愛ゆえに
ー/ー
パッと、張り詰めた緊張の糸が緩んだ。深い深い、海の底にいるような重い重圧から解き放たれて、4人は一斉に息を吐いた。
「つっかれた〜。眠い、寝る、限界」
「風邪をひいても知りませんよ」
「私も……ちょっと疲れました……」
その場に寝転がろうとするレオノールを静止して、ヨナは立ち尽くすソフィアに目を向ける。その心情をヨナは読み取ることができなかった。ヨナたちは、あくまで助けを求められた側だ。ソフィアとメモリア、2人の事情はまったく知らないまま戦っていた。2人はどんな関係なのか、何があってこんな事態になったのか、ソフィアは今、何を思っているのか、何も分からない。
雲もなく、星もない、ただ月だけが浮かぶ空が果てしなく広がっている。こんな空に、一体誰が美しさを見出すのだろうかと、ソフィアはじっと空を見つめる。純粋さの欠けらも無い、不純物だらけのこの空が、すべてを歪めている元凶なのだ。伸ばした爪が手のひらに食い込むほど力強く拳を握りしめる。
「何やってんだソフィア、帰るぞ」
あえて黙っていたヨナとメルティの意図も汲もうとせずに、レオノールがソフィアに声をかける。慌ててメルティはレオノールの口を無理やり塞ごうと飛びかかろうとしたと同時に、少しづつ涙ぐんだ声でソフィアが答えた。
「……うん。帰ろ」
とぼとぼと、ソフィアの心情を物語るような足取りでゆっくりと歩き出す。想像もつかないような疲弊具合なのか、まっすぐ歩くこともできず、ふらふらと今にも倒れそうにしているソフィアにレオノールは黙って肩を貸した。
「寮まで送っていく」
「……うん」
誰も、何も話すことのない沈黙の時間が続いた。草を踏みしめる音と、木々をザワつかせる風と音、小さいながらにも夜を彩る虫の鳴き声だけが心地よい音色となって耳に入ってくる。
重く辛いような、なんとも言えない空気が漂う帰り道。何とか雰囲気を変えようとレオノールが口を開こうとしたと同時に、ソフィアが語り出す。
「私、古書館での事件のこと、知ってた」
それはかつてソフィアが犯した罪の告白だった。話せば楽になると思ったのではない。許されたいという気持ちがあったのではない。ソフィア自身も話そうとしたのではなく、ただいつの間にか口をついて出ただけだった。
「さっきメモリア先輩が言っていた名前、聞いた事あるでしょ」
「……七曜、ね。うわさ程度には」
「そいつらはモニカを殺そうとしていて……私もそれに協力した」
その言葉を聞いて、ヨナがソフィアの胸ぐらを掴む。レオノールを押しのけ、今にも振り下ろされようとしている左腕をぷるぷると震わせながら、ヨナはソフィアを地面に叩きつけた。
止めようとする者は誰もいなかった。そうされて当然のことをしたと理解しているソフィアも抵抗しようとはせず、ただ無気力にそれを受け入れるだけだった。
「……どういうことですか」
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、私は入学前からメモリア先輩に記憶を消されていたの。ある人物を殺すために協力するって」
「……っ! じゃあ、あなたは……!」
「今は、みんなのことを守りたいと思ってる。これは嘘じゃない。私のしたことの贖罪には到底ならないけど、この命を投げ捨ててでも守るつもり」
行き場のない怒りがヨナの拳に込められる。ソフィアのしたことは、ヨナにとっては許そうにも許せないことだった。けれど、ソフィアにも事情があった。そうせざる負えない理由があった。そして、命をかけても守る、その言葉通りにソフィアが戦っているところをヨナはその目で見届けていた。
ソフィアの目に、見るのも耐え難い複雑な表情をしたヨナが映る。目をつぶってしまいたいくらいに、辛そうな顔をしたヨナが涙を流す。ぽつり、またぽつりと、ソフィアの頬に涙が落ちた。
「モニカは、きっとそれを聞いても許してしまうでしょう?……」
「……どうかな」
「ずるいです……あなたも、ヴェローニカも……!」
一人で抱え込んで、一人で辛い道を進んで、何も言わずに立ち去っていく。ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。許せない、許せない。本当に、心の底から許せないのは、紛れもないヨナ自身だった。
「どうして……何も言ってくれないんですか……」
言えるはずがない、そんなことはヨナも理解している。それでも頼って欲しかった。それでも相談して欲しかった。例え、それで自分が巻き込まれても何とも思わない。
「私たちは……友達じゃないんですか?」
いつ、どんな時でも、どんな場所でも、どんな相手でも、頼られる友達でありたかった。そうであると思っていた。けれど、現実は違った。
ソフィアは誰にも頼ることなく一人ですべてを抱え込もうとした。その結果がこれだ。今にも倒れてしまいそうなほどボロボロになって、息も絶え絶えで、それでもまだ、ヨナたちのことを想って行動している。
蔑ろにされているように感じているのではない。ただ、自分一人で背負ってほしくなかった。その傷を、共に分かち合う存在でありたかった。
「友達だよ。だから、傷ついて欲しくなかった」
ソフィアはそう答えた。相容れない考えだということは分かっていた。友達だから、守りたい。友達だから、頼られたい。友達だから、傷つけたくない。誰もがそう思う。
人は、いつだってこうだ。誰かと近づきたいという欲求があれば、そこにはまた傷つけたくないという思いも同時に存在する。人と人の関わりは、近づき、そして離れていくものだ。
「ごめん、ヨナ」
「……謝らないで。ソフィアの思っているとおり、私はきっとまだあなたのことを許すことはできない」
けれど――
「いつか、あなたのことを許せる私になります」
小さくて大きなわだかまりをとかして、物語は進んでいく。愛ゆえに戦うそう心に決めたソフィアはもう何にも負けない確固たる意志を持つことになる。そして、ヨナはそっとソフィアの腕をとり、歩幅を揃えて、また歩き出す。
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パッと、張り詰めた緊張の糸が緩んだ。深い深い、海の底にいるような重い重圧から解き放たれて、4人は一斉に息を吐いた。
「つっかれた〜。眠い、寝る、限界」
「風邪をひいても知りませんよ」
「私も……ちょっと疲れました……」
その場に寝転がろうとするレオノールを静止して、ヨナは立ち尽くすソフィアに目を向ける。その心情をヨナは読み取ることができなかった。ヨナたちは、あくまで助けを求められた側だ。ソフィアとメモリア、2人の事情はまったく知らないまま戦っていた。2人はどんな関係なのか、何があってこんな事態になったのか、ソフィアは今、何を思っているのか、何も分からない。
雲もなく、星もない、ただ月だけが浮かぶ空が果てしなく広がっている。こんな空に、一体誰が美しさを見出すのだろうかと、ソフィアはじっと空を見つめる。純粋さの欠けらも無い、不純物だらけのこの空が、すべてを歪めている元凶なのだ。伸ばした爪が手のひらに食い込むほど力強く拳を握りしめる。
「何やってんだソフィア、帰るぞ」
あえて黙っていたヨナとメルティの意図も汲もうとせずに、レオノールがソフィアに声をかける。慌ててメルティはレオノールの口を無理やり塞ごうと飛びかかろうとしたと同時に、少しづつ涙ぐんだ声でソフィアが答えた。
「……うん。帰ろ」
とぼとぼと、ソフィアの心情を物語るような足取りでゆっくりと歩き出す。想像もつかないような疲弊具合なのか、まっすぐ歩くこともできず、ふらふらと今にも倒れそうにしているソフィアにレオノールは黙って肩を貸した。
「寮まで送っていく」
「……うん」
誰も、何も話すことのない沈黙の時間が続いた。草を踏みしめる音と、木々をザワつかせる風と音、小さいながらにも夜を彩る虫の鳴き声だけが心地よい音色となって耳に入ってくる。
重く辛いような、なんとも言えない空気が漂う帰り道。何とか雰囲気を変えようとレオノールが口を開こうとしたと同時に、ソフィアが語り出す。
「私、古書館での事件のこと、知ってた」
それはかつてソフィアが犯した罪の告白だった。話せば楽になると思ったのではない。許されたいという気持ちがあったのではない。ソフィア自身も話そうとしたのではなく、ただいつの間にか口をついて出ただけだった。
「さっきメモリア先輩が言っていた名前、聞いた事あるでしょ」
「……七曜、ね。うわさ程度には」
「そいつらはモニカを殺そうとしていて……私もそれに協力した」
その言葉を聞いて、ヨナがソフィアの胸ぐらを掴む。レオノールを押しのけ、今にも振り下ろされようとしている左腕をぷるぷると震わせながら、ヨナはソフィアを地面に叩きつけた。
止めようとする者は誰もいなかった。そうされて当然のことをしたと理解しているソフィアも抵抗しようとはせず、ただ無気力にそれを受け入れるだけだった。
「……どういうことですか」
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、私は入学前からメモリア先輩に記憶を消されていたの。ある人物を殺すために協力するって」
「……っ! じゃあ、あなたは……!」
「今は、みんなのことを守りたいと思ってる。これは嘘じゃない。私のしたことの贖罪には到底ならないけど、この命を投げ捨ててでも守るつもり」
行き場のない怒りがヨナの拳に込められる。ソフィアのしたことは、ヨナにとっては許そうにも許せないことだった。けれど、ソフィアにも事情があった。そうせざる負えない理由があった。そして、命をかけても守る、その言葉通りにソフィアが戦っているところをヨナはその目で見届けていた。
ソフィアの目に、見るのも耐え難い複雑な表情をしたヨナが映る。目をつぶってしまいたいくらいに、辛そうな顔をしたヨナが涙を流す。ぽつり、またぽつりと、ソフィアの頬に涙が落ちた。
「モニカは、きっとそれを聞いても許してしまうでしょう?……」
「……どうかな」
「ずるいです……あなたも、|ヴ《・》|ェ《・》|ロ《・》|ー《・》|ニ《・》|カ《・》|も《・》……!」
一人で抱え込んで、一人で辛い道を進んで、何も言わずに立ち去っていく。ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。許せない、許せない。本当に、心の底から許せないのは、紛れもないヨナ自身だった。
「どうして……何も言ってくれないんですか……」
言えるはずがない、そんなことはヨナも理解している。それでも頼って欲しかった。それでも相談して欲しかった。例え、それで自分が巻き込まれても何とも思わない。
「私たちは……|友《・》|達《・》じゃないんですか?」
いつ、どんな時でも、どんな場所でも、どんな相手でも、頼られる友達でありたかった。そうであると思っていた。けれど、現実は違った。
ソフィアは誰にも頼ることなく一人ですべてを抱え込もうとした。その結果がこれだ。今にも倒れてしまいそうなほどボロボロになって、息も絶え絶えで、それでもまだ、ヨナたちのことを想って行動している。
蔑ろにされているように感じているのではない。ただ、自分一人で背負ってほしくなかった。その傷を、共に分かち合う存在でありたかった。
「友達だよ。だから、傷ついて欲しくなかった」
ソフィアはそう答えた。相容れない考えだということは分かっていた。友達だから、守りたい。友達だから、頼られたい。友達だから、傷つけたくない。誰もがそう思う。
人は、いつだってこうだ。誰かと近づきたいという欲求があれば、そこにはまた傷つけたくないという思いも同時に存在する。人と人の関わりは、近づき、そして離れていくものだ。
「ごめん、ヨナ」
「……謝らないで。ソフィアの思っているとおり、私はきっとまだあなたのことを許すことはできない」
けれど――
「いつか、あなたのことを許せる私になります」
小さくて大きなわだかまりをとかして、物語は進んでいく。愛ゆえに戦うそう心に決めたソフィアはもう何にも負けない確固たる意志を持つことになる。そして、ヨナはそっとソフィアの腕をとり、歩幅を揃えて、また歩き出す。