本章1
ー/ー 深夜一時、定時間際に起きたトラブルにより、IT会社に勤める私は急遽仕事場に残っていた。
「終電過ぎちゃいましたね」
一緒にトラブル対応をした私の隣のデスクの同僚、日野さんに世間話を振る。私と同い年の男性社員だが、日野さんには一つ問題がある。
「どうします? タクシーで帰りますよね?」
「……」
「それとも日野さんは近くのホテルにでも泊まりますか?」
「……」
うーん、相変わらず無口だ。もうどう会話を続けて良いか分からない。
トラブル対応をしている間は二人とも仕事に集中していたし、仕事に関することはちゃんと丁寧に答えてくれるので何も問題はなかった。別に後は会社から出て別れるだけなのだから世間話をする必要はないのだが、「お疲れ様でした」くらいは言わせてほしい。
「あの、日野さん。お疲れ様でした。私はもう帰りますけど……」
「坂下さんは宝探しゲームをしたことってありますか?」
突然の意味不明な質問。しかしいつも無口な人に突然真面目に聞かれると、もうどうすれば良いか分からなくてそのまま答えてしまう。
「宝探しゲームって隠した宝を探すやつですよね? 小さい頃にはよくしましたけど……」
「そうですか、得意でしたか?」
「はい?」
「得意でしたか?」
「いや、まぁ見つけるのは早い方でしたけれど……」
ちゃんと答えてあげる私も意味が分からないが、この質問を真面目にする日野さんの方が三倍は意味が分からない。しかし次の日野さんの言葉で私は今までの流れの意味を知る。
「坂下さん、手伝ってほしいことがあるんです。実は家の鍵を無くしたようで、お昼休みからずっと探しているんです」
「始めから普通にそう言ってくれませんか!? 大変じゃないですか!」
私は咄嗟にデスクから立ち上がってしまう。ガタンという音と共に私が勢いよく立ち上がったので、日野さんがキョトンと驚いた顔をしている。
「いつからないんですか? 家を出た時は持って来たんですよね?」
「鍵を閉めた記憶はありますし、カバンのいつもと同じ場所に鍵をしまった記憶もあります。しかし昼休みになってカバンの中に鍵がないことに気づいて……。駅の落とし物センターに連絡を入れたのですが届いてないと言われました」
「では始めに会社の中を探した後に日野さんの通勤に使った道を辿りましょう」
「そうですね。ありがとうございます、坂下さん」
自分で言うのも何だが、割とこう言う時の冷静さには自信がある。自分の場合だったら見つからなかった場合まで想定するが、今はそんな話をしても日野さんをさらに焦らすだけかもしれないのでやめておいた。
「にしても、なんで鍵がないのを探すのに宝探しゲームなんて言ったんですか?」
「……僕、口下手で」
否定してあげたいが否定出来ない。だって普段無口な上に、突然話し出したら宝探しゲームの話である。
「まぁでも落ち込むより宝探しゲームだと思った方が楽しそうですね。日野さんの鍵が宝ってことで、どちらが先に見つけられるか勝負しましょう」
「坂下さんは本当にお優しいですね」
「いや、タクシーで帰るってさっき嘘つきましたけど、今金欠なんでそこらへんでブラブラして朝まで時間を潰そうと思っていたので時間があるんです」
「っ!?」
先ほどまで鍵を無くしても割と落ち着いていた日野さんの顔色に一気に焦りが見えた。
「こんな時間に女性一人で危ないですよ!」
「……わかってます」
「本当ですか!?」
「分かっているから、タクシーで帰るって嘘をついたというか……」
「馬鹿ですか! タクシー代くらい貸すのでちゃんと言ってください!」
先ほどまで意味不明な質問をして来ていた日野さんに真面目に怒られて私は普通に落ち込んでしまう。
「いや、そこまで金欠なわけじゃないですよ? ただタクシーも高いし、もうこの時間だし始発までウロウロしてても良いかなって……」
無駄に金欠を誤魔化したくて、言い訳じみた言い返しをしたせいで日野さんの顔が若干引き攣っている。
「何かあってからでは遅いのはもちろん警戒心が強くあることは大事なことで……」
どうしよう、何故かお説教モードである。
「ちょ、ちょっと待って下さい! そこまで心配しなくても私ももう社会人ですし……」
「警戒心が強いに越したことはありませんし、社会人だから大丈夫なんて言う油断が一番良くないと思います」
日野さんは仕事が出来る人なので正論の威力もそれはまぁ強い。しかもこう言う時だけ口下手はどこに行ったと言うレベルではっきりと喋る。それくらい心配してくれているのだろうが、つい怖気付いてしまう。
「いや、まぁ実際一緒に宝探しゲームをするので大丈夫になったわけですから良いじゃないですか」
嗜めようとしたつもりがそれで私は日野さんの何かの引き金を引いたらしい。
「分かりました。坂下さん、宝探しゲームは勝負でしたよね?」
「え?」
「もし僕が勝ったら自己防衛意識を高めて、これからは深夜に一人で歩こうと思わないで下さい。それと僕の小言を十分間、聞いて下さい」
シンプルに小言十分間が一番嫌である。しかも何故私が鍵探しを手伝っているのに罰ゲームまで用意されないといけないのか。
「それでは私に得がないと多います」
「ええ。だからもし坂下さんが勝った場合は、坂下さんの頼みを僕が一個聞きます。何でも良いですよ。小林課長が仕事を押し付けて来た時に僕が制止する券一枚でも良いですよ」
「本当ですか!?」
悔しいが小林課長は仕事を押し付ける時が多いし、無口で無愛想な日野さんを恐れているので、それが一番助かる。
「約束ですからね?」
「僕がそんな約束を破るタイプに見えますか?」
「……」
「見えるんですね。今度気をつけます」
こうやってちゃんと話してみると日野さんは案外喋りやすい。無口というか人見知りなのだろう。こうやってちゃんと話して慣れてくれれば、全然普通に会話が出来る。
「ちなみに鍵の見た目と今日会社の中で日野さんが使った場所をちゃんと教えてほしいです。じゃないとフェアじゃないので」
「分かりました」
日野さんがメモ帳を取り出し、イラスト付きで鍵の見た目を教えてくれる。深夜でトラブル対応後なのでお互いテンションがおかしくなっている部分もあるのだと思う。アドレナリンでも出ているのかもしれない。じゃないと、良い歳をした大人二人が真剣に無くした鍵を宝に見立てて、どちらが先に見つけるか競うなんて正気の沙汰じゃない。
「三十分後まで会社の中を探しましょう。会社の外に出る時は当たり前ですが僕も一緒に行きます」
日野さんと目を合わせる。日野さんがパンと手を叩いて音を出したのが合図だった。
「では、スタート!」
「終電過ぎちゃいましたね」
一緒にトラブル対応をした私の隣のデスクの同僚、日野さんに世間話を振る。私と同い年の男性社員だが、日野さんには一つ問題がある。
「どうします? タクシーで帰りますよね?」
「……」
「それとも日野さんは近くのホテルにでも泊まりますか?」
「……」
うーん、相変わらず無口だ。もうどう会話を続けて良いか分からない。
トラブル対応をしている間は二人とも仕事に集中していたし、仕事に関することはちゃんと丁寧に答えてくれるので何も問題はなかった。別に後は会社から出て別れるだけなのだから世間話をする必要はないのだが、「お疲れ様でした」くらいは言わせてほしい。
「あの、日野さん。お疲れ様でした。私はもう帰りますけど……」
「坂下さんは宝探しゲームをしたことってありますか?」
突然の意味不明な質問。しかしいつも無口な人に突然真面目に聞かれると、もうどうすれば良いか分からなくてそのまま答えてしまう。
「宝探しゲームって隠した宝を探すやつですよね? 小さい頃にはよくしましたけど……」
「そうですか、得意でしたか?」
「はい?」
「得意でしたか?」
「いや、まぁ見つけるのは早い方でしたけれど……」
ちゃんと答えてあげる私も意味が分からないが、この質問を真面目にする日野さんの方が三倍は意味が分からない。しかし次の日野さんの言葉で私は今までの流れの意味を知る。
「坂下さん、手伝ってほしいことがあるんです。実は家の鍵を無くしたようで、お昼休みからずっと探しているんです」
「始めから普通にそう言ってくれませんか!? 大変じゃないですか!」
私は咄嗟にデスクから立ち上がってしまう。ガタンという音と共に私が勢いよく立ち上がったので、日野さんがキョトンと驚いた顔をしている。
「いつからないんですか? 家を出た時は持って来たんですよね?」
「鍵を閉めた記憶はありますし、カバンのいつもと同じ場所に鍵をしまった記憶もあります。しかし昼休みになってカバンの中に鍵がないことに気づいて……。駅の落とし物センターに連絡を入れたのですが届いてないと言われました」
「では始めに会社の中を探した後に日野さんの通勤に使った道を辿りましょう」
「そうですね。ありがとうございます、坂下さん」
自分で言うのも何だが、割とこう言う時の冷静さには自信がある。自分の場合だったら見つからなかった場合まで想定するが、今はそんな話をしても日野さんをさらに焦らすだけかもしれないのでやめておいた。
「にしても、なんで鍵がないのを探すのに宝探しゲームなんて言ったんですか?」
「……僕、口下手で」
否定してあげたいが否定出来ない。だって普段無口な上に、突然話し出したら宝探しゲームの話である。
「まぁでも落ち込むより宝探しゲームだと思った方が楽しそうですね。日野さんの鍵が宝ってことで、どちらが先に見つけられるか勝負しましょう」
「坂下さんは本当にお優しいですね」
「いや、タクシーで帰るってさっき嘘つきましたけど、今金欠なんでそこらへんでブラブラして朝まで時間を潰そうと思っていたので時間があるんです」
「っ!?」
先ほどまで鍵を無くしても割と落ち着いていた日野さんの顔色に一気に焦りが見えた。
「こんな時間に女性一人で危ないですよ!」
「……わかってます」
「本当ですか!?」
「分かっているから、タクシーで帰るって嘘をついたというか……」
「馬鹿ですか! タクシー代くらい貸すのでちゃんと言ってください!」
先ほどまで意味不明な質問をして来ていた日野さんに真面目に怒られて私は普通に落ち込んでしまう。
「いや、そこまで金欠なわけじゃないですよ? ただタクシーも高いし、もうこの時間だし始発までウロウロしてても良いかなって……」
無駄に金欠を誤魔化したくて、言い訳じみた言い返しをしたせいで日野さんの顔が若干引き攣っている。
「何かあってからでは遅いのはもちろん警戒心が強くあることは大事なことで……」
どうしよう、何故かお説教モードである。
「ちょ、ちょっと待って下さい! そこまで心配しなくても私ももう社会人ですし……」
「警戒心が強いに越したことはありませんし、社会人だから大丈夫なんて言う油断が一番良くないと思います」
日野さんは仕事が出来る人なので正論の威力もそれはまぁ強い。しかもこう言う時だけ口下手はどこに行ったと言うレベルではっきりと喋る。それくらい心配してくれているのだろうが、つい怖気付いてしまう。
「いや、まぁ実際一緒に宝探しゲームをするので大丈夫になったわけですから良いじゃないですか」
嗜めようとしたつもりがそれで私は日野さんの何かの引き金を引いたらしい。
「分かりました。坂下さん、宝探しゲームは勝負でしたよね?」
「え?」
「もし僕が勝ったら自己防衛意識を高めて、これからは深夜に一人で歩こうと思わないで下さい。それと僕の小言を十分間、聞いて下さい」
シンプルに小言十分間が一番嫌である。しかも何故私が鍵探しを手伝っているのに罰ゲームまで用意されないといけないのか。
「それでは私に得がないと多います」
「ええ。だからもし坂下さんが勝った場合は、坂下さんの頼みを僕が一個聞きます。何でも良いですよ。小林課長が仕事を押し付けて来た時に僕が制止する券一枚でも良いですよ」
「本当ですか!?」
悔しいが小林課長は仕事を押し付ける時が多いし、無口で無愛想な日野さんを恐れているので、それが一番助かる。
「約束ですからね?」
「僕がそんな約束を破るタイプに見えますか?」
「……」
「見えるんですね。今度気をつけます」
こうやってちゃんと話してみると日野さんは案外喋りやすい。無口というか人見知りなのだろう。こうやってちゃんと話して慣れてくれれば、全然普通に会話が出来る。
「ちなみに鍵の見た目と今日会社の中で日野さんが使った場所をちゃんと教えてほしいです。じゃないとフェアじゃないので」
「分かりました」
日野さんがメモ帳を取り出し、イラスト付きで鍵の見た目を教えてくれる。深夜でトラブル対応後なのでお互いテンションがおかしくなっている部分もあるのだと思う。アドレナリンでも出ているのかもしれない。じゃないと、良い歳をした大人二人が真剣に無くした鍵を宝に見立てて、どちらが先に見つけるか競うなんて正気の沙汰じゃない。
「三十分後まで会社の中を探しましょう。会社の外に出る時は当たり前ですが僕も一緒に行きます」
日野さんと目を合わせる。日野さんがパンと手を叩いて音を出したのが合図だった。
「では、スタート!」
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