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第三十五話 悲しみの華

ー/ー



「ご苦労だったな、暁」

 言葉の直後の降り立った茜色の翼は、揺らぐように朱色の着物の袖へと変化する。いつもなら満面の笑顔で『戻りました!』という返答があるのだが、今日の彼女は無表情のまま黙って私を真っ直ぐに見つめていた。

 次に対面に座っていた雫を。
 更に、その後ろで不安そうな華葉(かよう)を見ると、少し目を細める。

『ご報告、申し上げます』

 暁は再び私に視線を戻すと、そう切り出した。



 正午。
 私は華葉を引き連れて大納言の屋敷に足を運んでいた。

 暁による寮からの伝達で、大納言の呼び立てに応じろとの令が下ったのだ。
 元々今日は、華葉の件で美月(みづき)と母親に話をしに行く予定であったが、呼びつけてくれた方が手間が省けるため有りがたい。向こうが招くならば、上流貴族と会うための面倒な段取りは不要だからな。

拓磨(たくま)……本当にすまない。私のせいでお前に迷惑をかけてしまった」
「お前を置いているのは私の意思だ、お前が気にすることではない。それに安心するのは、まだこれからだ」

 昨晩から落ち込む華葉と共に、私は今、とりあえず堂々と都を歩いている。
 
 暁の話では『陰陽頭(おんみょうのかみ)様とは任務完了のご報告しか言葉を交わしておりません』とのことで、通常と何の変わりもなく事済んだそうだ。
 華葉という新たな式神については一切触れることはなかったらしい。それを聞いて一先ずは胸を撫で下ろすことができた。

 主犯の陰陽師が切腹した件については調査中と聞く。まだ自害とも(しゅ)とも断定はされていないが、私は呪であると確信している。
 男はその黒幕に華葉の秘密を暴露する前に始末された――と判断するのが妥当だが、それはそれで都合が良すぎる気がして心中は穏やかではない。面白半分に話を握られてなければ良いのだが。

 ともあれ、陰陽連からは何も咎められていないのは事実。あとは今から会う二人を口止めできれば〝資格剥奪〟についての危機は一時脱せるということだ。

「それもそうだが、暁は許してくれまいぞ」
「仕方あるまい、私に尽くす使命感はどんな式神よりも強いからな。今回のような事態は参るが、とりあえず様子を見るしかなかろう」

 今、この場に暁の姿はない。
 故に私は今から自分で大納言と話をしなければならず、とても気が重い。

 自分が消える危機に脅かされ、暁はずっとふて腐れていた。子供のように拗ねるのはよくあることだが、彼女は報告を終えるなり部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。更には今回の同行命令まで拒否する事態。式神と言えど女人の部屋に押し入るのは流石の私でも気が引け、強行はしなかった。
 代わりに雫が同行すると申し出てくれたが、彼女にはそれをさせたくない事情がある。かなり頭を抱えたが結局、自ら大納言の相手をする苦渋の選択をした。

 もう、腹を括るしかない。
 それに今から一番辛いのは、恐らく華葉の方になる。本当は連れてきたくなかったのだが、美月に謝りたいと言って聞かなかったのだ。

 やりきれない思いを抱えながら、私は夏風に揺れる栗色の髪を眺めた。


 大納言邸の門の前まで到着すると直ぐに庭の方へと通された。昨日と同じように母屋では大納言がどっしりと構えていて、早く来いと言わんばかりに手招きをされた。

「すまぬな拓磨、早々に呼び出して。さぁ座れ……おや、今日は従者は一人か?」
「式神召喚にも力を使うもので。して、何用にございますか」

 一般人にはそれ以上聞き返せない返答をして、早々に用件を聞き出す。言い慣れない言葉に舌を噛みそうだ。

「おぉ、そうだな。それなのだが……呪の正体は何であったか?」
「その件ですか。わざわざ呼びつけずとも説明に参ると申したはずですが、何故(なにゆえ)急がれまするか」

 私の問いかけに、大納言は落ち着きのない様子だった。
 確かに昨日は結界壁(けっかいへき)を暗転して外部と完全に封鎖したために、当事者以外は一部始終を知らないのだ。私も後始末をして直ぐに犯人の屋敷へ向かってしまったしな。

 しかし既に美月も母親も目覚めていることだろう。
 ――予想通り、彼女たちは何も語っておらぬか。

「気になるであろう、何故私の娘が呪などにかかったのか。何者かが私の地位を狙っておるのか? それとも私への嫌がらせか?」

 明らかに何かを気にしている口ぶりだ。……あぁ、そう言えば近々、朝廷で大きな議会が控えていたな。それに影響するのが懸念か?
 上の人間はほとほと、己のことで頭がいっぱいらしい。

「言うなればそうですね、嫌がらせが正解かも知れませぬな」
「なぬ!? それは誠か、一体何者なのだ!?」

何奴(ドイツ)此奴(コイツ)モ、私ノ邪魔ヲシオッテ! 殺シテヤル! コノ娘モモ、奪ワレルナラ皆殺シテヤルゥ!!〟

 脳裏に蘇るのは、錯乱した美月()が口走ったあの言葉だ。あれは彼女のものとしては違和感があり〝美月は本体ではない〟と見破るに至った要因である。
 自分のことを示すのに「この娘」とは言わない。呪に犯されても本人の意思は反映されるもの。我を忘れて美月に成りすますのを忘れたのだろう。

 美月でなければ誰か? 彼女に関係する人間であるのは間違いない。
 あの場には大納言と家臣や女房は大勢いたが、唯一そこに姿のない者があった。

 それが美月の母親。女は親族以外の男には姿を晒さないため顔は知らぬが、あの時顔を隠している女は見当らなかった。母親であれば「あの人」にも説明がつく。

「それは……」
「それはわたくしにございます、あなた」

 突然の女の声に私と大納言が驚いて振り返ると、女房を二人従えて扇で顔を隠した女が立っていた。彼女は私に一礼すると大納言の傍に腰を下ろした。
 言わずもがな、美月の母親本人である。

「安曇拓磨様、此度のことは大変お騒がせいたしました」
「お前、どうゆうことだ。お前が呪の正体と申すのか?」

 困惑した顔で問いかける大納言に対し、母親は何食わぬ顔で「その通りでございます」と答えた。

「あなたがいけないのです。美月が産まれてから、あの娘ばかりを可愛がり私には目もくれぬではございませんか。その妬みが私に呪を呼んだのです」

 成敗されて観念したのか、それとも大暴れして気が晴れたのか。彼女はあっさりと事の発端を自白してしまった。妬みというのは初めは小さくとも、積もりに積もれば恨みに変わりやすいものだ。たかが嫉妬と邪険にすれば痛い目を見る。
 あまりの衝撃だったのか大納言は青い顔をして黙り込んでしまった。その様子を呆れて見ていたが、隣で華葉が小刻みに震えているのに気づいて嫌な予感がした。

「そんな……そんなことで、美月を危険な目に晒したのか!」

 拳を握りしめ、急に怒鳴り声を上げた華葉に大納言は驚いて彼女を見上げた。
 ……あぁ、やっぱり。予感は的中し、私は思わず額を押さえた。

「お主、口が聞けたのか?」
「私のことはどうでも良いだろう。何故美月を苦しめたと聞いているんだ!」

 頭に血が上り鬼の剣幕で怒り狂う華葉を、とりあえず宥めて落ち着かせる。するとその様子を見ていた母親は淡々と言った。

「美月、美月って……軽々しく娘の名を口にしないでいただけますこと?」
「はぁ? それはどうゆう――」

 彼女の凍り付くような冷たい目に、華葉の動きが蛇に睨まれたようにピタリと止まった。私はその言葉に強い憤りを感じたが、それを沈めるように目を閉じる。

 これは他でもない、華葉の正体を知っているからこそ。
 しかしこれがの反応なのだ。……これが現実なのだ、華葉。

 これこそ、正体を明かした代償。

「お方様、あなたにお願いがございます」

 気を落ち着かせて彼女にそう切り出すと、扇から覗く瞳がこちらを向いた。

「分かっております、始めからそのおつもりでしたのでしょう?」
「お、おい。何の話だ?」

 妻の爆弾発言に加え、覚えのない話まで出て狼狽える大納言を、彼女は鋭い目つきで睨んで黙らせた。意外と弱いな、この男。

「流石はお方様、話が早くて助かります。無論、私は此度のことはこれ以上詮索はいたしませんし、決して他言もいたしませぬ。任務であるが故、陰陽頭への報告はお許しいただきたい」
「構いませぬが、それは其方(そなた)たちには守秘義務があり当然のことです。私は別の条件を出させていただきますよ、拓磨様」

 〝華葉が妖怪だと口外しない条件〟とは、互いに敢えて口にしない。
 そして彼女が告げた条件に固まったままの華葉をさて置き、私は震える拳を押さえ、その条件を受け入れた。


 帰り道、都には小雨が降り注いでいた。大路に連なる、青々とした葉をつけた桜たちには恵みの雨でも、こちらの〝華〟にはただ冷たく無情なものとなった。大納言に傘を貸すと言われたが、返すのが面倒で丁重に断ったため濡れて歩く私の少し後方を、同じように華葉が歩いている。
 すると何の前触れもなく彼女の足音が止み、私は後ろを振り返った。俯いていて表情が見えない。

「拓磨、妖怪とはそんなに(やま)しい生き物なのか?」

 その声は震えているように聞こえた。
 妖怪も泣くのだろうか。顔を見たところで雨のせいでそれを判断は不可能だ。

〝私も詳細は問いただしませぬ。どうか二度と、特には、我々に近づかないでくださいまし。勿論、美月にも〟

 それが母親が出した条件。彼女はそれ以上は何も語らなかったが言わずとも分かる。例え己と娘を助けた存在であっても、それが妖怪であるなど気味が悪くていたたまれないのだ。
 ましてや娘と友になるなど論外。普通の人間ならそう思う。

 ――それが人間と妖怪の関係。

「なぁ拓磨、答えてくれ。私は何故妖怪なのだ……ッ」

 悲痛な声は、彼女の感情を代わりに表す空の涙の中に消えていった。


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「ご苦労だったな、暁」
 言葉の直後の降り立った茜色の翼は、揺らぐように朱色の着物の袖へと変化する。いつもなら満面の笑顔で『戻りました!』という返答があるのだが、今日の彼女は無表情のまま黙って私を真っ直ぐに見つめていた。
 次に対面に座っていた雫を。
 更に、その後ろで不安そうな|華葉《かよう》を見ると、少し目を細める。
『ご報告、申し上げます』
 暁は再び私に視線を戻すと、そう切り出した。
 正午。
 私は華葉を引き連れて大納言の屋敷に足を運んでいた。
 暁による寮からの伝達で、大納言の呼び立てに応じろとの令が下ったのだ。
 元々今日は、華葉の件で|美月《みづき》と母親に話をしに行く予定であったが、呼びつけてくれた方が手間が省けるため有りがたい。向こうが招くならば、上流貴族と会うための面倒な段取りは不要だからな。
「|拓磨《たくま》……本当にすまない。私のせいでお前に迷惑をかけてしまった」
「お前を置いているのは私の意思だ、お前が気にすることではない。それに安心するのは、まだこれからだ」
 昨晩から落ち込む華葉と共に、私は今、とりあえず堂々と都を歩いている。
 暁の話では『|陰陽頭《おんみょうのかみ》様とは任務完了のご報告しか言葉を交わしておりません』とのことで、通常と何の変わりもなく事済んだそうだ。
 華葉という新たな式神については一切触れることはなかったらしい。それを聞いて一先ずは胸を撫で下ろすことができた。
 主犯の陰陽師が切腹した件については調査中と聞く。まだ自害とも|呪《しゅ》とも断定はされていないが、私は呪であると確信している。
 男はその黒幕に華葉の秘密を暴露する前に始末された――と判断するのが妥当だが、それはそれで都合が良すぎる気がして心中は穏やかではない。面白半分に話を握られてなければ良いのだが。
 ともあれ、陰陽連からは何も咎められていないのは事実。あとは今から会う二人を口止めできれば〝資格剥奪〟についての危機は一時脱せるということだ。
「それもそうだが、暁は許してくれまいぞ」
「仕方あるまい、私に尽くす使命感はどんな式神よりも強いからな。今回のような事態は参るが、とりあえず様子を見るしかなかろう」
 今、この場に暁の姿はない。
 故に私は今から自分で大納言と話をしなければならず、とても気が重い。
 自分が消える危機に脅かされ、暁はずっとふて腐れていた。子供のように拗ねるのはよくあることだが、彼女は報告を終えるなり部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。更には今回の同行命令まで拒否する事態。式神と言えど女人の部屋に押し入るのは流石の私でも気が引け、強行はしなかった。
 代わりに雫が同行すると申し出てくれたが、彼女にはそれをさせたくない事情がある。かなり頭を抱えたが結局、自ら大納言の相手をする苦渋の選択をした。
 もう、腹を括るしかない。
 それに今から一番辛いのは、恐らく華葉の方になる。本当は連れてきたくなかったのだが、美月に謝りたいと言って聞かなかったのだ。
 やりきれない思いを抱えながら、私は夏風に揺れる栗色の髪を眺めた。
 大納言邸の門の前まで到着すると直ぐに庭の方へと通された。昨日と同じように母屋では大納言がどっしりと構えていて、早く来いと言わんばかりに手招きをされた。
「すまぬな拓磨、早々に呼び出して。さぁ座れ……おや、今日は従者は一人か?」
「式神召喚にも力を使うもので。して、何用にございますか」
 一般人にはそれ以上聞き返せない返答をして、早々に用件を聞き出す。言い慣れない言葉に舌を噛みそうだ。
「おぉ、そうだな。それなのだが……呪の正体は何であったか?」
「その件ですか。わざわざ呼びつけずとも説明に参ると申したはずですが、|何故《なにゆえ》急がれまするか」
 私の問いかけに、大納言は落ち着きのない様子だった。
 確かに昨日は|結界壁《けっかいへき》を暗転して外部と完全に封鎖したために、当事者以外は一部始終を知らないのだ。私も後始末をして直ぐに犯人の屋敷へ向かってしまったしな。
 しかし既に美月も母親も目覚めていることだろう。
 ――予想通り、彼女たちは何も語っておらぬか。
「気になるであろう、何故私の娘が呪などにかかったのか。何者かが私の地位を狙っておるのか? それとも私への嫌がらせか?」
 明らかに何かを気にしている口ぶりだ。……あぁ、そう言えば近々、朝廷で大きな議会が控えていたな。それに影響するのが懸念か?
 上の人間はほとほと、己のことで頭がいっぱいらしい。
「言うなればそうですね、嫌がらせが正解かも知れませぬな」
「なぬ!? それは誠か、一体何者なのだ!?」
〝|何奴《ドイツ》モ|此奴《コイツ》モ、私ノ邪魔ヲシオッテ! 殺シテヤル! コノ娘モ《《アノ人》》モ、奪ワレルナラ皆殺シテヤルゥ!!〟
 脳裏に蘇るのは、錯乱した|美月《呪》が口走ったあの言葉だ。あれは彼女のものとしては違和感があり〝美月は本体ではない〟と見破るに至った要因である。
 自分のことを示すのに「この娘」とは言わない。呪に犯されても本人の意思は反映されるもの。我を忘れて美月に成りすますのを忘れたのだろう。
 美月でなければ誰か? 彼女に関係する人間であるのは間違いない。
 あの場には大納言と家臣や女房は大勢いたが、唯一そこに姿のない者があった。
 それが美月の母親。女は親族以外の男には姿を晒さないため顔は知らぬが、あの時顔を隠している女は見当らなかった。母親であれば「あの人」にも説明がつく。
「それは……」
「それはわたくしにございます、あなた」
 突然の女の声に私と大納言が驚いて振り返ると、女房を二人従えて扇で顔を隠した女が立っていた。彼女は私に一礼すると大納言の傍に腰を下ろした。
 言わずもがな、美月の母親本人である。
「安曇拓磨様、此度のことは大変お騒がせいたしました」
「お前、どうゆうことだ。お前が呪の正体と申すのか?」
 困惑した顔で問いかける大納言に対し、母親は何食わぬ顔で「その通りでございます」と答えた。
「あなたがいけないのです。美月が産まれてから、あの娘ばかりを可愛がり私には目もくれぬではございませんか。その妬みが私に呪を呼んだのです」
 成敗されて観念したのか、それとも大暴れして気が晴れたのか。彼女はあっさりと事の発端を自白してしまった。妬みというのは初めは小さくとも、積もりに積もれば恨みに変わりやすいものだ。たかが嫉妬と邪険にすれば痛い目を見る。
 あまりの衝撃だったのか大納言は青い顔をして黙り込んでしまった。その様子を呆れて見ていたが、隣で華葉が小刻みに震えているのに気づいて嫌な予感がした。
「そんな……そんなことで、美月を危険な目に晒したのか!」
 拳を握りしめ、急に怒鳴り声を上げた華葉に大納言は驚いて彼女を見上げた。
 ……あぁ、やっぱり。予感は的中し、私は思わず額を押さえた。
「お主、口が聞けたのか?」
「私のことはどうでも良いだろう。何故美月を苦しめたと聞いているんだ!」
 頭に血が上り鬼の剣幕で怒り狂う華葉を、とりあえず宥めて落ち着かせる。するとその様子を見ていた母親は淡々と言った。
「美月、美月って……軽々しく娘の名を口にしないでいただけますこと?」
「はぁ? それはどうゆう――」
 彼女の凍り付くような冷たい目に、華葉の動きが蛇に睨まれたようにピタリと止まった。私はその言葉に強い憤りを感じたが、それを沈めるように目を閉じる。
 これは他でもない、華葉の正体を知っているからこそ。
 しかしこれが《《普通の人間》》の反応なのだ。……これが現実なのだ、華葉。
 これこそ、正体を明かした代償。
「お方様、あなたにお願いがございます」
 気を落ち着かせて彼女にそう切り出すと、扇から覗く瞳がこちらを向いた。
「分かっております、始めからそのおつもりでしたのでしょう?」
「お、おい。何の話だ?」
 妻の爆弾発言に加え、覚えのない話まで出て狼狽える大納言を、彼女は鋭い目つきで睨んで黙らせた。意外と弱いな、この男。
「流石はお方様、話が早くて助かります。無論、私は此度のことはこれ以上詮索はいたしませんし、決して他言もいたしませぬ。任務であるが故、陰陽頭への報告はお許しいただきたい」
「構いませぬが、それは|其方《そなた》たちには守秘義務があり当然のことです。私は別の条件を出させていただきますよ、拓磨様」
 〝華葉が妖怪だと口外しない条件〟とは、互いに敢えて口にしない。
 そして彼女が告げた条件に固まったままの華葉をさて置き、私は震える拳を押さえ、その条件を受け入れた。
 帰り道、都には小雨が降り注いでいた。大路に連なる、青々とした葉をつけた桜たちには恵みの雨でも、こちらの〝華〟にはただ冷たく無情なものとなった。大納言に傘を貸すと言われたが、返すのが面倒で丁重に断ったため濡れて歩く私の少し後方を、同じように華葉が歩いている。
 すると何の前触れもなく彼女の足音が止み、私は後ろを振り返った。俯いていて表情が見えない。
「拓磨、妖怪とはそんなに|疚《やま》しい生き物なのか?」
 その声は震えているように聞こえた。
 妖怪も泣くのだろうか。顔を見たところで雨のせいでそれを判断は不可能だ。
〝私も詳細は問いただしませぬ。どうか二度と、特に《《その従者様》》は、我々に近づかないでくださいまし。勿論、美月にも〟
 それが母親が出した条件。彼女はそれ以上は何も語らなかったが言わずとも分かる。例え己と娘を助けた存在であっても、それが妖怪であるなど気味が悪くていたたまれないのだ。
 ましてや娘と友になるなど論外。普通の人間ならそう思う。
 ――それが人間と妖怪の関係。
「なぁ拓磨、答えてくれ。私は何故妖怪なのだ……ッ」
 悲痛な声は、彼女の感情を代わりに表す空の涙の中に消えていった。