二人はその別荘からすぐさま立ち去った。家に着く前に日が暮れてしまったので、道中の小さな村の宿に泊まることになった。部屋に案内されると、ジョージは最初にアーサーの傷の手当てをすることにした。
肩回りの肉は、不自然に落ち窪んでいた。ちょっとだけつつくと、アーサーは顔を歪ませた。
「医者を呼ぶから、待っていてくれ」
「いや、いらねぇ。しばらくすりゃ、治るだろう。放っておいてくれ」
ジョージは眉をハの字にした。
「心配だよ、お医者さんに診てもらおう?」
「いらねぇ」
アーサーは「いらない」の一点張りだったので、ジョージはとうとう諦めた。
「ジョージ、あの別荘で何を見た?」
彼は低く静かな声で言った。
「……『イギリスの絵画』っていう本を読んだ。内容は普通だったんだけど、その本に挟まれている切り抜きの内容が、ヤバかったんだ」
ジョージはポケットに突っ込んでいた、黄ばんでシミのついたその切り抜きを取り出した。
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18XX年11月XX日、行方不明となっている若者五人を捜索中に、五人中二人が○○邸付近の雑木林で、手足が欠損した状態で保護された。捜査員の一人に話を聞くと、二人の手足は奇妙なことにまるで溶けた蠟燭のようであり、現在の西洋医学では全く説明できない症状だという。捜査当局により、他三人の捜索も懸命に行われている。この奇妙な事件の真相に迫るアンダーソン警部に話を伺うと……
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「あの別荘付近で起こった、ある行方不明事件の記事だ」
それを聞いたアーサーは、未だ何も言わなかった。
「この切り抜きだけだと、まだ分からないよな……その『イギリスの絵画』には、とある展覧会の目録が無理やりくっつけられていたんだ。それに目を通すと、『見張りの女』って作品があってさ。そのタイトルの横に、誰かの走り書きで盗人を喰らうって書いてあったんだ。これはあくまで俺の勘なんだけど、この絵が噂の絵画なんじゃないかと思うんだ……」
ジョージがそこまで説明すると、アーサーの不自然に落ち窪んだ肩を見た。
「アーサー、君はもしかして」
「話すと長くなりそうだから簡潔に言うぞ」
アーサーは少し考えてから、こう言った。
「俺はその『見張りの女』に会った」
「……」
「その絵に描かれた女が、俺を絵の中に引きずりこんだんだ。あの女、生きている人間みたく動くし、言葉も話すぜ」
「……俄かには信じがたい話なんだけど、君が言うならそうなんだろう」
ジョージはふぅとため息を吐いた。
「状況から見て、昨日オリバーはその女に仲間を奪われたんだ。そして見張りの女はオリバーに取引を持ち掛けた。『仲間を返してほしければ、新しい人間を連れてこい』ってな」
アーサーは目を伏せながらそう言った。
「昨日、あの廃墟にいたのは、絵を盗もうとする人間を探すためだったのか」
「そうだ。偶然その場にいた俺らを差し出そうとしたんだ」
「……じゃあ、なぜ君は戻ってこられたんだ?」
ジョージはずっと気になってたことを聞いた。新聞記事にも、戻ってきた人とこられなかった人が両方いた。この違いが何なのか、アーサーはおそらく答えを知っている。
「俺は、その絵画を欲しいと思っていなかったから戻ってこれた」
アーサーはキッパリと言った。
「そういうことか。俺がオリバーに目をつけられたのは、絵を欲しいと思っていたからか」
「ジョージ、お前さんはおそらく絵の中に入ったら出てこられないだろう? だから早く出ようと言ったんだ」
アーサーはそう言うと、イテテと顔をしかめた。
「今日はもう寝よう。お互いクタクタだ」
「それもそうだな」
ジョージは枕もとにともっていた蠟燭の灯を消し、目を閉じた。
思わず、オリバーの泣きそうな顔が浮かんでくる。
(お兄さんを助けるためだったのか……。もしアーサーがいなかったら、今頃俺は、絵の中だ)
形見のペンダントを強く握りしめると、ジョージは深い眠りについた。