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25頭目 甥っ子と夜警

ー/ー



『連日、栃木県内では牛をはじめとした家畜が惨殺される事件が発生しています。家畜はいずれも腹部に外傷があり、警察は獣害あるいは人為的なものとして捜査を進めています』
 朝のニュースは何とも物騒な話題。事件は栃木県の広範囲で発生しており、酪農家の俺としても対岸の火事ではない。
『腹部の外傷というのは何とも気になりますね。さしずめ、クマの仕業でしょうか......』
 近年、アーバンベアと呼ばれる人慣れしたクマが出没している。本来は木の実などを主食にしている彼らだが、肉の味を覚えた日には都市部への進出さえ厭わないほど。
 だが、専門家の解説はどうにも歯切れが悪い。詳細を聞く限り、牛の腹部は刃物を使ったかのようにスパッと切られているらしい。
 仮にクマの犯行であれば、家畜は腹部をズタズタにされることだろう。かといって、人間がいきなり家畜の腹部を切りつけるのはあまり現実的じゃない。
 つまり、この事件はクマのように家畜を襲うパワフルさと、人間のように刃物を使う精密さが両立しなければ不可能なのだ。そういう意味で、専門家が首を傾げるのも頷ける。
『もしかしたらぁ、宇宙人の仕業かもしれませんよぉ? だってぇ、農家さんが光の球を見たって言ってるじゃないですかぁ?』
 おなじみの喧しい女性コメンテーター、何だか発想がぶっ飛んだ話をしているな。彼女の発言はスタジオの笑いを誘ったが、事件を俯瞰すれば強ち嘘でもないと俺は思う。
「花子、大丈夫かなぁ......」
 ニュースを聞いている牛郎も、何だか不安げな表情だ。家族同然に思っている花子に身の危険が迫っているとなれば、それも当然だろうな。
 牛郎が龍洞湖で釣り上げたサバにも、7の月とか恐怖の大王って書かれていたみたいだしな。女性コメンテーターの言葉に心当たりは多々ある。
「牛郎、今夜から牛舎の見回りをしよう」
 そんな甥っ子を奮い立たせるべく、俺は静かに呟いた。おそらく、今の牛郎はこの言葉を望んでいることだろう。
「うん!」
 案の定、牛郎は二つ返事で即答した。俺とて、自身を奮い立たせなければやっていられない。
 そうだ、ついでに近所の刑部(おさかべ)さんにも声を掛けておこう。一人でも味方が多いに越したことはない。

――

 牛達が寝静まった頃、俺達は牛舎前にアウトドアチェアで陣取った。併せてバーベキューコンロを置いているのは、夜食を摂りつつ火で獣たちを牽制するためだ。
「ほら、こいつは上物の鹿肉だ」
 コンロの向かい側で煙草を吹かしているのは、ご近所に住む猟師の刑部さんだ。彼はマタギの末裔であり、射撃の腕は全国随一を誇る。
 親類には自衛官や警察官、クレー射撃選手などの銃を扱う者が多いらしい。要するに、刑部一族は生粋のハンターと言える。
「......拓ちゃん、食欲が湧かねぇか。気持ちは分かるが、食わなきゃ戦にもならねぇぞ?」
 刑部さんの気遣い、ひしひしと伝わってくる。しかしながら、未知の敵に対する不安はそう易々と払拭できそうにない。
 ......細かいことを言うと、シカは鯨偶蹄目。要するに牛の仲間ということになるが、そこについては配慮が至らない様子。
「いただきまぁす!」
 そんなことなどお構いなしに、牛郎は鹿肉へ思い切り噛り付く。甥っ子よ、それって厳密には共食いじゃないか?
「おぉ、牛郎ちゃんは良い喰いっぷりだな! ハハハッ!」
 牛郎の豪快な食べっぷりを見て、刑部さんから思わず笑みがこぼれる。そうだ、食わねば戦は出来ないな。
 牛郎に感化された俺もまた、鹿肉へ豪快にかぶりつく。同じ鯨偶蹄目ながら、鹿肉というのは実に野性味あふれる味わいだ。
 ......いけない、もう一人仲間がいることを忘れていた。俺は、足元にいる愛犬・ポコ太郎へ鹿肉の切れ端を分け与えた。


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『連日、栃木県内では牛をはじめとした家畜が惨殺される事件が発生しています。家畜はいずれも腹部に外傷があり、警察は獣害あるいは人為的なものとして捜査を進めています』
 朝のニュースは何とも物騒な話題。事件は栃木県の広範囲で発生しており、酪農家の俺としても対岸の火事ではない。
『腹部の外傷というのは何とも気になりますね。さしずめ、クマの仕業でしょうか......』
 近年、アーバンベアと呼ばれる人慣れしたクマが出没している。本来は木の実などを主食にしている彼らだが、肉の味を覚えた日には都市部への進出さえ厭わないほど。
 だが、専門家の解説はどうにも歯切れが悪い。詳細を聞く限り、牛の腹部は刃物を使ったかのようにスパッと切られているらしい。
 仮にクマの犯行であれば、家畜は腹部をズタズタにされることだろう。かといって、人間がいきなり家畜の腹部を切りつけるのはあまり現実的じゃない。
 つまり、この事件はクマのように家畜を襲うパワフルさと、人間のように刃物を使う精密さが両立しなければ不可能なのだ。そういう意味で、専門家が首を傾げるのも頷ける。
『もしかしたらぁ、宇宙人の仕業かもしれませんよぉ? だってぇ、農家さんが光の球を見たって言ってるじゃないですかぁ?』
 おなじみの喧しい女性コメンテーター、何だか発想がぶっ飛んだ話をしているな。彼女の発言はスタジオの笑いを誘ったが、事件を俯瞰すれば強ち嘘でもないと俺は思う。
「花子、大丈夫かなぁ......」
 ニュースを聞いている牛郎も、何だか不安げな表情だ。家族同然に思っている花子に身の危険が迫っているとなれば、それも当然だろうな。
 牛郎が龍洞湖で釣り上げたサバにも、7の月とか恐怖の大王って書かれていたみたいだしな。女性コメンテーターの言葉に心当たりは多々ある。
「牛郎、今夜から牛舎の見回りをしよう」
 そんな甥っ子を奮い立たせるべく、俺は静かに呟いた。おそらく、今の牛郎はこの言葉を望んでいることだろう。
「うん!」
 案の定、牛郎は二つ返事で即答した。俺とて、自身を奮い立たせなければやっていられない。
 そうだ、ついでに近所の|刑部《おさかべ》さんにも声を掛けておこう。一人でも味方が多いに越したことはない。
――
 牛達が寝静まった頃、俺達は牛舎前にアウトドアチェアで陣取った。併せてバーベキューコンロを置いているのは、夜食を摂りつつ火で獣たちを牽制するためだ。
「ほら、こいつは上物の鹿肉だ」
 コンロの向かい側で煙草を吹かしているのは、ご近所に住む猟師の刑部さんだ。彼はマタギの末裔であり、射撃の腕は全国随一を誇る。
 親類には自衛官や警察官、クレー射撃選手などの銃を扱う者が多いらしい。要するに、刑部一族は生粋のハンターと言える。
「......拓ちゃん、食欲が湧かねぇか。気持ちは分かるが、食わなきゃ戦にもならねぇぞ?」
 刑部さんの気遣い、ひしひしと伝わってくる。しかしながら、未知の敵に対する不安はそう易々と払拭できそうにない。
 ......細かいことを言うと、シカは鯨偶蹄目。要するに牛の仲間ということになるが、そこについては配慮が至らない様子。
「いただきまぁす!」
 そんなことなどお構いなしに、牛郎は鹿肉へ思い切り噛り付く。甥っ子よ、それって厳密には共食いじゃないか?
「おぉ、牛郎ちゃんは良い喰いっぷりだな! ハハハッ!」
 牛郎の豪快な食べっぷりを見て、刑部さんから思わず笑みがこぼれる。そうだ、食わねば戦は出来ないな。
 牛郎に感化された俺もまた、鹿肉へ豪快にかぶりつく。同じ鯨偶蹄目ながら、鹿肉というのは実に野性味あふれる味わいだ。
 ......いけない、もう一人仲間がいることを忘れていた。俺は、足元にいる愛犬・ポコ太郎へ鹿肉の切れ端を分け与えた。