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第146話 静かなる始まり

ー/ー



 思えば、始まりも土曜日だったな。
 オーディションから一週間。過ぎればあっという間な気もする。
 決着の時がやってきた。
 土曜の午前授業を終えると俺は教室を出た。
 高揚感を鎮めるようにゆっくりとリノリウムの床を歩いていく。
 それなのに、あっという間に第二校舎の二階奥の空き教室に辿り着いた。

「おはようございます」

『おはようございます』

 扉を開けて挨拶をする。なんてことない当たり前のこと。
 教室に入ると、どこか空気の重さを感じた。
 思わず室内を見渡したが、なんてことない日常風景だった。
 気のせいかと思いながら俺はロッカーにカバンを置く。
 いつも通り、机を教室の一か所に寄せる。
 そして、数分もすれば部活が始まった。

「はーい! では今日も楽しく稽古を始めたいところで・す・が! なんと二年生たちが大切な話し合いをしたいということで私たち三年生と一年生は別室に移動です! Boo!」

 親指を下に向けてブーイングする轟先輩。
 この人は状況を分かっているのだろうかと思ったが、轟先輩なりにリラックスしろということなのだろうと解釈した。
 俺たち二年生が発する異様な空気を、轟先輩のテンションが打ち消すような感じだ。

「では一年生諸君! 台本とか必要なもの持って移動だ!」

 謎のポーズをしながら轟先輩が指示を出す。
 この間、俺たちは一切喋らずにいた。
 みんな緊張しているのか、それとも。

 小さく深呼吸する。
 ふと、視線の端にいた池本と目が合った。
 頑張ってください。と視線だけで言われた気がした。
 俺が微笑み返す。池本は軽く会釈して教室を出ていった。
 一年生たちが全員出たのを確認すると、轟先輩たちは静かに教室を去った。
 その表情には複雑な想いが宿っていたことを俺たちは誰も気づかなかった。

 教室には俺達だけになった。
 一週間前のあの時のような、良くない雰囲気だった。
 あの時との違いは山路が中心に立っていなく、みんな歪な円を描いたような形でばらばらに立っていた。
 そしてもう一つ。今回の俺は無知ではないことだ。
 俺は勇気を奮い立たせて、全体を見た。


 ――――――――――――――


 始めに動いたのは、山路だった。

「それで―? 何をどう話すのかなー?」

 いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした態度で、誰に言うわけでもなく話し出した。
 対して、答えたのは樫田だった。

「まぁ待て山路。本題に入る前に俺から言いたいことがある」

 みんなの視線が集まる中、樫田は堂々とした態度だった。
 腕を組み、鋭い目つきが全員を見る。

「まず分かっていると思うが、結果がどうであれ話し合いはこれが最後だ。春大会回前に集まることはもうないだろう。そして、この話し合いに丸一日かける気はない。貴重な土曜稽古の時間を全部潰したくないからだ。だから時間を決めたい」

「時間?」

「ああ、長くて二時間だ。それまでに結論を出したい」

「そんな!」

 声を上げたのは増倉だった。彼女は樫田を睨み、抗議する。

「大切な話し合いなのに時間制限を設けるのはおかしいと思う」

「だがな、増倉。もし話が平行線をたどったら、きっと終わらないぞ」

「だからって時間を区切って無理やり終わらせるのは違うと思う」

「無理やりには終わらせない。ただ時間を設けるだけだ」

「どういうこと?」

 増倉と同じように、俺もいまいち言葉の意味が分からなかった。
 樫田はみんなの表情を見ながら、丁寧に説明する。

「時間を決める代わりに、俺は割り切って進行役に徹する。必ず一人一人意見を出させて時間内に一度は結論を出させる」

 その言葉に、みんな驚いた。
 はっきりと断言したからではない。内に秘めた覚悟を感じたからだろう。
 樫田なりに考えたのだ。演出家として、友として、現状で自分にできる最大限を。

「交換条件ということかしら、私は構わないわ」

「私も問題ない。どちらにせよ誰かが進行役をしないと話がまとまらない」

 椎名と夏村はすぐに賛成した。
 確かに誰かが進行役をする必要があるなら、それは樫田が適材だろう。

「僕は樫田に賛成―」

「俺も大丈夫。というかそっちの方が助かるし」

 山路と大槻も特に反論することなく同意した。
 残るは俺と増倉だった。
 樫田と目が合う。何かを託されたように肩に重荷が圧し掛かる。
 ああ、そうか。
 俺は勝手に樫田の想いを理解する。

「……俺も樫田に進行役をお願いしたい」

 俺がそう言うと、視線が増倉に集まった。
 硬い表情で増倉は頷いた。

「分かった。そういうことなら二時間でいいよ」

 全員が容認すると樫田は一拍置いて、口を開いた。

「ありがとう。一応確認しておくが、話し合いを始める前に何か言っておきたい人はいるか?」

 特に何もないことを確認する。
 みんな沈黙を保った。そして空気だけが変化した。

「じゃあ、始めようか」

 重い圧を感じながら、話し合いが始まった。



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次のエピソードへ進む 第147話 彼の感情論


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 思えば、始まりも土曜日だったな。
 オーディションから一週間。過ぎればあっという間な気もする。
 決着の時がやってきた。
 土曜の午前授業を終えると俺は教室を出た。
 高揚感を鎮めるようにゆっくりとリノリウムの床を歩いていく。
 それなのに、あっという間に第二校舎の二階奥の空き教室に辿り着いた。
「おはようございます」
『おはようございます』
 扉を開けて挨拶をする。なんてことない当たり前のこと。
 教室に入ると、どこか空気の重さを感じた。
 思わず室内を見渡したが、なんてことない日常風景だった。
 気のせいかと思いながら俺はロッカーにカバンを置く。
 いつも通り、机を教室の一か所に寄せる。
 そして、数分もすれば部活が始まった。
「はーい! では今日も楽しく稽古を始めたいところで・す・が! なんと二年生たちが大切な話し合いをしたいということで私たち三年生と一年生は別室に移動です! Boo!」
 親指を下に向けてブーイングする轟先輩。
 この人は状況を分かっているのだろうかと思ったが、轟先輩なりにリラックスしろということなのだろうと解釈した。
 俺たち二年生が発する異様な空気を、轟先輩のテンションが打ち消すような感じだ。
「では一年生諸君! 台本とか必要なもの持って移動だ!」
 謎のポーズをしながら轟先輩が指示を出す。
 この間、俺たちは一切喋らずにいた。
 みんな緊張しているのか、それとも。
 小さく深呼吸する。
 ふと、視線の端にいた池本と目が合った。
 頑張ってください。と視線だけで言われた気がした。
 俺が微笑み返す。池本は軽く会釈して教室を出ていった。
 一年生たちが全員出たのを確認すると、轟先輩たちは静かに教室を去った。
 その表情には複雑な想いが宿っていたことを俺たちは誰も気づかなかった。
 教室には俺達だけになった。
 一週間前のあの時のような、良くない雰囲気だった。
 あの時との違いは山路が中心に立っていなく、みんな歪な円を描いたような形でばらばらに立っていた。
 そしてもう一つ。今回の俺は無知ではないことだ。
 俺は勇気を奮い立たせて、全体を見た。
 ――――――――――――――
 始めに動いたのは、山路だった。
「それで―? 何をどう話すのかなー?」
 いつも通りの飄々《ひょうひょう》とした態度で、誰に言うわけでもなく話し出した。
 対して、答えたのは樫田だった。
「まぁ待て山路。本題に入る前に俺から言いたいことがある」
 みんなの視線が集まる中、樫田は堂々とした態度だった。
 腕を組み、鋭い目つきが全員を見る。
「まず分かっていると思うが、結果がどうであれ話し合いはこれが最後だ。春大会回前に集まることはもうないだろう。そして、この話し合いに丸一日かける気はない。貴重な土曜稽古の時間を全部潰したくないからだ。だから時間を決めたい」
「時間?」
「ああ、長くて二時間だ。それまでに結論を出したい」
「そんな!」
 声を上げたのは増倉だった。彼女は樫田を睨み、抗議する。
「大切な話し合いなのに時間制限を設けるのはおかしいと思う」
「だがな、増倉。もし話が平行線をたどったら、きっと終わらないぞ」
「だからって時間を区切って無理やり終わらせるのは違うと思う」
「無理やりには終わらせない。ただ時間を設けるだけだ」
「どういうこと?」
 増倉と同じように、俺もいまいち言葉の意味が分からなかった。
 樫田はみんなの表情を見ながら、丁寧に説明する。
「時間を決める代わりに、俺は割り切って進行役に徹する。必ず一人一人意見を出させて時間内に一度は結論を出させる」
 その言葉に、みんな驚いた。
 はっきりと断言したからではない。内に秘めた覚悟を感じたからだろう。
 樫田なりに考えたのだ。演出家として、友として、現状で自分にできる最大限を。
「交換条件ということかしら、私は構わないわ」
「私も問題ない。どちらにせよ誰かが進行役をしないと話がまとまらない」
 椎名と夏村はすぐに賛成した。
 確かに誰かが進行役をする必要があるなら、それは樫田が適材だろう。
「僕は樫田に賛成―」
「俺も大丈夫。というかそっちの方が助かるし」
 山路と大槻も特に反論することなく同意した。
 残るは俺と増倉だった。
 樫田と目が合う。何かを託されたように肩に重荷が圧し掛かる。
 ああ、そうか。
 俺は勝手に樫田の想いを理解する。
「……俺も樫田に進行役をお願いしたい」
 俺がそう言うと、視線が増倉に集まった。
 硬い表情で増倉は頷いた。
「分かった。そういうことなら二時間でいいよ」
 全員が容認すると樫田は一拍置いて、口を開いた。
「ありがとう。一応確認しておくが、話し合いを始める前に何か言っておきたい人はいるか?」
 特に何もないことを確認する。
 みんな沈黙を保った。そして空気だけが変化した。
「じゃあ、始めようか」
 重い圧を感じながら、話し合いが始まった。