見間違いだと、思った。
雨は先に増して強まっていたし、厚い雨雲と雨粒のせいですっかり風景は水色にぼやけていたし、それに……それに、他人と由鷹を見間違ったのは、これが初めてではなかったから。
けれど、濡れた前髪越しに寺の鴨居飾りを見上げている、それは間違いなく由鷹だった。
なぜここにいるのか。
こうして目にしながら、それでも到底信じられずにずっと立ちつくしていた私に、やがて由鷹も気付いた。
その場から動こうとしない私に向け、濡れた髪をかき上げて笑うと歩み寄ってくる。
私を抱きしめるため、その腕を広げて。
「……よかった、会えた。待ってたんだ、ずっと。きっと、栄理子はここに来るって思って、それで……。
来てほしかったんだ。俺と別れようとしたこと、悔やんで、つらく思って、来てくれますようにって、毎日願ってた」
おおいかぶさるように私を抱きしめ、やっとのことのようにそれだけを口にする。
冷え切った体の奥底まで染み入ってくる、熱く熱をはらんだ、少しかすれた声のささやき。
激しい抱擁だった。隙間なくぴたりと身を触れあわせ、さながらひとつに溶けあおうとしているかのように激しく、そして優しい。
一体いつからここにいてくれたのだろう。冷え切った体。触れあった箇所から生まれてくるぬくもりは、まるで再び重なろうとしている私たちの想いのようだ。
半月も離れていなかったのに、まるで何十日も会えなかったかのように懐かしい。
波のように打ち寄せて胸を満たす心地よいめまいに吐息までもれる。
いけないことだと思いながらもその背に手を回し、私もまた、由鷹を抱きしめていた。
「私も……」
恐ろしさに震えが止まらない。
また始めようとするのは間違っているかもしれない。この恋が生むのは苦しみのほうが多いのだと知っている。
由鷹を愛するのは、不幸だ。きっとまた私は自由奔放な由鷹を憎み、彼を取り巻くすべての者に族妬して、みにくく歪むだろう。永遠に埋まることのない歳の差の年月を嘆き、疑心暗鬼にとらわれるに違いない。これほど苦しい日々を送ったのに、それでも愛を口にしてくれない、残酷な恋人に。
「私、も」
涙がこぼれる。
さらに深く傷つくことが分かっていながら、それでも引きはがせなかった。
あんなにも求めた胸。
どうして放すことができるのか。こんなにも……失えば生きていけないと思うほど、求めているのに。
「あいたかった」
つぶやいたのはどちらか。
離れていた時間をさぐりあうように深く唇を重ねあわせる。
この、不幸の中の幸せがはたしてどれほど続くかは分からない。
きっとまた何度も今度のようなことを繰り返すに決まっている。
由鷹は私を愛してはいない。もっと辛い思いをして、傷つき、別れることになるかもしれない。けれど、それでもこのときだけは信じたかった。このぬくもりは愛だと。
たとえ、このとき限りの錯覚であろうとも。
それでも。
由鷹と再び巡りあった雨の中。そんな、泣きたくなるような悲痛な思いを私はかみしめていた。
【雨の向こうに 了】