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影を落とす絶望

ー/ー



 そこは、神精樹に建てられたバウディアムスのはるか奥深く。光すら届かない監獄とも言える暗い小部屋に、2人の女が相対していた。
 両手、両足に枷の付けられた女は木でできたボロい椅子を揺らしてケタケタと小馬鹿にするように笑っている。格子の先から僅かに届く月の明かりだけが、彼女の表情を顕にさせる唯一の光だった。


「ほら、な? あたしの言った通りだったろう。土曜(サバド)が動くなら今日しかないってさ」

 女の名は木曜(フエベス)。数週間前、神精樹の古書館にて、モニカたちを襲った『七曜の魔法使い』の一人だ。尋問とも言い難い軽い問答の末に手に入れた胡散臭い情報であったが、信じ難いほどに木曜(フエベス)の言った通りに物事が進んでいく。
 少し遠くて弾けていた魔法のぶつかり合いが止んだ。木曜(フエベス)と相対するもう一人の女にとっては感じ慣れた魔力だった。魔力の浮き沈みからか、負けてしまわないかひやひやしていたところだったが、辛くも勝利できたらしいことを感じ取れた。


「お前は妙に()()()()()()。一体何が目的だ?」


 橙と黒の服と特徴的なとんがり帽子。今どきは珍しく箒を手にしてひらひらと紅い蝶を遊ばせている。女の名は獄蝶(ごくちょう)のジョカ。この世界にたった五人しか存在しない大魔法使いと呼ばれる人物の一人。そして、その中でも最強と称される魔法使いの到達点。
 威嚇の意味も込められているのだろう。数匹の獄蝶がどこで(はね)を休めるでもなくひらひらと飛び交っている。しかし、それを見ても木曜(フエベス)は微塵も怖気付く様子はなかった。むしろ、自分に近寄ってきた獄蝶と指先でひらひらと遊ぶ余裕すら見せている。そして、ちらりと獄蝶のジョカと目を合わせ、変わらず相手を小馬鹿にするような口調で言った。


「そんな言い方ないだろ。あたしはあんたらに協力してやってんだ。あのくそったれのカス魔法使い共を殺してもらうためにね」

「なぜ殺そうとする。あれは仮にもお前の仲間だったんじゃないのか」

「はぁ? 仲間? 馬鹿なこと言ってんじゃないよ大魔法使い殿」


 ちゃらちゃらと枷の鎖を鳴らし、眉間に皺を寄せて木曜(フエベス)は少し声を荒らげて言った。


()()()()()は雇われただけだ。殺し屋だからね。金さえあればどんなやつらにだってつくさ」

「で、まんまと利用されて裏切られたと」

「そ。だからこっちもやられた分、たっぷり恩返し(しかえし)してやるのさ」

「まぁ、言い分は理解できる」


 今のところは、木曜(フエベス)の言葉に嘘は見られない。定期的にメルティに協力を頼み、真偽を確かめてもいる。協力に積極的な理由にはなっている。
 獄蝶のジョカは木曜(フエベス)から聞き出した情報がまとめられたリストを見て頭を抱えた。このように、改めて木曜(フエベス)を怪しんだのにはわけがある。ため息をついて、獄蝶のジョカはとうとう向き合わなければならなくなってしまった真実を受け入れようとする。

 七曜の魔法使い。『奇跡』の力を利用して何かを企んでいる七人で構成された謎の組織。そして、その組織を統治している者は――

 七曜の魔法使いの盟主、『月曜(ネルス)』。名を、()()()()()()()()


「何度睨みつけたって現実は変わらないよ」


 ただ、理解し難い真実だけがそこに書き連ねられている。獄蝶のジョカの親友にして、幼い頃からともに生きてきた幼なじみ。そして今では、共に肩を並べて大魔法使いとなり、同じ魔法学園で魔法を教えていた人物だ。認めたくないに決まっている。
 あの日、アステシアと対峙したあの瞬間、どうするべきだったのかと獄蝶のジョカは思考を巡らせる。あの時、なんとしてでも殺すべきだった。殺さなければならなかった。けれど、そうすることはできなかったし、全てを知った今でも手を下すことはできないだろうと思う。


「あんたも大変だね。魔法使いってのはみんなそうなのかい?」

「……そうでもないさ。私が優秀だから特別こうなだけだ」

「難儀だね。守るために殺すことでしか正義足り得ないなんてさ」

「お前が言うか」


 妙に仲良くなった木曜(フエベス)と軽口を交わす。あれから、月を見る度に嫌でも思い出してしまう。そして、何度も後悔する。


(いっそ、救いようのない悪人であってくれればどれほどよかったか……)


 アステシアはアステシアの信念の元に戦うことを選んだ。それは到底悪であるとは言い難く、むしろある種の人間にとっては救いですらある。
 魔法の消滅。それが成し遂げられればどれほどの命が救われることか。魔法による被害だけではない。魔法の副作用によって引き起こされる天災すら抑制できるかもしれない。無血ならば、その選択は最善であると言える。なんの犠牲もなく、そんなことができるのならば。
 だが、そうはならなかった。もうアステシアはどんな犠牲も厭わないだろう。ありとあらゆる手段を用いて自らの望みを叶えようとするはずだ。そして現にアステシアは、自分の生徒に手をかけようとしている。それは、それだけは許してはならない。許されてはならない。
 同輩として、親友として、人として、止めなければならない。もう、アステシアは誰かに手を取られなければ止まれないほど暴走している。


「私が、お前を止めてやる」


 そして、月は欠けていく。不穏な影を落として――


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 そこは、神精樹に建てられたバウディアムスのはるか奥深く。光すら届かない監獄とも言える暗い小部屋に、2人の女が相対していた。
 両手、両足に枷の付けられた女は木でできたボロい椅子を揺らしてケタケタと小馬鹿にするように笑っている。格子の先から僅かに届く月の明かりだけが、彼女の表情を顕にさせる唯一の光だった。
「ほら、な? あたしの言った通りだったろう。|土曜《サバド》が動くなら今日しかないってさ」
 女の名は|木曜《フエベス》。数週間前、神精樹の古書館にて、モニカたちを襲った『七曜の魔法使い』の一人だ。尋問とも言い難い軽い問答の末に手に入れた胡散臭い情報であったが、信じ難いほどに|木曜《フエベス》の言った通りに物事が進んでいく。
 少し遠くて弾けていた魔法のぶつかり合いが止んだ。|木曜《フエベス》と相対するもう一人の女にとっては感じ慣れた魔力だった。魔力の浮き沈みからか、負けてしまわないかひやひやしていたところだったが、辛くも勝利できたらしいことを感じ取れた。
「お前は妙に|協《・》|力《・》|的《・》|す《・》|ぎ《・》|る《・》。一体何が目的だ?」
 橙と黒の服と特徴的なとんがり帽子。今どきは珍しく箒を手にしてひらひらと紅い蝶を遊ばせている。女の名は|獄蝶《ごくちょう》のジョカ。この世界にたった五人しか存在しない大魔法使いと呼ばれる人物の一人。そして、その中でも最強と称される魔法使いの到達点。
 威嚇の意味も込められているのだろう。数匹の獄蝶がどこで|翅《はね》を休めるでもなくひらひらと飛び交っている。しかし、それを見ても|木曜《フエベス》は微塵も怖気付く様子はなかった。むしろ、自分に近寄ってきた獄蝶と指先でひらひらと遊ぶ余裕すら見せている。そして、ちらりと獄蝶のジョカと目を合わせ、変わらず相手を小馬鹿にするような口調で言った。
「そんな言い方ないだろ。あたしはあんたらに協力してやってんだ。あのくそったれのカス魔法使い共を殺してもらうためにね」
「なぜ殺そうとする。あれは仮にもお前の仲間だったんじゃないのか」
「はぁ? 仲間? 馬鹿なこと言ってんじゃないよ大魔法使い殿」
 ちゃらちゃらと枷の鎖を鳴らし、眉間に皺を寄せて|木曜《フエベス》は少し声を荒らげて言った。
「|あ《・》|た《・》|し《・》|た《・》|ち《・》は雇われただけだ。殺し屋だからね。金さえあればどんなやつらにだってつくさ」
「で、まんまと利用されて裏切られたと」
「そ。だからこっちもやられた分、たっぷり|恩返し《しかえし》してやるのさ」
「まぁ、言い分は理解できる」
 今のところは、|木曜《フエベス》の言葉に嘘は見られない。定期的にメルティに協力を頼み、真偽を確かめてもいる。協力に積極的な理由にはなっている。
 獄蝶のジョカは|木曜《フエベス》から聞き出した情報がまとめられたリストを見て頭を抱えた。このように、改めて|木曜《フエベス》を怪しんだのにはわけがある。ため息をついて、獄蝶のジョカはとうとう向き合わなければならなくなってしまった真実を受け入れようとする。
 七曜の魔法使い。『奇跡』の力を利用して何かを企んでいる七人で構成された謎の組織。そして、その組織を統治している者は――
 七曜の魔法使いの盟主、『|月曜《ネルス》』。名を、|ル《・》|ナ《・》|・《・》|ア《・》|ス《・》|テ《・》|シ《・》|ア《・》。
「何度睨みつけたって現実は変わらないよ」
 ただ、理解し難い真実だけがそこに書き連ねられている。獄蝶のジョカの親友にして、幼い頃からともに生きてきた幼なじみ。そして今では、共に肩を並べて大魔法使いとなり、同じ魔法学園で魔法を教えていた人物だ。認めたくないに決まっている。
 あの日、アステシアと対峙したあの瞬間、どうするべきだったのかと獄蝶のジョカは思考を巡らせる。あの時、なんとしてでも殺すべきだった。殺さなければならなかった。けれど、そうすることはできなかったし、全てを知った今でも手を下すことはできないだろうと思う。
「あんたも大変だね。魔法使いってのはみんなそうなのかい?」
「……そうでもないさ。私が優秀だから特別こうなだけだ」
「難儀だね。守るために殺すことでしか正義足り得ないなんてさ」
「お前が言うか」
 妙に仲良くなった|木曜《フエベス》と軽口を交わす。あれから、月を見る度に嫌でも思い出してしまう。そして、何度も後悔する。
(いっそ、救いようのない悪人であってくれればどれほどよかったか……)
 アステシアはアステシアの信念の元に戦うことを選んだ。それは到底悪であるとは言い難く、むしろある種の人間にとっては救いですらある。
 魔法の消滅。それが成し遂げられればどれほどの命が救われることか。魔法による被害だけではない。魔法の副作用によって引き起こされる天災すら抑制できるかもしれない。無血ならば、その選択は最善であると言える。なんの犠牲もなく、そんなことができるのならば。
 だが、そうはならなかった。もうアステシアはどんな犠牲も厭わないだろう。ありとあらゆる手段を用いて自らの望みを叶えようとするはずだ。そして現にアステシアは、自分の生徒に手をかけようとしている。それは、それだけは許してはならない。許されてはならない。
 同輩として、親友として、人として、止めなければならない。もう、アステシアは誰かに手を取られなければ止まれないほど暴走している。
「私が、お前を止めてやる」
 そして、月は欠けていく。不穏な影を落として――