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(5)

ー/ー



 失踪事件は突如、捜査中止となった。
 「自主的な失踪だ」「捜査の必要なし」
 紙切れ一枚で七人の行方は闇に放り込まれた。
 だが、藤崎は納得できなかった。
 夜ごと倉庫街へ足を運び、単独で捜査を続けた。
 そしてある晩——
 倉庫の陰から、重い袋を運ぶ男が現れた。
 若い。肩を震わせながら、袋を抱えている。
 湿った、鉄のような匂いが漂った。
「待て!」
 男は逃げない。
 ただ、ゆっくりとこちらを振り返った。
「刑事さんか」
 その顔は不自然なほど冷静だった。
 藤崎は拳銃に手を伸ばした。
「その袋の中身を見せてもらおう」
「やめた方がいい」
 男は微笑んだ。
「あなたが見たら、後に引けなくなる」
「もう手遅れだ。こっちは七人分、追ってる」
「七つじゃない。もっとだ」
 静かな声だった。
 男が指を鳴らすと、倉庫の扉が内側から開いた。
 奥に、ミシンの唸り。
 皮を打ち抜くダダダダという刺すような音。
 暗がりから誰かが近づいてきた。
「……仕立て屋か」
 古びたエプロンの男が、針を指に転がしながら言う。
「警察は困る。せっかく上手く回っていたのに」
 次の瞬間、後頭部に衝撃。
 世界が暗転した。
     ※
 目が覚めたとき、体が動かなかった。
 首から下が、まるで別人のもののように重い。
 皮膚のどこかを引き剥がされるような灼ける痛み。
 息を吸うたび鉄の匂いが喉を刺した。
「暴れないで。傷が付く」
 仕立て屋の声。
 道具の音。鋏。針。糸。
 皮が引き伸ばされる感覚。
 肉から離れる音が、生々しく鼓膜を叩いた。
「大丈夫。痛みはすぐ消える。
 あなたは、綺麗に生まれ変わる」
 暗闇の中で、藤崎は喉を震わせた。
「……誰が、買う……」
「たくさんいる。みんな本物を欲しがってる」
 その言葉を最後に、声も思考も遠のいていった。
     ※
 三週間後。
 鷹野は、街の高級店に立っていた。
 捜査中止後、藤崎は行方を絶った。
 上からは「転勤になった」とだけ報告された。
 だが、何の痕跡もない。連絡もない。
 それはあり得ない。
 藤崎はそんな消え方をする男じゃない。
 鷹野は店内を歩き、ある展示棚の前で立ち止まった。
 柔らかいベージュのバッグ。
 表面はしっとりしなやかで、細かな皺が寄っている。
 どこかで見たような色だった。
 ふと、バッグの側面に小さな黒子があった。
 ずっと藤崎の頬にあった、小さな黒子と同じ場所。
 喉が締まった。
「……嘘だろ」
 指で触れようとした瞬間、店員が笑った。
「お客様、それは一点ものです。
 もう手に入りません。特注ですから」
 鷹野は気づいてしまった。
 誰にも言えない真実に。
 店を出ると、冷たい風が吹いた。
 倉庫街の方角から、低い機械の唸りが聞こえた気がした。
 捜査は終わった。
 藤崎も、事件も、何もかも。
 だが、街にはまだバッグが並ぶ。
 新作は定期的に増える。
 鷹野は拳を握り、前を向いた。
 目は笑っていなかった。
 ——この街は、まだ誰かの皮を求めている。
 それだけは、確かだった。


 <了>


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 失踪事件は突如、捜査中止となった。
 「自主的な失踪だ」「捜査の必要なし」
 紙切れ一枚で七人の行方は闇に放り込まれた。
 だが、藤崎は納得できなかった。
 夜ごと倉庫街へ足を運び、単独で捜査を続けた。
 そしてある晩——
 倉庫の陰から、重い袋を運ぶ男が現れた。
 若い。肩を震わせながら、袋を抱えている。
 湿った、鉄のような匂いが漂った。
「待て!」
 男は逃げない。
 ただ、ゆっくりとこちらを振り返った。
「刑事さんか」
 その顔は不自然なほど冷静だった。
 藤崎は拳銃に手を伸ばした。
「その袋の中身を見せてもらおう」
「やめた方がいい」
 男は微笑んだ。
「あなたが見たら、後に引けなくなる」
「もう手遅れだ。こっちは七人分、追ってる」
「七つじゃない。もっとだ」
 静かな声だった。
 男が指を鳴らすと、倉庫の扉が内側から開いた。
 奥に、ミシンの唸り。
 皮を打ち抜くダダダダという刺すような音。
 暗がりから誰かが近づいてきた。
「……仕立て屋か」
 古びたエプロンの男が、針を指に転がしながら言う。
「警察は困る。せっかく上手く回っていたのに」
 次の瞬間、後頭部に衝撃。
 世界が暗転した。
     ※
 目が覚めたとき、体が動かなかった。
 首から下が、まるで別人のもののように重い。
 皮膚のどこかを引き剥がされるような灼ける痛み。
 息を吸うたび鉄の匂いが喉を刺した。
「暴れないで。傷が付く」
 仕立て屋の声。
 道具の音。鋏。針。糸。
 皮が引き伸ばされる感覚。
 肉から離れる音が、生々しく鼓膜を叩いた。
「大丈夫。痛みはすぐ消える。
 あなたは、綺麗に生まれ変わる」
 暗闇の中で、藤崎は喉を震わせた。
「……誰が、買う……」
「たくさんいる。みんな本物を欲しがってる」
 その言葉を最後に、声も思考も遠のいていった。
     ※
 三週間後。
 鷹野は、街の高級店に立っていた。
 捜査中止後、藤崎は行方を絶った。
 上からは「転勤になった」とだけ報告された。
 だが、何の痕跡もない。連絡もない。
 それはあり得ない。
 藤崎はそんな消え方をする男じゃない。
 鷹野は店内を歩き、ある展示棚の前で立ち止まった。
 柔らかいベージュのバッグ。
 表面はしっとりしなやかで、細かな皺が寄っている。
 どこかで見たような色だった。
 ふと、バッグの側面に小さな黒子があった。
 ずっと藤崎の頬にあった、小さな黒子と同じ場所。
 喉が締まった。
「……嘘だろ」
 指で触れようとした瞬間、店員が笑った。
「お客様、それは一点ものです。
 もう手に入りません。特注ですから」
 鷹野は気づいてしまった。
 誰にも言えない真実に。
 店を出ると、冷たい風が吹いた。
 倉庫街の方角から、低い機械の唸りが聞こえた気がした。
 捜査は終わった。
 藤崎も、事件も、何もかも。
 だが、街にはまだバッグが並ぶ。
 新作は定期的に増える。
 鷹野は拳を握り、前を向いた。
 目は笑っていなかった。
 ——この街は、まだ誰かの皮を求めている。
 それだけは、確かだった。
 <了>