校庭が見えた。コウヘイはアキを連れて昇降口から教室へと向かう。階段を上り、廊下を左に曲がる。
教室に近づくにつれて、不思議とコウヘイは確信めいたものを感じていた。
(たぶん、いる)
教室のとびらに手を掛け、ガラガラと開けると、教室の中にはクロネコがイスにこしかけていた。その手もとには、あの本があった。
「おや?戻ってきたのかね。オイラがここにいるってよく分かったね」
少し驚いた顔でクロネコがコウヘイを見る。
「何となく教室かなって思ったんだ。それより、その本を探していたんだ。少しだけ貸してもらかないかな?」
「いやだね」
間髪いれずに断られた。しかし、クロネコの頑なな反応をみれば、やはりあの本がクリアの鍵であることは間違いない。と、コウヘイは考えた。
「そんなこと言わずにちょっとだけでいいからさ、貸してくれよ。頼むよ?」
アキも一緒にクロネコに頼み込む。しかし、クロネコの答えは変わらなかった。
「どうしてもダメ?」
「どうしてもダメだな。だってさ、オイラが今読んでるところだろ?邪魔されたくないねー」
クロネコはそう答えた後に、尻尾を揺らめかせながら、視線を本に落とした。
「F3.12.21」
クロネコの耳がピクっと動いた。
「これは図書館の本棚と棚、そして棚の中の何番目の本かを表しているよね?そして最後の『21』はページ番号でしょ?」
クロネコは無言のまま。本から視線を上げない。クロネコを見つめるコウヘイとアキ。お互いじっとしたまま時間だけが過ぎていく。
長い沈黙の後、クロネコは顔を上げ、コウヘイの方を見る。そして──
「正解!よく分かったね。ちゃんとたどり着いたのは君たちが最初だ!」
パチパチと拍手をするクロネコ。その後ろで尻尾が揺れる。
「コウヘイ。お前がみたいのはこのページだろ?」
そういって、クロネコは本を開いたまま、2人に向かって見せつける。
そこには、大きな満月の写真が書かれていた。
「満月……今日だ!コウヘイ、今日が満月の夜だよ!やった、これでクリアてきるぞ!」
アキが顔の前で両手の拳を握って喜びを表す。
「じゃあ、今日の夜に神社に行けば、何かが、分かる?クロネコ、そういうこと?」
「ふふふ。行くだけじゃクリアはできないな。まだ君たちは最後の謎を解いていないようだから」
「最後の謎?」
コウヘイはクロネコに聞き返す。
「今日を逃すと次の満月までクリアできないな。コウヘイ、今日クリアしないと、お前は元の世界に帰れなくなるぞ?」
時間切れってやつだ。
と、クロネコが告げる。
「帰れなくなる?どういうことだ?コウヘイ、詳しく話せよ!」
アキがコウヘイの肩を掴む。コウヘイは何と言っていいか躊躇い、言葉がでない。
「なんだ、アキに教えてないのかね?アキ、コウヘイは別の世界からやってきたニンゲンなんだ。謎解きをクリアしないと、元の世界に帰れないんだよ」
コウヘイが考えているうちに、クロネコがアキにしゃべってしまった。
「は?何だよ、それ?じゃあ、謎解きをクリアしたら、コウヘイはいなくなるってことか?せっかく仲良くなったのに?」
「そういうことだね。もちろん、コウヘイがこちらの世界に残る、っていう選択肢もあるがね。でもコウヘイは元の世界に帰りたいんだったよな?」
クロネコから尋ねられても、コウヘイは即答できなかった。
最初は、できるだけ早く元の世界に帰りたいと思っていた。……思っていたのだ。
しかし、今はどうだ?
「…………」
自問自答の末の結論は、沈黙だった。
「……そう、だよな。別な世界?──から来たんなら、さっさと帰りたいよな。そんな大事なこと、早く教えてくれよ。そしたら、もっと私も協力したのに、よ」
アキの目から一筋の涙が落ちる。アキは慌てて涙を手でぬぐい、教室から飛び出した。
「あ!」
コウヘイは追いかけようとしたが、すぐに立ち止まる。教室の扉に向けて伸ばした手が、ゆっくりと力なく下げられる。
「追いかけないのかね?謎解きをクリアするには、アキの力が必要だ。だがまずは、アキとよく話し合うのが先のようだ。早く追いかけるんだ、コウヘイ。お前はアキのパートナーだろ?」
クロネコから背中を押され、数歩前によろめいた。コウヘイがクロネコを振り返ると、クロネコは鋭い目でコウヘイを見つめる。
「……分かった。アキを探してみる!」
コウヘイは教室を飛び出した。その時、遠くからクロネコの声が聞こえた。
『クリアの鍵はもうすでにお前がもっているぞ?2人で試してみるんだ』
意味はよく分からなかった。でもそんなのは後回しだ。
コウヘイは走った。とにかく走った。アキを追いかけて。きっとあそこにいるはずだ。
嗚咽がもれる。泣くな、泣くな、私。どうしてこんなに涙がこぼれるのかも分からないまま、アキはベンチに座って泣いていた。
教室を飛び出してから、夢中で走って気付けばここにいた。時計の針は昼をとうに過ぎていた。
いつから泣いていたのか。すでに目元がひりついていた。アキは鼻をすすり、大きなため息をついた。
(はーーーー。やっちまったなぁ)
手で涙を拭いながら、再び大きなため息をつく。
これからどうしようかなぁ。
そんなことを考えていると、公園に駆け込んでくる人の気配を感じた。
(誰だろ。知ってる人だと嫌だなー)
アキはうつむいたまま、知らんぷりを決め込んだ。しかし、公園に入ってきた人影は、真っ直ぐに自分の方に近づいて来る。そして、自分の前で立ち止まった。
「アキ。やっぱりここだったんだね、つーか、足早すぎるよ」
声の主はコウヘイだった。今1番会いたくなかった、その人にアキは複雑な心持ちとなる。
泣いていたのがバレないように、うつむいたまま黙り込む。すると、コウヘイが座っているアキの頭を抱き締めてきた。
「え、ちょっ……」
戸惑うアキに対して、コウヘイが優しい口調で話しかける。
「こうすると、落ち着くんだろ?」
──泣いた時にこうやって抱き締めてもらってたんだ。
アキは昨日、コウヘイに自分が話したことを思い出した。
照れくささと悲しみと戸惑いと、いろいろな感情が混ざりあったまま、アキは抱き締められたままでいた。
ドクン、ドクン、ドクン。コウヘイの心臓の音が頭に響く。少しずつ、少しずつ、自分の気持ちが落ち着いていくのをアキは感じていた。
「アキ。ごめんね。黙っていて」
照れくさいけど、このまま聞いてくれると助かるんだけど。と、コウヘイが前置きを入れる。
「クロネコが言っていた通り、俺は別の世界から来たんだ。謎解きをクリアしたら戻り方を教えるって言われて、謎解きに参加した」
コウヘイは大きく息を吸う。緊張からか心臓の音が大きく早い。
「昨日も言ったけど、色々なものが反転していて、1人で不安で、こんなとこ早く抜け出したいって思ってた。嫌だーって思ってた」
ゴクリと嚥下する音が耳に響いた。
「でも、アキと一緒に謎解きを進めていて、すごく楽しかった。1人じゃないって思えて……、仲良くなれたし、もっと……一緒にいたいって思った」
キューって心が締め付けられる感じがした。
「実は元いた世界にも″アキ″っていう、アキと瓜二つの女の子がいて、性格は全然違うんだけど、俺はその子と友達で……気になる子、だった。だから、初めてアキを見た時にビックリして……でも別人で、すごく混乱した」
だから、昨日、ここであんな風に取り乱したんだ。改めてごめんね。と、コウヘイは緊張と照れが混ざる声で話す。
アキは静かにうなずき、気にしていないことを現す。
ふふふ。ありがとう。と、コウヘイは笑みを浮かべ、続きを語りだした。
「さっき教室でクロネコから『帰りたいんだろ』って聞かれて黙ったのは、答えられなかったからなんだ。正直に言って、……迷ってる。元の世界に帰りたい気持ちもあるけど──」
せっかく仲良くなったのに、アキと離れるのが辛い。
少し間をおいて、ポツリとコウヘイはつぶやいた。それは様々な思いが混ざった複雑な声色に聞こえた。
しばらく公園で話をしたコウヘイとアキは1度解散することにした。お互いの気持ちを整理するため、謎解きを続けるのかどうするのか、時間を置いて考えることにした。
そして、謎解きを続ける時は、夜の8時にあの神社に集まると決めて。