29話 土地神様と呪いの核 その二
ー/ー
「……マトイさん!?」
「はいマトイさんですよっと」
頭上からした声に僕が驚いていると、いつもと変わらないテンションで返事をされながら床へと降ろされた。隣を見ると、サラ達も座り込んだりしている。
いつの間に校舎内に侵入したのか分からないけど、どうやら一瞬のうちにマトイさんに全員抱えられて死神さんから離れたところに移動したらしい。どういう手を使ったのかとか色々気になるのはさておき、とにかく助かった。
「あ、ありがとうございます。どうやってここに?」
「一瞬、校舎の結界が緩んでたからな。隙を突いて入った」
結界の緩み……さっき死神さんと呪いを封じてた影響だろうか。
「ぐらうんどの方は大丈夫なん?」
「そっちは処理済み。ソコの佃煮系死の神サンをどうにかすりゃいいだけだ」
「ドーにかって……どーすンノ!?」
冷静に言うマトイさんに対して、サラが珍しく焦った声を出した。
彼女が声を荒げるのも当然で、死神さんの様子はさっきの校内徒競走の時とは明らかに違う。半ば脱力しているような立ち姿だが、背中から黒い靄が暴れるように噴出している。
見た目からして尋常じゃなく、死神というよりも悪魔のようにすら思えるシルエットだ。
「ま、どうにかするサね。キリ、三人のコト頼むわ」
「あ、うん」
指示を受けたキリさんが前方へ手を翳すと、僕らの周囲に小さなドーム状の淡い光の幕のようなものが出来上がった。キリさんの神通力による防護壁……ってところだろうか。
確認するように一瞥してから、マトイさんは呪いに蝕まれた死神さんへ向けて歩き始めた。
「よし。じゃ、行ってくらァ」
「あの、マトイさん。その……こんなこと言ってる場合じゃないとは思うんですけど……」
「あの死神は悪いヤツじゃねェから助けてほしいってンでしょ。分かってるから心配しなさんな」
僕が頼みを先読みしたように答えてから、マトイさんは軽く手を振りながら進んでいった。
ゆっくりと死神さんへと近づく中、マトイさんは無言で上着の内から白いハリセンを取り出し、パン、と空を振るって広げる。
ふざけているようにも見えるけれど、アレは神様に対してだけ鈍痛を与えられる特殊なハリセンだ。前にキリさんやフキの家にいる付喪神を叩き伏せていたこともある、神様に対して文字通りの有効打を秘めている物体である。
「……っ!」
そんな特殊武器(?)を警戒してか、死神さんが鎌を振りかぶりながらマトイさんへと跳んだ。
危ない! と声を上げそうになった瞬間……突如、マトイさんの姿が消えた。
そして──
───ズドンッ!!!
爆発音のような音と衝撃が響き、周囲から細かい埃が舞う。
「うおっ!?」
「ヌワーッ!」
思わず声を出してしまったが、キリさんが神通力で僕らを守っているお陰で被害はない。が、衝撃はこちらにも伝わってきた。
驚いてからあらためて前を見ると、さっきまで飛びかからんとしていた死神さんの位置にマトイさんが立っており、死神さんは東棟端の扉に叩きつけられるように張り付いているではないか。
よく見えなかったけど……まさか、マトイさんが吹き飛ばしたのか? 今の一瞬で?
文字通りの目にも止まらぬ早業に唖然としていると、死神さんの身体がずるりと壁から剥がれ落ちて床に倒れた。それから少しの間警戒して待つが、死神さんは倒れたまま動かない。
……これで終わり、なのか? あっけないというかなんというか……。
「まだ終わっとらんよ」
「え?」
───キキ、キキキキキ……。
キリさんが呟くように放った一言に訊き返した途端、金属が擦れる音のような不快な音が聞こえ始めた。
思わず倒れている死神さんへと注目すると、身体が小刻みに震えるように蠢いている。そして……背中を貫くように、大きな黒い塊が宙へと飛び出してきた。
黒曜石のようなほのかな輝きを持っていて、動きは流動的。呪いのように恐ろしく感じると同時に、妖しさと美しさを感じられる大きな浮遊物だ。
なんだろう。怖くてたまらないのに目が離せない。無意識に見てしまうというか……視線だけじゃなくて、まるで身体ごと吸い込まれそうなほどの不思議な魅力を感じ──
「……ナニ、アレ──」
「見たらいけん!」
隣でサラが呟いた途端、僕らはキリさんに目を塞がれた痛い痛い指が食い込んでます神様。
押さえてきた手を軽く叩くと、キリさんはパッと手を離した。
「あ、ごめん。もう見て大丈夫よ」
「痛いゼキリチャン……ン? なんかまだイタイ……」
「っ……何なんですか、アレ。見るからにヤバそうですけど」
隣で自分の頭を抱えているサラ同様、実のところ僕も頭に鈍い痛みが残っている。もしかして、これもあの黒い何かの影響なのだろうか。
あらためて、浮かんでいる黒く蠢いている何かを観察する。
言葉で表すのは難しいけど、アレは今までの呪いなんかと同じようで違うものだと直感で理解できた。
どちらかといえば呪いよりも先月の付喪神さん(暴走モード)にも近い気がする。ただ、それともまた別のようにも思えるが。
「ヌゥゥ……なんか、どんどんアタマがイタイ……」
「大丈夫か、サラ……痛つつ……」
「二人とも、治療するけえじっとして」
頭を抑える僕らにキリさんが手を翳し、神通力で痛みを和らげてくれた。ありがとうございます。
さっきキリさんが僕らの目を押さえた時も咄嗟に神通力での治療と保護を施してくれたみたいだけど、それでもなかなか痛みが抜けない。それにさっきのキリさんの慌てようからして、やはり今までとは格段にレベルが違う危険性があるということなのだろう。
いや待て、そんなものの近くにいるマトイさんは……
「マトイさん、大丈夫ですか!」
「問題なーし。オレのこたァいいから動くなよー」
いつもと変わらなかったわ。飄々と手を振りながら返事してんじゃん。
あまりにも普通で調子が悪くなったりといった素振りが一切感じられない。離れて一瞬目にしただけの僕らでさえ影響があったのに、なんでもっと近くに立ってるアンタは無事でいられるんだよ。
キキキ……ギギ、ギギギギギギギッッ!!!
ミイラみたいな友人の化物っぷりを再確認していると、黒い何かが不快な音をより激しく響かせながらマトイさんへと突っ込んでいった。
……いや、違う。アレの目標はマトイさんじゃない!
「こっちに来る!」
「……っ!」
僕の叫びと同時に、キリさんが前に躍り出る。
そして両手を翳し、身体から強い光を放出して……彼女の前で黒い何かがピタリと動きを止めた。
流石は土地神様。あんなヤバそうなのを神通力で止めるなんて──
「──違う。私じゃない」
「えっ?」
キリさんが否定すると、その身体からフッと光が消えた。
神通力を解除したみたいだけど、黒い何かは変わらず空中で止まっている。震えながら留まっている状態はまるでこちらに来たくても来られないような……って、まさか!
「無視するなんざ、ツレないンじゃねェの?」
皮肉じみた声が聞こえ、ハッと顔を上げる。そして、黒い何かから伸びた尻尾のような残像の先へ視線を滑らせるように移動させると……マトイさんの左手が黒い肢体をガッチリと掴んでいた。
この黒い何かに実体が存在するのかどうかすら定かじゃないが、たしかに白い手袋は黒い闇を裂くように力強く握っている。そんな光景に驚いた刹那、マトイさんが猛烈な勢いで引き戻し、こちらに迫っていた黒が逆再生のように爆速で引き下がっていった。
「ォラァッッ!!!」
──ドッゴォ!!!
黒い何かは引き戻された勢いそのままに逆方向の床へと叩きつけられ、またしても爆発音に似た音と振動を響かせる。そして、堪らずといったように悲鳴のような金属音を上げた。
それからさらに追撃せんとばかりに、マトイさんは自分の方へと勢いよく引き寄せた。
「急急如律……面倒くせェ以下省略! オラァ!!」
引き寄せられる黒い存在に対し、右手のハリセンが横凪ぎに振るわれる。
……あの人、今なんか大事そうな文言を省略しなかったか? 大丈夫なんすかそれ。
そんな僕の心配に反して、白いハリセンは黒い何かをくの字に曲げるように深く突き刺さり……パァンと小気味いい音を奏でて切断するように振り抜かれた。
──パリン。
瞬間、薄いガラスが割れるような音が鳴り、周囲が明るくなった。
窓を確認すると、さっきまであった遮光膜のようなものが消えている。どうやら校舎に張られていた結界が解けたみたいだ。
キキキキ、キ、キ……。
そして、両断された黒い存在は動きを止め、強く鳴らしていた音もトーンダウンしていき……渦を巻くようにして一点に集まり始めた。
周囲を漂っていた靄とその核のような黒い何かが絡み合い、やがて全てを吸い込むように収束しきると、その中心で小さな塊を形成する。
出来上がった黒い塊はそのまま自由落下し、下で器のように構えてあったマトイさんの左手の上へと着地した。
「上出来だな。キリ、封印よろしく」
「え? うわわわわっ」
マトイさんは塊を軽く確認するように回し見た後、ポイッとこちらに投げてきた。
キリさんが慌てて両手で受け止め、なんとか落とさずにキャッチする。
「これは……?」
「宝石みたいだネ」
「これは呪核って言って……」
「説明はいいからサッサと封印しろ。そのままだとまたセキサン達に変な影響出ンぞ」
「「早くしてください神様!!」」
「あ、はい」
僕らが懇願すると、キリさんは神通力を使って塊を光で包み、カプセルトイのように丸い膜の中へと封じ込んだ。すると、ずっと感じていた嫌な雰囲気が立ち所に消えた。
……とりあえず、これでもう危険は無いと見ていいだろうか。周囲の靄や黒くなっていた結界もなくなってるし、扉の辺りで倒れている死神さんの身体(?)からも靄が出てないみたいだしな。
「えっと、マトイさん。助けに来てくれてありがとうござい……ま…………」
とにかくお礼を言おう。
そう思ってマトイさんに向き直ったところで、僕の口が止まった。
……いやちょっと……え、えぇ!?
「ン、どうした? オレになんか付いてる?」
「あ、いや……その、付いてるというか、むしろ一部が付いてないというかですね」
「あ! マトチャンの顔、半分出てる!!」
サラも気が付いたようで、真横で声を上げた。
声量のせいで耳が痛いがその通り。マトイさんがいつも顔に巻いている布の下半分が破れ、口元が露出しているのだ。
本邦初公開のハーフご尊顔。驚くの無理はないというか、僕もめちゃくちゃ驚いている。
腕とかからして分かってはいたけど、肌がとてつもなく白いな。いや肌の白さも驚きだけど、それ以上に……顔の輪郭だ。
口元しか見えてないけど、少し女性的というか、かなり顔が整っているように思える。中性的と言えばそれまでかもしれないけど、もしかして布を外したら相当美人なんじゃ……。
「あン? さっき避けた時に引っかけたかな。はい元通り」
「え? あ、あれ!?」
観察していたところ、マトイさんが顔の周りで両手を素早く動かしていつも通りの完全不審者ルックに戻ってしまった。
何をするにしても電光石火の早業だな。しかし残念、もうちょっと見たかった……というか、ホントになんでいっつも布被ってんだよこの人。
「なんとユーハヤワザ……モッカイやってヨー」
「ま、マトイ! も、もう一回顔見せて!」
「え、やだ」
「あ、そ、そっかぁ……」
にべもなく断られ、キリさんはションボリしている。その気持ちはすごく分かりますよ。
ただ、やっぱりマトイさんの素顔については触れちゃいけないみたいだな。僕も気になるけど……超気になるけど、本人が嫌がるならこの話は一旦終わりにするとしよう。
それよりも……
「ええっと……とにかくこれで本当に解決、ってことでいいんですか?」
「呪いの件はコレで終わりだな。……あァ待て、まだやるコトはあっから。死神からアンタらの魂戻さにゃならんでしょ」
「ハッ、そーいえばそーだった!」
ああ、そういやそうだった。
もう最後のよく分からない何かだとか、強すぎるマトイさんだったりとかですっかり頭から抜け落ちてた。
しかし呪いの件は解決ということで、サラと一緒に安心しながら呑気に思い出していると、マトイさんが死神さんの元へと赴き、回収して戻ってきた。遠慮なしに顔面をベシベシ叩きながら。
「オラ起きろー……完全に伸びてンな。勝手に回収しよっと」
「そんな簡単に取れるものなんですか魂って」
「もう取れたぞー」
「Wow, Speedy」
何をしたのか分からないうちにマトイさんの左手には黄色の水晶玉とピンクのビー玉のようなものが二つ載せてあった。毎回毎回いつの間に何してんのか分かんねえ人だな。
「それ、前に言ってた魂が固まったもの……ですよね。どっちが僕のでどっちがサラのなんですか?」
「デカい金玉がセキサンのだ」
「人の魂を金玉言わんでください」
金色じゃなくて黄色だし……ていうかサラの魂の一部小さっ。そりゃ僕みたいに大した影響もありませんわな。
「元に戻すには、本人が触れるだけでいいんでしたっけ」
「よく覚えてたね。偉い偉い……はい返却」(ビュンッ、ガンッ!)
「「痛い!!」」
褒められて嬉しくなっていると、突然こちらに投げ飛ばされた僕らの魂がそれぞれの額に直撃した。とても痛い。
「あ、ゴメン。普通に取れるかと思って」
「色々あって疲れてんですから反応できませんって……あ、消えた」
頭を押さえながら落ちてきた水晶を受け止めると、すぐに手の中でパッと消えた。
これで元戻り、と。……うーん?
「なんか、いまいち変化がないような……」
「離れてた期間がそこそこ長かったみたいじゃし、時間が掛かるんかもしれんね。何日かすれば元に戻ると思うけえ、心配せんで大丈夫よ」
「そういうものですか。サラの方は……ん、どうした?」
「……あ、ウン。なんでもナイヨ!」
真顔で固まっていたサラに声を掛けると、誤魔化すように笑顔を浮かべてきた。
(……本当に大丈夫かな)
ただ疲れてるだけならいいけど、何か隠し事があったりする時は不自然にテンションが高くなるところがあったりするんだよな、コイツ。
まあ、彼女が何も言わないのならこれ以上の詮索はやめておくとしよう。流石にこれ以上妙なことがあればすぐに言ってくるだろうしな。
「まァとにかく全員お疲れサン。体育祭の終了式もあるし、二人はグラウンドに戻っていいよ。死神とか校舎の修理とかの諸々はこっちでやっとくからサ」
「修理……うわホントだ、床がえらいことになってる」
色々あったせいで気が付かなかったけど、廊下の床が大きく凹んで所々に亀裂が入っている。原因はさっきマトイさんが黒いのを叩きつけた時だろうか。
……こうして見ると、綱引きの時はめちゃくちゃ手加減されてたんだな。今だって余裕そうな感じだし、マジでこの人の実力の底が見えない。怖いけど頼もしいったらないぜ。
それはともかく、流石に修繕なんかは僕らにはどうしようもない。お言葉に甘えて退散するとしようか。
「ボンチョサンはどーすんノ……テカ、ダイジョブなノ?」
「傷は塞いだし、すぐ起きると思うんじゃけど……ってもう起きとらん? 盆提灯先生ー」
「うーむ。マトイとキリ氏が当方の身体中を艶めかしく撫でまわしてくれたらすっきりと目が覚めそうなのだけど」
「はよ起きろ」(スパァン)
堂々と狸寝入りをしながらセクハラをかます漫画家先輩の頭をマトイさんが軽く叩いた。良い音がしますねその頭。
「じゃ、ここは任せて僕らは行こうか」
「あ、ちょっと待って。まだ少し時間あるかね?」
マトイさんに言われた通り外へ行こうとしたところで、キリさんが呼び止めてきた。
競技が終わっても得点発表なんかがあるし、終了式まで少しくらいなら余裕があると思うけど……。
「なんだねキリチャン?」
「さっきサラちゃんがこの本を勝手に投げたことについてちょっとお話がしたいんじゃけど」
「よし行くぞセッチャン! 体育祭が終わっちまうゼ!!」
笑顔のキリさんから凄まじいプレッシャーを感じ、僕とサラは逃げるように校舎を後にした。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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「……マトイさん!?」
「はいマトイさんですよっと」
頭上からした声に僕が驚いていると、いつもと変わらないテンションで返事をされながら床へと降ろされた。隣を見ると、サラ達も座り込んだりしている。
いつの間に校舎内に侵入したのか分からないけど、どうやら一瞬のうちにマトイさんに全員抱えられて死神さんから離れたところに移動したらしい。どういう手を使ったのかとか色々気になるのはさておき、とにかく助かった。
「あ、ありがとうございます。どうやってここに?」
「一瞬、校舎の結界が緩んでたからな。隙を突いて入った」
結界の緩み……さっき死神さんと呪いを封じてた影響だろうか。
「《《ぐらうんど》》の方は大丈夫なん?」
「そっちは処理済み。ソコの佃煮系死の神サンをどうにかすりゃいいだけだ」
「ドーにかって……どーすンノ!?」
冷静に言うマトイさんに対して、サラが珍しく焦った声を出した。
彼女が声を荒げるのも当然で、死神さんの様子はさっきの校内徒競走の時とは明らかに違う。半ば脱力しているような立ち姿だが、背中から黒い靄が暴れるように噴出している。
見た目からして尋常じゃなく、死神というよりも悪魔のようにすら思えるシルエットだ。
「ま、どうにかするサね。キリ、三人のコト頼むわ」
「あ、うん」
指示を受けたキリさんが前方へ手を翳すと、僕らの周囲に小さなドーム状の淡い光の幕のようなものが出来上がった。キリさんの神通力による防護壁……ってところだろうか。
確認するように一瞥してから、マトイさんは呪いに蝕まれた死神さんへ向けて歩き始めた。
「よし。じゃ、行ってくらァ」
「あの、マトイさん。その……こんなこと言ってる場合じゃないとは思うんですけど……」
「あの死神は悪いヤツじゃねェから助けてほしいってンでしょ。分かってるから心配しなさんな」
僕が頼みを先読みしたように答えてから、マトイさんは軽く手を振りながら進んでいった。
ゆっくりと死神さんへと近づく中、マトイさんは無言で上着の内から白いハリセンを取り出し、パン、と空を振るって広げる。
ふざけているようにも見えるけれど、アレは神様に対してだけ鈍痛を与えられる特殊なハリセンだ。前にキリさんやフキの家にいる付喪神を叩き伏せていたこともある、神様に対して文字通りの有効打を秘めている物体である。
「……っ!」
そんな特殊武器(?)を警戒してか、死神さんが鎌を振りかぶりながらマトイさんへと跳んだ。
危ない! と声を上げそうになった瞬間……突如、マトイさんの姿が消えた。
そして──
───ズドンッ!!!
爆発音のような音と衝撃が響き、周囲から細かい埃が舞う。
「うおっ!?」
「ヌワーッ!」
思わず声を出してしまったが、キリさんが神通力で僕らを守っているお陰で被害はない。が、衝撃はこちらにも伝わってきた。
驚いてからあらためて前を見ると、さっきまで飛びかからんとしていた死神さんの位置にマトイさんが立っており、死神さんは東棟端の扉に叩きつけられるように張り付いているではないか。
よく見えなかったけど……まさか、マトイさんが吹き飛ばしたのか? 今の一瞬で?
文字通りの目にも止まらぬ早業に唖然としていると、死神さんの身体がずるりと壁から剥がれ落ちて床に倒れた。それから少しの間警戒して待つが、死神さんは倒れたまま動かない。
……これで終わり、なのか? あっけないというかなんというか……。
「まだ終わっとらんよ」
「え?」
───キキ、キキキキキ……。
キリさんが呟くように放った一言に訊き返した途端、金属が擦れる音のような不快な音が聞こえ始めた。
思わず倒れている死神さんへと注目すると、身体が小刻みに震えるように蠢いている。そして……背中を貫くように、大きな黒い塊が宙へと飛び出してきた。
黒曜石のようなほのかな輝きを持っていて、動きは流動的。呪いのように恐ろしく感じると同時に、妖しさと美しさを感じられる大きな浮遊物だ。
なんだろう。怖くてたまらないのに目が離せない。無意識に見てしまうというか……視線だけじゃなくて、まるで身体ごと吸い込まれそうなほどの不思議な魅力を感じ──
「……ナニ、アレ──」
「見たらいけん!」
隣でサラが呟いた途端、僕らはキリさんに目を塞がれた痛い痛い指が食い込んでます神様。
押さえてきた手を軽く叩くと、キリさんはパッと手を離した。
「あ、ごめん。もう見て大丈夫よ」
「痛いゼキリチャン……ン? なんかまだイタイ……」
「っ……何なんですか、アレ。見るからにヤバそうですけど」
隣で自分の頭を抱えているサラ同様、実のところ僕も頭に鈍い痛みが残っている。もしかして、これもあの黒い何かの影響なのだろうか。
あらためて、浮かんでいる黒く蠢いている何かを観察する。
言葉で表すのは難しいけど、アレは今までの呪いなんかと同じようで違うものだと直感で理解できた。
どちらかといえば呪いよりも先月の付喪神《コマチ》さん(暴走モード)にも近い気がする。ただ、それともまた別のようにも思えるが。
「ヌゥゥ……なんか、どんどんアタマがイタイ……」
「大丈夫か、サラ……痛つつ……」
「二人とも、治療するけえじっとして」
頭を抑える僕らにキリさんが手を翳し、神通力で痛みを和らげてくれた。ありがとうございます。
さっきキリさんが僕らの目を押さえた時も咄嗟に神通力での治療と保護を施してくれたみたいだけど、それでもなかなか痛みが抜けない。それにさっきのキリさんの慌てようからして、やはり今までとは格段にレベルが違う危険性があるということなのだろう。
いや待て、そんなものの近くにいるマトイさんは……
「マトイさん、大丈夫ですか!」
「問題なーし。オレのこたァいいから動くなよー」
いつもと変わらなかったわ。飄々と手を振りながら返事してんじゃん。
あまりにも普通で調子が悪くなったりといった素振りが一切感じられない。離れて一瞬目にしただけの僕らでさえ影響があったのに、なんでもっと近くに立ってるアンタは無事でいられるんだよ。
キキキ……ギギ、ギギギギギギギッッ!!!
ミイラみたいな友人の化物っぷりを再確認していると、黒い何かが不快な音をより激しく響かせながらマトイさんへと突っ込んでいった。
……いや、違う。アレの目標はマトイさんじゃない!
「こっちに来る!」
「……っ!」
僕の叫びと同時に、キリさんが前に躍り出る。
そして両手を翳し、身体から強い光を放出して……彼女の前で黒い何かがピタリと動きを止めた。
流石は土地神様。あんなヤバそうなのを神通力で止めるなんて──
「──違う。私じゃない」
「えっ?」
キリさんが否定すると、その身体からフッと光が消えた。
神通力を解除したみたいだけど、黒い何かは変わらず空中で止まっている。震えながら留まっている状態はまるでこちらに来たくても来られないような……って、まさか!
「無視するなんざ、ツレないンじゃねェの?」
皮肉じみた声が聞こえ、ハッと顔を上げる。そして、黒い何かから伸びた尻尾のような残像の先へ視線を滑らせるように移動させると……マトイさんの左手が黒い肢体をガッチリと掴んでいた。
この黒い何かに実体が存在するのかどうかすら定かじゃないが、たしかに白い手袋は黒い闇を裂くように力強く握っている。そんな光景に驚いた刹那、マトイさんが猛烈な勢いで引き戻し、こちらに迫っていた黒が逆再生のように爆速で引き下がっていった。
「ォラァッッ!!!」
──ドッゴォ!!!
黒い何かは引き戻された勢いそのままに逆方向の床へと叩きつけられ、またしても爆発音に似た音と振動を響かせる。そして、堪らずといったように悲鳴のような金属音を上げた。
それからさらに追撃せんとばかりに、マトイさんは自分の方へと勢いよく引き寄せた。
「急急如律《きゅうきゅうにょりつ》……面倒くせェ以下省略! オラァ!!」
引き寄せられる黒い存在に対し、右手のハリセンが横凪ぎに振るわれる。
……あの人、今なんか大事そうな文言を省略しなかったか? 大丈夫なんすかそれ。
そんな僕の心配に反して、白いハリセンは黒い何かをくの字に曲げるように深く突き刺さり……パァンと小気味いい音を奏でて切断するように振り抜かれた。
──パリン。
瞬間、薄いガラスが割れるような音が鳴り、周囲が明るくなった。
窓を確認すると、さっきまであった遮光膜のようなものが消えている。どうやら校舎に張られていた結界が解けたみたいだ。
キキキキ、キ、キ……。
そして、両断された黒い存在は動きを止め、強く鳴らしていた音もトーンダウンしていき……渦を巻くようにして一点に集まり始めた。
周囲を漂っていた靄とその核のような黒い何かが絡み合い、やがて全てを吸い込むように収束しきると、その中心で小さな塊を形成する。
出来上がった黒い塊はそのまま自由落下し、下で器のように構えてあったマトイさんの左手の上へと着地した。
「上出来だな。キリ、封印よろしく」
「え? うわわわわっ」
マトイさんは塊を軽く確認するように回し見た後、ポイッとこちらに投げてきた。
キリさんが慌てて両手で受け止め、なんとか落とさずにキャッチする。
「これは……?」
「宝石《Jewel》みたいだネ」
「これは呪核《じゅかく》って言って……」
「説明はいいからサッサと封印しろ。そのままだとまたセキサン達に変な影響出ンぞ」
「「早くしてください神様《カミサマ》!!」」
「あ、はい」
僕らが懇願すると、キリさんは神通力を使って塊を光で包み、カプセルトイのように丸い膜の中へと封じ込んだ。すると、ずっと感じていた嫌な雰囲気が立ち所に消えた。
……とりあえず、これでもう危険は無いと見ていいだろうか。周囲の靄や黒くなっていた結界もなくなってるし、扉の辺りで倒れている死神さんの身体(?)からも靄が出てないみたいだしな。
「えっと、マトイさん。助けに来てくれてありがとうござい……ま…………」
とにかくお礼を言おう。
そう思ってマトイさんに向き直ったところで、僕の口が止まった。
……いやちょっと……え、えぇ!?
「ン、どうした? オレになんか付いてる?」
「あ、いや……その、付いてるというか、むしろ一部が付いてないというかですね」
「あ! 《《マトチャンの顔》》、《《半分出てる》》!!」
サラも気が付いたようで、真横で声を上げた。
声量のせいで耳が痛いがその通り。マトイさんがいつも顔に巻いている布の下半分が破れ、口元が露出しているのだ。
本邦初公開のハーフご尊顔。驚くの無理はないというか、僕もめちゃくちゃ驚いている。
腕とかからして分かってはいたけど、肌がとてつもなく白いな。いや肌の白さも驚きだけど、それ以上に……顔の輪郭だ。
口元しか見えてないけど、少し女性的というか、かなり顔が整っているように思える。中性的と言えばそれまでかもしれないけど、もしかして布を外したら相当美人なんじゃ……。
「あン? さっき避けた時に引っかけたかな。はい元通り」
「え? あ、あれ!?」
観察していたところ、マトイさんが顔の周りで両手を素早く動かしていつも通りの完全不審者ルックに戻ってしまった。
何をするにしても電光石火の早業だな。しかし残念、もうちょっと見たかった……というか、ホントになんでいっつも布被ってんだよこの人。
「なんとユーハヤワザ……モッカイやってヨー」
「ま、マトイ! も、もう一回顔見せて!」
「え、やだ」
「あ、そ、そっかぁ……」
にべもなく断られ、キリさんはションボリしている。その気持ちはすごく分かりますよ。
ただ、やっぱりマトイさんの素顔については触れちゃいけないみたいだな。僕も気になるけど……超気になるけど、本人が嫌がるならこの話は一旦終わりにするとしよう。
それよりも……
「ええっと……とにかくこれで本当に解決、ってことでいいんですか?」
「呪いの件はコレで終わりだな。……あァ待て、まだやるコトはあっから。死神からアンタらの魂戻さにゃならんでしょ」
「ハッ、そーいえばそーだった!」
ああ、そういやそうだった。
もう最後のよく分からない何かだとか、強すぎるマトイさんだったりとかですっかり頭から抜け落ちてた。
しかし呪いの件は解決ということで、サラと一緒に安心しながら呑気に思い出していると、マトイさんが死神さんの元へと赴き、回収して戻ってきた。遠慮なしに顔面をベシベシ叩きながら。
「オラ起きろー……完全に伸びてンな。勝手に回収しよっと」
「そんな簡単に取れるものなんですか魂って」
「もう取れたぞー」
「Wow, Speedy」
何をしたのか分からないうちにマトイさんの左手には黄色の水晶玉とピンクのビー玉のようなものが二つ載せてあった。毎回毎回いつの間に何してんのか分かんねえ人だな。
「それ、前に言ってた魂が固まったもの……ですよね。どっちが僕のでどっちがサラのなんですか?」
「デカい金玉がセキサンのだ」
「人の魂を金玉言わんでください」
金色じゃなくて黄色だし……ていうかサラの魂の一部小さっ。そりゃ僕みたいに大した影響もありませんわな。
「元に戻すには、本人が触れるだけでいいんでしたっけ」
「よく覚えてたね。偉い偉い……はい返却」(ビュンッ、ガンッ!)
「「|痛い《イタイ》!!」」
褒められて嬉しくなっていると、突然こちらに投げ飛ばされた僕らの魂がそれぞれの額に直撃した。とても痛い。
「あ、ゴメン。普通に取れるかと思って」
「色々あって疲れてんですから反応できませんって……あ、消えた」
頭を押さえながら落ちてきた水晶を受け止めると、すぐに手の中でパッと消えた。
これで元戻り、と。……うーん?
「なんか、いまいち変化がないような……」
「離れてた期間がそこそこ長かったみたいじゃし、時間が掛かるんかもしれんね。何日かすれば元に戻ると思うけえ、心配せんで大丈夫よ」
「そういうものですか。サラの方は……ん、どうした?」
「……あ、ウン。なんでもナイヨ!」
真顔で固まっていたサラに声を掛けると、誤魔化すように笑顔を浮かべてきた。
(……本当に大丈夫かな)
ただ疲れてるだけならいいけど、何か隠し事があったりする時は不自然にテンションが高くなるところがあったりするんだよな、コイツ。
まあ、彼女が何も言わないのならこれ以上の詮索はやめておくとしよう。流石にこれ以上妙なことがあればすぐに言ってくるだろうしな。
「まァとにかく全員お疲れサン。体育祭の終了式もあるし、二人はグラウンドに戻っていいよ。死神とか校舎の修理とかの諸々はこっちでやっとくからサ」
「修理……うわホントだ、床がえらいことになってる」
色々あったせいで気が付かなかったけど、廊下の床が大きく凹んで所々に亀裂が入っている。原因はさっきマトイさんが黒いのを叩きつけた時だろうか。
……こうして見ると、綱引きの時はめちゃくちゃ手加減されてたんだな。今だって余裕そうな感じだし、マジでこの人の実力の底が見えない。怖いけど頼もしいったらないぜ。
それはともかく、流石に修繕なんかは僕らにはどうしようもない。お言葉に甘えて退散するとしようか。
「ボンチョサンはどーすんノ……テカ、ダイジョブなノ?」
「傷は塞いだし、すぐ起きると思うんじゃけど……ってもう起きとらん? 盆提灯先生ー」
「うーむ。マトイとキリ氏が当方の身体中を艶めかしく撫でまわしてくれたらすっきりと目が覚めそうなのだけど」
「はよ起きろ」(スパァン)
堂々と狸寝入りをしながらセクハラをかます漫画家先輩の頭をマトイさんが軽く叩いた。良い音がしますねその頭。
「じゃ、ここは任せて僕らは行こうか」
「あ、ちょっと待って。まだ少し時間あるかね?」
マトイさんに言われた通り外へ行こうとしたところで、キリさんが呼び止めてきた。
競技が終わっても得点発表なんかがあるし、終了式まで少しくらいなら余裕があると思うけど……。
「なんだねキリチャン?」
「さっきサラちゃんがこの本を勝手に投げたことについてちょっとお話がしたいんじゃけど」
「よし行くぞセッチャン! 体育祭が終わっちまうゼ!!」
笑顔のキリさんから凄まじいプレッシャーを感じ、僕とサラは逃げるように校舎を後にした。