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本章2

ー/ー



 私はすぐに先ほど教えてもらった日野さんがお昼休みに使ったという休憩室に向かう。日野さんは自分のデスク周りをもう一度探し出したので、完全に別行動である。
 罰ゲーム付きの意味の分からない宝探しゲームの始まり。でも、何故か胸は高鳴り始めていた。まるで小学生の頃にでも戻った気分だった。休憩室には二個の長椅子と自販機だけ。自販機の下までスマホのライトを当てて確認したが、休憩室の中を探すのは鍵が見つからないまま僅か五分で終わってしまう。私がオフィスに戻ると日野さんはいなくなっていたので、私はオフィスで日野さんのデスク周りの床や、オフィスの入り口から日野さんのデスクまでの道を入念に探す。

「ないよね……」

 というか、よく考えればいくら情報を教えてもらっても、この勝負は鍵や自分の通った場所をよく分かっている日野さんが圧倒的に有利である。

「十分間の小言は嫌だよ〜」

 ついそう呟いた私の後ろから「まだ僕も鍵を見つけてないのに降参するんですか?」と日野さんが私に声をかけた。今まであれだけ無口だったくせに一丁前に煽ってくる。

「自分で言うのもあれですが、僕の小言は面倒臭いですよ」
「最悪じゃないですか!」

 私はそれからもオフィスを探し続けたが、三十分丸々探しても鍵を見つけることは出来なかった。

「日野さん、そろそろ外を探したいです」
「僕もそう思っていました。じゃあ行きましょう」

 謎のコンビ感を出しながら、私たちは会社を出て会社から駅までの道を隅々まで探しながら歩いていく。

「というか、もし日野さんの家から最寄り駅までに鍵を落としていたら始発まで探せないじゃないですか」
「それはないと思います。電車の中でかばんの中を見た時はまだあったはずなので」
「なるほど……じゃあ駅までの道をより真剣に探しましょう」

 深夜だったが街灯も多い道で、スマホのライトがなくても鍵を探すことが出来た。ただ用水路などに落ちていた場合はもうどうしようもないだろう。

「日野さん、鍵にキーホルダーとかついていないんですか?」
「先ほど鍵の見た目を教えた時も言いましたが、つけてないです」
「もし見つけられたら、これを機につけましょう。見つけやすさが段違いになるはずです」
「僕、キーホルダーって持ってないんですよね」

 確かに日野さんがキーホルダーをつけていることを見たことはないし、アクセサリーをつけているところも見たこともなければ、スーツ姿以外も見たことがない。私は割とキーホルダーをつけるタイプだったので、私の家の鍵についている二個のキーホルダーのうちシンプルな方を取って、日野さんに渡す。

「私はいっぱいキーホルダーを持っているので良かったらどうぞ」
「いや、申し訳ないですよ」
「こっちの割とデカめのぬいぐるみキーホルダーの方が欲しいって言いました?」
「すみません、始めに差し出してくれた方を頂きます」
「素直でよろしい」

 そんな冗談みたいな会話をして、私たちは顔を見合わせる。


「「ふはっ」」


 二人の笑い声が揃って、それが深夜の静かな空気に響き渡っていくのが楽しかった。あれ、深夜ってこんなに楽しいものだったっけ? 突然のトラブル対応で終電を乗り過ごしたのに、なんか楽しくて堪らない。
 先に鍵を見つけたいのに見つけたくないような、この勝負に勝ちたいのにまだこの時間が終わってほしくないような、そんな感覚。きっと私はもうこの特別な空気感に当てられている。

「坂下さん、こんなことに付き合わせて申し訳ありません」

 ふと沈黙が走った時に日野さんがそう言った。まるで急に我にでも返ったように。

「こんなことって何のことですか? 今は楽しい宝探しゲームしかしてないですよ」

 いつもなら絶対に言わない格好つけたセリフ。朝になったら恥ずかしくてベッドの上で頭を抱えてしまいそうだけれど、今は良いの。だって普段は味わえない非日常だから。

「坂下さんって優しいですよね」

 日野さんの顔は下を向いて鍵を探しているので、よく見えなかった。

「今日のトラブルも坂下さんにほぼ関係ないのに、一緒にトラブル対応してくれましたし」
「いや、日野さんのトラブルがレアすぎて今日が初めてだったので……」
「それでも、他の社員は全員帰っていましたよ」

 日野さんは今、どんな顔でこの会話をしているのだろうか。声色だけでは分からない。声色だけで相手の感情が分かるほど私たちはまだ親しくない。

「坂下さんは優しいんですよ。口下手な僕に懲りずに話しかけてくれて、僕の言葉をゆっくりと待っていてくれる」

 その時、気づいた。日野さんが先ほどから足を止めていることに。
 道の端っこ、固いコンクリートの上、銀色の鍵が日野さんの目線の先に落ちている。道の端っこの隙間に落ちていたので、幸いにもこの時間まで誰にも蹴られたりしなかったのだろう。

「鍵、見つかったんですか!?」

 私が慌てて日野さんに駆け寄ると、日野さんは目の前の鍵を片手でヒョイっと拾った。

「勝負は僕の勝ちですね」

 日野さんの持っている鍵には確かにキーホルダーは一つもついていない。そこに日野さんが私が先ほどあげたキーホルダーをつけた。

「付け方、これであっていますか?」
「あっていますよ。キーホルダーの付け方を間違えるって何ですか」

 私がつい笑ってしまうと、日野さんは不意に一瞬だけ真剣な顔になってその後にいつもの表情に戻った。

「坂下さん。勝負は僕の勝ちなので、約束通りもう深夜に一人で歩かないで下さいね。それと今から小言十分間です」
「今から小言言うんですか!?」

 私のツッコミを無視して、日野さんは勝手に小言を言い始める気満々である。

「じゃあ、今から言いますね。坂下さん……」

 その一瞬の言葉と言葉の間の息継ぎがすごく長く感じた。






「好きですよ。ずっと前から。今から十分間、僕の小言を聞いて下さいね」






 それからの十分間に私の好きな所を嬉しそうに沢山話されることを私はまだ知らない。


fin.



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 私はすぐに先ほど教えてもらった日野さんがお昼休みに使ったという休憩室に向かう。日野さんは自分のデスク周りをもう一度探し出したので、完全に別行動である。
 罰ゲーム付きの意味の分からない宝探しゲームの始まり。でも、何故か胸は高鳴り始めていた。まるで小学生の頃にでも戻った気分だった。休憩室には二個の長椅子と自販機だけ。自販機の下までスマホのライトを当てて確認したが、休憩室の中を探すのは鍵が見つからないまま僅か五分で終わってしまう。私がオフィスに戻ると日野さんはいなくなっていたので、私はオフィスで日野さんのデスク周りの床や、オフィスの入り口から日野さんのデスクまでの道を入念に探す。
「ないよね……」
 というか、よく考えればいくら情報を教えてもらっても、この勝負は鍵や自分の通った場所をよく分かっている日野さんが圧倒的に有利である。
「十分間の小言は嫌だよ〜」
 ついそう呟いた私の後ろから「まだ僕も鍵を見つけてないのに降参するんですか?」と日野さんが私に声をかけた。今まであれだけ無口だったくせに一丁前に煽ってくる。
「自分で言うのもあれですが、僕の小言は面倒臭いですよ」
「最悪じゃないですか!」
 私はそれからもオフィスを探し続けたが、三十分丸々探しても鍵を見つけることは出来なかった。
「日野さん、そろそろ外を探したいです」
「僕もそう思っていました。じゃあ行きましょう」
 謎のコンビ感を出しながら、私たちは会社を出て会社から駅までの道を隅々まで探しながら歩いていく。
「というか、もし日野さんの家から最寄り駅までに鍵を落としていたら始発まで探せないじゃないですか」
「それはないと思います。電車の中でかばんの中を見た時はまだあったはずなので」
「なるほど……じゃあ駅までの道をより真剣に探しましょう」
 深夜だったが街灯も多い道で、スマホのライトがなくても鍵を探すことが出来た。ただ用水路などに落ちていた場合はもうどうしようもないだろう。
「日野さん、鍵にキーホルダーとかついていないんですか?」
「先ほど鍵の見た目を教えた時も言いましたが、つけてないです」
「もし見つけられたら、これを機につけましょう。見つけやすさが段違いになるはずです」
「僕、キーホルダーって持ってないんですよね」
 確かに日野さんがキーホルダーをつけていることを見たことはないし、アクセサリーをつけているところも見たこともなければ、スーツ姿以外も見たことがない。私は割とキーホルダーをつけるタイプだったので、私の家の鍵についている二個のキーホルダーのうちシンプルな方を取って、日野さんに渡す。
「私はいっぱいキーホルダーを持っているので良かったらどうぞ」
「いや、申し訳ないですよ」
「こっちの割とデカめのぬいぐるみキーホルダーの方が欲しいって言いました?」
「すみません、始めに差し出してくれた方を頂きます」
「素直でよろしい」
 そんな冗談みたいな会話をして、私たちは顔を見合わせる。
「「ふはっ」」
 二人の笑い声が揃って、それが深夜の静かな空気に響き渡っていくのが楽しかった。あれ、深夜ってこんなに楽しいものだったっけ? 突然のトラブル対応で終電を乗り過ごしたのに、なんか楽しくて堪らない。
 先に鍵を見つけたいのに見つけたくないような、この勝負に勝ちたいのにまだこの時間が終わってほしくないような、そんな感覚。きっと私はもうこの特別な空気感に当てられている。
「坂下さん、こんなことに付き合わせて申し訳ありません」
 ふと沈黙が走った時に日野さんがそう言った。まるで急に我にでも返ったように。
「こんなことって何のことですか? 今は楽しい宝探しゲームしかしてないですよ」
 いつもなら絶対に言わない格好つけたセリフ。朝になったら恥ずかしくてベッドの上で頭を抱えてしまいそうだけれど、今は良いの。だって普段は味わえない非日常だから。
「坂下さんって優しいですよね」
 日野さんの顔は下を向いて鍵を探しているので、よく見えなかった。
「今日のトラブルも坂下さんにほぼ関係ないのに、一緒にトラブル対応してくれましたし」
「いや、日野さんのトラブルがレアすぎて今日が初めてだったので……」
「それでも、他の社員は全員帰っていましたよ」
 日野さんは今、どんな顔でこの会話をしているのだろうか。声色だけでは分からない。声色だけで相手の感情が分かるほど私たちはまだ親しくない。
「坂下さんは優しいんですよ。口下手な僕に懲りずに話しかけてくれて、僕の言葉をゆっくりと待っていてくれる」
 その時、気づいた。日野さんが先ほどから足を止めていることに。
 道の端っこ、固いコンクリートの上、銀色の鍵が日野さんの目線の先に落ちている。道の端っこの隙間に落ちていたので、幸いにもこの時間まで誰にも蹴られたりしなかったのだろう。
「鍵、見つかったんですか!?」
 私が慌てて日野さんに駆け寄ると、日野さんは目の前の鍵を片手でヒョイっと拾った。
「勝負は僕の勝ちですね」
 日野さんの持っている鍵には確かにキーホルダーは一つもついていない。そこに日野さんが私が先ほどあげたキーホルダーをつけた。
「付け方、これであっていますか?」
「あっていますよ。キーホルダーの付け方を間違えるって何ですか」
 私がつい笑ってしまうと、日野さんは不意に一瞬だけ真剣な顔になってその後にいつもの表情に戻った。
「坂下さん。勝負は僕の勝ちなので、約束通りもう深夜に一人で歩かないで下さいね。それと今から小言十分間です」
「今から小言言うんですか!?」
 私のツッコミを無視して、日野さんは勝手に小言を言い始める気満々である。
「じゃあ、今から言いますね。坂下さん……」
 その一瞬の言葉と言葉の間の息継ぎがすごく長く感じた。
「好きですよ。ずっと前から。今から十分間、僕の小言を聞いて下さいね」
 それからの十分間に私の好きな所を嬉しそうに沢山話されることを私はまだ知らない。
fin.