2014年、僕の憧れの人、上村愛子はその板を壁に掛けた。後に疑惑の採点が囁かれるソチオリンピックで、世界最高と言われる美しいカーヴィングターンと笑顔を残して……。もうこれで同じ雪上に立つことは叶わない。この雪はどこかであの人と繋がっている気がしていたはずが、もう僕の目指すゴールにあの人はいない。
それでもあの人の笑顔が、あの日見たジャンプが僕をここまで連れて来てくれた。
バンクーバーで悔し涙を流し、ソチに再挑戦して感じたことは……?
「メダルを取れなかった現実を突き付けられたけど、取り組んだ過程は金メダルを取った選手も4番の私も変わらないと思う。頂点を目指して努力したことに嘘はないので、そこは自信を持った方がいいと最後の最後に思えるようになりました。『メダリストになれなかったから、私はダメだった』という気持ちはなくなったし、そこまで最善の過程を経たと思えたら納得できました」
『もうこれで十分』って気持ちになるまでは諦めずに道を探ったり、やり続ける時間があってもいい。
そう言って悔いのない笑顔を見せたそうだ。
***
2022年。僕は今年で30歳になる。社会人になった今でも時折こうしてフリースタイルスキーモーグルの大会に参加している。猪苗代の大会だ。今年は北京で冬季オリンピックが開かれる。
僕はスキーを滑らせる。小さな雪飛沫を跳ね上げながらカーヴィングターンを繰り返すと僕は飛んだ……長野五輪で初めて見たあの日のあの人が滑走した時と同じような大快晴の空の下、そしてトリノオリンピックでみせたあの大技3D『コークスクリュー720』を。
下で見守る千晶と暖空の姿が見えた気がした。『ありがとう』そう思った瞬間だった……僕にも見えた、はっきりと隔てられたゲレンデの白と空の青のコントラストが、ゆっくりと二色が入れ替わり交じりあったキャンバス、そこに描いた僕のエアが……あの日のあの人のように……。
僕は……あの日、あの人が見ていた景色を見ているのかもしれない。モーグルに掛けた青春を映し出したような雲一つない青空と純白の雪……。
『モーグルって知ってます?』
そこには赤いトレーナーを着たあの日の上村愛子選手が居た……。僕は迷わず心の中で答える。
「はい、モーグル知ってます。大好きです」
多分僕は笑っていた。
「あぁ……僕も飛ぶのが大好きなんだ……」
――あなたには……憧れの人はいますか?
2021.10 終