市松人形 ―2―
ー/ー
「私にプレゼント、ですか?」
今日もいつものように番台の座布団にちょこんと座って帰宅する生徒を見守っている座敷わらし、『小福』がそこにいた。相変わらず丸くて小さな顔で、頬をぽわぽわと桃色に赤らめてにっこりと眩しい笑顔を見せてくれる。パーシーにはとうぜんその姿さえ見えていないので、座布団のあるそこをじっと見つめることしかできなかった。
モニカは人形屋から譲り受けた市松人形を小福に見せた。小福と同じようにおかっぱ頭で、頬を緩めながら子どもらしい笑みを見せるその人形を小福は目を輝かせながら感嘆の声を上げた。
「素晴らしい市松人形ですね。これほど精巧で、美しい市松人形を見たのは久しぶりです。どうしてこれをわたしに?」
時は少し遡る。それは、モニカがかつてソフィアに求められた妖の証明。あの時はまだモニカに妖の知識がなかったことはもちろん、小福が披露した不気味な市松人形のせいでそのままあやふやになってしまったが、今はもう違う。
モニカは少しづつ妖への理解を深めていっている。それも、神精樹の古書館で見つけたあの『妖ナル者』という本のおかげだ。
「小福ちゃん! これを形代にできないかな!?」
「ふぇ?」
座敷わらしに限らずほとんどの妖がそうだが、妖は基本的に極東と強い縁を持つ。あの時、小福がボロボロの市松人形を形代にしていたのは、座敷わらしも市松人形も同じく極東に縁のあるものだからではないかとモニカは考えた。
ならば、妖の証明はさほど難しいことではない。ノーチェスには二つとない美しい市松人形。それを小福が形代にすることができればいいのだ。しかし、小福は首を傾げて残念そうにモニカに言った。
「申し訳ありません。市松人形はわたしと縁のあるものではあるのですが……形代にするには難しくて……」
小福曰く、あの市松人形は生前から大切にしていた思い出の市松人形らしく、妖の形代とするには、それほど深い想いが必要なのだと言う。
「これでは、形代というより依代ですね」
「より……しろ?」
「はい、依代です。形代と依代って、正確には全然別物なんですよ?」
形代。それは、妖や神霊、精霊が依り憑く依代の一種である。人形や動物の形に造られたものであり、本来は穢れを移して川に流したり、悪霊を封じ込める用途で使用される。
対して依代とは、妖や神霊、精霊が依りつくための媒体となるもの全般を指す。要するに、形代とは罪や穢れを移して身代わりにするための呪具なのに対し、依代とは純粋にこの世ならざる者の『器』としての側面が強い。
座敷わらし、小福は妖としてだけではなく、盤星寮という生まれ育った場所の守護霊にも近いため、普段は形代を使って災いから寮を守っているのだ。
「依代にすると盤星寮を守ることができなくなってしまう欠点があるのですが……せっかくいただいたのですから、使わないと申し訳ありませんよね」
小福はガラスケースから市松人形を取り出し、こつんとおでこを合わせて目を閉じた。その瞬間、その場にいた全員が感じたのは、言い表しようのない異様な雰囲気だった。血の気が引けるのと同時に全身に鳥肌が立つ。その妖氣によって空間が歪んでいるような幻覚さえ見えた。
仮にも妖。それも、座敷わらしという、誰もが知る超有名な妖だ。どれだけ見た目が可愛らしく、盤星寮という場所に棲み憑いている妖だとしても、妖であることに変わりはない。そんな妖が、依代を手に入れて現し世に舞い降りたのだ。
「どうでしょう、モニカさん。似合っていますか?」
市松人形はわずかに形を変えて小福の姿へと限りなく近づいた。その様相は相変わらずの子どもらしさと可愛らしさを持っていたが、それ以上の気配ですべてかき消されてしまう。
座敷わらしという妖は、むしろ神にも近い。『災い』と『幸福』を司る神霊とも呼べる存在だ。そして小福は長い間、盤星寮という自分以外の妖がいない狭いコミュニティで過ごしていた結果、妖氣を抑えるという、ソラでさえできていて当たり前のことができていないのだ。
「これがあの座敷わらしかぁ」
「おかあさまよりも怖いのです……」
「あの、小福ちゃん、もうちょっと……妖氣を抑えてもらえると……」
「あれぇ? おかしいですね……」
かくして、小福は新しい依代を手に入れたが、モニカとの約束によって緊急時以外は使用禁止となった。後に、生で座敷わらしを目にしたパーシーは『座敷わらしってあんなに禍々しい気配を出してるんだね』と酷い誤解をして小福の存在を認識していたらしい。
なお、この事件から1週間後、小福は多少の粗さは目立つが、妖氣を抑えることに成功し、今ではたまにモニカの目を盗んで依代に入り、盤星寮の掃除をしているところを寮生に目撃されては、お化けが出た、という強ち間違いとも言えない噂が広まっているらしい。
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モニカは人形屋から譲り受けた市松人形を小福に見せた。小福と同じようにおかっぱ頭で、頬を緩めながら子どもらしい笑みを見せるその人形を小福は目を輝かせながら感嘆の声を上げた。
「素晴らしい市松人形ですね。これほど精巧で、美しい市松人形を見たのは久しぶりです。どうしてこれをわたしに?」
時は少し遡る。それは、モニカがかつてソフィアに求められた|妖《・》|の《・》|証《・》|明《・》。あの時はまだモニカに妖の知識がなかったことはもちろん、小福が披露した不気味な市松人形のせいでそのままあやふやになってしまったが、今はもう違う。
モニカは少しづつ妖への理解を深めていっている。それも、神精樹の古書館で見つけたあの『妖ナル者』という本のおかげだ。
「小福ちゃん! これを形代にできないかな!?」
「ふぇ?」
座敷わらしに限らずほとんどの妖がそうだが、妖は基本的に極東と強い縁を持つ。あの時、小福がボロボロの市松人形を形代にしていたのは、座敷わらしも市松人形も同じく|極《・》|東《・》|に《・》|縁《・》|の《・》|あ《・》|る《・》|も《・》|の《・》だからではないかとモニカは考えた。
ならば、妖の証明はさほど難しいことではない。ノーチェスには二つとない美しい市松人形。それを小福が形代にすることができればいいのだ。しかし、小福は首を傾げて残念そうにモニカに言った。
「申し訳ありません。市松人形は|わたし《座敷わらし》と縁のあるものではあるのですが……形代にするには難しくて……」
小福曰く、あの市松人形は生前から大切にしていた思い出の市松人形らしく、妖の形代とするには、それほど深い想いが必要なのだと言う。
「これでは、形代というより依代ですね」
「より……しろ?」
「はい、依代です。形代と依代って、正確には全然別物なんですよ?」
形代。それは、妖や神霊、精霊が依り憑く依代の一種である。人形や動物の形に造られたものであり、本来は穢れを移して川に流したり、悪霊を封じ込める用途で使用される。
対して依代とは、妖や神霊、精霊が依りつくための媒体となるもの全般を指す。要するに、形代とは罪や穢れを移して身代わりにするための呪具なのに対し、依代とは純粋にこの世ならざる者の『器』としての側面が強い。
座敷わらし、小福は妖としてだけではなく、盤星寮という生まれ育った場所の守護霊にも近いため、普段は形代を使って災いから寮を守っているのだ。
「依代にすると盤星寮を守ることができなくなってしまう欠点があるのですが……せっかくいただいたのですから、使わないと申し訳ありませんよね」
小福はガラスケースから市松人形を取り出し、こつんとおでこを合わせて目を閉じた。その瞬間、その場にいた全員が感じたのは、言い表しようのない異様な雰囲気だった。血の気が引けるのと同時に全身に鳥肌が立つ。その妖氣によって空間が歪んでいるような幻覚さえ見えた。
仮にも妖。それも、座敷わらしという、誰もが知る超有名な妖だ。どれだけ見た目が可愛らしく、盤星寮という場所に棲み憑いている妖だとしても、妖であることに変わりはない。そんな妖が、依代を手に入れて現し世に舞い降りたのだ。
「どうでしょう、モニカさん。似合っていますか?」
市松人形はわずかに形を変えて小福の姿へと限りなく近づいた。その様相は相変わらずの子どもらしさと可愛らしさを持っていたが、それ以上の気配ですべてかき消されてしまう。
座敷わらしという妖は、むしろ神にも近い。『災い』と『幸福』を司る神霊とも呼べる存在だ。そして小福は長い間、盤星寮という自分以外の妖がいない狭いコミュニティで過ごしていた結果、|妖《・》|氣《・》|を《・》|抑《・》|え《・》|る《・》という、ソラでさえできていて当たり前のことができていないのだ。
「これがあの座敷わらしかぁ」
「おかあさまよりも怖いのです……」
「あの、小福ちゃん、もうちょっと……妖氣を抑えてもらえると……」
「あれぇ? おかしいですね……」
かくして、小福は新しい依代を手に入れたが、モニカとの約束によって緊急時以外は使用禁止となった。後に、生で座敷わらしを目にしたパーシーは『座敷わらしってあんなに禍々しい気配を出してるんだね』と酷い誤解をして小福の存在を認識していたらしい。
なお、この事件から1週間後、小福は多少の粗さは目立つが、妖氣を抑えることに成功し、今ではたまにモニカの目を盗んで依代に入り、盤星寮の掃除をしているところを寮生に目撃されては、お化けが出た、という強ち間違いとも言えない噂が広まっているらしい。