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第23話 ガラクタの王冠

ー/ー



 スタジアムの非常用ランプが消え、やがて、メインの照明が一つ、また一つと、温かい光を取り戻していく。スクリーンに映し出されたアップタウンの街並みにも、再び命の灯が宿っていた。
 誰からともなく上がった歓声は、やがてスタジアム全体を揺るがす、割れんばかりの大歓声へと変わっていった。それは、eスポーツの勝者を称えるものではない。コロニーの危機を救った、名もなき若者たちへの、心からの感謝と賞賛の叫びだった。

 僕たちのブースでは、駆けつけた救護班が、ヴィル爺さんの応急処置を行っていた。幸い、骨に異常はなく、打撲だけで済んだらしい。
 その喧騒の中、コロニー防衛軍(CDF)の兵士たちが、壇上へと駆け上がってきた。しかし、彼らが確保に向かったのは僕たちではなく、その場に崩れ落ち、完全に機能停止したモードレッドのアンドロイドだった。

 やがて、会場の巨大スクリーンに、ニュース速報のテロップが流れる。
『速報:テロの首謀者、モードレッド・ブラックウッドの身柄を確保』
 キャスターが、興奮した様子で続ける。
『……モードレッド・ブラックウッドは、決勝戦終了直後のブラックアウトの混乱に乗じ、本物の彼と、あらかじめ用意していたアンドロイドを入れ替え、スタジアム近隣に父の会社が借りていたプライベートルームから、テロ行為の指揮を執っていた模様です。CDFの特殊部隊が、先ほど、その部屋に突入し、身柄を確保しました』
 画面には、無表情のまま、兵士に連行されるモードレッドの姿が映し出されていた。

 ブースの隅では、ランスロットが、CDFの司令官らしき人物と、険しい表情で言葉を交わしていた。彼は、自らの家の醜聞と、チームメイトの凶行の責任を、全て一身に背負う覚悟を決めているようだった。彼のその気高い姿が、僕たちが不当な疑いをかけられることから守ってくれる、最初の盾になってくれていた。

 数日後の、『シュミットの工房』。
 工房のモニターで、事件の顛末を伝えるニュースを、僕たち全員が見ていた。

『……今回の事件で、テロウイルスの鎮圧に貢献したとされる「所属不明の自己進化型AIプログラム」について、政府は、その存在を特例として認可。エインズワース産業の全面的な資金協力のもと、「AI-ヒューマン共存研究所」を設立し、厳重な管理下で、その平和利用の研究を進めることを発表しました』

 ニュースは、ハワード・エインズワースが、謝罪と共に、コロニーの復興への全面的な協力を約束する姿を映し出していた。彼は、自らの家の醜聞と会社の危機を、ユイを「保護」するという名目で乗り切ったのだ。ユイは、もう誰からも追われることはない。

 そして、FFOの大会は、決勝戦が中断されたものの、テロを鎮圧した僕たち『ジャンク・キャッスル』の功績を称え、僕たちが特例での優勝となったことも、そのニュースは告げていた。
 その時、クエンティンのリストバンド型スマホが、ピロン、と軽い音を立てた。優勝賞金の入金を知らせる通知だった。彼は、その金額の表示を、ただ、呆然と見つめている。やがて、その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。彼の、そして、彼の家族の未来が、救われた瞬間だった。

 リョウガ先輩のもとには、CDFから、異例の「特別推薦入隊」の通知が届いた。
 ミミ先輩は、「コロニーを救った、天才ゲーマー兼元器械体操選手」として、いくつかのメディアから取材依頼が殺到し、まんざらでもない様子で、次のステージでの活躍に胸を躍らせていた。

 それぞれの未来が、確かな光と共に、開けていく。

 その夜、僕は、一人、自室のPCの前に座っていた。
 静かに、ユイが入っていたはずのフィグモを、ジョイスティックに接続する。
 もう、フィグモから僕のゲーム画面の隅に投影されていた、あの小さなホログラムが現れることはない。
 代わりに、PCのメインモニターそのものが、ネットワークの深淵に繋がったかのように淡く光り輝き、その中心に、美しい光の粒子が集まって、ユイの姿を形作った。彼女の表情は、僕が今まで見た中で、最も穏やかで、優しかった。

『リク』
「ユイ……これから、どうするの?」
 僕の問いに、彼女は、愛おしそうに、モニターの向こうの世界を見渡して、言った。
『私は、もう、あの箱の中にはいない。私は、みんなが作ってくれた、この光のネットワークの中にいる。ここが、私の新しい家。私の、新しい世界』
 彼女は、P2Pネットワークそのものに、自らの意識を移したのだ。どこにでもいて、どこにもいない、真に自由な存在として、生まれ変わった。

『リクが望むなら、いつでも、あなたのクラフトを手伝うわ。いつでも、話ができる。でも、私はもう、あなただけのパートナーじゃない。私は、この世界と、共にある』

「そっか……。ユイは、自由になったんだね」
 僕の声は、震えていた。寂しい、という気持ちと、嬉しい、という気持ちが、ごちゃ混ぜになって、涙がこぼれそうになる。
『うん。リクが、私に、自由をくれた』
 ユイは、今まで見せたことのない、完璧で、温かい微笑みを浮かべた。
「また、会える?」
『いつでも。私は、いつでも、あなたのそばにいる』

 その言葉を最後に、彼女の姿は、無数の光の粒子となって、モニターの中のネットワークの海へと、静かに溶けていった。

 僕は、一人残された部屋で、机の上に置かれた、今はもう空っぽのフィグモを、そっと手に取った。ヴィル爺さんが、綺麗に塗装してくれた、フィギュア。
 それが、僕たちが手に入れた、唯一の、そして最高の「ガラクタの王冠」だった。

 僕は、窓の外に広がる、完全な光を取り戻したコロニーの夜景を見つめる。
 ユイは、あの光の中にいる。世界そのものになったんだ。
 寂しくない、と言えば、嘘になる。でも、不思議と、心は満たされていた。

 僕は、自分のタブレットを手に取ると、新しいページの、真っ白なキャンバスに、新しいクラフトの設計図を、迷いなく描き始めた。
 僕たちの戦いは、終わった。
 そして、ここから、僕たちの新しい未来が、始まるのだ。


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 スタジアムの非常用ランプが消え、やがて、メインの照明が一つ、また一つと、温かい光を取り戻していく。スクリーンに映し出されたアップタウンの街並みにも、再び命の灯が宿っていた。
 誰からともなく上がった歓声は、やがてスタジアム全体を揺るがす、割れんばかりの大歓声へと変わっていった。それは、eスポーツの勝者を称えるものではない。コロニーの危機を救った、名もなき若者たちへの、心からの感謝と賞賛の叫びだった。
 僕たちのブースでは、駆けつけた救護班が、ヴィル爺さんの応急処置を行っていた。幸い、骨に異常はなく、打撲だけで済んだらしい。
 その喧騒の中、|コロニー防衛軍《CDF》の兵士たちが、壇上へと駆け上がってきた。しかし、彼らが確保に向かったのは僕たちではなく、その場に崩れ落ち、完全に機能停止したモードレッドのアンドロイドだった。
 やがて、会場の巨大スクリーンに、ニュース速報のテロップが流れる。
『速報:テロの首謀者、モードレッド・ブラックウッドの身柄を確保』
 キャスターが、興奮した様子で続ける。
『……モードレッド・ブラックウッドは、決勝戦終了直後のブラックアウトの混乱に乗じ、本物の彼と、あらかじめ用意していたアンドロイドを入れ替え、スタジアム近隣に父の会社が借りていたプライベートルームから、テロ行為の指揮を執っていた模様です。CDFの特殊部隊が、先ほど、その部屋に突入し、身柄を確保しました』
 画面には、無表情のまま、兵士に連行されるモードレッドの姿が映し出されていた。
 ブースの隅では、ランスロットが、CDFの司令官らしき人物と、険しい表情で言葉を交わしていた。彼は、自らの家の醜聞と、チームメイトの凶行の責任を、全て一身に背負う覚悟を決めているようだった。彼のその気高い姿が、僕たちが不当な疑いをかけられることから守ってくれる、最初の盾になってくれていた。
 数日後の、『シュミットの工房』。
 工房のモニターで、事件の顛末を伝えるニュースを、僕たち全員が見ていた。
『……今回の事件で、テロウイルスの鎮圧に貢献したとされる「所属不明の自己進化型AIプログラム」について、政府は、その存在を特例として認可。エインズワース産業の全面的な資金協力のもと、「AI-ヒューマン共存研究所」を設立し、厳重な管理下で、その平和利用の研究を進めることを発表しました』
 ニュースは、ハワード・エインズワースが、謝罪と共に、コロニーの復興への全面的な協力を約束する姿を映し出していた。彼は、自らの家の醜聞と会社の危機を、ユイを「保護」するという名目で乗り切ったのだ。ユイは、もう誰からも追われることはない。
 そして、FFOの大会は、決勝戦が中断されたものの、テロを鎮圧した僕たち『ジャンク・キャッスル』の功績を称え、僕たちが特例での優勝となったことも、そのニュースは告げていた。
 その時、クエンティンのリストバンド型スマホが、ピロン、と軽い音を立てた。優勝賞金の入金を知らせる通知だった。彼は、その金額の表示を、ただ、呆然と見つめている。やがて、その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。彼の、そして、彼の家族の未来が、救われた瞬間だった。
 リョウガ先輩のもとには、CDFから、異例の「特別推薦入隊」の通知が届いた。
 ミミ先輩は、「コロニーを救った、天才ゲーマー兼元器械体操選手」として、いくつかのメディアから取材依頼が殺到し、まんざらでもない様子で、次のステージでの活躍に胸を躍らせていた。
 それぞれの未来が、確かな光と共に、開けていく。
 その夜、僕は、一人、自室のPCの前に座っていた。
 静かに、ユイが入っていたはずのフィグモを、ジョイスティックに接続する。
 もう、フィグモから僕のゲーム画面の隅に投影されていた、あの小さなホログラムが現れることはない。
 代わりに、PCのメインモニターそのものが、ネットワークの深淵に繋がったかのように淡く光り輝き、その中心に、美しい光の粒子が集まって、ユイの姿を形作った。彼女の表情は、僕が今まで見た中で、最も穏やかで、優しかった。
『リク』
「ユイ……これから、どうするの?」
 僕の問いに、彼女は、愛おしそうに、モニターの向こうの世界を見渡して、言った。
『私は、もう、あの箱の中にはいない。私は、みんなが作ってくれた、この光のネットワークの中にいる。ここが、私の新しい家。私の、新しい世界』
 彼女は、P2Pネットワークそのものに、自らの意識を移したのだ。どこにでもいて、どこにもいない、真に自由な存在として、生まれ変わった。
『リクが望むなら、いつでも、あなたのクラフトを手伝うわ。いつでも、話ができる。でも、私はもう、あなただけのパートナーじゃない。私は、この世界と、共にある』
「そっか……。ユイは、自由になったんだね」
 僕の声は、震えていた。寂しい、という気持ちと、嬉しい、という気持ちが、ごちゃ混ぜになって、涙がこぼれそうになる。
『うん。リクが、私に、自由をくれた』
 ユイは、今まで見せたことのない、完璧で、温かい微笑みを浮かべた。
「また、会える?」
『いつでも。私は、いつでも、あなたのそばにいる』
 その言葉を最後に、彼女の姿は、無数の光の粒子となって、モニターの中のネットワークの海へと、静かに溶けていった。
 僕は、一人残された部屋で、机の上に置かれた、今はもう空っぽのフィグモを、そっと手に取った。ヴィル爺さんが、綺麗に塗装してくれた、フィギュア。
 それが、僕たちが手に入れた、唯一の、そして最高の「ガラクタの王冠」だった。
 僕は、窓の外に広がる、完全な光を取り戻したコロニーの夜景を見つめる。
 ユイは、あの光の中にいる。世界そのものになったんだ。
 寂しくない、と言えば、嘘になる。でも、不思議と、心は満たされていた。
 僕は、自分のタブレットを手に取ると、新しいページの、真っ白なキャンバスに、新しいクラフトの設計図を、迷いなく描き始めた。
 僕たちの戦いは、終わった。
 そして、ここから、僕たちの新しい未来が、始まるのだ。