『花子乙』
『花子様だろ、言葉に気を付けろ』
『今北産業』
俺は今、タブレット越しに花子を眺めている。それも、ライブ配信という特殊な状況で。
某水族館のライブ配信に感化された牛郎が、思い付きで牛舎にウェブカメラを取り付けたことに端を発する。所詮は二番煎じ、そう甘くないと俺は高を括っていた。
ところが、蓋を開けてみると牛舎のライブ配信は思いの外盛況を見せた。特に、花子はその中でも群を抜いて人気がある。
「ゲフッ!」
花子が盛大にゲップをした。些細な事だが、視聴者の反応はどうだろうか?
『花子様の御曖気』
『尊死』
『御曖気って何w』
『ggrks』
ネット界隈の用語はどうにも聞き慣れない。俺も言えた義理ではないが、この手の陰キャは頭でっかちで語彙力が豊かな傾向にある。
『花子様、いい乳してるよなw』
『お母さんを卑猥な目で見るな、失礼だぞ』
『お母さん、どうか僕の愚s……』
『言わせねぇよ!?』
ネット界隈というのは、どうにも小競り合いが付き物らしい。花子を母と見ようが女と見ようが、彼女が乳牛であることに変わりはない。
「ブリュ! ボトボト......」
その傍らで、花子はいつものように排泄した。視聴者達が火花を散らしていることなど、彼女からすれば知ったことではない。
『花子様、ご排泄!』
『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』
『願いましては』
『\10,000』
『\11,000』
『\11,500』
『\19,980』
花子の糞に視聴者は歓喜、オークションのように投げ銭が乱れ舞う。この界隈の雰囲気というか、ノリは独特のものがある。
「糞はいいぞ! ムハハハッ!」
花子の糞に、見覚えのある人物もとい虫がやって来た。この悪魔、プライドはどこかへ忘れてきたのだろうか?
『天の声w』
『花子様?』
『配信者だろjk』
『幽霊じゃないか(震え声)』
まさかハエに悪魔が憑依しているだなんて、誰も想像つくまい。俺は内心でほくそ笑む。
「花子、今日も調子良いな!」
排泄に気付いた牛郎が、花子の糞を片付けに来たようだ。甥っ子は、挨拶代わりに彼女の頭を優しく撫でた。
『子供?』
『おそらく小学生』
『片付け乙』
俺からすれば、牛頭の小学生は実に奇異だと思うけれど? 甥っ子が花子の魅力に霞んでいるのか、それとも俺の常識が間違っている......?
それはさておき、花子のライブ配信は今日も大盛況。俺が思うに、このような動物のライブ配信はいわゆる推し活に通じるものがある。
古来より日本は神仏を篤く信仰してきたが、その根底にあるのは日本人の信心深さだ。推し活は、それを巧みに利用したビジネスだと俺は思っている。
勿論、俺も大自然という神の存在を信じている。酪農家というのは、いわば神様とのお付き合いを前提にしている仕事。
自然の恵みを賜り、人々へ提供する。それが、酪農家たる俺達に託された使命なのだから。
大層なことを口にしたが、俺とて所詮は一般人。視聴者達の投げ銭は有難く頂戴しよう。
余談だが、この配信で広告収入を得られるようになったことを牛郎にはまだ内緒にしている。そのうち、甥っ子へプレゼントとして還元しようと思う。