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ep9. 医師×村×快晴

ー/ー



 僕の好きな時間。
 青く美しいレマン湖を眺めながら、アップルタルトでティータイムを楽しむこと。

 ヴォー州の郷土菓子『タルト・ヴォードワーズ』をアレンジした母さんのアップルタルトは、強めのシナモンが特徴だ。鼻から抜ける香りを楽しみ、紅茶で喉を潤せば至福のひとときを感じられる。
 冬のこの時期は暖房が効いた屋内から湖を望むが、それもまた良しだ。

「さてと。じゃあ僕は午後の診療に戻るよ」
「えぇ。皆の健康をしっかり守るんだよ、ノエ」

 愛らしい天使のような母さんの微笑みを受けながら、紅茶の最後の一滴までキレイに飲み干し、白衣を羽織った。

 西欧スイス南西部、三日月形のレマン湖がフランスとの国境をまたぐヴォー州。その静かな土地に、僕の住む村―― Le Mur(ル・ミュール) はある。人口50人ほどの小さな村で、住人は皆家族のような存在だ。
 幼い頃から医師を目指した僕は都市部で医療を学んで、1年ほど前に実家の1階を改装して診療所を開いた。理由は至極簡単。村の人たちと、この美しい景色が好きだからだ。

「おぉ、一番乗りだね。こんにちは、ノエ君」
「こんにちは、ハンスさん。調子はどうですか?」

 診療開始と同時に、老紳士が白い息を吐いて現れた。腰痛を患っているハンスさんは、毎日のように様子を診せに来てくれる。
 ミュール村の住人は過半数が高齢者だが、病院は都市部にしかなく通うのに苦労していた。だからここで診療所を開くと言った時は、皆で喜んでくれたものだ。

「お陰様で随分と楽になったよ。……ところでノエ君、昨日のアイスホッケーの試合は見たかね?」
「もちろん見ましたよ、白熱でしたね」

 治療もそこそこに、ハンスさんは世間話を始めた。仕事中だけど、僕も話に夢中で乗った。実はこんな感じで、他の人もどちらかといえば治療はオマケで、診療所には世間話を目的に来る人ばかりだ。

 でも、世間話も彼らの元気の源となっているのは事実。
 健康でいてくれるなら、僕は大歓迎だ。

 そんな穏やかな日々を過ごしていたある夜、雪が降る中を隣村に住むルパートという男性が訪れてきた。一緒に連れ歩く奥さんらしき人は、顔色がとても悪く苦しそうだった。

「夜分にすまない。先生、ちょっと診てくれるか」
「構いません、どうしましたか?」

 上着も脱がずに慌てているルパートさんを落ち着かせつつ、奥さんをベッドに寝かせた。体に少し触れただけで〝熱い〟と感じるほどの高熱だ。

「昨日から急に具合が悪くなって……、今日はあまり食欲もないんだ」

 ルパートさんの話に耳を傾けながら、着々とバイタルチェックを進める。体温は39.1度。呼吸はやや浅めだが音に異常なし。でも、かなり疲弊しているようだ。

「今のところは風邪のような症状ですね。一旦、解熱剤を処方して様子を見ましょう。今日はここで休んで下さい」
「ありがとう、助かるよ」

 雪の中を帰らせるのも危険なので、彼らには診療所の仮眠室へ泊まってもらうことにした。奥さんは僕の母さんが作ったスープと解熱剤を口にすると、落ち着いた表情を浮べて眠ってくれた。


 翌朝。仮眠室へ様子を見に行った僕は、思わず息を飲んだ。なんと、奥さんの体中に昨日まではなかった発疹が浮かび上がっていたのだ。
 熱は下がるどころか40度にまで達しており、呼吸もすごく苦しそうだ。明らかに何かのウイルスによる感染性のショック症状だった。

「これは……、ルパートさん!」

 旦那さんを振り返ると、彼も苦しそうな表情を浮べて唸っていた。発疹は見られないが、体を触るとやはり熱い。奥さんと同じウイルスに感染したと見て、間違いないだろう。
 一先ず奥さんには酸素投与を開始した。そして診療所で調べられる限りのウイルス検査をしたが、残念ながらどの検査にも反応はない。

 これ以上の検査はここでは不可能。だが二人を無理に移動させて体調を悪化させたり、ウイルスを拡散するわけにはいかない。僕が彼らの検体を持って、都市部の医療機関に協力を要請するのが最善だろう。医学生時代、共に学んだ()ならきっと……。

「ノエ君、大丈夫かい?」

 小さな村だから噂はすぐに広まり、仮眠室の外でハンスさんを含む住人たちが心配そうに集まってきていた。
 彼らの優しさには感謝だが、僕は慌てて皆に部屋から距離を取るよう指示をした。

「皆さん、二人はどうやら何かのウイルスに感染しているようです。決して部屋には近づかないように。僕は今から検体を調べるため、都市部(チューリッヒ)の大学病院に向かいます」

 扉越しにそう言うと、ハンスさんたちはニカッと笑った。

「あぁ。でも、いつも助けてもらってるから、我々にも何か協力させておくれ。大丈夫、きちんと感染対策するからさ」

 全て自分で何とかせねばと思っていた僕は、思わず目頭が熱くなった。感染のリスクが心配だけど、協力者は多いほうがありがたい。
 そこで、彼らに万一のため酸素マスクの装着方法を説明し、あとは水枕と水分補給のみに留めて極力接触は控えるようお願いした。急変があれば僕の携帯に連絡を入れてもらい、指示をする。

「ありがとうございます。なるべく早く戻ります、どうかくれぐれも慎重に」
「分かった。気をつけてね、ノエ君」

 遠くから見送ってくれるハンスさんたちに一礼し、自家用車で大学病院に向けて出発した。積雪の中、チューリッヒまではおよそ片道3時間半だ。
 それでも自家用車を選択したのは、僕にもウイルスが付着している可能性を加味し、拡散を避けるため。急ぐ時ほど冷静な判断をしなければ。

「ノエ! 久しぶりだな」

 病院に到着すると、外で待っていた白衣姿の男が僕の車に駆け寄った。医大を卒業してから2年ぶりぐらいに会うが、変わらない見た目に少しの安堵を感じた。

「無茶を言って悪いな、アレク。引き受けてくれて嬉しいよ」
「水臭いこと言うなよ、研究材料が増えるのはありがたいことだしさ」

 アレクは医学生時代の同級生で、この大学病院でウイルスを研究している学者だ。免許を取得して医者になった僕とは違う道を進んでいるけれど、人の命を助けたいという信念は同じである。

 接触を控え、車からは出ない。アレクは窓の隙間から検体を受け取ると、頑丈に密閉して保管した。久しい再会も懐古する暇はないが、お互い目を見て〝頼んだぞ〟とばかりに無言で頷く。今はこれだけで十分だ。
 でも早々に村へ帰ろうとした時、携帯の着信が鳴り響いた。端末へ表示された〝Hans〟の文字に、慌てて通話ボタンを押す。

「ハンスさん? どうされましたか」
『あぁ、ノエ君! それが大変なんだよ! 隣村で夫婦と同じ症状に苦しむ人が、続々と現れているらしいんだ』

 その言葉に背筋が凍り付いた。彼の話によれば、ルパート夫妻は奥さんに症状が出る2日前、結婚披露パーティーを開いていたらしい。隣村もミュールと同じくらいの小さな村だから、きっと村中の人が祝福したことだろう。
 幸か不幸か、翌日から雪が降ったお陰で、出席者に村の外へ出た者はいないそうだ。夫妻が最初の感染者なら、まだウイルスが蔓延しているのは隣村とミュール村だけになる。今なら村で食い止められるかもしれない。

 だが、外部の対策はそれでいいとして、ミュールと隣村はどうなってしまうのか。
 もし両村人全員が発病したら、僕一人ではとても……。

〝皆の健康をしっかりと守るんだよ〟

 再び降り始めた白い結晶の中に、母さんの言葉が響く。
 僕は覚悟を決め、心配そうに窓を叩いたアレクへ己の意思を伝えた。


 翌日、2つの村に医療設備を備えた大型車が到着した。アレクの計らいで僕の診療所を拠点とし、大学病院から派遣された医療スタッフと共に治療に当たることとなったのだ。
 隣村では既に住人の半数以上が感染症状を訴えていた。ミュールでも夫妻と接触した母さんを始め、ハンスさんたちも感染してしまった。

 アレクが検体を調べた結果、これまでに確認されていない新種のウイルスだと判明した。既に解析も進められているが、情報がない以上、既存の薬と設備を駆使して対応するしかない。
 今はまだ殆どの人が軽症だけど、高齢者は重症化すれば命の危機も高まる。自分の処置が誤っていないか、不安に何度も襲われた。

 村人同士の接触は減り、ニュースの報道で外からの人の姿もなく、時が止まったように静まりかえる村。僕が好きな姿は、そこにはない。
 無性にシナモンの香りが恋しくなり、様子見も兼ねて母さんの寝室を尋ねると彼女はこう言うのだ。

「私のことはいいから、他の人を優先して診なさい」

 母さんは厳しいな。
 でも相変わらず天使のような微笑みだけが、心の癒やしとなった。

 だが、状況は少しずつ悪化していく。昨日まで元気だった人の容体が急変し、一人また一人と重症化していったのだ。恐らく免疫暴走(サイトカインストーム)である。
 急激な患者の増加に薬と設備が追いつかない。出口の見えない治療で、大学病院のスタッフたちにも疲弊の色が見え始めていた。

 限界を感じ、僕はアレクに電話をかけた。

「アレク、試薬品の開発だけでも急げないか。どの薬も効き目がないみたいなんだ」

 通常、ワクチンの開発には5~10年かかるものだ。緊急性が高いとされても、実用化には1~2年を要することも知っている。だが何もできないもどかしさから、僕は彼を責めてしまった。

『すまない。全力で解析しているが、できないものはできないんだ。もう少し時間をくれ』
「時間って……。こうしている間にも、患者は苦しんでいるんだぞ! このままじゃ――」

 極限状態の精神が、最悪の状況を想像させる。田舎のちっぽけな村など見放して、患者を殺すことでウイルスを強制的に根絶させようとしているのではないか。そんなことまで考えた。

 そんなの絶対ダメだ! 僕が何とかしなくては。
 どんなウイルスにも効く薬……、それさえあれば。

「幻の、薬」
『ノエ?』

 脳裏に浮かんだのは、学生時代に興味本位で買った古い医学書の1ページだった。
 あの時は怪しすぎて読み流してしまったが、もしかしたら。

「悪いアレク、また連絡する」
『お、おい。ノ――』

 一方的な電話を切り、僕は2階の書斎に足を運んだ。ホコリが被るほど長らく開いていなかったその本を手に取り、記憶にあるページを探す。

「あった! これだ」

 そこに載っているのは『Angel Breath(天使の吐息)』と記された花の写真。雪の結晶のような異形の花びらに、淡い青から白へのグラデーションがかかっており、中心が淡い光を宿しているように見えた。
 それは極寒の水辺に、よく晴れて風もない夜明け、数十分だけ咲くという。医学書によれば、この花が万能の薬であるらしい。

 ただ他の文献には、この花のことなど見る影もなかった。大学教授や同級生にも「迷信だ」と言われて僕もそう思い、本の存在自体をすっかり忘れていたのだ。

 でも写真があるくらいなのだから、実在するのではないか?
 今はどんな手段でも縋りたいくらい、僕の精神は追い詰められていた。

 翌日から天気の良い日は、まだ暗い早朝にレマン湖の畔へ通い続けた。雪が積もるくらい寒いし、あの花が咲くのではと淡い期待を抱いて夜明けを待つ。だが壮大なアルプスに囲まれているせいか、山から吹き抜ける風が敵となり立ち塞がった。
 花が咲くには無風でなければならない。僕が好きなアルプスの風を、妬ましく思う日が来るとは思ってもいなかった。

 風は勿論、雪が降ることも多くなって快晴にも恵まれなくなり、空が僕の願いを拒んでいく。まるで治療のできない医者は無力だと嘲笑っているようで。

 確かに、そのとおりだ。でも皆は〝ノエ()なら治してくれる〟って信じてるんだ。
 僕だってそうしたいけど、もうどうしたらいいのか。

「頼むから、雪も風も止んでくれ……。エンジェル・ブレスを咲かせてくれ」

 僕の大好きな人たちを、誰か助けて――。

「雪と風を止めるだけじゃ、その花は咲かないよ」

 まだ夜明け前だというのに子供のような声が響いた。驚いて顔を上げると、目映い光を感じて目が眩み、思わず閉じる。
 恐る恐る再び目を開くと、淡い光に包まれた金髪の少年が宙に浮かんで不敵の笑みを浮べていた。コバルトブルーの服装と耳飾りが、夏のレマン湖を彷彿させる。薄着だけど寒くないのだろうか。

「君は……、天使か?」
「だから、そんなものは存在しないってば。その花に影響されすぎじゃない? オニーサン」

 少年は小さく溜め息を吐く。確かに羽はないようだが、でも浮いてる以上この子が〝普通〟であるとは思えない。……いや。そんなことより、彼はさっき何と言った?

「エンジェル・ブレスが咲かないと言ったか?」
「そうだよ、この辺りは絶対に咲かないね」

 自信満々と断言する少年に憤りを感じたが、子供相手にムキになっても仕方あるまい。しかし何故咲かないと言い切れるのだろう。彼に天候を読む力でもあるというのか。

「惜しいなぁ。読むんじゃなくて、僕が全ての天気を管理してるのさ。生憎この辺りでは、その花が咲くくらいの氷点下にはならないよ」
「管理って、君は一体……」
「僕は空の番人メネル。ねぇ、お兄さんの一番好きな食べ物をくれるなら、天気を変えてあげてもいいよ」

 好きな食べ物? 当然、僕の脳裏には母さんのアップルタルトが浮かぶ。
 メネルって子の言うことは本当なのだろうか。でもタルトと引き換えに花が手に入るなら、母さんが元気になった時にいくらでも食べさせてあげればいいのでは。

「あぁ、残念。これは僕への報酬だから、契約が成立したら〝僕だけのモノ〟として、お兄さんはもうその食べ物を口にできなくなるよ。よほど美味しいみたいだね、そのアップルタルトとやらは」

 そう言うとメネルはワザとらしく舌舐めずりをした。僕の思考が読めるのか。

「食べられないって……、もう二度とか? どうして。母さんが死ぬとでも!?」
「落ち着きなって、人間の〝死〟に関わることはないよ。でも食べられなくなる経緯は、僕の意図じゃないから分からないね。嫌なら無理に契約しなくてもいいさ。ま、エンジェル・ブレスは咲かないけど」

 今度は帰るような素振りを見せ、メネルは完全に僕を煽ってきている。どうやら花を手に入れるには、彼の話に乗る他ないようだ。
 このまま何もせず薬ができるのを待っていたら、遅かれ早かれ誰かの命が危ぶまれるのは確かだ。食べ物ひとつだけの犠牲で、皆の命が助かるのなら。

 僕の好きな時間と、皆の笑顔。……選ぶまでもない。
 アルプスの風に乗って母さんの笑顔と、シナモンの香りが届いた気がした。

「――契約しよう、メネル」
「いい判断だね。名前の由来である奇跡のような吐息を、とくと味わうがいいよ」

 嬉しそうにメネルが差し出した手を、僕は心を無にして握った。



「――エ。ノエ! しっかりしろ!」

 自分を呼ぶ声がして目を開けると、そこにいたのはアレクだった。
 飲みかけのコーヒーもそのままに、パソコンの前で作業をしていて、いつの間にか眠っていたらしい。

「アレ、ク……どうしてここに?」
「お前が心配で来たんだよ。大丈夫か?」

 寝ぼけ眼でアレクの顔をぼんやりと見つめていたが、丁度目に入った時計の時刻に一気に脳が覚醒した。

 もうすぐ夜明けだ。急いで行かなければ。

「すまないアレク、ちょっと出掛けてくる」
「は? こんな時間にか!?」

 戸惑うアレクを置き去りに、僕は外へ飛び出した。だが外はいつもよりかなり寒く、慌てて玄関に放ってあったダウンを取り、再び出る。
 気温は恐らく氷点下ではないだろうか。極寒だが雪は止んでいて、薄明かりにまだ星が見えるくらいに空気が澄んでいる。

 数歩進んだところで、あることに気がついて足を止めた。
 風を感じない。嘘のようにピタリと、一切の音も聞こえないくらいの静けさに包まれている。

 急に気持ちが逸り、僕は走り出した。誰もいない道のりを全力で駆け、真っ直ぐとレマン湖の畔へ向かう。到着する頃に丁度水平線から太陽が頭を出してきて、ヴォー地方に夜明けが訪れた。

 光が差すと共に、何かがチラチラと瞬く。眩む目を凝らし、生まれて初めて目にしたその光景に、息をするのも忘れて釘付けとなった。

 それは、ダイヤモンドダストだった。

 雪ではなく、細かい氷の欠片のようなものが太陽光を反射してキラキラと輝く自然現象。まるで天が息を吐いたように宙を漂う様は、まさに『Angel Breath(天使の吐息)』と例えるに相応しい。
 そう。その花が開く条件は、ダイヤモンドダストが発生する条件に同じなのだ。輝く吐息の麓には、様々な結晶の形をした満開のエンジェル・ブレスが咲いていた。

 僕はその青白く神秘的な花を夢中で摘んだ。花は氷のように冷たく、丁寧に扱わなければ砕けてしまいそうで。
 夜明けから10分。陽射しに晒されたエンジェル・ブレスは、手中の花だけを残し、溶けるように跡形もなく消え去った。

 家に戻ると、信憑性を疑うアレクを何とか説得し、摘みたてのエンジェル・ブレスを使って試薬品を作った。しかしいざ患者に処方するとなると、アレクは試験が必要だと頑なに拒否した。

「なら、私で試しておくれよ。ノエ君」

 そうして自ら名乗りを上げたのはハンスさんだった。呼吸が苦しいのに薬が効かないせいで、彼にも長く辛い思いをさせてしまっている。ハンスさんは例え試験で命を落としても、役に立つなら本望だと言う。

「どちらにしても息苦しさから解放されるだろう? さぁ、遠慮しないで」
「ハンスさん……」

 僕たちは罪悪感に苛まれながらも、ハンスさんへエンジェル・ブレスを投与した。

 あれから1週間後。エンジェル・ブレスの成分を分析して作られた試薬品が効き、ミュール村も隣村の人も奇跡的な回復をみせた。
 ハンスさんが試験を買って出てくれなければ、今頃どうなっていたことだろうか。彼のバイタルが落ち着いた時は、アレクと男三人で抱き合って喜んだものだ。

 奇跡的に今回のウイルス感染で、死者が出ることはなかった。
 ――ただし、死者()

「ノエ。診察はどうしたの?」

 昼食を作っていると、車椅子に座った母さんからそう声をかけられた。今日は日曜日、診療所は休みだ。ちなみに5分ほど前にも同じ質問に答えている。

「今日は休みだよ、母さん」
「そうかい。頑張るんだよ」

 天使のような微笑みを浮べる母さんに、僕も小さく笑った。

 感染の症状が悪化した母さんは、脳にまで炎症が及び一時命の危機までに及んだ。幸い試薬品により回復はしたものの、後遺症が残ってしまったのである。記憶障害、そして……麻痺による運動障害。

 スプーンも握れない彼女は、もうキッチンに立てない。シナモンの香りは花と共に消えてしまったらしい。
 それでも、生きていてくれればそれでいい。命は他の何にも変えられないから。

「皆の健康をしっかり守るんだよ、ノエ」
「うん。分かってるよ、母さん」

 母さんや村の皆の笑顔を見ることが、今の僕の一番好きな時間だ。


***

 『Angel Breath(天使の吐息)』――ダイヤモンドダストと同じ条件で咲く、幻の花。
 夜明けの数十分で消えてしまうことから、人間の中に知る人はいないと思っていたけど……珍しいこともあるもんだね。

 それにしてもエンジェル・ブレスなんて小洒落た名前、一体誰がつけたのか。天使なんかより僕のほうが、よっぽど綺麗な息を吐ける自信あるのになぁ。

「このアップルタルト、めちゃくちゃ美味しいな。生地の上に砂糖とクリームを乗せて焼いてるの、珍しくない?」

 手に入れたタルトを頬張って、僕と晴の精霊(サニール)はご満悦だ。砂糖がクリームの水分を吸って不思議な触感がする。
 これにリンゴを合わせるなんて、彼のお母さんはセンスがいいね。でも僕にはちょっとシナモンが強すぎるかな。

「ところで〝お母さん〟って何なんだろ。そういえば雪を見せた子にも、そう呼んでた人いたっけ」

 あの子はテンゴクに行くと言っていたけど、あれからまだ会っていない。あの子にもエンジェル・ブレスを見せたら、喜んでくれたかな。

「お母さん……か」


 ――ポツリと呟いた自分の言葉が、体の中心にチクリと刺さった気がした。



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「こんにちは、ハンスさん。調子はどうですか?」
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 でも、世間話も彼らの元気の源となっているのは事実。
 健康でいてくれるなら、僕は大歓迎だ。
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「夜分にすまない。先生、ちょっと診てくれるか」
「構いません、どうしましたか?」
 上着も脱がずに慌てているルパートさんを落ち着かせつつ、奥さんをベッドに寝かせた。体に少し触れただけで〝熱い〟と感じるほどの高熱だ。
「昨日から急に具合が悪くなって……、今日はあまり食欲もないんだ」
 ルパートさんの話に耳を傾けながら、着々とバイタルチェックを進める。体温は39.1度。呼吸はやや浅めだが音に異常なし。でも、かなり疲弊しているようだ。
「今のところは風邪のような症状ですね。一旦、解熱剤を処方して様子を見ましょう。今日はここで休んで下さい」
「ありがとう、助かるよ」
 雪の中を帰らせるのも危険なので、彼らには診療所の仮眠室へ泊まってもらうことにした。奥さんは僕の母さんが作ったスープと解熱剤を口にすると、落ち着いた表情を浮べて眠ってくれた。
 翌朝。仮眠室へ様子を見に行った僕は、思わず息を飲んだ。なんと、奥さんの体中に昨日まではなかった発疹が浮かび上がっていたのだ。
 熱は下がるどころか40度にまで達しており、呼吸もすごく苦しそうだ。明らかに何かのウイルスによる感染性のショック症状だった。
「これは……、ルパートさん!」
 旦那さんを振り返ると、彼も苦しそうな表情を浮べて唸っていた。発疹は見られないが、体を触るとやはり熱い。奥さんと同じウイルスに感染したと見て、間違いないだろう。
 一先ず奥さんには酸素投与を開始した。そして診療所で調べられる限りのウイルス検査をしたが、残念ながらどの検査にも反応はない。
 これ以上の検査はここでは不可能。だが二人を無理に移動させて体調を悪化させたり、ウイルスを拡散するわけにはいかない。僕が彼らの検体を持って、都市部の医療機関に協力を要請するのが最善だろう。医学生時代、共に学んだ|彼《・》ならきっと……。
「ノエ君、大丈夫かい?」
 小さな村だから噂はすぐに広まり、仮眠室の外でハンスさんを含む住人たちが心配そうに集まってきていた。
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 扉越しにそう言うと、ハンスさんたちはニカッと笑った。
「あぁ。でも、いつも助けてもらってるから、我々にも何か協力させておくれ。大丈夫、きちんと感染対策するからさ」
 全て自分で何とかせねばと思っていた僕は、思わず目頭が熱くなった。感染のリスクが心配だけど、協力者は多いほうがありがたい。
 そこで、彼らに万一のため酸素マスクの装着方法を説明し、あとは水枕と水分補給のみに留めて極力接触は控えるようお願いした。急変があれば僕の携帯に連絡を入れてもらい、指示をする。
「ありがとうございます。なるべく早く戻ります、どうかくれぐれも慎重に」
「分かった。気をつけてね、ノエ君」
 遠くから見送ってくれるハンスさんたちに一礼し、自家用車で大学病院に向けて出発した。積雪の中、チューリッヒまではおよそ片道3時間半だ。
 それでも自家用車を選択したのは、僕にもウイルスが付着している可能性を加味し、拡散を避けるため。急ぐ時ほど冷静な判断をしなければ。
「ノエ! 久しぶりだな」
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「無茶を言って悪いな、アレク。引き受けてくれて嬉しいよ」
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『あぁ、ノエ君! それが大変なんだよ! 隣村で夫婦と同じ症状に苦しむ人が、続々と現れているらしいんだ』
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 幸か不幸か、翌日から雪が降ったお陰で、出席者に村の外へ出た者はいないそうだ。夫妻が最初の感染者なら、まだウイルスが蔓延しているのは隣村とミュール村だけになる。今なら村で食い止められるかもしれない。
 だが、外部の対策はそれでいいとして、ミュールと隣村はどうなってしまうのか。
 もし両村人全員が発病したら、僕一人ではとても……。
〝皆の健康をしっかりと守るんだよ〟
 再び降り始めた白い結晶の中に、母さんの言葉が響く。
 僕は覚悟を決め、心配そうに窓を叩いたアレクへ己の意思を伝えた。
 翌日、2つの村に医療設備を備えた大型車が到着した。アレクの計らいで僕の診療所を拠点とし、大学病院から派遣された医療スタッフと共に治療に当たることとなったのだ。
 隣村では既に住人の半数以上が感染症状を訴えていた。ミュールでも夫妻と接触した母さんを始め、ハンスさんたちも感染してしまった。
 アレクが検体を調べた結果、これまでに確認されていない新種のウイルスだと判明した。既に解析も進められているが、情報がない以上、既存の薬と設備を駆使して対応するしかない。
 今はまだ殆どの人が軽症だけど、高齢者は重症化すれば命の危機も高まる。自分の処置が誤っていないか、不安に何度も襲われた。
 村人同士の接触は減り、ニュースの報道で外からの人の姿もなく、時が止まったように静まりかえる村。僕が好きな姿は、そこにはない。
 無性にシナモンの香りが恋しくなり、様子見も兼ねて母さんの寝室を尋ねると彼女はこう言うのだ。
「私のことはいいから、他の人を優先して診なさい」
 母さんは厳しいな。
 でも相変わらず天使のような微笑みだけが、心の癒やしとなった。
 だが、状況は少しずつ悪化していく。昨日まで元気だった人の容体が急変し、一人また一人と重症化していったのだ。恐らく|免疫暴走《サイトカインストーム》である。
 急激な患者の増加に薬と設備が追いつかない。出口の見えない治療で、大学病院のスタッフたちにも疲弊の色が見え始めていた。
 限界を感じ、僕はアレクに電話をかけた。
「アレク、試薬品の開発だけでも急げないか。どの薬も効き目がないみたいなんだ」
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『すまない。全力で解析しているが、できないものはできないんだ。もう少し時間をくれ』
「時間って……。こうしている間にも、患者は苦しんでいるんだぞ! このままじゃ――」
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 ただ他の文献には、この花のことなど見る影もなかった。大学教授や同級生にも「迷信だ」と言われて僕もそう思い、本の存在自体をすっかり忘れていたのだ。
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 翌日から天気の良い日は、まだ暗い早朝にレマン湖の畔へ通い続けた。雪が積もるくらい寒いし、あの花が咲くのではと淡い期待を抱いて夜明けを待つ。だが壮大なアルプスに囲まれているせいか、山から吹き抜ける風が敵となり立ち塞がった。
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 確かに、そのとおりだ。でも皆は〝|ノエ《僕》なら治してくれる〟って信じてるんだ。
 僕だってそうしたいけど、もうどうしたらいいのか。
「頼むから、雪も風も止んでくれ……。エンジェル・ブレスを咲かせてくれ」
 僕の大好きな人たちを、誰か助けて――。
「雪と風を止めるだけじゃ、その花は咲かないよ」
 まだ夜明け前だというのに子供のような声が響いた。驚いて顔を上げると、目映い光を感じて目が眩み、思わず閉じる。
 恐る恐る再び目を開くと、淡い光に包まれた金髪の少年が宙に浮かんで不敵の笑みを浮べていた。コバルトブルーの服装と耳飾りが、夏のレマン湖を彷彿させる。薄着だけど寒くないのだろうか。
「君は……、天使か?」
「だから、そんなものは存在しないってば。その花に影響されすぎじゃない? オニーサン」
 少年は小さく溜め息を吐く。確かに羽はないようだが、でも浮いてる以上この子が〝普通〟であるとは思えない。……いや。そんなことより、彼はさっき何と言った?
「エンジェル・ブレスが咲かないと言ったか?」
「そうだよ、この辺りは絶対に咲かないね」
 自信満々と断言する少年に憤りを感じたが、子供相手にムキになっても仕方あるまい。しかし何故咲かないと言い切れるのだろう。彼に天候を読む力でもあるというのか。
「惜しいなぁ。読むんじゃなくて、僕が全ての天気を管理してるのさ。生憎この辺りでは、その花が咲くくらいの氷点下にはならないよ」
「管理って、君は一体……」
「僕は空の番人メネル。ねぇ、お兄さんの一番好きな食べ物をくれるなら、天気を変えてあげてもいいよ」
 好きな食べ物? 当然、僕の脳裏には母さんのアップルタルトが浮かぶ。
 メネルって子の言うことは本当なのだろうか。でもタルトと引き換えに花が手に入るなら、母さんが元気になった時にいくらでも食べさせてあげればいいのでは。
「あぁ、残念。これは僕への報酬だから、契約が成立したら〝僕だけのモノ〟として、お兄さんはもうその食べ物を口にできなくなるよ。よほど美味しいみたいだね、そのアップルタルトとやらは」
 そう言うとメネルはワザとらしく舌舐めずりをした。僕の思考が読めるのか。
「食べられないって……、もう二度とか? どうして。母さんが死ぬとでも!?」
「落ち着きなって、人間の〝死〟に関わることはないよ。でも食べられなくなる経緯は、僕の意図じゃないから分からないね。嫌なら無理に契約しなくてもいいさ。ま、エンジェル・ブレスは咲かないけど」
 今度は帰るような素振りを見せ、メネルは完全に僕を煽ってきている。どうやら花を手に入れるには、彼の話に乗る他ないようだ。
 このまま何もせず薬ができるのを待っていたら、遅かれ早かれ誰かの命が危ぶまれるのは確かだ。食べ物ひとつだけの犠牲で、皆の命が助かるのなら。
 僕の好きな時間と、皆の笑顔。……選ぶまでもない。
 アルプスの風に乗って母さんの笑顔と、シナモンの香りが届いた気がした。
「――契約しよう、メネル」
「いい判断だね。名前の由来である奇跡のような吐息を、とくと味わうがいいよ」
 嬉しそうにメネルが差し出した手を、僕は心を無にして握った。
「――エ。ノエ! しっかりしろ!」
 自分を呼ぶ声がして目を開けると、そこにいたのはアレクだった。
 飲みかけのコーヒーもそのままに、パソコンの前で作業をしていて、いつの間にか眠っていたらしい。
「アレ、ク……どうしてここに?」
「お前が心配で来たんだよ。大丈夫か?」
 寝ぼけ眼でアレクの顔をぼんやりと見つめていたが、丁度目に入った時計の時刻に一気に脳が覚醒した。
 もうすぐ夜明けだ。急いで行かなければ。
「すまないアレク、ちょっと出掛けてくる」
「は? こんな時間にか!?」
 戸惑うアレクを置き去りに、僕は外へ飛び出した。だが外はいつもよりかなり寒く、慌てて玄関に放ってあったダウンを取り、再び出る。
 気温は恐らく氷点下ではないだろうか。極寒だが雪は止んでいて、薄明かりにまだ星が見えるくらいに空気が澄んでいる。
 数歩進んだところで、あることに気がついて足を止めた。
 風を感じない。嘘のようにピタリと、一切の音も聞こえないくらいの静けさに包まれている。
 急に気持ちが逸り、僕は走り出した。誰もいない道のりを全力で駆け、真っ直ぐとレマン湖の畔へ向かう。到着する頃に丁度水平線から太陽が頭を出してきて、ヴォー地方に夜明けが訪れた。
 光が差すと共に、何かがチラチラと瞬く。眩む目を凝らし、生まれて初めて目にしたその光景に、息をするのも忘れて釘付けとなった。
 それは、ダイヤモンドダストだった。
 雪ではなく、細かい氷の欠片のようなものが太陽光を反射してキラキラと輝く自然現象。まるで天が息を吐いたように宙を漂う様は、まさに『|Angel Breath《天使の吐息》』と例えるに相応しい。
 そう。その花が開く条件は、ダイヤモンドダストが発生する条件に同じなのだ。輝く吐息の麓には、様々な結晶の形をした満開のエンジェル・ブレスが咲いていた。
 僕はその青白く神秘的な花を夢中で摘んだ。花は氷のように冷たく、丁寧に扱わなければ砕けてしまいそうで。
 夜明けから10分。陽射しに晒されたエンジェル・ブレスは、手中の花だけを残し、溶けるように跡形もなく消え去った。
 家に戻ると、信憑性を疑うアレクを何とか説得し、摘みたてのエンジェル・ブレスを使って試薬品を作った。しかしいざ患者に処方するとなると、アレクは試験が必要だと頑なに拒否した。
「なら、私で試しておくれよ。ノエ君」
 そうして自ら名乗りを上げたのはハンスさんだった。呼吸が苦しいのに薬が効かないせいで、彼にも長く辛い思いをさせてしまっている。ハンスさんは例え試験で命を落としても、役に立つなら本望だと言う。
「どちらにしても息苦しさから解放されるだろう? さぁ、遠慮しないで」
「ハンスさん……」
 僕たちは罪悪感に苛まれながらも、ハンスさんへエンジェル・ブレスを投与した。
 あれから1週間後。エンジェル・ブレスの成分を分析して作られた試薬品が効き、ミュール村も隣村の人も奇跡的な回復をみせた。
 ハンスさんが試験を買って出てくれなければ、今頃どうなっていたことだろうか。彼のバイタルが落ち着いた時は、アレクと男三人で抱き合って喜んだものだ。
 奇跡的に今回のウイルス感染で、死者が出ることはなかった。
 ――ただし、死者|は《・》。
「ノエ。診察はどうしたの?」
 昼食を作っていると、車椅子に座った母さんからそう声をかけられた。今日は日曜日、診療所は休みだ。ちなみに5分ほど前にも同じ質問に答えている。
「今日は休みだよ、母さん」
「そうかい。頑張るんだよ」
 天使のような微笑みを浮べる母さんに、僕も小さく笑った。
 感染の症状が悪化した母さんは、脳にまで炎症が及び一時命の危機までに及んだ。幸い試薬品により回復はしたものの、後遺症が残ってしまったのである。記憶障害、そして……麻痺による運動障害。
 スプーンも握れない彼女は、もうキッチンに立てない。シナモンの香りは花と共に消えてしまったらしい。
 それでも、生きていてくれればそれでいい。命は他の何にも変えられないから。
「皆の健康をしっかり守るんだよ、ノエ」
「うん。分かってるよ、母さん」
 母さんや村の皆の笑顔を見ることが、今の僕の一番好きな時間だ。
***
 『|Angel Breath《天使の吐息》』――ダイヤモンドダストと同じ条件で咲く、幻の花。
 夜明けの数十分で消えてしまうことから、人間の中に知る人はいないと思っていたけど……珍しいこともあるもんだね。
 それにしてもエンジェル・ブレスなんて小洒落た名前、一体誰がつけたのか。天使なんかより僕のほうが、よっぽど綺麗な息を吐ける自信あるのになぁ。
「このアップルタルト、めちゃくちゃ美味しいな。生地の上に砂糖とクリームを乗せて焼いてるの、珍しくない?」
 手に入れたタルトを頬張って、僕と|晴の精霊《サニール》はご満悦だ。砂糖がクリームの水分を吸って不思議な触感がする。
 これにリンゴを合わせるなんて、彼のお母さんはセンスがいいね。でも僕にはちょっとシナモンが強すぎるかな。
「ところで〝お母さん〟って何なんだろ。そういえば雪を見せた子にも、そう呼んでた人いたっけ」
 あの子はテンゴクに行くと言っていたけど、あれからまだ会っていない。あの子にもエンジェル・ブレスを見せたら、喜んでくれたかな。
「お母さん……か」
 ――ポツリと呟いた自分の言葉が、体の中心にチクリと刺さった気がした。