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4話目 ルカワ基地

ー/ー



 チャイカを誘導して30分程しただろうか。
 ラサン本島北端の海岸付近に位置するルカワ空軍基地の滑走路が見え始め、先行していたゴスペル隊が着陸しているのが見える。
 
 ルカワ空軍基地はラサンからゾディアックへ貸与された基地であり、交差する2本の滑走路が特徴的な基地である。
 チャイカはリオール本土から飛んできて燃料が少ないらしく、隣を飛んで分かったが機体各所に被弾痕まであった。

 戦闘後だという事は見て取れる。
 何と戦ったのか、それは着陸後に訊くこととなるだろう。

「ルカワタワーよりブラッドムーン、着陸を許可する。風は方位203から4ノット」

「チャイカ、先に降りろ」

「了解、着陸します」

「間違っても、ヘマして滑走路を塞ぐなよ」

 彼女が着陸に失敗して滑走路を塞いだら、横風用滑走路へ迂回しなければならない。
 その分の燃料がもったいないし、再進入は中々手間がかかる。

 損傷機には酷な話だが、燃料さえ残っていたならば最後に着陸させたかったのも事実だ。

 実際、降下していくチャイカはかなりフラフラしていて危なっかしい。
 見ていてヒヤヒヤとしてしまうのは、ユウジだけではない。

「おい、救急班呼んだ方がいいんじゃねえか?」

「もう手配してる。俺たちは横風滑走路に行く準備だ」

 少しずつ、階段を降りていくように機体が降下していく。
 酒にでも酔ったかのようにフラフラと、新米パイロットに操縦桿を握らせた方がマシだと思える程に酷い揺れ方をしながら地面へと迫り、ついにタイヤが滑走路へ触れる。

 細い主脚と蓮龍に比べて弱いサスペンションはどうにかその衝撃を受け止めて、機体を滑走させる。
 ユウジは思わず安堵の溜息を吐き、シートの背もたれへ身体を預けた。

「横風用滑走路、行く意味無くなっちまったな」

 アレッサンドロがケラケラ笑っている。
 お前も心配していた癖にと肩を竦めながらも、改めて笑みを浮かべたユウジはプレストークスイッチへ手を伸ばす。

「このまま降りるぞ。お前は右半分だ」

「あいよ、お上品に行こうぜ」

 それ以上の言葉は要らない。
 ユウジは滑走路中央に引かれたセンターラインより左側を目指して降下し、アレッサンドロはそんなユウジよりやや後ろでセンターライン右側を狙う。

 僚機の後方は翼端から発生する乱気流へ巻き込まれるため、機体の安定を保つのが難しい。
 しかしアレッサンドロはユウジが巻き起こす乱気流をものともしないし、ユウジもアレッサンドロがその程度で操縦を誤るとは思ってもいない。

 長くともに翼を並べて来た者同士だからこその信頼がある。
 着陸という、危険が付きまとう場面で衝突しそうな程に近くを飛んでいたとしても恐れはしない。

 高度計の針がゆっくりと降下の方へと針を回す。
 迫る路面の真っ直ぐその先を見つめ、接地の刹那に操縦桿を僅かに引いた。

 主翼下の主脚が路面へ触れて、サスペンションが沈み込む。
 それでも下から突き上げるような衝撃がユウジの尻を襲い、路面の凹凸がシートを不快に揺らす。
 遅れて機首の前脚が路面を捉え、空を浮いていた蓮龍は地を滑る。

 息の合った熟練パイロット同士だからこそできる2機同時の着陸を、チャイカは遠目に見つめていた。
 舞い降りる姿さえ優雅に見える龍の姿は、空に憧れたものの心を掴んで離しはしない。

「凄い……」

 そんな呟きは操縦席へ閉じ込められ、喧しく響くエンジンが掻き消してしまう。
 コックピットから降りることも忘れて見入ってしまうような、美しい飛び方をする彼らと戦えたならばどれだけ楽しいだろうか、そんな危うい思考が浮かび上がっては理性に撃墜されていく。

 鋭い旋回に追従して、得意の失速機動で追い越させて撃ったら、イヌワシはどうやって反撃に出るだろうか?
 期待とでもいうべきだろうか、今までにないようなエースと出会って、心が震えだす。

 その隣を飛ぶのが自分だったら、そう考えずにはいられない。
 強者と肩を並べて飛びたいと、そういうパイロットと戦いたいと願うのが翼を持つ者の性なのだから。

 そしてそれを撃ち墜としたいと思う事さえ、戦闘機へ魅せられたものの本能なのだろう。

 そんな彼女の前でイヌワシの機体が翼を休める。
 その操縦席から身を乗り出した、若い男は短く切りそろえた黒髪を風にそよがせて空を見つめた。

 今日飛んだ空模様はどうだっただろうか、ドッグファイトの感触はどうだっただろうかと思い出すように蒼空を見つめるユウジは止まり木で翼を休めるイヌワシとなる。

「おい、早く降りて来いよ。挨拶に行ってねえだろ」

 それを下から煽り立てる、淡いブロンドの髪をポマードでまとめた長身の男。
 イヌワシの周りで喧しく飛ぶカラスのようなアレッサンドロへ目を向けたユウジは薄く笑みを浮かべ、愛機の主翼に足をかけて地上へと降り立った。

 コンクリートで舗装された駐機場の地面を踏むたびに、自分が地上へ沈んだのだと自覚する。
 燃料の問題や機体の整備をしなければならないせいで、永久に空を飛ぶという贅沢が許されない。
 それは人の身に生まれたからこその苦悩だろう。そんな現実に目を向けるたび、ユウジは溜息を吐く。

「あの、ブラッドムーン隊ですよね?」

 ルカワ基地で見たことのない、雪のような白銀のセミロングヘアーに月を思わせる蒼の双眸。
 たまにアレッサンドロの雑誌に写真が載っているアイドルが慰問に来たのではないかと思うような、可愛らしい女性がそこにいた。

「おう、俺っちがブラッドムーン隊長、アレッサンドロ・ラッツァリーニ中尉!」

「嘘言うなバカ野郎!隊長はこの俺、イリヤ・ヴァシレフスキー少尉だ!」

「あたっ!?」

 いつの間に来ていたのだろうか、燃え尽きた灰のように若干くすんだ銀髪を短く刈り揃えた青年、イリヤの飛び蹴りがアレッサンドロを襲う。
 呆気にとられるチャイカを他所に、ユウジは冷たい目をしたまま溜息を吐いた。

「……ブラッドムーン隊1番機、ユウジ・サガミ大尉だ。チャイカだな?」

 短く切り揃えたカラスを思わせる黒い髪、猛禽の如く鋭い目の中心には深淵のような漆黒の瞳が浮かんでいる。
 
 黒髪と黒目の組み合わせ、蓮龍を生み出したラサン人の外見的特徴を兼ね備えたイヌワシがチャイカの目の前に立つ。
 威圧感を与える目付きの悪さと、必要以上のことを語らないが故に見えない彼の人格が不気味さを醸し出し、思わず言葉を失って一瞬の静寂が訪れる。

「は、はい!リオール防空軍第132飛行中隊所属、レイラ・べレジナ准尉です!」

 チャイカことレイラは厳しい情感を前にしたような気分で敬礼する。
 ユウジはあくまで傭兵であって正規兵ではない。故に軍人のような敬礼をする習慣はないのだが無視するのも気分が悪いと思ったのだろうか、軽くではあるが敬礼を返す。

「緊急事態というのは聞いたが、リオールからどうしてここまで単機で来たのか、司令官に説明してもらう。いいな?」

 ルカワ基地は傭兵団ゾディアックが駐留する基地であり、更にはラサン皇国からの借り物である。
 そこにリオール防空軍所属のレイラが緊急着陸をしたからには司令官へ訳を説明しなければならない。
 場合によってはラサン政府にも事情を説明する必要がある。

 そんな内情をユウジは内心煩わしく思っていた。
 空で戦い、空に死ぬ。それが誇りであるパイロットだから、地上での厄介事は嫌いだ。
 地上に降りてくるたびにそういう面倒事が起きるならば、いっそ空を飛び続けていたいと本気で考えるくらいには。

「了解しました。いつお伺いすれば?」

「今からだ。どうせ俺も報告に行かなきゃならん。サンドロ、イリヤ!晩飯の献立を確認しておいてくれ」

「イリヤ、俺はハンバーグに1000イラーツ賭けておくぜ」

「それじゃあ、俺はメルルーサのムニエルに1000だ。ユウジはどうする?」

「鯖の味噌煮に1000」

 ユウジはいつものように仲間と夕食の献立で賭けをしながら、ついて来いとエルナへ向けて首を振ってみせる。
 お堅い雰囲気ではあるが、少し融通は効く人なのだろうか。エルナは心の中でユウジの評価を改めつつあった。


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次のエピソードへ進む 5話目 新たな戦火


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 チャイカを誘導して30分程しただろうか。
 ラサン本島北端の海岸付近に位置するルカワ空軍基地の滑走路が見え始め、先行していたゴスペル隊が着陸しているのが見える。
 ルカワ空軍基地はラサンからゾディアックへ貸与された基地であり、交差する2本の滑走路が特徴的な基地である。
 チャイカはリオール本土から飛んできて燃料が少ないらしく、隣を飛んで分かったが機体各所に被弾痕まであった。
 戦闘後だという事は見て取れる。
 何と戦ったのか、それは着陸後に訊くこととなるだろう。
「ルカワタワーよりブラッドムーン、着陸を許可する。風は方位203から4ノット」
「チャイカ、先に降りろ」
「了解、着陸します」
「間違っても、ヘマして滑走路を塞ぐなよ」
 彼女が着陸に失敗して滑走路を塞いだら、横風用滑走路へ迂回しなければならない。
 その分の燃料がもったいないし、再進入は中々手間がかかる。
 損傷機には酷な話だが、燃料さえ残っていたならば最後に着陸させたかったのも事実だ。
 実際、降下していくチャイカはかなりフラフラしていて危なっかしい。
 見ていてヒヤヒヤとしてしまうのは、ユウジだけではない。
「おい、救急班呼んだ方がいいんじゃねえか?」
「もう手配してる。俺たちは横風滑走路に行く準備だ」
 少しずつ、階段を降りていくように機体が降下していく。
 酒にでも酔ったかのようにフラフラと、新米パイロットに操縦桿を握らせた方がマシだと思える程に酷い揺れ方をしながら地面へと迫り、ついにタイヤが滑走路へ触れる。
 細い主脚と蓮龍に比べて弱いサスペンションはどうにかその衝撃を受け止めて、機体を滑走させる。
 ユウジは思わず安堵の溜息を吐き、シートの背もたれへ身体を預けた。
「横風用滑走路、行く意味無くなっちまったな」
 アレッサンドロがケラケラ笑っている。
 お前も心配していた癖にと肩を竦めながらも、改めて笑みを浮かべたユウジはプレストークスイッチへ手を伸ばす。
「このまま降りるぞ。お前は右半分だ」
「あいよ、お上品に行こうぜ」
 それ以上の言葉は要らない。
 ユウジは滑走路中央に引かれたセンターラインより左側を目指して降下し、アレッサンドロはそんなユウジよりやや後ろでセンターライン右側を狙う。
 僚機の後方は翼端から発生する乱気流へ巻き込まれるため、機体の安定を保つのが難しい。
 しかしアレッサンドロはユウジが巻き起こす乱気流をものともしないし、ユウジもアレッサンドロがその程度で操縦を誤るとは思ってもいない。
 長くともに翼を並べて来た者同士だからこその信頼がある。
 着陸という、危険が付きまとう場面で衝突しそうな程に近くを飛んでいたとしても恐れはしない。
 高度計の針がゆっくりと降下の方へと針を回す。
 迫る路面の真っ直ぐその先を見つめ、接地の刹那に操縦桿を僅かに引いた。
 主翼下の主脚が路面へ触れて、サスペンションが沈み込む。
 それでも下から突き上げるような衝撃がユウジの尻を襲い、路面の凹凸がシートを不快に揺らす。
 遅れて機首の前脚が路面を捉え、空を浮いていた蓮龍は地を滑る。
 息の合った熟練パイロット同士だからこそできる2機同時の着陸を、チャイカは遠目に見つめていた。
 舞い降りる姿さえ優雅に見える龍の姿は、空に憧れたものの心を掴んで離しはしない。
「凄い……」
 そんな呟きは操縦席へ閉じ込められ、喧しく響くエンジンが掻き消してしまう。
 コックピットから降りることも忘れて見入ってしまうような、美しい飛び方をする彼らと戦えたならばどれだけ楽しいだろうか、そんな危うい思考が浮かび上がっては理性に撃墜されていく。
 鋭い旋回に追従して、得意の失速機動で追い越させて撃ったら、イヌワシはどうやって反撃に出るだろうか?
 期待とでもいうべきだろうか、今までにないようなエースと出会って、心が震えだす。
 その隣を飛ぶのが自分だったら、そう考えずにはいられない。
 強者と肩を並べて飛びたいと、そういうパイロットと戦いたいと願うのが翼を持つ者の性なのだから。
 そしてそれを撃ち墜としたいと思う事さえ、戦闘機へ魅せられたものの本能なのだろう。
 そんな彼女の前でイヌワシの機体が翼を休める。
 その操縦席から身を乗り出した、若い男は短く切りそろえた黒髪を風にそよがせて空を見つめた。
 今日飛んだ空模様はどうだっただろうか、ドッグファイトの感触はどうだっただろうかと思い出すように蒼空を見つめるユウジは止まり木で翼を休めるイヌワシとなる。
「おい、早く降りて来いよ。挨拶に行ってねえだろ」
 それを下から煽り立てる、淡いブロンドの髪をポマードでまとめた長身の男。
 イヌワシの周りで喧しく飛ぶカラスのようなアレッサンドロへ目を向けたユウジは薄く笑みを浮かべ、愛機の主翼に足をかけて地上へと降り立った。
 コンクリートで舗装された駐機場の地面を踏むたびに、自分が地上へ沈んだのだと自覚する。
 燃料の問題や機体の整備をしなければならないせいで、永久に空を飛ぶという贅沢が許されない。
 それは人の身に生まれたからこその苦悩だろう。そんな現実に目を向けるたび、ユウジは溜息を吐く。
「あの、ブラッドムーン隊ですよね?」
 ルカワ基地で見たことのない、雪のような白銀のセミロングヘアーに月を思わせる蒼の双眸。
 たまにアレッサンドロの雑誌に写真が載っているアイドルが慰問に来たのではないかと思うような、可愛らしい女性がそこにいた。
「おう、俺っちがブラッドムーン隊長、アレッサンドロ・ラッツァリーニ中尉!」
「嘘言うなバカ野郎!隊長はこの俺、イリヤ・ヴァシレフスキー少尉だ!」
「あたっ!?」
 いつの間に来ていたのだろうか、燃え尽きた灰のように若干くすんだ銀髪を短く刈り揃えた青年、イリヤの飛び蹴りがアレッサンドロを襲う。
 呆気にとられるチャイカを他所に、ユウジは冷たい目をしたまま溜息を吐いた。
「……ブラッドムーン隊1番機、ユウジ・サガミ大尉だ。チャイカだな?」
 短く切り揃えたカラスを思わせる黒い髪、猛禽の如く鋭い目の中心には深淵のような漆黒の瞳が浮かんでいる。
 黒髪と黒目の組み合わせ、蓮龍を生み出したラサン人の外見的特徴を兼ね備えたイヌワシがチャイカの目の前に立つ。
 威圧感を与える目付きの悪さと、必要以上のことを語らないが故に見えない彼の人格が不気味さを醸し出し、思わず言葉を失って一瞬の静寂が訪れる。
「は、はい!リオール防空軍第132飛行中隊所属、レイラ・べレジナ准尉です!」
 チャイカことレイラは厳しい情感を前にしたような気分で敬礼する。
 ユウジはあくまで傭兵であって正規兵ではない。故に軍人のような敬礼をする習慣はないのだが無視するのも気分が悪いと思ったのだろうか、軽くではあるが敬礼を返す。
「緊急事態というのは聞いたが、リオールからどうしてここまで単機で来たのか、司令官に説明してもらう。いいな?」
 ルカワ基地は傭兵団ゾディアックが駐留する基地であり、更にはラサン皇国からの借り物である。
 そこにリオール防空軍所属のレイラが緊急着陸をしたからには司令官へ訳を説明しなければならない。
 場合によってはラサン政府にも事情を説明する必要がある。
 そんな内情をユウジは内心煩わしく思っていた。
 空で戦い、空に死ぬ。それが誇りであるパイロットだから、地上での厄介事は嫌いだ。
 地上に降りてくるたびにそういう面倒事が起きるならば、いっそ空を飛び続けていたいと本気で考えるくらいには。
「了解しました。いつお伺いすれば?」
「今からだ。どうせ俺も報告に行かなきゃならん。サンドロ、イリヤ!晩飯の献立を確認しておいてくれ」
「イリヤ、俺はハンバーグに1000イラーツ賭けておくぜ」
「それじゃあ、俺はメルルーサのムニエルに1000だ。ユウジはどうする?」
「鯖の味噌煮に1000」
 ユウジはいつものように仲間と夕食の献立で賭けをしながら、ついて来いとエルナへ向けて首を振ってみせる。
 お堅い雰囲気ではあるが、少し融通は効く人なのだろうか。エルナは心の中でユウジの評価を改めつつあった。