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30話 怪人と僕らの後夜祭 その一

ー/ー





「……では、我々の優勝を祝って───」


『『『乾杯!!!』』』


 体育祭が終わった二日後。
 僕ら2-Aクラスの面々はフキの音頭に合わせて紙コップを空に掲げていた。

 僕とサラが校舎で悪戦苦闘している間に、うちのクラスは無事最後の競技を見事に制したらしい。その現場に立ち会えなかったせいか、なんだか酷い疎外感を受けた気がするけど……まあこっちもこっちで大変だったからな。とりあえずは無事に今日この日を迎えられてよかったというものだ。

 そんなわけで、優勝した僕らは特権として本来は立ち入り禁止となっている学校の屋上で行われている学校関係者のBBQに参加しているところである。

「いやぁ、無事に優勝できてよかったね」
「それもそうだが、お前らも無事で何よりだ。何事もなくてホッとしたぜ」
「二人とも身体は大丈夫なの?」
「うん、特に問題ないよ。サラは……何も言われてないから大丈夫だと思う」
「そ。ならよかったわ」

 校舎での死神さんや呪いの件は色々あったけど、特にこれといった不調はない。
 それを伝えると、イザは安心したように笑ってテーブルの上の大皿から肉を取って頬張った。
 ちなみにサラは少し離れた場所でクラスの別グループと交流している。アイツも割かし元気そうだ。

「……にしてもすげえ光景だよな、この状況」

 柵の外を見ながらフキが呟く。
 視線の先の光景については僕も同意見だ。だって──


 ──広い学校の敷地内の至る所で、肉を食ってるんだから。


「まさか優勝クラスだけって話がいつの間にか生徒全員自由参加の慰労会になってたとはな。校長達(ハゲども)も先に話せっつんだよ」
「元々そういう案もあったって話だったわね。まあ落先生の口添えもあったから実現したとか聞いてるけど……ホントあの先生、うちの学校の良心よねぇ」
「落先生もだけど、パトロンの人にも感謝しないと……ねぇ?」

 喋りながら、僕らは視線を教員関係者のテントの方向へと動かした。
 テントの近くには美味しそうな匂いと煙を立たせる大きなバーベキューコンロが数台並んでおり、肉を焼く担当の人間が数人立っている。

 そしてその中心には……布を顔中に巻いて素顔の見えない不審人物が一人。

「次焼けたからココ置いとくぞォ。先生方、飲みモン足りてます? ほらソコ、野菜も取りなさいっての。あ、差し入れ? ありがとう、ソコに置いといて……あ、待てその鶏肉まだ焼けてねェからやめときなー」

 コンロから出る煙と生徒や先生に囲まれながら調理をしている人間がくぐもった声で話している。マトイさんである。
 綱引きで立ちはだかったり校舎で助けてくれたりしたあの人は今、食材を焼いたり物を運んだりと周りに気を配りながら、忙しなく働いていた。

 まるで料理長のように中心となって……悪い言い方をすれば馬車馬の如く働かされているような状態だけど、何を隠そう全校生徒がこうして揃って肉を食べることができているのはこの人のお陰でもあるのだ。

「まさかマトイがほぼ全部出資してくれてるとはな。羨ましいくらいの金持ちだぜ」
「アンタの家もかなり太いでしょうが。……あの人、どういう仕事してんのかしら?」
「そこはマトイさんだから深く考えない方が……でも、ホントに驚いたよ。前に言ってた学校の知り合いって落先生だったんだね」

 前から学校に来た時に知り合いがどうとか言ってたけど、まさかそこに繋がりがあるなんて。本当に世間は狭いものだ。

「つーかなんでその出資者があんな働いてんのよ。普通もてなされる側でしょ」
「なんかさっきマトイが焼いたら美味いとかって話になってな。なんやかんや頼まれて気が付いたらああなってた」

 また頼まれてんのかあの人。流石になんでもかんでもやるってわけじゃないだろうけど、少しは断ってもいいだろうに。

「マトイはああしとる方が落ち着くんかもしれんね。色んな所で人助けしとるし、もう癖になっとるんじゃろ」
「くふ、人が好すぎるが故のリラックス方法といったところかな」

 真横からのんびりとした声が二つ聞こえてくる。
 そこには焼きトウモロコシを両手で持った土地神様と漫画家先輩が椅子に座ってげっ歯類の如く小さな口で噛り付いていた。

 なぜ生徒でもないキリさんとボンチョさんがここにいるのかというと、サラとマトイさん、そしてクラスの連中が希望した結果である。
 サラとマトイさんが誘ったこともあるが、綱引きでの協力でビジュアル面で注目が集まったこともあってクラスメイトからも声が掛かったわけだ。そりゃ皆可愛い美人は気になるよね。

 ただ、キリさんが人見知りなこともあって基本的には皆から離れた場所で食事を楽しむ形になっている。周りもそれを察してか僕ら以外があまり近づくことはなく、まるで珍獣を見守るような温かい視線が集まっている状態が続いているのだった。

「それ、ワーカホリックじゃ……逆に休ませた方がよくないですか?」
「いや、よく分からねえがマトイの焼いた肉はマジで美味いらしくてな。今止めたら周りの奴らに相叩きにされかねん」
「周囲の目つきが物語っているね。当方もあの渦中に行くのは躊躇うよ」
「怖すぎんかねこの学校の人達」

 フキとボンチョさんに言われてマトイさんの周辺に目を配ると、周囲の人間(主に生徒)の熱視線は獲物を狙う肉食獣の如くギラついていた。
 なるほど、たしかに頼まれたとしても今のマトイさんのところに近付きたくはない状況だ。

「そこまで言われるとマトイさんの焼いた肉が気になってきたんだけど。ちょっと誰かアレ貰ってきてくれない? アタシ筋肉痛ヤバすぎて動けないからさ」
「お前今の話聞いてた?」
「体育祭程度で筋肉痛とは……雑魚チビが」
「うるっさいわねアンタ達と違って繊細なのよこっちは。サッサと取って来なさい」
「流れるような罵倒、ありがとうございます。行こうぜセキ」
「了承してないんだけど……」

 フキは無駄に良い笑顔を浮かべて軽く礼を言うと、イザの取り皿と僕の襟首を掴んでマトイさんの方へと向かい始めた。この人攫い!
 ……まあ、何かあったとしても流石に怪我をするようなことにはならないだろう。周りもそこまで無法者だらけではないはずだ。多分。

「てかフキ、お前は一応優勝の功労者なんだから少しは断ってもいいと思うぞ」
「あん? むしろ体力有り余ってっから多少使われるくらいでいいんだよ。罵倒と暴力はいつでも歓迎だしな」
「…………大物だよなお前。色々と」
「今すげえ言葉選ばなかったか?」

 普段から僕らに自分を攻撃するように頼んでいる異常マゾヒストなだけはある。その辺を指摘するともっとキモイ笑顔になりそうだから言わないけど。



「おォ、アンタらか。ちょい待ち、すぐ切り分けっから」

 周囲の圧を受けながら近づくと、マトイさんはのんびりとした口調で焼き上がった肉を皿に取り出し、包丁を回すようにして右手に装備した。
 うわ、肉がバカみたいにでけえ。下手なキャリーケースより大きいんだけど。

「できるだけ早く取り分けて貰えると助かります。僕らの命が」
「どういう状況? まァいいや。はい出来上がりっと」
「お、助か──」

『おい出来たみたいだぞ! 取れ取れ取れ取れ!!』
『馬鹿押すな! 肉が零れる!』
『おい誰だ今服引っ張ったの! 邪魔すんじゃねえ!』
『うるせえ自意識過剰! 意識すべきは目の前の肉だけだ!!』

 僕らが皿を受け取るや否や、凄い量の生徒が押し寄せてきた。あっという間に押し流され、コンロから引き離されてしまった。

「こっちのテーブルにも分けてあるから仲良く取りなさいよー」
『そっちは女子の分だぜマトイさん。俺ら男連中はこっちで争奪戦してるから』
『俺は彼女の分取りに来ただけだからそっちの貰うわ』
『え、お前彼女いたの? 殺す』
『血抜きはしっかりしろよ。証拠隠滅すんのが面倒になる』
『あ、俺今から食われる感じ?』

 女子は比較的平和に取り分け合っているが、男子連中は突撃お前が昼ご飯状態。
 テーブル一つ違うだけで凄まじい温度差である。これが肉の魔力か。

「流石は昼間の肉食獣軍団、目が正気じゃねえな。あのパワーを綱引きで発揮してくれりゃよかったものを……」
「この肉、変なもの入ってないよね? あ、マジで美味い」

 空腹とはいえ、ああまで皆を狂わせるとなると食べるのが少し怖くなるな……とか思いながら一口含むと、あら美味しい。
 外がパリッとしてるのに中はすごく柔らかくて溶けそうというか……上手く表現できないけど、他の肉と違う感じがする。タレとも絡み合ってて、格別な味わいがあるな。

「やー、全員元気だねェ。こんだけ食ってもらえンなら金出した甲斐があるってモンよ」

 口の中に広がる幸福に目を見開いていると、マトイさんがビニール手袋を外しながらこちらに近付いてきた。
 白い手袋の上から透明な手袋を外す様は微妙にシュールだ。

「あれ、マトイさん。肉焼いてなくていいんですか?」
「あのテンションなら後は自分達で焼いて食うでしょ。それよか、アンタらと話してておきたくてね」

 なんとまあ嬉しいことを言ってくれるものだ……と思っていると、マトイさんは近くのテーブルに置かれていたノンアルコール缶を片手で開けて布の隙間に流し込み始めた。飲めてるんですかそれ。

「じゃあイザ達んとこ行こうぜ。肉(コレ)も持って行かねえとだしな」
「それなら僕はサラ連れてくるよ。健闘を祈る」
「おう。生きていればまた会おう」

 お互いに敬礼してから、フキはマトイさんを連れてイザ達のところへ歩き出していっ……あ、横から他の奴に飛びかかられた。頑張ってその肉を死守してくれ。

 さて、生贄はともかくとして僕はサラを呼んでこないと……と思って辺りを見回してみたものの、あの派手な赤い髪はどこにも見当たらなかった。

「おーい。誰かサラ見てないー?」
『おい誰か見たか? 肉よこせ』
『さっきまでそこのテントにいたのは見たけど知らん。肉よこせ』
『あ、俺校舎ん中入ってくの見たぞ。肉よこせ』
『私も見ましたよ。一人だったと思います。肉よこせ』

 肉の取り合いを続ける馬鹿共に訊いてみると、どうやらサラは屋上から出ていったらしい。
 情報提供はありがたいけど、それはそれとして全員の語尾が統一されていることに飢餓状態の恐ろしさを感じるね。



         〇〇〇



「あ、いた。何してんだそんなとこで」

 屋上から降りた先で、あっさりとサラは見つかった。
 四階の階段の一段目の端になんだかボーっとした様子で座っている。

「あ、セッチャン。エット……」
「何してんのこんなところで。上で肉食おうぜ肉」
「……ウン」

 誘いをかけると、サラは控えめながら笑顔を浮かべた。
 ……ふむ。

「隣、座るね。よいせ」
「えっ」

 今度は答えを待つことなく、どっかりとサラの隣に腰掛けた。
 ふう……屋上じゃほとんど座ってなかったからな。気が付いたら足がクタクタだ。

「な、なんで……」
「んな無理して笑ってるやつを連れていけるか。……なんかあったの?」

 目を丸くしているサラの態度に構わず、率直に訊ねる。
 今日のコイツは明らかに様子がおかしい。キリさんを連れて来た割には彼女の傍から離れて、僕らとも距離を取っていた。
 今だって無理をして笑顔を作ってるし、僕と視線を合わせずに目も伏せがちだ。常に元気なはずのコイツが分かりやすく異変を見せているのに、放っておくことなんてできないだろう。

「……」

 しかし、彼女は何も言わずにションボリと視線を下げた。
 なんとも珍しい表情だ。相当言い辛いことなんだろうか……って、そういえば。

「一昨日、保健室にいた時に謝らないといけないことがあるって話してたよね。もしかして、それと関係ある?」

 こくり、と。サラは僅かながら首を縦に振った。
 たしか……僕の記憶に関わる話とか言ってたっけ。あと、言ったら嫌われるかもしれないとも話していた気がする。
 あの時は死神さんの乱入やキリさん達の突撃もあって話ができなかったんだよな。色々ありすぎて完全に頭から抜け落ちていた。

「よかったら聞かせてくれないかな。ほら、今なら誰も周りにいないし」
「…………わかった」

 落ち着かせるように言うと、サラは目を伏せたまま呟いた。
 それから息を整えるように吐き……意を決したようにこちらへと顔を向けて、口を開いた。



「セッチャンの記憶が無くなったの……ワタシのせいカモ、なの」





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 体育祭が終わった二日後。
 僕ら2-Aクラスの面々はフキの音頭に合わせて紙コップを空に掲げていた。
 僕とサラが校舎で悪戦苦闘している間に、うちのクラスは無事最後の競技を見事に制したらしい。その現場に立ち会えなかったせいか、なんだか酷い疎外感を受けた気がするけど……まあこっちもこっちで大変だったからな。とりあえずは無事に今日この日を迎えられてよかったというものだ。
 そんなわけで、優勝した僕らは特権として本来は立ち入り禁止となっている学校の屋上で行われている学校関係者のBBQに参加しているところである。
「いやぁ、無事に優勝できてよかったね」
「それもそうだが、お前らも無事で何よりだ。何事もなくてホッとしたぜ」
「二人とも身体は大丈夫なの?」
「うん、特に問題ないよ。サラは……何も言われてないから大丈夫だと思う」
「そ。ならよかったわ」
 校舎での死神さんや呪いの件は色々あったけど、特にこれといった不調はない。
 それを伝えると、イザは安心したように笑ってテーブルの上の大皿から肉を取って頬張った。
 ちなみにサラは少し離れた場所でクラスの別グループと交流している。アイツも割かし元気そうだ。
「……にしてもすげえ光景だよな、この状況」
 柵の外を見ながらフキが呟く。
 視線の先の光景については僕も同意見だ。だって──
 ──広い学校の敷地内の至る所で、《《ほとんどの生徒が集まって》》肉を食ってるんだから。
「まさか優勝クラスだけって話がいつの間にか生徒全員自由参加の慰労会になってたとはな。校長達《ハゲども》も先に話せっつんだよ」
「元々そういう案もあったって話だったわね。まあ落先生の口添えもあったから実現したとか聞いてるけど……ホントあの先生、うちの学校の良心よねぇ」
「落先生もだけど、パトロンの人にも感謝しないと……ねぇ?」
 喋りながら、僕らは視線を教員関係者のテントの方向へと動かした。
 テントの近くには美味しそうな匂いと煙を立たせる大きなバーベキューコンロが数台並んでおり、肉を焼く担当の人間が数人立っている。
 そしてその中心には……布を顔中に巻いて素顔の見えない不審人物が一人。
「次焼けたからココ置いとくぞォ。先生方、飲みモン足りてます? ほらソコ、野菜も取りなさいっての。あ、差し入れ? ありがとう、ソコに置いといて……あ、待てその鶏肉まだ焼けてねェからやめときなー」
 コンロから出る煙と生徒や先生に囲まれながら調理をしている人間がくぐもった声で話している。マトイさんである。
 綱引きで立ちはだかったり校舎で助けてくれたりしたあの人は今、食材を焼いたり物を運んだりと周りに気を配りながら、忙しなく働いていた。
 まるで料理長のように中心となって……悪い言い方をすれば馬車馬の如く働かされているような状態だけど、何を隠そう全校生徒がこうして揃って肉を食べることができているのはこの人のお陰でもあるのだ。
「まさかマトイがほぼ全部出資してくれてるとはな。羨ましいくらいの金持ちだぜ」
「アンタの家もかなり太いでしょうが。……あの人、どういう仕事してんのかしら?」
「そこはマトイさんだから深く考えない方が……でも、ホントに驚いたよ。前に言ってた学校の知り合いって落先生だったんだね」
 前から学校に来た時に知り合いがどうとか言ってたけど、まさかそこに繋がりがあるなんて。本当に世間は狭いものだ。
「つーかなんでその出資者があんな働いてんのよ。普通もてなされる側でしょ」
「なんかさっきマトイが焼いたら美味いとかって話になってな。なんやかんや頼まれて気が付いたらああなってた」
 また頼まれてんのかあの人。流石になんでもかんでもやるってわけじゃないだろうけど、少しは断ってもいいだろうに。
「マトイはああしとる方が落ち着くんかもしれんね。色んな所で人助けしとるし、もう癖になっとるんじゃろ」
「くふ、人が好すぎるが故のリラックス方法といったところかな」
 真横からのんびりとした声が二つ聞こえてくる。
 そこには焼きトウモロコシを両手で持った土地神様と漫画家先輩が椅子に座ってげっ歯類の如く小さな口で噛り付いていた。
 なぜ生徒でもないキリさんとボンチョさんがここにいるのかというと、サラとマトイさん、そしてクラスの連中が希望した結果である。
 サラとマトイさんが誘ったこともあるが、綱引きでの協力でビジュアル面で注目が集まったこともあってクラスメイトからも声が掛かったわけだ。そりゃ皆可愛い美人は気になるよね。
 ただ、キリさんが人見知りなこともあって基本的には皆から離れた場所で食事を楽しむ形になっている。周りもそれを察してか僕ら以外があまり近づくことはなく、まるで珍獣を見守るような温かい視線が集まっている状態が続いているのだった。
「それ、ワーカホリックじゃ……逆に休ませた方がよくないですか?」
「いや、よく分からねえがマトイの焼いた肉はマジで美味いらしくてな。今止めたら周りの奴らに相叩きにされかねん」
「周囲の目つきが物語っているね。当方もあの渦中に行くのは躊躇うよ」
「怖すぎんかねこの学校の人達」
 フキとボンチョさんに言われてマトイさんの周辺に目を配ると、周囲の人間(主に生徒)の熱視線は獲物を狙う肉食獣の如くギラついていた。
 なるほど、たしかに頼まれたとしても今のマトイさんのところに近付きたくはない状況だ。
「そこまで言われるとマトイさんの焼いた肉が気になってきたんだけど。ちょっと誰かアレ貰ってきてくれない? アタシ筋肉痛ヤバすぎて動けないからさ」
「お前今の話聞いてた?」
「体育祭程度で筋肉痛とは……雑魚チビが」
「うるっさいわねアンタ達と違って繊細なのよこっちは。サッサと取って来なさい」
「流れるような罵倒、ありがとうございます。行こうぜセキ」
「了承してないんだけど……」
 フキは無駄に良い笑顔を浮かべて軽く礼を言うと、イザの取り皿と僕の襟首を掴んでマトイさんの方へと向かい始めた。この人攫い!
 ……まあ、何かあったとしても流石に怪我をするようなことにはならないだろう。周りもそこまで無法者だらけではないはずだ。多分。
「てかフキ、お前は一応優勝の功労者なんだから少しは断ってもいいと思うぞ」
「あん? むしろ体力有り余ってっから多少使われるくらいでいいんだよ。罵倒と暴力はいつでも歓迎だしな」
「…………大物だよなお前。色々と」
「今すげえ言葉選ばなかったか?」
 普段から僕らに自分を攻撃するように頼んでいる異常マゾヒストなだけはある。その辺を指摘するともっとキモイ笑顔になりそうだから言わないけど。
「おォ、アンタらか。ちょい待ち、すぐ切り分けっから」
 周囲の圧を受けながら近づくと、マトイさんはのんびりとした口調で焼き上がった肉を皿に取り出し、包丁を回すようにして右手に装備した。
 うわ、肉がバカみたいにでけえ。下手なキャリーケースより大きいんだけど。
「できるだけ早く取り分けて貰えると助かります。僕らの命が」
「どういう状況? まァいいや。はい出来上がりっと」
「お、助か──」
『おい出来たみたいだぞ! 取れ取れ取れ取れ!!』
『馬鹿押すな! 肉が零れる!』
『おい誰だ今服引っ張ったの! 邪魔すんじゃねえ!』
『うるせえ自意識過剰! 意識すべきは目の前の肉だけだ!!』
 僕らが皿を受け取るや否や、凄い量の生徒が押し寄せてきた。あっという間に押し流され、コンロから引き離されてしまった。
「こっちのテーブルにも分けてあるから仲良く取りなさいよー」
『そっちは女子の分だぜマトイさん。俺ら男連中はこっちで争奪戦してるから』
『俺は彼女の分取りに来ただけだからそっちの貰うわ』
『え、お前彼女いたの? 殺す』
『血抜きはしっかりしろよ。証拠隠滅すんのが面倒になる』
『あ、俺今から食われる感じ?』
 女子は比較的平和に取り分け合っているが、男子連中は突撃お前が昼ご飯状態。
 テーブル一つ違うだけで凄まじい温度差である。これが肉の魔力か。
「流石は昼間の肉食獣軍団、目が正気じゃねえな。あのパワーを綱引きで発揮してくれりゃよかったものを……」
「この肉、変なもの入ってないよね? あ、マジで美味い」
 空腹とはいえ、ああまで皆を狂わせるとなると食べるのが少し怖くなるな……とか思いながら一口含むと、あら美味しい。
 外がパリッとしてるのに中はすごく柔らかくて溶けそうというか……上手く表現できないけど、他の肉と違う感じがする。タレとも絡み合ってて、格別な味わいがあるな。
「やー、全員元気だねェ。こんだけ食ってもらえンなら金出した甲斐があるってモンよ」
 口の中に広がる幸福に目を見開いていると、マトイさんがビニール手袋を外しながらこちらに近付いてきた。
 白い手袋の上から透明な手袋を外す様は微妙にシュールだ。
「あれ、マトイさん。肉焼いてなくていいんですか?」
「あのテンションなら後は自分達で焼いて食うでしょ。それよか、アンタらと話してておきたくてね」
 なんとまあ嬉しいことを言ってくれるものだ……と思っていると、マトイさんは近くのテーブルに置かれていたノンアルコール缶を片手で開けて布の隙間に流し込み始めた。飲めてるんですかそれ。
「じゃあイザ達んとこ行こうぜ。肉《コレ》も持って行かねえとだしな」
「それなら僕はサラ連れてくるよ。健闘を祈る」
「おう。生きていればまた会おう」
 お互いに敬礼してから、フキはマトイさんを連れてイザ達のところへ歩き出していっ……あ、横から他の奴に飛びかかられた。頑張ってその肉を死守してくれ。
 さて、生贄はともかくとして僕はサラを呼んでこないと……と思って辺りを見回してみたものの、あの派手な赤い髪はどこにも見当たらなかった。
「おーい。誰かサラ見てないー?」
『おい誰か見たか? 肉よこせ』
『さっきまでそこのテントにいたのは見たけど知らん。肉よこせ』
『あ、俺校舎ん中入ってくの見たぞ。肉よこせ』
『私も見ましたよ。一人だったと思います。肉よこせ』
 肉の取り合いを続ける馬鹿共に訊いてみると、どうやらサラは屋上から出ていったらしい。
 情報提供はありがたいけど、それはそれとして全員の語尾が統一されていることに飢餓状態の恐ろしさを感じるね。
         〇〇〇
「あ、いた。何してんだそんなとこで」
 屋上から降りた先で、あっさりとサラは見つかった。
 四階の階段の一段目の端になんだかボーっとした様子で座っている。
「あ、セッチャン。エット……」
「何してんのこんなところで。上で肉食おうぜ肉」
「……ウン」
 誘いをかけると、サラは控えめながら笑顔を浮かべた。
 ……ふむ。
「隣、座るね。よいせ」
「えっ」
 今度は答えを待つことなく、どっかりとサラの隣に腰掛けた。
 ふう……屋上じゃほとんど座ってなかったからな。気が付いたら足がクタクタだ。
「な、なんで……」
「んな無理して笑ってるやつを連れていけるか。……なんかあったの?」
 目を丸くしているサラの態度に構わず、率直に訊ねる。
 今日のコイツは明らかに様子がおかしい。キリさんを連れて来た割には彼女の傍から離れて、僕らとも距離を取っていた。
 今だって無理をして笑顔を作ってるし、僕と視線を合わせずに目も伏せがちだ。常に元気なはずのコイツが分かりやすく異変を見せているのに、放っておくことなんてできないだろう。
「……」
 しかし、彼女は何も言わずにションボリと視線を下げた。
 なんとも珍しい表情だ。相当言い辛いことなんだろうか……って、そういえば。
「一昨日、保健室にいた時に謝らないといけないことがあるって話してたよね。もしかして、それと関係ある?」
 こくり、と。サラは僅かながら首を縦に振った。
 たしか……僕の記憶に関わる話とか言ってたっけ。あと、言ったら嫌われるかもしれないとも話していた気がする。
 あの時は死神さんの乱入やキリさん達の突撃もあって話ができなかったんだよな。色々ありすぎて完全に頭から抜け落ちていた。
「よかったら聞かせてくれないかな。ほら、今なら誰も周りにいないし」
「…………わかった」
 落ち着かせるように言うと、サラは目を伏せたまま呟いた。
 それから息を整えるように吐き……意を決したようにこちらへと顔を向けて、口を開いた。
「セッチャンの記憶が無くなったの……ワタシのせいカモ、なの」