みんなが駅の改札に入るところを見送った。
土曜の夜ということもあり、静かな駅に一人残った。
俺は隅っこの方でスマホをいじり確認する。
何度かのやり取りの後、俺は歩き出した。
六月の夜は生暖かく、少しだけじめじめしていた。
かすかに頬へと当たる風に心地よさを感じながら、数分で目的地にたどり着く。
この公園には、何かと縁があるな。
そう思いながら中に入る。
静かな公園内にはベンチに座る一人を除いて、誰もいなかった。
俺はベンチの近くまで歩いて行くと、彼女に話しかけた。
「ごめん、待たせたか?」
「いいえ、考え事がしていたところだったわ」
俺の質問に彼女――椎名は笑顔で答える。
そしてベンチの真ん中に座っていた椎名は片側によった。
座れということだろうと認識した俺は、空いたもう片側に腰を下ろした。
ベンチに横並びになる椎名と俺。
「みんな帰ったのかしら?」
「ああ、駅で別れた」
「そう。どんな話をしていたのかしら?」
「他愛ない話だよ。ラーメン食べながら、冗談を言いながら、いつも通りの部活の話」
俺はさっきまでの会話を思い出しながら、そう返した。
椎名は何を知りたかったのか、俺の言葉をただただ聞いていた。
どこかいつもと違う雰囲気の椎名に、俺は心配する。
「……何かあったか?」
「ちょっと今日のこと……いいえ、この一週間のことを考えていたわ」
「そっか」
俺の方ではなく正面を向きながら椎名は答えた。
なぜか俺はそれ以上のことが聞けなかった。
そのまま静寂が流れる。お互い正面を向いているからどんな表情分からない。
なんとなく椎名からアンニュイを感じながら俺は言葉を待った。
そして、椎名はゆっくりと口を開いた。
「……私、自分でも驚いているのよ」
「ビンタのことか?」
「それも含めて、私の中にあんな言葉があったなんて」
そう言いながらも、椎名の声は落ち着いていた。
変わらず、どこか遠くを見ながら続ける。
「あれだけ全国を目指すことに執着していたのに、蓋を開ければ、誰よりも先に山路の言葉に怒った」
「それは、悪いことじゃないだろ」
「ええ。自分を
卑下しているわけじゃないのよ。ただ自分でも何であんな言動をしたのか悩んでいたのよ」
「答えは出たのか?」
「出てないわ。ただ――」
そこ一度、椎名の言葉は止まった。
何かを躊躇ったのか、あるいは言語化に迷ったのか。
「いえ、違うわね……きっと私は未だに覚悟が足りないってだけの話なのかもしれない」
「覚悟?」
「ほら、樫田や山路が言っていたじゃない。『本気で部活やれよ』って」
「ああ覚えているよ」
この一週間の中で印象的だった言葉の一つだ。
山路が演劇部の一員であろうとした言葉の意味で、樫田が表現した演劇部の問題の一つだ。
でも、足りないとは……。
「本当に切り離すつもりだったわ。山路が辞めることを受け入れるつもりでもいた。でも実際に目の前にして、真実を聞いて、私の中に怒りと同情とそして辞めてほしくないっていう気持ちが芽生えた」
なんとなく、椎名が何を言いたいのか分かってきた。
俺は何も言わずに、椎名の言葉を聞く。
「可笑しいわよね。みんなの前で全国を目指すって断言して、足並みを揃えずにいたのに」
「そんなことはないって。足並みが揃わないのはいつものことだし」
「ふふ、それはそうかもしれないわね」
俺の否定を意に介していないのか、椎名は軽く笑って流した。
お互い、視線が合わないまま話は進む。
「でも、実際に私の知らない私が出てきた」
「……」
「ねぇ杉野。私はこのまま全国を目指していいのかしら?」
ここに来て、初めて椎名と目があった。
彼女の潤んだ瞳はどこか儚げで、そして
憂慮に満ちていた。
俺は考えずに、感性のままに聞く。
「椎名は、今どう思っているんだよ?」
「半分半分ってところかしら」
意外な答えに俺は驚いた。
今まで頑なだった椎名の気持ちが今、揺れ動いていた。
「全国を目指すことでまた誰かが辞めるって言った時、私は私がどうするか分からないわ。山路の時のように新たな気持ちを覚えるのか、それとも見捨てるのか」
「それは、そん時になってみないと分からないだろ……」
「ええ、そうね。でもそんな半端な覚悟で目指して辿り着けるところじゃないわ」
椎名は俺から視線を外し、また正面を向いた。
俺もつられるように、向き直す。
半端な覚悟、か。
少しだけ考える。違うと否定するのも、そうだと肯定するのもそんな難しいことではないのだろう。
ただ、そんな答えでいいのだろうか。
…………。
「なぁ、椎名。それはきっと半端なんかじゃないよ」
「そうかしら……」
「ああそうだ。それ進化だよ」
そう言って、俺は椎名の前に立った。
椎名は少し上を向いて、視線を俺の目に合わせた。
「進化?」
「ああ。叶えたいことが大きくなって、全国を目指すことからみんなで目指すことに変わっただけ。欲の表れ、渇望の進化だ」
「…………」
「いいじゃねーか。目指そうぜ」
そう言って、俺は椎名に手を差し出した。
椎名は不思議そうに俺の手を見てきた。
「もし今度誰かが辞めるって言っていたら、そんときは二人で止めよう。もし全国を目指すことを誰かが反対したら、そんときは二人で説得しよう。そんで、みんなで全国を目指してさ、みんなでこれが俺たちの青春だって証明しよう」
きっと俺は不器用に笑っているだろう。
一瞬、椎名は視線を上げ俺を見る。
目を合わせると、椎名は笑って俺の手を取った。
そして、椎名は手をつないだまま、立ち上がり言う。
「じゃあ、これは私たち二人の渇望ね」
「ああ、そしてこの先、演劇部みんなの渇望になるさ」
「素敵ね」
夜空の下、俺と椎名は笑った。
新たになった渇望を胸に、これからの部活に心躍らせて。
第5章 完