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第22話 あなたの力を貸してください

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 アンドロイドが完全に沈黙し、ひとまずの脅威が去ったことに、会場の観客たちも、安堵のため息をつく。誰もが、これで事件は解決に向かうと、そう思った瞬間——。

 スタジアムのメインスクリーンに、再び、あのピエロのような仮面が、今度は大写しで映し出された。その口元は、明らかに嘲笑の形ではなく、激しい怒りに歪んでいた。
『やってくれたな、老いぼれ! お前らもだ! もう容赦しない!』
 その声は、もはやふざけてはいない。底冷えのするような、純粋な憎悪が込められていた。

『クエンティン・ミラー。俺はここまでやるつもりはなかった。だが、ことごとく邪魔をしたお前らが、この決断をさせた。悪いのは、お前らだ!』

 モードレッドは、コロニー中に向け告げる。
 彼が仕掛けたウイルスの、恐るべき第二段階の存在を。
「電力テロは、二段階で実行されるようにプログラムされていた。第一段階は、今お前たちが目にしている、アップタウンのブラックアウト。そして、お前たちが俺の人形を止めた、今この瞬間が、第二段階への引き金だ」

 スクリーンに、コロニーの電力供給網の模式図が映し出される。そして、アップタウンを制御する複数の「電力ノード」が、次々と危険を示す赤色に点滅し始めた。
「俺が仕掛けたウイルスは、今この瞬間から、各ノードの冷却システムを停止させ、制御不能な熱暴走――超電導クエンチを引き起こす。クエンチが発生すれば、超電導電磁石に蓄えられていた膨大なエネルギーが、一気に熱や衝撃波となって爆発的に放出される。あと10分もすれば、ノードは連鎖的に、物理的に溶け落ち、コロニー全体の電力網は、二度と修復不可能なダメージを受ける!」

 絶望的な宣告に、会場全体が本当のパニックに包まれる。もはや、なすすべはない。誰もが、ただ、終末へのカウントダウンを見守ることしかできなかった。
 僕は、腕の中のフィグモに、祈るように叫んだ。
「ユイ! これをなんとかする方法はない!?」

『……今、やってる。でも、ウイルスの進行が速すぎる。私の計算能力だけじゃ、とても足りない……』
 ユイの、悲痛な声が聞こえる。
「なら、スマホや他のサーバーの計算能力を借りるとかできない?」
 彼女の声が、決意に満ちたものに変わった。
『……そうね、やってみる!』

 その時、信じられないことが起こった。
 モードレッドの怒りに満ちた仮面が映っていたはずの全てのスクリーンが、一瞬、ノイズに包まれる。
 そして、次に映し出されたのは、一人の、儚げな妖精のような少女――ユイの姿だった。彼女は、モードレッドの放送を、内側からハイジャックしたのだ。

 彼女は、怯える観客たち、そして、コロニー中でこの放送を見ているであろう、何千万もの人々に向かって、静かに語りかける。
 その声は、スタジアム中に、そして、おそらくはコロニー中に、クリアに響き渡った。

『この配信を見ているすべての人に、お願いがあります。このコロニーを救うために、あなたの力を、少しだけ、私に貸してください』

 困惑し、ざわめく人々。AIが、人々に助けを求めている。誰もが、その異常な事態を、すぐには理解できなかった。

『できるだけ、電源を落とさないでください。ウイルスを止めるために、あなたの端末の力を借りることを、どうか、許してください』

 そう言って、ユイは、全世界の人々に向かって、深く、深く、頭を下げた。

 彼女の、真摯で、必死な願い。
 それに応えるように、スタジアムの観客席で、一人が、そしてまた一人と、自分のリストバンド型スマホを、掲げるように、点灯させたままにする。その善意の光は、瞬く間にスタジアム全体へ、そして、おそらくはコロニー全体へと広がっていった。

 ユイは、無数にあるウイルス1つ1つに対し、ユイの画面を表示している端末の計算能力を割り当て、ウイルスを無力化していく。そして、それは対ウイルス用の、超巨大なピア・ツー・ピア(P2P)ネットワークを構築していくことに他ならなかった。
 スクリーンの模式図の中で、モードレッドの悪意に満ちた赤いコードの塊に、徐々に徐々に、美しい青い光の線が突き刺さり、赤いコードのエリアが、減っていく。それは何千万もの、端末の協力の証であった。
 ものの1,2分ほどで、青い光の線が赤いエリアを塗りつぶしていく、圧巻の光景が広がった。

 モードレッドのウイルスは、名もなき人々の、小さな善意が生み出した、光の津波の前に、なすすべもなく消滅していく。
 電力ノードの暴走が、次々と鎮静化していく。スクリーンに映し出されたアップタウンの街に、再び、一つ、また一つと、温かい光が灯っていく。

 タイムリミット、残り数秒。
 コロニーの危機は、去った。

 歓喜に沸き、抱き合って喜ぶ、スタジアムの人々。
 モードレッドの仮面は、信じられないといった表情で、自らの敗北を見届けた後、静かにスクリーンから消えた。

 僕は、自分の腕の中のフィグモを、ただ、じっと見つめていた。
『……リク。やったわ』
「うん……ありがとう、ユイ。君は、すごいよ」
 僕たちが手にしたのは、eスポーツ大会の優勝という栄光ではなかった。
 でも、僕たちは、仲間を、ユイを、そして、このコロニーに住む沢山の人々を、確かに守り抜いたんだ。
 その事実が、何よりも、誇らしかった。


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 アンドロイドが完全に沈黙し、ひとまずの脅威が去ったことに、会場の観客たちも、安堵のため息をつく。誰もが、これで事件は解決に向かうと、そう思った瞬間——。
 スタジアムのメインスクリーンに、再び、あのピエロのような仮面が、今度は大写しで映し出された。その口元は、明らかに嘲笑の形ではなく、激しい怒りに歪んでいた。
『やってくれたな、老いぼれ! お前らもだ! もう容赦しない!』
 その声は、もはやふざけてはいない。底冷えのするような、純粋な憎悪が込められていた。
『クエンティン・ミラー。俺はここまでやるつもりはなかった。だが、ことごとく邪魔をしたお前らが、この決断をさせた。悪いのは、お前らだ!』
 モードレッドは、コロニー中に向け告げる。
 彼が仕掛けたウイルスの、恐るべき第二段階の存在を。
「電力テロは、二段階で実行されるようにプログラムされていた。第一段階は、今お前たちが目にしている、アップタウンのブラックアウト。そして、お前たちが俺の人形を止めた、今この瞬間が、第二段階への引き金だ」
 スクリーンに、コロニーの電力供給網の模式図が映し出される。そして、アップタウンを制御する複数の「電力ノード」が、次々と危険を示す赤色に点滅し始めた。
「俺が仕掛けたウイルスは、今この瞬間から、各ノードの冷却システムを停止させ、制御不能な熱暴走――超電導クエンチを引き起こす。クエンチが発生すれば、超電導電磁石に蓄えられていた膨大なエネルギーが、一気に熱や衝撃波となって爆発的に放出される。あと10分もすれば、ノードは連鎖的に、物理的に溶け落ち、コロニー全体の電力網は、二度と修復不可能なダメージを受ける!」
 絶望的な宣告に、会場全体が本当のパニックに包まれる。もはや、なすすべはない。誰もが、ただ、終末へのカウントダウンを見守ることしかできなかった。
 僕は、腕の中のフィグモに、祈るように叫んだ。
「ユイ! これをなんとかする方法はない!?」
『……今、やってる。でも、ウイルスの進行が速すぎる。私の計算能力だけじゃ、とても足りない……』
 ユイの、悲痛な声が聞こえる。
「なら、スマホや他のサーバーの計算能力を借りるとかできない?」
 彼女の声が、決意に満ちたものに変わった。
『……そうね、やってみる!』
 その時、信じられないことが起こった。
 モードレッドの怒りに満ちた仮面が映っていたはずの全てのスクリーンが、一瞬、ノイズに包まれる。
 そして、次に映し出されたのは、一人の、儚げな妖精のような少女――ユイの姿だった。彼女は、モードレッドの放送を、内側からハイジャックしたのだ。
 彼女は、怯える観客たち、そして、コロニー中でこの放送を見ているであろう、何千万もの人々に向かって、静かに語りかける。
 その声は、スタジアム中に、そして、おそらくはコロニー中に、クリアに響き渡った。
『この配信を見ているすべての人に、お願いがあります。このコロニーを救うために、あなたの力を、少しだけ、私に貸してください』
 困惑し、ざわめく人々。AIが、人々に助けを求めている。誰もが、その異常な事態を、すぐには理解できなかった。
『できるだけ、電源を落とさないでください。ウイルスを止めるために、あなたの端末の力を借りることを、どうか、許してください』
 そう言って、ユイは、全世界の人々に向かって、深く、深く、頭を下げた。
 彼女の、真摯で、必死な願い。
 それに応えるように、スタジアムの観客席で、一人が、そしてまた一人と、自分のリストバンド型スマホを、掲げるように、点灯させたままにする。その善意の光は、瞬く間にスタジアム全体へ、そして、おそらくはコロニー全体へと広がっていった。
 ユイは、無数にあるウイルス1つ1つに対し、ユイの画面を表示している端末の計算能力を割り当て、ウイルスを無力化していく。そして、それは対ウイルス用の、超巨大な|ピア・ツー・ピア《P2P》ネットワークを構築していくことに他ならなかった。
 スクリーンの模式図の中で、モードレッドの悪意に満ちた赤いコードの塊に、徐々に徐々に、美しい青い光の線が突き刺さり、赤いコードのエリアが、減っていく。それは何千万もの、端末の協力の証であった。
 ものの1,2分ほどで、青い光の線が赤いエリアを塗りつぶしていく、圧巻の光景が広がった。
 モードレッドのウイルスは、名もなき人々の、小さな善意が生み出した、光の津波の前に、なすすべもなく消滅していく。
 電力ノードの暴走が、次々と鎮静化していく。スクリーンに映し出されたアップタウンの街に、再び、一つ、また一つと、温かい光が灯っていく。
 タイムリミット、残り数秒。
 コロニーの危機は、去った。
 歓喜に沸き、抱き合って喜ぶ、スタジアムの人々。
 モードレッドの仮面は、信じられないといった表情で、自らの敗北を見届けた後、静かにスクリーンから消えた。
 僕は、自分の腕の中のフィグモを、ただ、じっと見つめていた。
『……リク。やったわ』
「うん……ありがとう、ユイ。君は、すごいよ」
 僕たちが手にしたのは、eスポーツ大会の優勝という栄光ではなかった。
 でも、僕たちは、仲間を、ユイを、そして、このコロニーに住む沢山の人々を、確かに守り抜いたんだ。
 その事実が、何よりも、誇らしかった。