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第三十六話 揺れる想い

ー/ー



 数刻前、拓磨(たくま)の式神・赤鳥が昨晩の任務報告に来た。いつもは挨拶をしながら騒がしくするのに、どうしたことか今日は大人しく表情も暗かった。
 討伐で下手でもやらかしたか? しかし(しゅ)にかかったのは子供のようだし、人に対して何の感情も持たない拓磨()ならば、即拘束して呪詛(じゅそ)返しして終わりであろう。手間取るとも失敗するとも到底思えん。ならば何故赤鳥は……。

 くだらん。そんなこと僕が留意したところで何の関係もない。

「父上、そろそろ出掛けます。任務の前に今日も拓磨に探りを入れて参りますので」

 赤鳥が帰った後の御頭(おかしら)の間に顔を出すと、父上は忙しなく書をしたためていた。
 あの呪に手を染めた外道陰陽師は陰陽連の所属、それも我々嘉納家の派閥に属する家の者だった。当然父上は陰陽頭(おんみょうのかみ)としても嘉納家当主としてもその責任に問われ、罰は受けずともその始末に追われていた。
 奴は陰陽連への恩を仇で返した上、自害して逃げ、父上の顔に泥を塗ったのだ。

 それでも父上は「まぁ何とかなるさ」と楽観的だ。僕は魂を呼び戻してでも八つ裂きにしたいほど憎らしいのに。だがそんな術は存在しないし、人の魂を弄ぶのは規律違反。それではあの外道と同じだ。

 だからこそ僕にできることで、父上の心配事を一つでも早急に減らしたい。

「あぁ蒼士(そうし)。それなんだが私の勘ぐり過ぎだったようだ。もう気にしなくて良い」
「は……? いや、ですがあの式神には、まだ注意が必要かと」

 何を言い出すのかと思った。赤鳥に何か入れ知恵でもされたのか?
 否、父上が簡単に惑わされるはずがない。……が、突然〝気にするな〟と言われても戸惑うのは当然だ。

「いいんだ、お前も任務で忙しかろう。手間かけたな、蒼士」
「はぁ、そうですか……。父上がそう仰るなら」

 僕はそう言って一礼し退室したが、何だかとても煮え切らない気分だった。
 気にしなくて良い? 父上に刃向かうつもりは毛頭ないが、今回については納得がいかなかった。

 そもそも父上は寮内でも「愛弟子を溺愛している」と噂されるほど、息子の僕を差し置いて拓磨に甘いところがある。それについてはいい加減、イチイチ腹を立てるのも阿呆らしいと思うようになったが……いや、腹は立つが。
 もしや既に何かを知り、父上は拓磨を庇ってそれを隠しているのでは。そんな気がしてならない。

<私は拓磨の式神の華葉(かよう)だ>

 ふわりと揺れる栗色の髪、琥珀色の瞳。凜としたあの声に息を飲む。
 もう一度あの女に会えば、その仮面の下の正体を暴けるかも知れない。別に奴の式神に興味などないが、これは僕が怪しいと思うから調べる、それだけだ。

 ――そう。ただ、それだけだ。他意など、ない。



 拓磨様が出掛けました、華葉を連れて。もうそれから一刻(いっとき)(二時間)ほどが経ったと思います。
 当然、私も同行するように言われたけれど、私は初めて拓磨様の命令に背いてしまいました。式神として失格なのは百も承知ですが、今日はもう何もしたくないのです。拓磨様と華葉が一緒にいるのも見たくないのです。

 最近の拓磨様は、華葉が来てからずっと彼女に頼りっぱなしで、正直全然面白くありません。そりゃあ、私ができることは飛ぶことと妖気を察することくらいで、拓磨様のお役に立てることは少ないけれど、これまで精一杯やってきたんですよ?
 拓磨様の式神だから、じゃない。勿論それは揺るぎない事実です。でもそれだけじゃない。

 拓磨様が、好きだから。

 ずっと大好きで、ずっとお傍にいたいのに、今は気づくと拓磨様の近くには華葉がいるんです。白狼(はくろう)様を倒した時も、心力鍛錬を行った時も。五感鍛錬だって華葉の一言で前進したし、美月姫様に気に入られたのも華葉。全部ぜーんぶ華葉。
 確かに華葉は凄いです。分かろうとしましたよ、私だって子供じゃないですから。

 でも今回は許せなかったんです。
 勝手に妖怪だと晒して、拓磨様を窮地に追いやったんですから。

 拓磨様と離れるなんて考えたくもありません。天国なんてくそ食らえです。

『暁、おりますの?』

 御簾(みす)の外から声が聞こえたけれど、私は返事をしませんでした。でも御簾が開かれる音がしても、逃げるつもりもありません。
 彼女はふて腐れて寝転がっている私を見て、大きな溜め息を吐きました。

『いつまでそうして拗ねているつもりですの、拓磨様がお困りですわよ』
『……雫は不安じゃなかったの?』

 その一言に雫は黙りました。彼女だって拓磨様のことが好きだし、拓磨様が陰陽師でなくなったら消えゆく存在なのです。私と同じ気持ちのはずなのに、どうして雫は平気なのでしょう。

『不安でしたわよ』
『じゃあどうして、華葉を許せるの!?』

 上半身を起こして雫を睨みつけましたが、彼女は動じることもなく冷静に私を見下ろしていました。そんな姿に今は益々腹が立ちます。
 雫は暫く私の睨みを受け止めると口を開きました。

『華葉がしたことは、拓磨様を守るためだから、ですわ』

 その一言に私の中に一筋の衝撃が走った気がしました。そんな私を気にすることなく、雫は続けます。

『確かに華葉は妖怪であると正体を晒し、拓磨様のお立場を危うくしました。無意識だったでは許されません。しかしそれは窮地に立った拓磨様をお守りしたい思いからであり、そのお陰で呪から姫様を救ったと聞いておりますわ。暁もご存じでしょう』

 雫は私の傍に寄ると腰を下ろし、更に続けました。

『暁が拓磨様を好いているのは重々承知ですわ。私にはあなたの想いに勝てないと言ったことがあるでしょう。ですが私たちの本来のお役目を忘れてはなりません』
『本来の……役目?』

 聞き返すと、雫は頷きました。

『私たちはあくまで式神、拓磨様をお守りするのが第一の使命です。そして華葉が拓磨様のお傍にいるのも、私たちと同じ思いを持っているからですわ』

 それを聞いて私はあることを思い出しました。それは、華葉を家族の一員として迎えた日。私たちの願いで拓磨様が花見を用意してくださる前の早朝。雫は華葉とこんな会話をしたと話していたんです。

<あなた。拓磨様のことを、どう思っておりますの?>
<それはよく分からないな。でも、私はただ……拓磨が大切だと思うから、拓磨を守りたい。それ以外は何もない>

 その言葉どおり、華葉は拓磨様を守りたい一心だったのです。拓磨様の死を恐れた彼女は我を忘れ、己の力を放出したに他ありません。

『拓磨様が陰陽師でなくなれば私たちは消えますわ。でもご存命であれば、いつかまた陰陽師として復帰できるかも知れません。そうすれば私たちはまた会うことができるでしょう。私たちは家族、拓磨様は必ずそうしてくださると私は信じますわ』

 確かに、死んでしまっては何も残らない。私たちにとって拓磨様の死以上に、悲しいことなんてあるはずがない。私はそんなことも忘れていたのでしょうか。

 式神の役目は、主を命に代えて守り、主を助けること。
 雫の言うとおりです。

 それは分かった、けど。

『でも悔しいじゃない、私たちじゃ妖怪の華葉には勝てないのよ?』

 式神は陰陽師のように鍛錬したところで、何も変わりません。妖怪のように術が使えるわけでもないのです。そんな私たちに華葉よりお役に立てるわけがない。
 すると雫はムッとして私の頬に両手を伸ばし、勢いよく引っ張りました。

ひ、ひはひ(い いたい)~! はひふふほほぅ(なにするのよぅ)っ!?』
『あーもー、何も分かってないですわねぇ。暁の取り柄は何ですの?』

 ピン! と勢いよく頬から手を離されて、私は赤くなっているであろう頬を摩りながら雫をやんわりと睨みました。でも雫は笑ったのです。

『暁の取り柄は〝元気なこと〟でしょう? 拓磨様を笑顔にするお役目は暁の特権ですわ。あなたに元気がないと、私も調子が狂いますのよ』
『元気なことって……私の取り柄、それだけ?』

 何だか少し馬鹿にされてる気もするけれど、雫が冗談で言っているとも思えませんでした。確かに私が笑うと、拓磨様も楽しそうに微笑んでくれるのです。そしてそのお顔が私は、何よりも好きなのです。
 言われてみれば、それは華葉にはできないことだと思うし、それだけは負けない自信があります。

 あと、それが一番私らしい。

『……拓磨様を探してくる』
『えぇ、雨も降ってきたことですし、お迎えに行ってくださいまし』

 雫の言葉に元気よく返事をすると、傘を持って山鳥の姿に変身し、私は小雨の空へと飛び立ったのでした。


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 討伐で下手でもやらかしたか? しかし|呪《しゅ》にかかったのは子供のようだし、人に対して何の感情も持たない|拓磨《奴》ならば、即拘束して|呪詛《じゅそ》返しして終わりであろう。手間取るとも失敗するとも到底思えん。ならば何故赤鳥は……。
 くだらん。そんなこと僕が留意したところで何の関係もない。
「父上、そろそろ出掛けます。任務の前に今日も拓磨に探りを入れて参りますので」
 赤鳥が帰った後の|御頭《おかしら》の間に顔を出すと、父上は忙しなく書をしたためていた。
 あの呪に手を染めた外道陰陽師は陰陽連の所属、それも我々嘉納家の派閥に属する家の者だった。当然父上は|陰陽頭《おんみょうのかみ》としても嘉納家当主としてもその責任に問われ、罰は受けずともその始末に追われていた。
 奴は陰陽連への恩を仇で返した上、自害して逃げ、父上の顔に泥を塗ったのだ。
 それでも父上は「まぁ何とかなるさ」と楽観的だ。僕は魂を呼び戻してでも八つ裂きにしたいほど憎らしいのに。だがそんな術は存在しないし、人の魂を弄ぶのは規律違反。それではあの外道と同じだ。
 だからこそ僕にできることで、父上の心配事を一つでも早急に減らしたい。
「あぁ|蒼士《そうし》。それなんだが私の勘ぐり過ぎだったようだ。もう気にしなくて良い」
「は……? いや、ですがあの式神には、まだ注意が必要かと」
 何を言い出すのかと思った。赤鳥に何か入れ知恵でもされたのか?
 否、父上が簡単に惑わされるはずがない。……が、突然〝気にするな〟と言われても戸惑うのは当然だ。
「いいんだ、お前も任務で忙しかろう。手間かけたな、蒼士」
「はぁ、そうですか……。父上がそう仰るなら」
 僕はそう言って一礼し退室したが、何だかとても煮え切らない気分だった。
 気にしなくて良い? 父上に刃向かうつもりは毛頭ないが、今回については納得がいかなかった。
 そもそも父上は寮内でも「愛弟子を溺愛している」と噂されるほど、息子の僕を差し置いて拓磨に甘いところがある。それについてはいい加減、イチイチ腹を立てるのも阿呆らしいと思うようになったが……いや、腹は立つが。
 もしや既に何かを知り、父上は拓磨を庇ってそれを隠しているのでは。そんな気がしてならない。
<私は拓磨の式神の|華葉《かよう》だ>
 ふわりと揺れる栗色の髪、琥珀色の瞳。凜としたあの声に息を飲む。
 もう一度あの女に会えば、その仮面の下の正体を暴けるかも知れない。別に奴の式神に興味などないが、これは僕が怪しいと思うから調べる、それだけだ。
 ――そう。ただ、それだけだ。他意など、ない。
 拓磨様が出掛けました、華葉を連れて。もうそれから|一刻《いっとき》(二時間)ほどが経ったと思います。
 当然、私も同行するように言われたけれど、私は初めて拓磨様の命令に背いてしまいました。式神として失格なのは百も承知ですが、今日はもう何もしたくないのです。拓磨様と華葉が一緒にいるのも見たくないのです。
 最近の拓磨様は、華葉が来てからずっと彼女に頼りっぱなしで、正直全然面白くありません。そりゃあ、私ができることは飛ぶことと妖気を察することくらいで、拓磨様のお役に立てることは少ないけれど、これまで精一杯やってきたんですよ?
 拓磨様の式神だから、じゃない。勿論それは揺るぎない事実です。でもそれだけじゃない。
 拓磨様が、好きだから。
 ずっと大好きで、ずっとお傍にいたいのに、今は気づくと拓磨様の近くには華葉がいるんです。|白狼《はくろう》様を倒した時も、心力鍛錬を行った時も。五感鍛錬だって華葉の一言で前進したし、美月姫様に気に入られたのも華葉。全部ぜーんぶ華葉。
 確かに華葉は凄いです。分かろうとしましたよ、私だって子供じゃないですから。
 でも今回は許せなかったんです。
 勝手に妖怪だと晒して、拓磨様を窮地に追いやったんですから。
 拓磨様と離れるなんて考えたくもありません。天国なんてくそ食らえです。
『暁、おりますの?』
 |御簾《みす》の外から声が聞こえたけれど、私は返事をしませんでした。でも御簾が開かれる音がしても、逃げるつもりもありません。
 彼女はふて腐れて寝転がっている私を見て、大きな溜め息を吐きました。
『いつまでそうして拗ねているつもりですの、拓磨様がお困りですわよ』
『……雫は不安じゃなかったの?』
 その一言に雫は黙りました。彼女だって拓磨様のことが好きだし、拓磨様が陰陽師でなくなったら消えゆく存在なのです。私と同じ気持ちのはずなのに、どうして雫は平気なのでしょう。
『不安でしたわよ』
『じゃあどうして、華葉を許せるの!?』
 上半身を起こして雫を睨みつけましたが、彼女は動じることもなく冷静に私を見下ろしていました。そんな姿に今は益々腹が立ちます。
 雫は暫く私の睨みを受け止めると口を開きました。
『華葉がしたことは、拓磨様を守るためだから、ですわ』
 その一言に私の中に一筋の衝撃が走った気がしました。そんな私を気にすることなく、雫は続けます。
『確かに華葉は妖怪であると正体を晒し、拓磨様のお立場を危うくしました。無意識だったでは許されません。しかしそれは窮地に立った拓磨様をお守りしたい思いからであり、そのお陰で呪から姫様を救ったと聞いておりますわ。暁もご存じでしょう』
 雫は私の傍に寄ると腰を下ろし、更に続けました。
『暁が拓磨様を好いているのは重々承知ですわ。私にはあなたの想いに勝てないと言ったことがあるでしょう。ですが私たちの本来のお役目を忘れてはなりません』
『本来の……役目?』
 聞き返すと、雫は頷きました。
『私たちはあくまで式神、拓磨様をお守りするのが第一の使命です。そして華葉が拓磨様のお傍にいるのも、私たちと同じ思いを持っているからですわ』
 それを聞いて私はあることを思い出しました。それは、華葉を家族の一員として迎えた日。私たちの願いで拓磨様が花見を用意してくださる前の早朝。雫は華葉とこんな会話をしたと話していたんです。
<あなた。拓磨様のことを、どう思っておりますの?>
<それはよく分からないな。でも、私はただ……拓磨が大切だと思うから、拓磨を守りたい。それ以外は何もない>
 その言葉どおり、華葉は拓磨様を守りたい一心だったのです。拓磨様の死を恐れた彼女は我を忘れ、己の力を放出したに他ありません。
『拓磨様が陰陽師でなくなれば私たちは消えますわ。でもご存命であれば、いつかまた陰陽師として復帰できるかも知れません。そうすれば私たちはまた会うことができるでしょう。私たちは家族、拓磨様は必ずそうしてくださると私は信じますわ』
 確かに、死んでしまっては何も残らない。私たちにとって拓磨様の死以上に、悲しいことなんてあるはずがない。私はそんなことも忘れていたのでしょうか。
 式神の役目は、主を命に代えて守り、主を助けること。
 雫の言うとおりです。
 それは分かった、けど。
『でも悔しいじゃない、私たちじゃ妖怪の華葉には勝てないのよ?』
 式神は陰陽師のように鍛錬したところで、何も変わりません。妖怪のように術が使えるわけでもないのです。そんな私たちに華葉よりお役に立てるわけがない。
 すると雫はムッとして私の頬に両手を伸ばし、勢いよく引っ張りました。
『|ひ、ひはひ《い いたい》~! |はひふふほほぅ《なにするのよぅ》っ!?』
『あーもー、何も分かってないですわねぇ。暁の取り柄は何ですの?』
 ピン! と勢いよく頬から手を離されて、私は赤くなっているであろう頬を摩りながら雫をやんわりと睨みました。でも雫は笑ったのです。
『暁の取り柄は〝元気なこと〟でしょう? 拓磨様を笑顔にするお役目は暁の特権ですわ。あなたに元気がないと、私も調子が狂いますのよ』
『元気なことって……私の取り柄、それだけ?』
 何だか少し馬鹿にされてる気もするけれど、雫が冗談で言っているとも思えませんでした。確かに私が笑うと、拓磨様も楽しそうに微笑んでくれるのです。そしてそのお顔が私は、何よりも好きなのです。
 言われてみれば、それは華葉にはできないことだと思うし、それだけは負けない自信があります。
 あと、それが一番私らしい。
『……拓磨様を探してくる』
『えぇ、雨も降ってきたことですし、お迎えに行ってくださいまし』
 雫の言葉に元気よく返事をすると、傘を持って山鳥の姿に変身し、私は小雨の空へと飛び立ったのでした。