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3-3

ー/ー



 夕食の時間になり、アロナとアーリスは向かい合わせで座っていた。病院の食堂とはいえ中身は質素なものである。軍事基地でご馳走になったものは料理人の腕があってこそだろう。
 アロナの前に置かれているのは焼き魚定食だが、アーリスは更に少食だった。彼女が注文したのはプロテインクッキーだけだった。
「それだけで足りる?」
 クッキーの枚数も六枚。チョコレート味やメイプル味といった個性はあるし、栄養素は含まれているから栄養失調になるとは言えないだろう。しかし、食という欲求を彼女は捨てているように思えてならなかった。
 星型クッキーの端っこをかじったあと、アーリスはこう返した。
「正直足りないよ」
「それじゃあ、何か買ってこようか」
 フォークを置いてアロナが立ち上がろうとすると、クッキーを持っていない方の手で彼女はアロナの手を握った。
「空腹な方がいいの。気楽なの」
 アーリスの体型はふくよかとは言えない。むしろ細い方だ。
「でも食べないと、いざっていう時に動けなくなるかもしれないし」
「私の腕を見て」
 脈絡を失ったとしか思えない彼女の言い返しは勢いを()いだ。目を丸くしたアロナは、言われた通りに腕に目を向ける。アーリスは二つの腕を机の上に置いた。
 真っ白で綺麗な肌だった。ほくろがあり、血管が少しだけ見えるのが唯一の人間らしさだろうか。
「私は一度だけ、カミソリで腕を傷付けようとしたことがあるの。けど、父に止められた」
 ようやくアロナは椅子に座った。座る時、自分の体温がまだ椅子に残っているのを感じた。
「父にとって私は玩具(おもちゃ)のようなものだから。けど私は自分を傷付けたかった、苦痛を感じたかった。そこで閃いたんだ。飢()えに苦しめばいいって」
 食堂は騒がしいはずなのに、その喧噪(けんそう)が遠くに感じられる。二人の世界が水泡に包まれているかのようだった。
 飢えは耐えようと思って耐えられるものではない。精神的、肉体的どちらにも影響を及ぼすのは誰だって分かるだろう。
 確信する。アーリスは危険地帯にいるのだ。食という欲求を失い、睡眠すら満足に取れない。欲求があるから人間は生きられるし、人間になれるのだ。
「苦しめば苦しむほど、むしろ幸せなんだ。私は」
 何をどう言えば目の前の人間を救えるのか。
「ごめんね、アロナ先生。もっと楽しい話をしなきゃ」
「ううん、大丈夫。私こそごめん」
 沈黙をごまかすようにアロナもまた焼き魚定食に手を付け始めるのだった。まだ温かく、良心的なことに骨は全部抜かれていた。オーブンの直火で焼いたのだろう美味しさを感じるが、その美味しいという感情は罪悪感も同時に呼び起こすのだった。
「実はね、もう一度夢に挑戦してみようと思うの」
 野菜スープの中にあるブロッコリーを口に運ぼうとした時、アーリスはそう言った。
「本当!?」
「うん。今は時間をすごい持て余しててさ、勿体ないなと思って」
 アロナはそのままブロッコリーを口に入れた。スパイシーな味付けだった。
「すごく良いアイデアだよ、それ。何か私にできることはないかな」
「じゃあ、ノートパソコンを使ってもいいかジェイク先生に聞いてもらってもいいかな。あの先生優しくて好きだけど、やっぱり男性はちょっと苦手で」
 いいよ、いいよとアロナは嬉しそうに何度も頷いた。

 ジンはもう一度、門前払いされた喫茶カナミを訪れていた。蹴られた翌日、夕方だ。この時間は周囲のパブや大衆バーに客を取られており、店の中は閑古鳥(かんこどり)が巣を作るくらい鳴いているのだった。
 ベルの音が鳴った後ジンを見たシェミーは、舌打ちしながら彼をカウンター席に案内する。
「来んなって言っただろ」
 客一人につき、店員も一人。アルバイトの気配はなかった。
「そう約束したろ」
「覚えてねぇよ」
 戸棚からコーヒーミルを取り出そうとして彼女は背中を向けた。すると腰のあたりに黒いシミのようなものが見えて、ジンはこう言った。
「男に絡まれたか」
「いつものことさ。気にすんな」
 愛用といってもいいほどシェミーが長年使っているのは手で()くコーヒーミルだ。豆を器に入れて左右にあるレバーを回転させれば豆が挽かれる。経年劣化で色が()げている個所が目立つが、アンティーク感の強い茶色の渋いミルは昔と変わらない。
 客が多い時はサイフォン、少ない時はミル。シェミーはそう使い分けていた。
「豆の好みは変わったか、クソ野郎」
「変わった。今はアンダルテが好きだ」
 はあ!? とシェミーは驚いたように口を開けた。
「あんな女っぽいものが好きなのかよ。白けるぜ。まったく」
 文句を言いながらもプロの店員であるには変わらない。カウンター前にある棚を開けて豆を取り出し、二杯分を作り始めるのだった。豆が粉になっていく音は耳心地がよく、二人の間にある微妙な空気を緩和させるような役割も果たしていた。
「男はどうなった」
 セクハラをしてきた男だと付け加えると、シェミーは唇の半分で笑みを作った。
「抱かれてやったよ。やつの指示通りな」
「お前、品の無い冗談を言う癖は相変わらずか」
「国を捨てた奴に言われたくねぇっての」
 乾いた微笑がお互いに漏れた。
「アタシに触って来た男は肩にアザを作って出てったよ。間抜けな若造だった」
 コーヒーが粗挽きくらいの粉になり、ガラス製のビンでコーヒーの液体が溜まっていき、コーヒーカップに注がれる。その工程の間、二人の間に会話はなかった。
 二つ分のカップに漆黒の液体が注がれていく。シェミーは自分用に注いだコーヒーにはハチミツを入れていた。ジンは変わらずブラックのままだ。
「敵国に来たらどうなるか分かってて、アタシに会いにきたのか」
 ミラージ兵士がスナルデン国内に入るのは大きなリスクを伴っていた。アロナは非戦闘員だし、ジェイクやガナルという人間が許可を出しているから滞在を認められている。しかしジンに関しては誰の保証もなかった。
 暮らしていけているのは昔に持っていた紙媒体の住民票があるからだ。今も家はスナルデンにあるおかげでミラージ兵士だとは気付かれていない。
「目的は別にある。とある軍医の付き添いで来ただけだ」
 一瞬だけ落ち込んだ表情をしたシェミーは、すぐに顔色を()ねたように変えて熱いコーヒーを飲むのだった。
 答えたジンもまた、液体を口に運ぶ。
 こだわりのある味だ。燻製(くんせい)された豆を使っているおかげでくもっぽい味でありながら、ベリー系の後味。シェミーの好みで味は濃くなっているが、余計な苦みは感じなかった。長いこと喫茶店の店主をやっているだけあり、格別の味だ。
「じゃあすぐに帰るのか」
「そのつもりだ」
 長期間の滞在はジンにとってリスクしかない。長引くほどミラージに戻った時の尋問が長引くだけだ。またして、勝利ムードに包まれて尋問はない可能性はあるにしても誰かが密告でもすれば人生は終わりだ。
「あのさ。今夜って暇? アタシは暇なんだけど」
 分かりやすい誘い方だ。
 最初、ジンは断ろうとした。
 十七歳の頃に出会ったのを思い出す。同い年で、シェミーは別の町で喫茶店のアルバイトをしていた。当時は付き合っていた男性がいたが、十歳も年上で金の力を使ってシェミーを買っていたようなものだ。
 その男は結局不倫をしていて、ジンとシェミーは親密な関係に発展した。
 もう一度その感情を味わうのは危険だった。戦争は終わりに向かっているが、まだ戦時中だ。
「俺も予定はないな」
 人生を俯瞰(ふかん)してみているジンにとって恋愛感情はもう心の中になかった。燻(くすぶ)って残っているのは懐古(かいこ)を求める感情だった。
 店の中に一人の男が入ってきた。肩に分かりやすく包帯が巻かれている。
 一人かと思っていたが、続々と男が入ってくる。合計して六人くらいだろうか。今時の若者風の髪型と服装であり、ブロンド率が高い。見た目通り、裏路地で活躍する人間達のようだ。
「なあ姉ちゃん。昼の話にカタ付けようや」
 呆れたため息をこぼすシェミーは、ゆっくり立ち上がってエプロンを脱いだ。
「ヤケに素直だな」
 そう口にしたのは集団の一人じゃなくジンだ。彼は良い見世物が見れると内心興奮していた。
「そこの兄ちゃんも一緒に来るか? この女、稼げるぜ」
「いや。俺は遠慮しておく。痛い目を見たくないからな」
 ジンは立ち上がり、男達の間を()うように店を出ると立て看板を裏返した。そこにはチョークで「クローズド」と書かれている。ちょうど今、店に入ろうとした老紳士がこう言った。
「おや、今日は早めの店じまいか」
「残念だ。だが今入ったら面白いものが見れるかもしれない」
 そう言った途端、背後からガラスを突き破ってニット帽をかぶった男が窓から飛び出してきた。老紳士は男を見て「なるほど」とだけ言うとジンに紙幣(しへい)を手渡した。
「修理代にどうぞと店主さんに渡してください」
「いいのか? 結構な額だぞ」
「以前、私がホームレスだった時に救われましてね」
 口を閉ざした彼は、何も言わずに笑みを作るとその場を去っていった。背中が少し丸まっているが、まだ長生きできそうに見える。
 店の中はどんな調子かと中に戻ると、男が一人立ち上がってシェミーに向かってナイフを振るった。右から逆手持ちで、勢いよく、シェミーの脇腹めがけて。
 伸ばされた腕を爪先で蹴り上げたシェミーは即座にしゃがみ、頭上をかすめる鋭利な切っ先を感じると起き上がると同時に拳を作り男の脇腹に一発。そして、ジンが飲んでいたコーヒーを男の顔に浴びせると二発男の腹部に掌底(しょうてい)を食らわし、襟を掴みながら男に足をかけて地面に横転させた。頭を強く打ったその男は悶えながら(せき)をするのだった。
「終わったか?」
「いや、まだ残ってる」
 どこにいるんだと辺りを見渡すと、突然ジンの胸部に強烈な右ストレートが放たれた。シェミーは少しだけ右手を震わせながら手を払う。
「お前なにのんきに爺さんと話してんだよ。手伝えよ!」
「痛ってえ」
 胸を押さえるジンをよそに、シェミーは後片付けをし始めた。ジンはふとこんなことを考える。さっき老紳士からもらった金を着服(ちゃくふく)してやろうかと。


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 夕食の時間になり、アロナとアーリスは向かい合わせで座っていた。病院の食堂とはいえ中身は質素なものである。軍事基地でご馳走になったものは料理人の腕があってこそだろう。
 アロナの前に置かれているのは焼き魚定食だが、アーリスは更に少食だった。彼女が注文したのはプロテインクッキーだけだった。
「それだけで足りる?」
 クッキーの枚数も六枚。チョコレート味やメイプル味といった個性はあるし、栄養素は含まれているから栄養失調になるとは言えないだろう。しかし、食という欲求を彼女は捨てているように思えてならなかった。
 星型クッキーの端っこをかじったあと、アーリスはこう返した。
「正直足りないよ」
「それじゃあ、何か買ってこようか」
 フォークを置いてアロナが立ち上がろうとすると、クッキーを持っていない方の手で彼女はアロナの手を握った。
「空腹な方がいいの。気楽なの」
 アーリスの体型はふくよかとは言えない。むしろ細い方だ。
「でも食べないと、いざっていう時に動けなくなるかもしれないし」
「私の腕を見て」
 脈絡を失ったとしか思えない彼女の言い返しは勢いを削《そ》いだ。目を丸くしたアロナは、言われた通りに腕に目を向ける。アーリスは二つの腕を机の上に置いた。
 真っ白で綺麗な肌だった。ほくろがあり、血管が少しだけ見えるのが唯一の人間らしさだろうか。
「私は一度だけ、カミソリで腕を傷付けようとしたことがあるの。けど、父に止められた」
 ようやくアロナは椅子に座った。座る時、自分の体温がまだ椅子に残っているのを感じた。
「父にとって私は玩具《おもちゃ》のようなものだから。けど私は自分を傷付けたかった、苦痛を感じたかった。そこで閃いたんだ。飢《う》えに苦しめばいいって」
 食堂は騒がしいはずなのに、その喧噪《けんそう》が遠くに感じられる。二人の世界が水泡に包まれているかのようだった。
 飢えは耐えようと思って耐えられるものではない。精神的、肉体的どちらにも影響を及ぼすのは誰だって分かるだろう。
 確信する。アーリスは危険地帯にいるのだ。食という欲求を失い、睡眠すら満足に取れない。欲求があるから人間は生きられるし、人間になれるのだ。
「苦しめば苦しむほど、むしろ幸せなんだ。私は」
 何をどう言えば目の前の人間を救えるのか。
「ごめんね、アロナ先生。もっと楽しい話をしなきゃ」
「ううん、大丈夫。私こそごめん」
 沈黙をごまかすようにアロナもまた焼き魚定食に手を付け始めるのだった。まだ温かく、良心的なことに骨は全部抜かれていた。オーブンの直火で焼いたのだろう美味しさを感じるが、その美味しいという感情は罪悪感も同時に呼び起こすのだった。
「実はね、もう一度夢に挑戦してみようと思うの」
 野菜スープの中にあるブロッコリーを口に運ぼうとした時、アーリスはそう言った。
「本当!?」
「うん。今は時間をすごい持て余しててさ、勿体ないなと思って」
 アロナはそのままブロッコリーを口に入れた。スパイシーな味付けだった。
「すごく良いアイデアだよ、それ。何か私にできることはないかな」
「じゃあ、ノートパソコンを使ってもいいかジェイク先生に聞いてもらってもいいかな。あの先生優しくて好きだけど、やっぱり男性はちょっと苦手で」
 いいよ、いいよとアロナは嬉しそうに何度も頷いた。
 ジンはもう一度、門前払いされた喫茶カナミを訪れていた。蹴られた翌日、夕方だ。この時間は周囲のパブや大衆バーに客を取られており、店の中は閑古鳥《かんこどり》が巣を作るくらい鳴いているのだった。
 ベルの音が鳴った後ジンを見たシェミーは、舌打ちしながら彼をカウンター席に案内する。
「来んなって言っただろ」
 客一人につき、店員も一人。アルバイトの気配はなかった。
「そう約束したろ」
「覚えてねぇよ」
 戸棚からコーヒーミルを取り出そうとして彼女は背中を向けた。すると腰のあたりに黒いシミのようなものが見えて、ジンはこう言った。
「男に絡まれたか」
「いつものことさ。気にすんな」
 愛用といってもいいほどシェミーが長年使っているのは手で挽《ひ》くコーヒーミルだ。豆を器に入れて左右にあるレバーを回転させれば豆が挽かれる。経年劣化で色が剥《は》げている個所が目立つが、アンティーク感の強い茶色の渋いミルは昔と変わらない。
 客が多い時はサイフォン、少ない時はミル。シェミーはそう使い分けていた。
「豆の好みは変わったか、クソ野郎」
「変わった。今はアンダルテが好きだ」
 はあ!? とシェミーは驚いたように口を開けた。
「あんな女っぽいものが好きなのかよ。白けるぜ。まったく」
 文句を言いながらもプロの店員であるには変わらない。カウンター前にある棚を開けて豆を取り出し、二杯分を作り始めるのだった。豆が粉になっていく音は耳心地がよく、二人の間にある微妙な空気を緩和させるような役割も果たしていた。
「男はどうなった」
 セクハラをしてきた男だと付け加えると、シェミーは唇の半分で笑みを作った。
「抱かれてやったよ。やつの指示通りな」
「お前、品の無い冗談を言う癖は相変わらずか」
「国を捨てた奴に言われたくねぇっての」
 乾いた微笑がお互いに漏れた。
「アタシに触って来た男は肩にアザを作って出てったよ。間抜けな若造だった」
 コーヒーが粗挽きくらいの粉になり、ガラス製のビンでコーヒーの液体が溜まっていき、コーヒーカップに注がれる。その工程の間、二人の間に会話はなかった。
 二つ分のカップに漆黒の液体が注がれていく。シェミーは自分用に注いだコーヒーにはハチミツを入れていた。ジンは変わらずブラックのままだ。
「敵国に来たらどうなるか分かってて、アタシに会いにきたのか」
 ミラージ兵士がスナルデン国内に入るのは大きなリスクを伴っていた。アロナは非戦闘員だし、ジェイクやガナルという人間が許可を出しているから滞在を認められている。しかしジンに関しては誰の保証もなかった。
 暮らしていけているのは昔に持っていた紙媒体の住民票があるからだ。今も家はスナルデンにあるおかげでミラージ兵士だとは気付かれていない。
「目的は別にある。とある軍医の付き添いで来ただけだ」
 一瞬だけ落ち込んだ表情をしたシェミーは、すぐに顔色を拗《す》ねたように変えて熱いコーヒーを飲むのだった。
 答えたジンもまた、液体を口に運ぶ。
 こだわりのある味だ。燻製《くんせい》された豆を使っているおかげでくもっぽい味でありながら、ベリー系の後味。シェミーの好みで味は濃くなっているが、余計な苦みは感じなかった。長いこと喫茶店の店主をやっているだけあり、格別の味だ。
「じゃあすぐに帰るのか」
「そのつもりだ」
 長期間の滞在はジンにとってリスクしかない。長引くほどミラージに戻った時の尋問が長引くだけだ。またして、勝利ムードに包まれて尋問はない可能性はあるにしても誰かが密告でもすれば人生は終わりだ。
「あのさ。今夜って暇? アタシは暇なんだけど」
 分かりやすい誘い方だ。
 最初、ジンは断ろうとした。
 十七歳の頃に出会ったのを思い出す。同い年で、シェミーは別の町で喫茶店のアルバイトをしていた。当時は付き合っていた男性がいたが、十歳も年上で金の力を使ってシェミーを買っていたようなものだ。
 その男は結局不倫をしていて、ジンとシェミーは親密な関係に発展した。
 もう一度その感情を味わうのは危険だった。戦争は終わりに向かっているが、まだ戦時中だ。
「俺も予定はないな」
 人生を俯瞰《ふかん》してみているジンにとって恋愛感情はもう心の中になかった。燻《くすぶ》って残っているのは懐古《かいこ》を求める感情だった。
 店の中に一人の男が入ってきた。肩に分かりやすく包帯が巻かれている。
 一人かと思っていたが、続々と男が入ってくる。合計して六人くらいだろうか。今時の若者風の髪型と服装であり、ブロンド率が高い。見た目通り、裏路地で活躍する人間達のようだ。
「なあ姉ちゃん。昼の話にカタ付けようや」
 呆れたため息をこぼすシェミーは、ゆっくり立ち上がってエプロンを脱いだ。
「ヤケに素直だな」
 そう口にしたのは集団の一人じゃなくジンだ。彼は良い見世物が見れると内心興奮していた。
「そこの兄ちゃんも一緒に来るか? この女、稼げるぜ」
「いや。俺は遠慮しておく。痛い目を見たくないからな」
 ジンは立ち上がり、男達の間を縫《ぬ》うように店を出ると立て看板を裏返した。そこにはチョークで「クローズド」と書かれている。ちょうど今、店に入ろうとした老紳士がこう言った。
「おや、今日は早めの店じまいか」
「残念だ。だが今入ったら面白いものが見れるかもしれない」
 そう言った途端、背後からガラスを突き破ってニット帽をかぶった男が窓から飛び出してきた。老紳士は男を見て「なるほど」とだけ言うとジンに紙幣《しへい》を手渡した。
「修理代にどうぞと店主さんに渡してください」
「いいのか? 結構な額だぞ」
「以前、私がホームレスだった時に救われましてね」
 口を閉ざした彼は、何も言わずに笑みを作るとその場を去っていった。背中が少し丸まっているが、まだ長生きできそうに見える。
 店の中はどんな調子かと中に戻ると、男が一人立ち上がってシェミーに向かってナイフを振るった。右から逆手持ちで、勢いよく、シェミーの脇腹めがけて。
 伸ばされた腕を爪先で蹴り上げたシェミーは即座にしゃがみ、頭上をかすめる鋭利な切っ先を感じると起き上がると同時に拳を作り男の脇腹に一発。そして、ジンが飲んでいたコーヒーを男の顔に浴びせると二発男の腹部に掌底《しょうてい》を食らわし、襟を掴みながら男に足をかけて地面に横転させた。頭を強く打ったその男は悶えながら咳《せき》をするのだった。
「終わったか?」
「いや、まだ残ってる」
 どこにいるんだと辺りを見渡すと、突然ジンの胸部に強烈な右ストレートが放たれた。シェミーは少しだけ右手を震わせながら手を払う。
「お前なにのんきに爺さんと話してんだよ。手伝えよ!」
「痛ってえ」
 胸を押さえるジンをよそに、シェミーは後片付けをし始めた。ジンはふとこんなことを考える。さっき老紳士からもらった金を着服《ちゃくふく》してやろうかと。