失踪事件は突如、捜査中止となった。
「自主的な失踪だ」「捜査の必要なし」
紙切れ一枚で七人の行方は闇に放り込まれた。
だが、藤崎は納得できなかった。
夜ごと倉庫街へ足を運び、単独で捜査を続けた。
そしてある晩——
倉庫の陰から、重い袋を運ぶ男が現れた。
若い。肩を震わせながら、袋を抱えている。
湿った、鉄のような匂いが漂った。
「待て!」
男は逃げない。
ただ、ゆっくりとこちらを振り返った。
「刑事さんか」
その顔は不自然なほど冷静だった。
藤崎は拳銃に手を伸ばした。
「その袋の中身を見せてもらおう」
「やめた方がいい」
男は微笑んだ。
「あなたが見たら、後に引けなくなる」
「もう手遅れだ。こっちは七人分、追ってる」
「七つじゃない。もっとだ」
静かな声だった。
男が指を鳴らすと、倉庫の扉が内側から開いた。
奥に、ミシンの唸り。
皮を打ち抜くダダダダという刺すような音。
暗がりから誰かが近づいてきた。
「……仕立て屋か」
古びたエプロンの男が、針を指に転がしながら言う。
「警察は困る。せっかく上手く回っていたのに」
次の瞬間、後頭部に衝撃。
世界が暗転した。
※
目が覚めたとき、体が動かなかった。
首から下が、まるで別人のもののように重い。
皮膚のどこかを引き剥がされるような灼ける痛み。
息を吸うたび鉄の匂いが喉を刺した。
「暴れないで。傷が付く」
仕立て屋の声。
道具の音。鋏。針。糸。
皮が引き伸ばされる感覚。
肉から離れる音が、生々しく鼓膜を叩いた。
「大丈夫。痛みはすぐ消える。
あなたは、綺麗に生まれ変わる」
暗闇の中で、藤崎は喉を震わせた。
「……誰が、買う……」
「たくさんいる。みんな本物を欲しがってる」
その言葉を最後に、声も思考も遠のいていった。
※
三週間後。
鷹野は、街の高級店に立っていた。
捜査中止後、藤崎は行方を絶った。
上からは「転勤になった」とだけ報告された。
だが、何の痕跡もない。連絡もない。
それはあり得ない。
藤崎はそんな消え方をする男じゃない。
鷹野は店内を歩き、ある展示棚の前で立ち止まった。
柔らかいベージュのバッグ。
表面はしっとりしなやかで、細かな皺が寄っている。
どこかで見たような色だった。
ふと、バッグの側面に小さな黒子があった。
ずっと藤崎の頬にあった、小さな黒子と同じ場所。
喉が締まった。
「……嘘だろ」
指で触れようとした瞬間、店員が笑った。
「お客様、それは一点ものです。
もう手に入りません。特注ですから」
鷹野は気づいてしまった。
誰にも言えない真実に。
店を出ると、冷たい風が吹いた。
倉庫街の方角から、低い機械の唸りが聞こえた気がした。
捜査は終わった。
藤崎も、事件も、何もかも。
だが、街にはまだバッグが並ぶ。
新作は定期的に増える。
鷹野は拳を握り、前を向いた。
目は笑っていなかった。
——この街は、まだ誰かの皮を求めている。
それだけは、確かだった。
<了>