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クロネコとコウヘイ06

ー/ー



△▲△▲
 ひんやりとした空気。リー、リーと聞こえる鈴虫の音色。

 ジャリっジャリっと、自分の足音が異物のように聞こえる。コウヘイは1段1段、足元を確かめるように石段をのぼっていた。


 コウヘイは石段を登りながら1人で考えたことを反芻する。帰るのか、帰らないのか。その答えは──。




「コウヘイ。やっぱり来たね。コウヘイなら来ると思ったんだ」

 
 あと2段で登りきるところで、頭の上から名前を呼ばれる。コウヘイが見上げると、そこにはアキが立っていた。

 コウヘイは石段を駆け上がり、アキの隣に並ぶ。


「アキこそ、約束の時間にはまだ早いんじゃない?」


 コウヘイが時計を指差すと、その針は夜の7時半になるところだった。


「へへ。最後の謎を解いて全クリしたかったからな。急いで来ちゃったよ」


 コウヘイとアキの視線が合う。そして2人はお互いが笑みを浮かべ、謎解きを再開するのだった。



 コウヘイはクロネコに言われたことをアキに伝える。


「すでに鍵は持っている。2人で試せ……か」


「すでに持っていると言えば、図書館でメモしたこの紙のことかな?でも、この暗号は神社を示してたってことで解決済みじゃないのかな。まだ何か隠されている、とか?」


「試せってことは、何かをやれってことだよな?神社と言えば……」


「おみくじ、お守り、おはらい……」




「「お参り!!」」



 2人の声が重なった。おー!たしかに!とお互いに相づちを打ち合う。


「4番目の本に挟まっていたメッセージ……『捧げる祈り』だったじゃん?満月の写真と合わせれば、満月の夜に神社で祈りをささげろ──ってことか?」


 コウヘイはうなずく。おそらくそれが答えだろう。2人はうなずき合い、境内を進んでいく。


 自分の少し前を歩くアキを視界に入れながら、アキの後ろをコウヘイは歩く。アキの髪が月の光に照らされて、ぼんやりと輝いて見える。

 
 暗いな。そうだね。そこ、段差があるよ。うぉ、本当だ。

 そんな会話らしい会話もせずに、コウヘイとアキは進む。そして拝殿の前までやってきた。


「コウヘイ、いよいよだな。お前と一緒に過ごしたこの2日間、すごく楽しかったよ。ありがとう」

 アキが右手を差し出す。それを見たコウヘイも、同じように右手を出して、アキの手を握る。


「……はぁ。湿っぽくしないつもりだったのによぉ。ちょっと無理、かな?」


 アキは眉尻を下げて目に涙を浮かべている。


「なぁ、最後にさ、お願いをきいてくれるか?」


「お願い?」


「1回だけでいいから、……また、ぎゅってしてくれないか?」


 アキが右手で自分の目元を指差す。落ち着かせてくれと言う意味だった。


 照れる気持ちを押さえて、コウヘイはアキを優しく抱き締めた。


ホーホー、ホーホー

と、ふくろうか何かの鳴き声が響く。月に照らされながら、2人はしばらくの間、一言もしゃべらなかった。


──どくん。どくん。

 大きな心臓の音が響いている。これは自分の物か、アキの物か。どちらのものか分からない。



「あーあ。せっかく仲良くなったのになぁ。友達が1人へっちまうなぁ。まぁ仕方ないか!コウヘイ、向こうの世界の私のことも、よろしくな?仲良くしてやってくれよ」


 耳元でアキがつぶやく。その声はわずかに震えていた。


「……うん、分かった。ありがとう」


 コウヘイは唇を噛み締めながら、うなずいた。


 その返事を聞いたアキは、コウヘイから離れて、ゆっくりと右手の小指を突き出してきた。

 コウヘイは自分の右手を同じように出し、アキの小指に絡める。


「へへへ。約束だ!また会ったら、一緒に遊ぼうな。絶対だぞ!」


それまで私のこと、忘れるなよ?


 月に見守られながら、2人は指切りを済ませる。

 

 アキはコウヘイの背中を押すように、拝殿の鈴の前へと導いた。アキに向かってコウヘイがつぶやく。 


「俺、元の世界に戻っても、アキのこと、絶対忘れないから」


「……はぁ?当たり前だろ?私もコウヘイのこと、忘れないからな」


 アキの目から涙がこぼれ落ちた。両手で涙を拭うアキ。

 また抱き締めたくなる衝動を堪え、コウヘイは拝殿の鈴の紐を揺らした。


カラン、カランと高い鈴の音が鳴る。


 コウヘイは拝殿に向かい、2度お辞儀をし、その後、パンパンと手を鳴らした。

 その横でアキも同じように手を合わせる。


2人は目を閉じ、祈りを捧げた。



 その瞬間、強い風がビュウッと吹き抜けた。

 枝がざわめく音が聞こえる。目を閉じたコウヘイの鼻に、どこか懐かしい香りが届いた。


──金木犀の香りだ。


 ハッとして、目を開けると、目の前にあった神社の拝殿は姿を消していた。

 風に揺れる木々。足元には落ち葉が積もった林道。目の前には、あの時、集合場所だった東屋があった。


 驚いて辺りを見回し、右手を見つめる。そこにアキの温もりは無くなっていた。


「……帰ってきたんだ」


 そうつぶやいた瞬間、風がまた強く吹き抜け、金木犀の香りがふわりと漂った。





「あ、コウヘイくんだ!おーい!どこに行ってたの?」


「──アキ!!」


 向こうからアキがコウヘイに声をかける。その姿を見つけたコウヘイは思わず、アキの名前を叫んだ。


「え?え?」


 目を大きく開き慌てるアキ。そんなアキにコウヘイが駆け寄る。


「アキ!アキだ!」


「え?あ、うん。私だよ?ど、どうしたのコウヘイくん?ちょっと痛いよ?」



……コウヘイ、くん?

 はたと我に帰るコウヘイ。慌てて掴んでいたアキの肩を離す。アキは驚いた顔をして固まっていた。


「あ、えっ……と、ごめん!ちょっと驚かそうと思ってふざけちゃった。本当にごめん!怒った?」


 コウヘイはとっさに誤魔化そうとして、アキの前で両手を合わせて謝罪する。それを見たアキはホッとした様子で肩の力を抜いていった。


「な、なんだぁー。もう!ビックリしたよ!コウヘイもそういう悪ふざけ、するんだね」


フフフ。と、アキが笑う。
その表情を見て、コウヘイはハッとした。
 

「……アキだ」


 この場にはいないはずの女の子を思い出し、ポツリとつぶやく。しかし、そのつぶやきは秋風に溶けて、誰の耳にも入らなかった。


 
 別の世界で一緒に過ごした少女との思い出は、風に乗って香る金木犀とともに蘇る。




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△▲△▲ ひんやりとした空気。リー、リーと聞こえる鈴虫の音色。
 ジャリっジャリっと、自分の足音が異物のように聞こえる。コウヘイは1段1段、足元を確かめるように石段をのぼっていた。
 コウヘイは石段を登りながら1人で考えたことを反芻する。帰るのか、帰らないのか。その答えは──。
「コウヘイ。やっぱり来たね。コウヘイなら来ると思ったんだ」
 あと2段で登りきるところで、頭の上から名前を呼ばれる。コウヘイが見上げると、そこにはアキが立っていた。
 コウヘイは石段を駆け上がり、アキの隣に並ぶ。
「アキこそ、約束の時間にはまだ早いんじゃない?」
 コウヘイが時計を指差すと、その針は夜の7時半になるところだった。
「へへ。最後の謎を解いて全クリしたかったからな。急いで来ちゃったよ」
 コウヘイとアキの視線が合う。そして2人はお互いが笑みを浮かべ、謎解きを再開するのだった。
 コウヘイはクロネコに言われたことをアキに伝える。
「すでに鍵は持っている。2人で試せ……か」
「すでに持っていると言えば、図書館でメモしたこの紙のことかな?でも、この暗号は神社を示してたってことで解決済みじゃないのかな。まだ何か隠されている、とか?」
「試せってことは、何かをやれってことだよな?神社と言えば……」
「おみくじ、お守り、おはらい……」
「「お参り!!」」
 2人の声が重なった。おー!たしかに!とお互いに相づちを打ち合う。
「4番目の本に挟まっていたメッセージ……『捧げる祈り』だったじゃん?満月の写真と合わせれば、満月の夜に神社で祈りをささげろ──ってことか?」
 コウヘイはうなずく。おそらくそれが答えだろう。2人はうなずき合い、境内を進んでいく。
 自分の少し前を歩くアキを視界に入れながら、アキの後ろをコウヘイは歩く。アキの髪が月の光に照らされて、ぼんやりと輝いて見える。
 暗いな。そうだね。そこ、段差があるよ。うぉ、本当だ。
 そんな会話らしい会話もせずに、コウヘイとアキは進む。そして拝殿の前までやってきた。
「コウヘイ、いよいよだな。お前と一緒に過ごしたこの2日間、すごく楽しかったよ。ありがとう」
 アキが右手を差し出す。それを見たコウヘイも、同じように右手を出して、アキの手を握る。
「……はぁ。湿っぽくしないつもりだったのによぉ。ちょっと無理、かな?」
 アキは眉尻を下げて目に涙を浮かべている。
「なぁ、最後にさ、お願いをきいてくれるか?」
「お願い?」
「1回だけでいいから、……また、ぎゅってしてくれないか?」
 アキが右手で自分の目元を指差す。落ち着かせてくれと言う意味だった。
 照れる気持ちを押さえて、コウヘイはアキを優しく抱き締めた。
ホーホー、ホーホー
と、ふくろうか何かの鳴き声が響く。月に照らされながら、2人はしばらくの間、一言もしゃべらなかった。
──どくん。どくん。
 大きな心臓の音が響いている。これは自分の物か、アキの物か。どちらのものか分からない。
「あーあ。せっかく仲良くなったのになぁ。友達が1人へっちまうなぁ。まぁ仕方ないか!コウヘイ、向こうの世界の私のことも、よろしくな?仲良くしてやってくれよ」
 耳元でアキがつぶやく。その声はわずかに震えていた。
「……うん、分かった。ありがとう」
 コウヘイは唇を噛み締めながら、うなずいた。
 その返事を聞いたアキは、コウヘイから離れて、ゆっくりと右手の小指を突き出してきた。
 コウヘイは自分の右手を同じように出し、アキの小指に絡める。
「へへへ。約束だ!また会ったら、一緒に遊ぼうな。絶対だぞ!」
それまで私のこと、忘れるなよ?
 月に見守られながら、2人は指切りを済ませる。
 アキはコウヘイの背中を押すように、拝殿の鈴の前へと導いた。アキに向かってコウヘイがつぶやく。 
「俺、元の世界に戻っても、アキのこと、絶対忘れないから」
「……はぁ?当たり前だろ?私もコウヘイのこと、忘れないからな」
 アキの目から涙がこぼれ落ちた。両手で涙を拭うアキ。
 また抱き締めたくなる衝動を堪え、コウヘイは拝殿の鈴の紐を揺らした。
カラン、カランと高い鈴の音が鳴る。
 コウヘイは拝殿に向かい、2度お辞儀をし、その後、パンパンと手を鳴らした。
 その横でアキも同じように手を合わせる。
2人は目を閉じ、祈りを捧げた。
 その瞬間、強い風がビュウッと吹き抜けた。
 枝がざわめく音が聞こえる。目を閉じたコウヘイの鼻に、どこか懐かしい香りが届いた。
──金木犀の香りだ。
 ハッとして、目を開けると、目の前にあった神社の拝殿は姿を消していた。
 風に揺れる木々。足元には落ち葉が積もった林道。目の前には、あの時、集合場所だった東屋があった。
 驚いて辺りを見回し、右手を見つめる。そこにアキの温もりは無くなっていた。
「……帰ってきたんだ」
 そうつぶやいた瞬間、風がまた強く吹き抜け、金木犀の香りがふわりと漂った。
「あ、コウヘイくんだ!おーい!どこに行ってたの?」
「──アキ!!」
 向こうからアキがコウヘイに声をかける。その姿を見つけたコウヘイは思わず、アキの名前を叫んだ。
「え?え?」
 目を大きく開き慌てるアキ。そんなアキにコウヘイが駆け寄る。
「アキ!アキだ!」
「え?あ、うん。私だよ?ど、どうしたのコウヘイくん?ちょっと痛いよ?」
……コウヘイ、くん?
 はたと我に帰るコウヘイ。慌てて掴んでいたアキの肩を離す。アキは驚いた顔をして固まっていた。
「あ、えっ……と、ごめん!ちょっと驚かそうと思ってふざけちゃった。本当にごめん!怒った?」
 コウヘイはとっさに誤魔化そうとして、アキの前で両手を合わせて謝罪する。それを見たアキはホッとした様子で肩の力を抜いていった。
「な、なんだぁー。もう!ビックリしたよ!コウヘイもそういう悪ふざけ、するんだね」
フフフ。と、アキが笑う。
その表情を見て、コウヘイはハッとした。
「……アキだ」
 この場にはいないはずの女の子を思い出し、ポツリとつぶやく。しかし、そのつぶやきは秋風に溶けて、誰の耳にも入らなかった。
 別の世界で一緒に過ごした少女との思い出は、風に乗って香る金木犀とともに蘇る。