が怒りながら、私を涙目で睨んでくる。
「アイツみたいな顔がいいの?!」
そう言って、厨房に戻って行った、あの男の店員さんを指し示す彼。
「いや、ゆびきってたから、ばんそうこうあげただけじゃん…ぜんいだよ、ぜんい。」
「浮気じゃん!、善意があったってことは、アレと関わっても良いかなって思ったってことでしょ!!」
「なにをいってるんだ、おまえは。」
善意で絆創膏あげただけで、浮気判定になるのかよ。
最近は世知辛いな、おい。
「ていうか、それいったらあんたも、おんなのこからたまごやきもらってたじゃん、ぎゃくなんされていいごみぶんだな、このやろう。」
「俺、卵焼きなんかいらないよ!!」
「わたしからのたまごやきは?」
「いる!!でも他のヤツからのはいらない!!」
「はいはい、わかったから…めんどくさいな…」
チューハイを飲みながら、私は困ったようにそう呟く。
唇を尖らせて烏龍茶を飲む彼に、私はため息混じりに、会話を続ける。
「おまえ、いまどこではたらいてんの?ていしょくついたとかいってたけど…」
「工場勤務…、アンタの住んでる最寄り駅から、二駅離れた所に会社ある……。」
しょぼしょぼと涙を紙ナプキンで拭きながら、名刺を渡されて、見てみると、本当に正社員でちゃんと働いていることが伺えた。
はえー、すっごい、人って変われるもんなんだな。と感心しながら、名刺をまじまじと見つめる私。
ちょっと見直したな、と思っていた矢先、今度はちゃんと頼んでいた料理がやって来た。
「おお〜おいしそ、」
山芋の短冊に、茹でた枝豆と、せせりポン酢、焼き鳥盛り合わせと、生ハムユッケ。
どれも、酒に合いそうな連中達だ。
「ねえ、俺達付き合ってるよね?やり直してくれるんだよね?」
ちゃんと仕事には就いてるから…と、彼は不安げにそう聞いてくる。
「わたしとつきあっても、めりっとないとおもうけどね。」
もぐもぐと、早速せせりポン酢を口に入れながらそう言うと、
「そ、それはアンタが決めることじゃない、メリットあるかどうかは、俺が決める…!」
と、妙にそれっぽいことを言い出す彼。
「せいろんなんだけどなぁ、なんだろうな、このコレジャナイかん。」
「頑張って養うから、もっかいやり直して…、一緒に俺と同棲しよう…?」
「やだよ、きもいな。」
「どうしてそんなこというのぉ!」
凄い悲しげに嘆く彼を放置して、私は生ハムユッケに手を伸ばす。
ここの生ハムユッケは、新玉ねぎと生ハムが使われていて、これがまた後を引く美味さだ。
「同棲しようよぉ!前は同棲してたじゃんかぁっ、」
「おんなつれこまれたら、たまったもんじゃないからやだ。」
「連れ込まないよ!!もう俺、そんなことしないから!!」
「しんようしないって、まえからいってんだろ。おまえが、そうやってだましてないってほしょうは、どこにもない。」
「…っ!」
何も言い返せないのか、下唇を噛んで小さく唸る彼。
同棲してた頃は、何回も部屋に女連れ込まれたことがあった。
最初こそ小さな違和感だったのに、気付かないフリしてたら、証拠の隠滅も段々雑になっていって、しまいには、彼自身が、キスマーク付けて平然としてることすらあった。
「はやくあきて、どっかいっちまえ。そんでべつのおんなとけっこんして、こどもでもつくりゃいい。わたしはもうつかれた。」
モモ肉の焼き鳥を頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら、私はため息混じりにそう呟く。
実際、割とこれは定職に着いている、彼の為でもあるんじゃなかろうか。
私自身は、生産性のない人間なので、どちらにせよ、この先は将来的に見積もっても、あまり利点はない。
なんかこう、結婚して、家庭持って〜みたいなことが、この先やりたくない人間なので、彼がまだ若い分、私とやり直すことで、彼の未来が潰えそう。
「やだよ…俺、別れないから、やり直してもいいって言質取ったし…」
「なんかいこすってんだよ、わかったよ、やりなおすから、もうだまれよ。」
「ホント?ホントに?嘘じゃない?」
「うん。」
嘘じゃない、嘘じゃないと、頷いてやると、パッと表情が明るくなる彼。
彼の顔を見つめながら、彼はかつて、ここまで単純な性格だっただろうかと思いつつ、また生ハムユッケに箸を伸ばす。
思ってたより、ここのユッケうめぇなと、酒と一緒に飲み進めていれば、あっという間にほろ酔い気分になる。
社畜チャンと飲んでる時みたく、良い感じの酔いが来た所で、会計をして、ルンルン気分で外に出ようとした時だった。
「えっ、まぁくん?、奇遇だね〜、飲みに来てたのぉ?」
不意に、甘い声であだ名(?)を呼びながら、近寄って来る女が現れた。
女を見てあら、びっくり、だって私のスマホの中に入ってる、例の鬼畜動画に映ってた女だったから。
彼のヤリチン時代は、不特定多数の女が複数人いた事は知ってたから、その中の女だろうな。
別れたあとも、女共からの嫌がらせで、割とそう言う動画、何本も送られてきてたし。
ただ、彼が言ってた、死ぬまで私をいじめてやる発言をしてきた『死んだ女』ってのとは、また違うようだ。
「行こ……」
彼は関わりたくないのか、私の着ていた服の裾を引っ張り、さっさと店を出ようとする。
別に彼が良いなら構わないが、良いのだろうかと、思っていると、案の定、女が小走りで駆け寄ってくる。
「え〜、ちょっとぉ、無視しないでよぉっ」
女は私を置物だとでも思っているのか、無抵抗なのを良いことに、乱雑に押し退け、彼の腕に、若々しいハリのある乳を押し付けている。
昔だったら、混乱して誰?!となっていただろうが、今の私には、特に何かを感じることはなく、帰ろう……と、逃げるようにその場を後にしようとする。
だが逃げようとした矢先、ガシッと彼に手首を掴まれてしまった。
恐る恐る彼の顔を見ると、なんか見たこともないような絶望顔で、「置いていかないでぇ……」と、狂ったように私に呟いてくる。
それを見て、本格的に恐怖した。
怖い、最近、テレビのロードショーでやってたホラー映画よりも怖い。
やっぱり怖いのは幽霊とかじゃなくて、人間なんだなって……。
「アァ…ッ、こわい…もれそう……」
口から飛び出た恐怖の言葉と、背中に流れる冷や汗。
逃がすまいと、これでもかと目を見開き、視界から私が消えないよう、彼は私の手を掴んだまま、女を振りほどく。
「離せよ、俺もう帰んだから。」
「えー、なんでぇ、もっかい飲み直そうよぉ。急に連絡取れなくなっちゃって、アタシびっくりしたんだからぁっ、奢ったげるから向こうで飲もうよぉ。」
「しつけえな、ハッキリもう会えないって言っただろうがよ、なんで関わってくんだよ。」
「だってぇ、久しぶりに見かけたと思ったら、変な女侍らせてるし、なんか弱みでも握られてんの?」
私の方を見て、本気で分からないと言ったように、薄ら笑いながら、首を傾げる女。
確かに状況だけみれば、おかしいと思われても仕方がない。
向こうは多分、私が元カノだって事に気付いてないみたいだし、余計になんでか分からないだろう。
「お前に関係ねえだろ、さっさと行けよ。友達待ってんだろ。」
女の方は、陽キャ複数人のグループで居酒屋に来ていたらしく、席を案内されてた後も話し込んでいる女を見て、早く戻って来いと視線を寄越している。
「ふぅん?、ま、別にいいけどぉ。」
頑なに彼が突き放す姿勢を取ったからか、女は引くことにしたらしく、するりと腕を話して、仲間の所に帰って行った。
彼は安堵したように、ホッとした顔をすると、「行こっか。」と私の手を引き、店を後にする。
「ごめんね、変な時間取らせちゃった。」
「いやいいけど…、だいじょうぶ?あのおんな、なんかまだきそうなふんいきあったけど……。」
目が諦めてなかったと言うか、隙を狙ってもう一回くらいなんか仕掛けてきそうだと、私は大丈夫なのか、と彼に問う。
「大丈夫、俺が何とかする。心配しないで。」
「お、おう……」
いざとなった時は、人を殺しそうな感じをまとい出した彼に、私はそうか……と頷くことしか出来ない。
「お家に帰って、今日はもう寝よっか。俺もう眠いや……」
ふぁあ……と目を擦りながら、彼は眠そうに、パチパチ瞬きしている。
定職に就いた分、朝が早いのでどうしても決まった時間帯には、眠くなるんだろう。
健康的でよろしいこと。
まあ私は、全然まだ起きてるつもりだけど。
内心でそう呟きながら、帰路につき、ねむねむと寝る準備を整え、私を抱き枕にして眠りに着く彼を他所に、私は寝落ちするまでお気に入りの動画を見て過ごした。
いつの間にやら、気絶するように眠りに着いた昼過ぎの翌日。
いつも通り、机には朝ご飯が置いてあって、仕事行ってくるね。と言うメモ付き。
今日も今日とて、型をパクって作った合鍵で、夕方頃に帰ってくるんだろうな……と、ため息をつきながら、もそもそと朝食に手を付けてみる。
置いてあったのは、食べやすいおにぎりと、即席のお味噌汁と、卵焼き。
これなら食べられると、私は懐柔されてんなぁと、しみじみ思いながら、ご飯を口に運んでいた。
ご飯を食べ終わった後は、寝るかスマホかのどっちかなので割愛。
問題は、夕方頃になっても彼が帰って来なかったこと。
時間は過ぎて、現在午後九時前。
その頃には、やっとこさ、彼のパンツやら肌着やらも含んだ洗濯物を終えて、部屋の掃除も軽く出来た状態だった。
晩飯めんどくせぇ〜、なんて考えつつも、腹は空くので、何かないかとコンビニに行くことに。
だが、そんな絶妙なタイミングで、何と社畜チャンから連絡が来たのだ。
「今日行けるから飲みに行こ〜」
そんなメッセージを片手に返信をしながら、私は社畜チャンと行くなら、ちゃんとしとこ。と、外に行く準備を始める。
行先は、いつも行ってるおでん屋台じゃなくて、社畜チャンの会社から近い、飲み屋にすることにした。
待ち合わせは現地集合との事なので、マップを頼りに、
目的地を目指していると、ふと気付く。
この辺りの建物達、なんか見覚えがある。
そんでもって、目的地の居酒屋を見て合点がいった。
ここ、昨日の夜、彼と行った居酒屋だ。
まさかまた、同じ店に来るとは。
社畜チャンもこの店好きってことは、美味しいお店ってことなのかね。
店に入ると、社畜チャンが先に席を取っておいてくれてたので、その席に座り、タッチパネルでメニューを操作する。
生ハムユッケは確定として、あとは焼き鳥の盛り合わせと、私は、グレフルのチューハイ、社畜チャンは生ビールにするらしい。
注文してから、すぐに酒が運ばれて来たので、乾杯して雑談に入る。
「マミちゃん、最近どう?大丈夫?」
「だいじょうぶ、でもさいきんさぁ、もとかれがいえとつってきてさぁ。」
「ええー、何それぇ、キモォイ……」
怪訝な顔をしながら、社畜チャンは、うんうんと話を聞いてくれている。
「でしょぉ、しかも、むだんであいかぎつくられてて、びっくりよぉ。」
「えっ、待って待って、どういうこと!?、合鍵?!」
「うん〜、かんりにんが、わたしのことしんでないかどうかで、へやあけたときに、もとかれが、かたをぬすんでたみたいでさぁ。それでかってに、へやにはいってこられてんの。」
「マミちゃん、警察呼んだ方がいいよ、それ。不法侵入で訴えられるよ。」
神妙な顔付きで、生ビールを飲みながら、社畜チャンは私にそう呟く。
「そうだよねぇ、でももう、はんどうせいみたいなかんじになっててさぁ、たいみんぐのがして、いまは、いっぽうてきにおせわされてるんだよね。」
「お、お世話??、あんなゴミの塊みたいなヤツだったのに?」
「うん。」
あの鬼畜動画を見たからこそ言える。
『元カレはゴミの塊。』
間違いないと、拍手したいお言葉。
「にわかには信じられないよォ、マジで今、マミちゃんの家、どうなってんの?」
「たいていのかじはぜんぶやってくれるよぉ、ごはんもそうじも、せんたくもぉ。ていしょくにもついたみたいなんだよねぇ、あさにはちゃんと、しごといってるみたい〜。」
「え〜、信じられなぁい。だって、面白半分で女と結託して、あんな動画送り付けてくる男が、更生なんかするもんなの?」
「わたしもそうおもう、しかも、くずだったせいで、ごはんつくるときも、わたしのすきなたべもの、なにもしらないみたいだし。」
「うわ、彼女の好きな物知らないとか、ヤバ。えのきだよね?マミちゃんが好きな食べ物。」
「そそ、えのきの味噌汁好きなんだぁ。」
彼が、えのき歯に詰まるからヤダって言うから、普段あんまり使えなかったヤツ。
言われる前は、料理には大抵、えのき入れてたのに、制限がかかって、あんまり入れられなくなって、ちょっと嫌だったんだよなぁ。
「えのき良いよねぇ、お通じ運動活性化〜。」
「そのせいかしらないけど、わたし、いままでべんぴになったことないんだよねぇ。」
「うわ、うらやま〜、万年便秘だわ、私…生理前とかマジでヤバいの〜…」
「せいりヤバイよねぇ、はげるんじゃねえかってくらい、かみのけぬけるんだよ、わたし。」
「分かるゥ、排水溝とんでもないことになるよね。貧血で立ちくらみもするし、良いことないよ。」
うんうんと、頷きながら、社畜チャンとの会話に花が咲きつつあった時だった。
不意に、自分のスマホに着信が入ったことに気付く。
彼からだった。
めんどくせぇなぁ、と思いつつも、ここで出なかったら、後からもっとめんどくさいので、電話に出ようとした。
「あ、ぇ、な、なんで……」
背後から聞き慣れた声が聞こえてきて、電話口からも同じ声が聞こえて来たので、見ると、彼がいつものスーパーの袋と、スマホを持っていた。
「ええ。」
お前こそ、なんでここにいるんだよ。
会社の人と飲み会か?
「お、おでかけ?、俺が遅かったから、ご飯食べに来てたんだよね…?」
何を想像しているのか、ズカズカと仕切りで隔てられた私と社畜チャンの席に入ってくる彼。
社畜チャンを見るなり、私と同じ女だと分かって少しホッとした顔をしている。
「マミちゃん、コイツ、例のヤツ?」
ヒソヒソと、社畜チャンが小声で話しかけてくる。
「うん、そう。」
「なんでここにいんの?」
「わかんない。」
二人して、お前はお呼びでないと言う視線を送り付けるも、彼は気付かないフリをしているのか、本気で分からないのか、どちらにせよ、今はいらない存在であることに変わりはない。
「なんでここにいるんだよ、かえれ。」
「…い、一緒に帰らない?お酒飲むなら、何かつまめるもの作るから…」
「ヤダ、いまのみはじめたばっかなのに、かえりたくない。ていうかなんでここにいるんだよ、なにするきだったんだ。」
「え、えっと、その、ご、ごめんなさ、昨日の、ここに来たあの女、覚えてる?ソイツにちょっと、脅されてて……」
うわ、めんどくさい。
何に脅されてるのかは知らないけど、とにかくめんどくさいのはよく分かった。
「なににおどされてんの?」
「あぅ…あの…」
「はっきりいえよ、めんどくせぇな。」
「か、過去に、アンタに送り付けた、あの…あの動画……」
もにょもにょと呟く彼の言葉を噛み砕いていくと、どうやら、あの鬼畜動画の事で脅されているとのこと。
「はぁ?もうろけんしてんのに、おどされてるの?」
「いや、違うの……あの動画の他にも、その…動画あって……その動画も匿名で、アンタに送り付けるぞって言われて…それで……」
「うっわ…最低…キッショ……」
これには流石に、邪魔になると黙っていた社畜チャンも、ドン引きである。
彼にも、動画を送り付けると言った女にも該当することで、あの鬼畜動画の他にも、まだあったんか、それに類する動画が。
「うるさい!関係ないヤツは黙って…いだぁっ!?」
ドン引きする社畜チャンに対して、噛み付きそうだったので、ビンタして黙らせた。
「おまえ、まだどうがのこしてたのか、このやろう。」
「ご、ごめなさいぃ…」
「いんがおうほうじゃねえか。あくいましましで、ふざけるからこうなるんだよっ!ばーかばーか!!ちんこばくはつしてしんじゃえ!」
「やれやれ、マミちゃん!ボコボコにしてやれ!!」
「うええぇ…っ、ひぃん……」
私と社畜チャンに責められて、ボロボロと情けなくガチ泣きする彼。
それでもなお、ムカつきしかないので、帰れ帰れ!!と無理矢理に外に連れて行こうとする。
「かえれかえれ!じぶんちにかえって、さみしくめしくってねてろ!!」
「いやぁあっ!ごめんなさい!、全部俺が悪かったから!、もう二度としないからぁ!一緒に帰ってぇ!」
ぐいぐいと外に押し出すも、恥もへったくれもなくなった彼が、離れられないように、膝立ちで腹に抱きついて来て、ピッタリ密着してくる。
「家帰ったら、アンタの好きな味噌汁作るからぁ…」
「はぁ〜?、わたしのすきなたべもの、しらないくせになにするきだよ。」
「と、豚汁…昔アンタが作ってくれたヤツ、美味しかったから、真似して作れるようにしたの…豚汁好きだったでしょ…?」
「全然違ぇじゃねえか!!」
あまりにも的外れな回答に、社畜チャンが立ち上がって彼を睨みつける。
「アンタさぁ、付き合ってたんでしょ??、マミちゃんの好きな食べ物すら分かんないって、ヤバくない?どういう知能してんだよ!」
「はぁ!?じゃあ、お前何か言えんのかよ!」
「言えますけど??、えのきだよ、えのき、つまりマミちゃんが好きなのは、えのきの味噌汁だよ!お前が、えのきヤダって言ってたから、マミちゃんずっと我慢してくれてたの!!」
本当に何も知らないの!?と、驚き半分と呆れ半分が混じった顔で、社畜チャンは目頭を押さえる。
「ねえー、コイツ、ホント大丈夫?マジで頭おかしいよ……」
「わたしもそうおもう。」
「え、だ、だって、よく作ってたから、アンタも好きだと思ってて……」
「おまえが、おいしいっていってたからつくってたんだよ、こんぶだしからつくってたんだから、さぞかしうまかっただろうな、ちくしょうめ。」
ガーン…と効果音が着きそうなくらい、青い顔をして、彼はショックを受けた顔をしている。
「ぐす、うえっ…」
「泣いちゃった、カワイソウ、カワイソウ。」
棒読みで、あほらし。と、冷めた目をしている社畜チャン。
場の収集が付かなくなってしまった上、周りの客からもずっと白い目で見られている。
もう今日は、お開きにしよっか……と、開始早々、社畜チャンと名残惜しい別れをすることになり、お互いまた飲もうねと、お別れのハグをして、泣いてる彼を引きずって、私は家に帰宅した。
だが、家に帰っても、彼はずっとメソメソ泣いている。
仕方がないので、スーパーの食品達は、私が全部冷蔵庫にしまった。
「いつまでないてんだよ、いいかげんなきやめよ。」
せっかく家に帰って来てやったのにと、私は彼の着ていた作業着をはぎ取って、洗濯カゴに放り込んで行く。
とりあえず洗面所に連れ込んで、それに便乗して、私も洗ってもらおうと、浴室に入る。
「あたまあらって」
「ぐす、ずび…わがっだぁ」
「こえがらがらじゃん」
メソメソずっと泣いてたから、声が掠れてる上、目も腫れて酷いことに。
ぬるめのシャワーを顔面にかけて、彼の顔を洗い流し、タオルで拭いてやる。
「ふぅんぅ…」
「ひどいかおしてるな。」
シャワーを彼に預けて、今度は私の頭を洗って貰う。
なされるがまま洗われつつ、ヘッドマッサージもされて、ご満悦にリラックスする私。
「気持ちいい…?」
「うん。」
続けざまに、身体もちゃんと洗ってくれて、私は一足先に空の浴槽に入る。
今日は帰りが遅く、湯を張っていなかったので、彼が全部洗い終わると同時に、湯を張るつもりでいる。
数分くらいして、彼も全部洗い終わったので、蛇口を捻り、お湯を出す。
同時に、彼も一緒に浴槽に入って来た。
「ン〜…」
やはり、彼の身体が大きいので、浴槽が狭い分、幅を取る。
不服だが、頭も身体も洗って貰ったし、二人でちゃんと温まることにした。
「…あちゅい」
だが、浴槽が狭いと言うことは、その分、彼と密着する部分も多いと言うこと。
オマケに彼が、筋肉の着いた両腕を駆使して、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるので、浸かり始めてから数分で、私は熱くなってくる。
「もうあがる…あちぃ…」
「あがる?、じゃあ俺もあがる。」
のぼせ気味な身体をザバァッと、湯船から上げて、浴室を出れば、ちょっとひんやりとした外気が、肌に触れて涼しい。
タオルで身体や頭を拭いて貰いながら、ふと、飲み屋での出来事を、ぼんやりと思い出す私。
「ねえ、あのおんなにおどされたっていってたけど、つぎあったとき、どうするの?」
「んぇ…ああ、それは大丈夫。手は打ってあるから。」
「よういしゅうとうだな、またなにしたんだよ…。」
「え、だって、アイツが他の動画持ってると同時に、俺もアイツのヤバい写真とか持ってたから…」
「……。」
彼いわく、消そうと思ってたらしいが、彼が私と関わる上で、何かトラブルがあった時、十中八九、過去の女達が要因となるであろうことを、事前に予測していたらしい。
それだけトラブルを起こしてきた自覚がおありのようで、念の為、その女達を私から遠ざける為に、未だ悪趣味な写真や動画は、普段使いのヤツとは別の端末にあるのだとか。
「それでおどしかえしたわけか…。」
「うん。だから、大丈夫だと思う。」
「にしたって、おまえがあくしゅみなくずってことに、かわりはなかったようだがな。」
「うぇ…」
また泣いてんじゃねえと、私はバスタオルを奪い取り、彼の頭をわしゃわしゃと拭いてやる。
「んっ、んっ……ぅ、…」
「なにみてんだ、へんたい。」
頭を拭いてやってるのを良いことに、じっと彼が見つめる視線の先には、私の乳。
唇を尖らせて、触りたそうに指先が遊んでいる。
「だ、だって…前よりおっきくなってて、柔らかそうだなって…」
「ふとったからな、そのぶん、むねにもよけいなしぼうがついてんだよ。」
ぶくぶくと太ってからと言うもの、ブラジャーのサイズが合わなくなりつつあって、彼が来る前は、基本的にノーブラで生活していた。
でも、彼が来てからと言うもの、ノーブラで居たら、必ずと言っていいほど、彼の視線が、私の乳に向くので、カップ付きのインナーを着るなり、工夫せざるを得なくなっている。
「うぅ…♡、触っちゃダメ?」
「どこに」
「っ……お、おっぱい、触りたい…」
「じぶんのでもさわっとけ。」
素っ気なくそう返してやると、ここで引けば後がないと思ったのか、私の両手を掴んで、媚びるように顔を擦り付けてくる。
「や…っ、そんな事言わないで、アンタの、うぅ…触りたい、から、お、お願い…っ」
「そのまま、なあなあにして、おそうつもりだろ。ハッキリいえよ。」
「っ、アンタとセックスしたい、恋人がするやつ、いっぱいキスして、イチャイチャするやつ…ッ!」
「でもわたし、ゆるいよ。としまだし、ぶすだし、あとからきたいはずれっていわれるのやだ。」
過去に彼に言われたことを、そのまま返して断ろうとするも、彼はしつこく食い下がって来る。
「お、お願い…もぅ嫌なこと言ったり、したりしない…アンタの好きなことしかしないから…気持ち良く、出来るから……」
「なんだよ」
「ヤラセて…アンタのイイトコ、知ってる…キスから、全部、やり直して、い、いっぱい、アンタに媚びるから、だから、気持ち良かったら、させて欲しいの、ダメなら、ちゃんと諦める、から。」
犬みたいに息を荒らげながら、正気じゃない目でこっちを見てくる。
些か誘い文句が、ヤリチン時代の彼が見え隠れする下品なセリフだ。
我慢ならないのか、返答がないのを良いことに、べロリと私の頬を舐めてくる。
目を細めて睨み付けると、その視線すらも興奮するのか、ゔー…と唸りながら、渋々、頬を舐めるのを止める彼。
「このくそやろう。」
私のこと、壊したクセに。
抵抗したって、この状況じゃ焼け石に水だ。
何となしに辿り着いたこのチャンスを、彼は逃がすつもりもないだろう。
「う、ん…クソだよ、俺。アンタのこと壊しておいて、もう一回やり直してって、ふざけたこと言うゴミクズ…だから、アンタの気を引けるものが、もうこれしかないの……」
「おまえ、ほんとうにあわれだな。」
何も、戻っては来ないぞ。
退廃した思い出は崩れ去り、今あるのは壊れた私と、そんな私に縋って、ドロドロとした、言い様のない重苦しい感情を抱える彼だけだ。
だが、彼はもう、私が居ると言う、ただそれだけの事実があれば良いのだ。
「シたい、きすしよ、げひんなやつ、あれがいちばん、きもちいいの、」
口を開けてと、彼の親指が私の口の中に入ってくる。
私は、彼から逃げられないことを悟り、早々に諦めることにした。
黙って彼の言う通り、口を開けて舌を出せば、べロリと彼の長い舌が、蛇のように絡み付いてくるのだった。
おわれ