この半年で、街では七件の失踪が報告された。
共通点は、若いこと。手術や傷跡がないこと。行方が突然消えること。
遺体も目撃証言もなく、ただ人が空気みたいに消えていく。
刑事の藤崎は、それを偶然だとは思っていなかった。
失踪者の家族は泣きながら話す。
「優しい子だったんです。誰かに恨まれるような性格じゃなくて……」
「遺書もなく、荷物も持ち出していない。
何かに巻き込まれたとしか思えません」
藤崎は相棒の鷹野とともに、街を歩き回った。
手がかりは薄い。だが、ひとつだけ、共通して気になることがあった。
失踪者全員が、最後に立ち寄ったであろう場所。
古い倉庫街の一角。
夜には人通りがなく、車移動なら誰にも見られない。
「ここで……消えてる」
防犯カメラには、彼らが歩いてくる姿が映っている。
倉庫の角を曲がる。
——そこで映像は途切れる。
まるで、その先にカメラが存在しないように。
藤崎は、倉庫街の店を一軒ずつあたった。
だが、どの店も、営業中の気配は薄い。
そして、ある夜。
倉庫街を巡回していると、細い路地で荷物を運ぶ男を見かけた。
袋は大きく、ずしりと重そうだ。
生ゴミのような湿った匂いが漂った。
「すいません、そこの方——」
声をかけると、男は振り向きもせず足を速めた。
不自然だった。
追いかけようと一歩踏み出した瞬間、鷹野が腕を掴んだ。
「藤崎、やめておけ」
「あいつ怪しい。荷物を——」
「やめておけ」
鷹野の声はいつもより低かった。
まるで何かを知っているような目をしていた。
その翌日、急に捜査会議が開かれた。
上層部の刑事が資料を抱えて現れる。
「失踪事件の件だが、捜査本部は解散する。これ以上の捜査は不要だ」
「不要? まだ七人もいなくなったままなんですよ!」
「自主的な失踪と判断された。以上だ」
藤崎が机を叩くと、上司が静かに言った。
「もう手を引け。これ以上は危険だ」
異論は許されない空気だった。
捜査資料は回収され、失踪事件は“未解決”として葬られた。
その日の帰り道、藤崎は倉庫街へ向かった。
決まりを破ってでも確かめたかった。
だが、倉庫の前には警備員が立ち、立入禁止のテープが張られていた。
「この先、一般立入禁止です」
「ここはただの倉庫街だろ」
「もう使われていません」
無表情な警備員の後ろで、古い木戸が少し開いていた。
中からは、機械の低い唸り音が聞こえた。
まるでミシンが動いているように。
藤崎が近づくと、警備員が一歩前に出て遮った。
「お帰りください。ご苦労様でした」
——“ご苦労様でした”。
まるで葬儀が終わった後のような言い方だった。
藤崎は拳を握りしめた。
確信はあった。
あの倉庫の奥に、真実がある。
しかし、扉は二度と開かなかった。
失踪事件のファイルは封印され、街はまた静かに日常へ戻っていく。
数日後、街の高級店に新作バッグが並んでいた。
柔らかいベージュの革。
表面に、小さな黒子の跡が一つ。
客は歓声をあげる。
藤崎は店のガラス越しに、それを見ていた。
誰も、失踪者たちの名前を口にしない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
——上は知っている。
だから、捜査を止めた。
街にはまだ、材料がいる。