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28話 土地神様と呪いの核 その一

ー/ー




 今しがた、僕と話していたボンチョさんの姿が消えた。

 それからすぐに、ゴン、という鈍い音が左から聞こえてきた。恐る恐る、視線だけをそちらに向けると……壁際の床に倒れている、頭から血を流す彼女の姿があった。


「───は?」


 一瞬の空白を置いて、自分の口から息が漏れた。
 ボンチョさんは消えたのではなく、正確には横殴りに吹き飛ばされたのだということは状況から見てなんとなく理解できた。
 ただ理解はできたものの、あまりにも突然で思考が追い付いていない。……何が起こった?

「……っ!」

 血溜まりに浸る彼女の三つ編みを見て、またしても一瞬だけ妙な景色が重なって見えた。
 同じような血溜まり。こことは違う、外の景色。周囲に舞う土煙。そして──



 ───その中で倒れている、赤い髪の友人。



「セッチャン!!」

 名前を呼ばれ、ハッと意識を取り戻す。
 即座に振り返ると──黒い靄に包まれながら、大鎌を横凪に振るおうとするサラ……いや、サラの見た目に姿を変えた死神さんの姿があった。

「っとぉ!?」

 情けない声を出しながらギリギリで避けてボンチョさんの元へ転がり込むと、すぐに起き上がって彼女を守るように死神さんと対峙する。それから間合いを読み合うように互いに睨んでいると、足音が横から聞こえてきた。
 チラッと横目で確認すると、廊下の奥からサラとキリさんがこちらへ向かってきているのが見える。
 さっきの声はサラか! とにかく助かっ……

「って、うおぉ!?」

 サラ達の姿を確認して安堵したのも束の間、死神さんが大鎌を振り下ろしてきたので、完全に振り切る前に持ち手の帽を両手で掴んで受け止めた。
 あっぶねえなオイ!? 競走中といい、死神さんマジでどういう状態なんだよコレ。見た目もポンポン変わるし、意味分かんねえ。

「んぎぎ……セキさん、大丈夫……!?」

 力の籠った声の方向に視線を動かすと、身体を発光させながら両手をこちらに掲げているキリさんが歯を食いしばりながら立っていた。
 どうやら神通力で死神さんを抑えようとしてくれているらしい……けど、それでもキツイ。油断すると押し負けてしまいそうだ。

「セッチャン! 今ソッチに──」
「来んな馬鹿! お前まで巻き込まれんぞ!」

 近付こうとするサラに怒鳴りつけると、すぐに踏みとどまってくれた。
 よし、それでいい。……けど、ここからどうすればいい?
 ギリギリで均衡を保っているが、周囲を漂っている呪いの影響で力が入れづらくなって天秤が徐々に傾き始めている。このまま競り合いが続けばこちらが押し負けるだろうし、そうなれば僕もボンチョさんもただでは済まない。
 唯一動けるのはサラだけど、彼女がこちらに加勢したところで同じように呪いに蝕まれるのがオチだろう。

 クソ、時間がない。考えろ。考えろ──



『オーイ。大丈夫かァ』



 思考を全力で巡らせていると、聞き覚えのあるくぐもった声が聞こえてきた。
 声の方向は倒れているボンチョさんのいる場所。これは……さっきの無線機からか!

「マトイさん!?」
『よし、まだ生きてンな』

 声の主の名前を叫ぶと、いつもと変わらない飄々とした声で生存確認をされた。
 間違いない。通話先はあの対怪異殲滅不審兵器、マトイさんだ。

「マトチャン! Right now...今、セッチャンとGrim Reaper(死神)が押し合ってて、ボンチョサンが血塗れで、キリチャンはソレを手伝ってて……」
『オッケー、状況はなんとなく分かった。動けンのはサラサンだけってこったな?』
「ざ、That’s right!!」

 サラの状況説明(パニック込み)を聞いたマトイさんは即座に嚙み砕いて言い直した。
 なんで今の説明で分かるんだこの人……いや、それよりも!

「マトイさん! 連絡貰っていきなりですけど、助けてください!!」
『そうしたいのは山々なんだが、まだグラウンドに来てる呪いを潰しきれてねェンだわ。校舎の結界もまだ張ってあるし……まァゴリ押しで行くコトもできっけど、ソレやるともっと状況が悪くなるかもね』
「じゃ、じゃあどーすンノ!?」
『どうすっかなァ』

 やだこの切迫した状況ですっごいのんびりした反応。
 なんでもいいから早く助けてくださいお願いします。

「せ、セキさんもだいぶ危ないけえ、早くどうにかできんかね!? 私の神通力も、なんか効きが弱くてぇ……!」
『あァそうか。キリもこの呪いも力の根源が同じようなトコから来て──ってそりゃどうでもいいな。ンじゃ、一瞬でいいから暴走してる死神の気を引きな。呪いによる防御と死神の意識は連動してるハズだから、隙を突いて神通力叩き込みゃ効くと思うぞ』
「気を引けって……セッチャン! どーしよう!?」
「知らん! とびきり驚かしたりすりゃいいんじゃないの!」

 サラの声に対して適当に叫ぶ。
 正直、ここで僕に振られたところで何も思いつかない。というか、考えてる暇がないくらい押さえるのに必死だ。
 手も足も痺れてきてるし、吐き気と頭痛も酷くなってきている。キリさんの補助がなかったらとっくに押し負けてるぞこれ!

「気を引く、驚かす……あっ、そーだ! キリチャン、チョイとゴメンネ!」
「え、何……うひゃあ!?」

 何か思いついたのか、サラは突然キリさんの着物の胸元に手を突っ込んで中をまさぐり始めてオイオイオイオイ。

「オイ待てキリさんと僕を驚かせてどうすんだお前……うわぁ押し負ける! キリさん神通力強めて!」
「いやちょっ、サラちゃん集中できんようなるけえやめっ、あははははは!」
「死ぬから! これ多分斬られたら僕死ぬからマジで頼みます土地神様! おい土地神コラァ!!」
『楽しそうだねアンタら』

 楽しくねえよ! 状況が見えてないミイラには分からないかもしれないけど、こちとら命がけですよ!?
 でも正直凄い眼福ではある。死の間際に見る最期の光景が紅白美人二人の弄り合いならそれはそれでいい気もしてき──いや良くない良くない。はよ助けて。

「ンー、ココかナ? あ、あった! ……セイヤーッ!!」
 
 赤毛の友人によって生み出された(僕にとって)魅惑的な光景な光景に場が混乱する中、原因である本人は目的の物を見つけたらしく、キリさんの懐から勢いよく腕を引っこ抜いた。その手には何かを掴んでいて、それが何かを確認するより先に僕と死神さんの間へと投げ飛ばしてきた。
 手裏剣のように回しながら投擲された物は床に落下し、滑りこむようにして僕らの間にスライドしてきた。

 一体何が、と下を見ると……


 美形で半裸の男性二人が顔を近付けあっているイラストのページが開かれた薄い本があった。


「「……………………」」

 僕は完全に思考が停止した。

 ええ、まあ……驚きましたとも、はい。
 たしかに勢いで驚かせば~とは言ったけれども、ここで同人誌(コレ)が出てくるとは思わなかっただけに、もう驚愕としか言えませんよ。ふざけてんのかアイツ。
 人によっては訳の分からない物としか言えないブツ(他意はありません)を見せたら、呪いが余計に暴走したりするんじゃないの?

 不安混じりで恐る恐る顔を上げると……あれ?
 なんか靄で見えづらいけど、顔が少し赤いような。ていうか……足元の同人誌に、注目してる?

「い、今じゃぁ───っっ!!」

 死神さんの顔に注目していると、横からキリさんの叫び声と同時に白い閃光が視界を包み、思わず目を守るように腕を盾にした。
 光は一瞬で、すぐに収ま……ってしまった! うっかり鎌から手を離して──

「……あれ?」

 大鎌で貫かれる、と警戒して目を瞑ったが、警戒していた衝撃や痛みはない。
 恐る恐る目を開けると、目の前で襲い掛かろうとしていた死神さんは……ドーム状の薄い膜に包まれた状態で、うつ伏せになって倒れていた。

「ほ、ほんまに効いた……よ、よかったぁ……」
「セッチャン! ボンチョサンも大丈夫!?」

 突然倒れた神様に困惑したところで、紅白二人がぱたぱたと小走りでやってきた。
 安堵しているキリさんの様子を見るに、どうやらマトイさんの対抗策は成功したみたいだな。

「僕は大丈ゲホッゴホッ……それよりボンチョさんを……」
「き、キリチャン早く! セッチャンもボンチョサンも死んじゃう!」
「わ、分かっとるって! まずは盆提灯先生を……ってセキさんにもすっごい呪いが……ど、どっちから治そうか……」

 いや普通に出血してるボンチョさん優先でお願いしたいんですが……同人誌拾うのは後にしてください。
 ていうか何? そんな僕ヤバイの?

「ソリャモー顔真っ青だゼ、セッチャン……って、アレ?」
「ん?」

 あれ、なんか今……んん?
 今僕話したっけ?

「話してナイヨ……ナイよネ? デモなんか声が聞こえたよーな……」
「呪いの進行で考えとることが漏れとるみたいじゃね」

 隣で身体を発光させながらボンチョさんを治療するキリさんからとんでもねえことを言われてしまった。
 マジか。僕今全自動テレパシー人間ってこと? ヘイ、サラ聞こえてるー?

「バッチリ聞こえてマスワヨー」
「「イエーイ」」(パチーン!)
「ほんまに順応力高いよね二人とも……ああセキさんじっとしといて。身体怠いままじゃろ」
「あ、はい」

 サラとハイタッチを交わしてから、言われるままにその場に腰を据えて座る。
 キリさんには心の中を勝手に読まれたりするけど、サラにも伝わるのは物珍しくてテンションが上がる……が、流石に体調不良の状態で動き回るほどバカじゃないからね。
 ここは大人しくキリさんが治療してくれるのを待つとしよう。

「エ?」
「……ん?」

 ……今、一瞬おかしかったような?
 なんかこう、頭の奥にはあるけど特に言わなくてもいいことがスルッと出てきたような感じが……。

「あ、言い忘れとったけど呪いの影響でセキさんが無意識で考えとることも出てきやすくなっとるけえ、気をつけてね」
「待ってくださいどう気をつけろと?」
「……頑張って?」

 首を傾げられてしまった。あら可愛い。
 ……じゃなくて、ちょっと待ってそれはアカンて。それじゃサラとキリさんって美人だから話す時いつもちょっと緊張するなーとか思ってることもバレるじゃないですか。

「エ……せ、セッチャンそんなコト思ってたノ?」
「しまった!」

 またしても滑り落ちるように脳内に言葉が浮かんで聞かれてしまった。
 くっ、とんだ羞恥プレイだ。満面の笑みも可愛いなコイツ。

「…………えへ、えへへへへ……」
「キリさんどうしよう。サラが壊れました」
「今はセキさんの方が壊れかけとるようなもんなんじゃけどね。はい治すよー」

 酷い言い様だ。あながち間違ってないけども。
 真っ赤な顔で笑う人形と化した赤毛はさておき、ボンチョさんの治療は無事に終わったようだ。というわけで、キリさんはこちらに手を翳してきた。

「……死神さんは大丈夫なんですか?」

 土地神様から発せられる暖かい光を浴びながら、隣で倒れたままの死神さんへと目を向ける。
 サラの姿をした彼女……彼? は床に伏せたまま、動く気配がない。古い家なんかで見る食卓カバーを置かれた食器のような状態である。

「今は封印して無力化しとるけえ大丈夫。気絶しとるだけで死神さん自身も無事よ」
「そうですか。……よかった」

 身体が楽になるのを感じながら、胸を撫で下ろした。
 きちんと話したわけじゃないけれど、死神さんは何度もこちらを気遣うような物言いをしていたし、悪い神様ではないんだと思う。
 だからこそ、そうして僕とサラの魂を奪ったり呪いを抱え込んだりしていたのかを訊きたいところだけど……。

「あ、そういえば……僕らの魂の一部って死神さんが持ってるんですよね?」
「あ、うん」
「どうやって返してもらうんですか? 封印したまま返してもらうことって……」
「あ、たしかにできんわ。封印を解いたらさっきと同じように暴れ出すじゃろうし……ど、どうしよう?」

 僕に訊かれましても。


 ───ピシッ。


 そうやって二人で頭を悩ませていると、何かが割れるような音がした。
 ……今、死神さんのところから聞こえたよね?
 嫌な予感がしながら、キリさんと一緒に死神さんの封印に注目してみると……手のひらくらいの大きさの亀裂が生じていた。

「ちょちょちょ、ヤバイヤバイヤバイ! キリさん早く直して!?」
「無理無理無理! さっきからやっとるけどやっぱり神通力が効かんのんよ! 本当になんなんこれ!?」
「だから僕に訊かないでくださいって──」

 そうこう言い合ってるうちに亀裂はどんどん広がって、封印も風船のように膨れ上がってきていた。
 ……これはもうマズい気がする!

「逃げるぞ! ボンチョさんは僕が担ぐんで……サラも早く立って!」
「ェあっ!? う、ウン!」

 三十六計逃げるに如かず。サラの肩を軽く叩いてトリップ状態から元に戻し、揃って死神さんから距離を取ろうと背を向けて走り出した瞬間……パキン、と何かが割れた音が後ろから聞こえた。
 そしてほぼ同時に、黒い靄が僕らを覆うように伸びてくる。どうやら封印が完全に壊れたらしい。

(これは、まずい───っ!)

 靄の動きは早く、避けようがない。一瞬で視界が閉ざされていき、呼吸も苦しくなる。
『流石にこれはもう無理だ』と諦めながら思わず目を瞑った。

「っ……あれ?」

 ……急に呼吸が楽になった。
 というか、なんだか一瞬だけ風が吹いたような、浮かんだような感覚がしたような。今のは一体……

「……ん?」

 恐る恐る目を開けると、目の前には廊下の床。といっても倒れているわけじゃなくて、浮くようにして床を見ている状態だ。
 ん? ていうか、腹回りの感覚からして誰かに抱えられてる? そう思って上を見つめると──



「───よく頑張ったな。後は任せろ」



 こちらを労うような、くぐもった布越しの声が降り注いできた。





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 今しがた、僕と話していたボンチョさんの姿が消えた。
 それからすぐに、ゴン、という鈍い音が左から聞こえてきた。恐る恐る、視線だけをそちらに向けると……壁際の床に倒れている、頭から血を流す彼女の姿があった。
「───は?」
 一瞬の空白を置いて、自分の口から息が漏れた。
 ボンチョさんは消えたのではなく、正確には横殴りに吹き飛ばされたのだということは状況から見てなんとなく理解できた。
 ただ理解はできたものの、あまりにも突然で思考が追い付いていない。……何が起こった?
「……っ!」
 血溜まりに浸る彼女の三つ編みを見て、またしても一瞬だけ妙な景色が重なって見えた。
 同じような血溜まり。こことは違う、外の景色。周囲に舞う土煙。そして──
 ───その中で倒れている、赤い髪の友人。
「セッチャン!!」
 名前を呼ばれ、ハッと意識を取り戻す。
 即座に振り返ると──黒い靄に包まれながら、大鎌を横凪に振るおうとするサラ……いや、サラの見た目に姿を変えた死神さんの姿があった。
「っとぉ!?」
 情けない声を出しながらギリギリで避けてボンチョさんの元へ転がり込むと、すぐに起き上がって彼女を守るように死神さんと対峙する。それから間合いを読み合うように互いに睨んでいると、足音が横から聞こえてきた。
 チラッと横目で確認すると、廊下の奥からサラとキリさんがこちらへ向かってきているのが見える。
 さっきの声はサラか! とにかく助かっ……
「って、うおぉ!?」
 サラ達の姿を確認して安堵したのも束の間、死神さんが大鎌を振り下ろしてきたので、完全に振り切る前に持ち手の帽を両手で掴んで受け止めた。
 あっぶねえなオイ!? 競走中といい、死神さんマジでどういう状態なんだよコレ。見た目もポンポン変わるし、意味分かんねえ。
「んぎぎ……セキさん、大丈夫……!?」
 力の籠った声の方向に視線を動かすと、身体を発光させながら両手をこちらに掲げているキリさんが歯を食いしばりながら立っていた。
 どうやら神通力で死神さんを抑えようとしてくれているらしい……けど、それでもキツイ。油断すると押し負けてしまいそうだ。
「セッチャン! 今ソッチに──」
「来んな馬鹿! お前まで巻き込まれんぞ!」
 近付こうとするサラに怒鳴りつけると、すぐに踏みとどまってくれた。
 よし、それでいい。……けど、ここからどうすればいい?
 ギリギリで均衡を保っているが、周囲を漂っている呪いの影響で力が入れづらくなって天秤が徐々に傾き始めている。このまま競り合いが続けばこちらが押し負けるだろうし、そうなれば僕もボンチョさんもただでは済まない。
 唯一動けるのはサラだけど、彼女がこちらに加勢したところで同じように呪いに蝕まれるのがオチだろう。
 クソ、時間がない。考えろ。考えろ──
『オーイ。大丈夫かァ』
 思考を全力で巡らせていると、聞き覚えのあるくぐもった声が聞こえてきた。
 声の方向は倒れているボンチョさんのいる場所。これは……さっきの無線機からか!
「マトイさん!?」
『よし、まだ生きてンな』
 声の主の名前を叫ぶと、いつもと変わらない飄々とした声で生存確認をされた。
 間違いない。通話先はあの対怪異殲滅不審兵器、マトイさんだ。
「マトチャン! Right now...今、セッチャンと|Grim Reaper《死神》が押し合ってて、ボンチョサンが血塗れで、キリチャンはソレを手伝ってて……」
『オッケー、状況はなんとなく分かった。動けンのはサラサンだけってこったな?』
「ざ、That’s right!!」
 サラの状況説明(パニック込み)を聞いたマトイさんは即座に嚙み砕いて言い直した。
 なんで今の説明で分かるんだこの人……いや、それよりも!
「マトイさん! 連絡貰っていきなりですけど、助けてください!!」
『そうしたいのは山々なんだが、まだグラウンドに来てる呪いを潰しきれてねェンだわ。校舎の結界もまだ張ってあるし……まァゴリ押しで行くコトもできっけど、ソレやるともっと状況が悪くなるかもね』
「じゃ、じゃあどーすンノ!?」
『どうすっかなァ』
 やだこの切迫した状況ですっごいのんびりした反応。
 なんでもいいから早く助けてくださいお願いします。
「せ、セキさんもだいぶ危ないけえ、早くどうにかできんかね!? 私の神通力も、なんか効きが弱くてぇ……!」
『あァそうか。キリもこの呪いも力の根源が同じようなトコから来て──ってそりゃどうでもいいな。ンじゃ、一瞬でいいから暴走してる死神の気を引きな。呪いによる防御と死神の意識は連動してるハズだから、隙を突いて神通力叩き込みゃ効くと思うぞ』
「気を引けって……セッチャン! どーしよう!?」
「知らん! とびきり驚かしたりすりゃいいんじゃないの!」
 サラの声に対して適当に叫ぶ。
 正直、ここで僕に振られたところで何も思いつかない。というか、考えてる暇がないくらい押さえるのに必死だ。
 手も足も痺れてきてるし、吐き気と頭痛も酷くなってきている。キリさんの補助がなかったらとっくに押し負けてるぞこれ!
「気を引く、驚かす……あっ、そーだ! キリチャン、チョイとゴメンネ!」
「え、何……うひゃあ!?」
 何か思いついたのか、サラは突然キリさんの着物の胸元に手を突っ込んで中をまさぐり始めてオイオイオイオイ。
「オイ待てキリさんと僕を驚かせてどうすんだお前……うわぁ押し負ける! キリさん神通力強めて!」
「いやちょっ、サラちゃん集中できんようなるけえやめっ、あははははは!」
「死ぬから! これ多分斬られたら僕死ぬからマジで頼みます土地神様! おい土地神コラァ!!」
『楽しそうだねアンタら』
 楽しくねえよ! 状況が見えてないミイラには分からないかもしれないけど、こちとら命がけですよ!?
 でも正直凄い眼福ではある。死の間際に見る最期の光景が紅白美人二人の弄り合いならそれはそれでいい気もしてき──いや良くない良くない。はよ助けて。
「ンー、ココかナ? あ、あった! ……セイヤーッ!!」
 赤毛の友人によって生み出された(僕にとって)魅惑的な光景な光景に場が混乱する中、原因である本人は目的の物を見つけたらしく、キリさんの懐から勢いよく腕を引っこ抜いた。その手には何かを掴んでいて、それが何かを確認するより先に僕と死神さんの間へと投げ飛ばしてきた。
 手裏剣のように回しながら投擲された物は床に落下し、滑りこむようにして僕らの間にスライドしてきた。
 一体何が、と下を見ると……
 美形で半裸の男性二人が顔を近付けあっているイラストのページが開かれた薄い本があった。
「「……………………」」
 僕は完全に思考が停止した。
 ええ、まあ……驚きましたとも、はい。
 たしかに勢いで驚かせば~とは言ったけれども、ここで同人誌《コレ》が出てくるとは思わなかっただけに、もう驚愕としか言えませんよ。ふざけてんのかアイツ。
 人によっては訳の分からない物としか言えないブツ(他意はありません)を見せたら、呪いが余計に暴走したりするんじゃないの?
 不安混じりで恐る恐る顔を上げると……あれ?
 なんか靄で見えづらいけど、顔が少し赤いような。ていうか……足元の同人誌に、注目してる?
「い、今じゃぁ───っっ!!」
 死神さんの顔に注目していると、横からキリさんの叫び声と同時に白い閃光が視界を包み、思わず目を守るように腕を盾にした。
 光は一瞬で、すぐに収ま……ってしまった! うっかり鎌から手を離して──
「……あれ?」
 大鎌で貫かれる、と警戒して目を瞑ったが、警戒していた衝撃や痛みはない。
 恐る恐る目を開けると、目の前で襲い掛かろうとしていた死神さんは……ドーム状の薄い膜に包まれた状態で、うつ伏せになって倒れていた。
「ほ、ほんまに効いた……よ、よかったぁ……」
「セッチャン! ボンチョサンも大丈夫!?」
 突然倒れた神様に困惑したところで、紅白二人がぱたぱたと小走りでやってきた。
 安堵しているキリさんの様子を見るに、どうやらマトイさんの対抗策は成功したみたいだな。
「僕は大丈ゲホッゴホッ……それよりボンチョさんを……」
「き、キリチャン早く! セッチャンもボンチョサンも死んじゃう!」
「わ、分かっとるって! まずは盆提灯先生を……ってセキさんにもすっごい呪いが……ど、どっちから治そうか……」
 いや普通に出血してるボンチョさん優先でお願いしたいんですが……同人誌拾うのは後にしてください。
 ていうか何? そんな僕ヤバイの?
「ソリャモー顔真っ青だゼ、セッチャン……って、アレ?」
「ん?」
 あれ、なんか今……んん?
 今僕話したっけ?
「話してナイヨ……ナイよネ? デモなんか声が聞こえたよーな……」
「呪いの進行で考えとることが漏れとるみたいじゃね」
 隣で身体を発光させながらボンチョさんを治療するキリさんからとんでもねえことを言われてしまった。
 マジか。僕今全自動テレパシー人間ってこと? ヘイ、サラ聞こえてるー?
「バッチリ聞こえてマスワヨー」
「「イエーイ」」(パチーン!)
「ほんまに順応力高いよね二人とも……ああセキさんじっとしといて。身体怠いままじゃろ」
「あ、はい」
 サラとハイタッチを交わしてから、言われるままにその場に腰を据えて座る。
 キリさんには心の中を勝手に読まれたりするけど、サラにも伝わるのは物珍しくてテンションが上がる……が、流石に体調不良の状態で動き回るほどバカじゃないからね。
 ここは大人しく《《美人の》》キリさんが治療してくれるのを待つとしよう。
「エ?」
「……ん?」
 ……今、一瞬おかしかったような?
 なんかこう、頭の奥にはあるけど特に言わなくてもいいことがスルッと出てきたような感じが……。
「あ、言い忘れとったけど呪いの影響でセキさんが無意識で考えとることも出てきやすくなっとるけえ、気をつけてね」
「待ってくださいどう気をつけろと?」
「……頑張って?」
 首を傾げられてしまった。あら可愛い。
 ……じゃなくて、ちょっと待ってそれはアカンて。それじゃサラとキリさんって美人だから話す時いつもちょっと緊張するなーとか思ってることもバレるじゃないですか。
「エ……せ、セッチャンそんなコト思ってたノ?」
「しまった!」
 またしても滑り落ちるように脳内に言葉が浮かんで聞かれてしまった。
 くっ、とんだ羞恥プレイだ。満面の笑みも可愛いなコイツ。
「…………えへ、えへへへへ……」
「キリさんどうしよう。サラが壊れました」
「今はセキさんの方が壊れかけとるようなもんなんじゃけどね。はい治すよー」
 酷い言い様だ。あながち間違ってないけども。
 真っ赤な顔で笑う人形と化した赤毛はさておき、ボンチョさんの治療は無事に終わったようだ。というわけで、キリさんはこちらに手を翳してきた。
「……死神さんは大丈夫なんですか?」
 土地神様から発せられる暖かい光を浴びながら、隣で倒れたままの死神さんへと目を向ける。
 サラの姿をした彼女……彼? は床に伏せたまま、動く気配がない。古い家なんかで見る食卓カバーを置かれた食器のような状態である。
「今は封印して無力化しとるけえ大丈夫。気絶しとるだけで死神さん自身も無事よ」
「そうですか。……よかった」
 身体が楽になるのを感じながら、胸を撫で下ろした。
 きちんと話したわけじゃないけれど、死神さんは何度もこちらを気遣うような物言いをしていたし、悪い神様ではないんだと思う。
 だからこそ、そうして僕とサラの魂を奪ったり呪いを抱え込んだりしていたのかを訊きたいところだけど……。
「あ、そういえば……僕らの魂の一部って死神さんが持ってるんですよね?」
「あ、うん」
「どうやって返してもらうんですか? 封印したまま返してもらうことって……」
「あ、たしかにできんわ。封印を解いたらさっきと同じように暴れ出すじゃろうし……ど、どうしよう?」
 僕に訊かれましても。
 ───ピシッ。
 そうやって二人で頭を悩ませていると、何かが割れるような音がした。
 ……今、死神さんのところから聞こえたよね?
 嫌な予感がしながら、キリさんと一緒に死神さんの封印に注目してみると……手のひらくらいの大きさの亀裂が生じていた。
「ちょちょちょ、ヤバイヤバイヤバイ! キリさん早く直して!?」
「無理無理無理! さっきからやっとるけどやっぱり神通力が効かんのんよ! 本当になんなんこれ!?」
「だから僕に訊かないでくださいって──」
 そうこう言い合ってるうちに亀裂はどんどん広がって、封印も風船のように膨れ上がってきていた。
 ……これはもうマズい気がする!
「逃げるぞ! ボンチョさんは僕が担ぐんで……サラも早く立って!」
「ェあっ!? う、ウン!」
 三十六計逃げるに如かず。サラの肩を軽く叩いてトリップ状態から元に戻し、揃って死神さんから距離を取ろうと背を向けて走り出した瞬間……パキン、と何かが割れた音が後ろから聞こえた。
 そしてほぼ同時に、黒い靄が僕らを覆うように伸びてくる。どうやら封印が完全に壊れたらしい。
(これは、まずい───っ!)
 靄の動きは早く、避けようがない。一瞬で視界が閉ざされていき、呼吸も苦しくなる。
『流石にこれはもう無理だ』と諦めながら思わず目を瞑った。
「っ……あれ?」
 ……急に呼吸が楽になった。
 というか、なんだか一瞬だけ風が吹いたような、浮かんだような感覚がしたような。今のは一体……
「……ん?」
 恐る恐る目を開けると、目の前には廊下の床。といっても倒れているわけじゃなくて、浮くようにして床を見ている状態だ。
 ん? ていうか、腹回りの感覚からして誰かに抱えられてる? そう思って上を見つめると──
「───よく頑張ったな。後は任せろ」
 こちらを労うような、くぐもった布越しの声が降り注いできた。