夜に叫ぶ者たち
ー/ー
闇夜に駆ける。夜に叫ぶ者たちが、空を切り裂いて火花を散らす。
「どうして旭の記憶を奪ったの!?」
「理由は説明した。ソフィアが契約を破ったから、その腹いせ」
「……っ! ヴァンちゃん!」
「ひゃ、ひゃい!」
「今の、どっち!?」
怒鳴るようにソフィアがメルティに呼びかける。ソフィアからの問いの意味を、メルティは瞬時に理解して、間髪入れずに答える。
「嘘です!」
「はぁ、あの子、ほんとに厄介」
メモリアが白い息を吐く。辺りはすっかり寒くなってしまった。今にも雪が降ってきそうな気すらしてくる。ちらりと、メモリアがメルティに目を向ける。
メルティの『嘘の魔法』。今のメモリアにとって、これ程厄介で面倒な魔法は存在しない。常に聞こえてくる音に注意していなければ、何をされるかわかったものではない。集中しなければいけない時に限って、意識の一部を割かれるというのは非常に不愉快なものだ。それだけに限らず、メモリアの吐く言葉にもメルティの魔法は反応する。下手なことは口に出すこともできない。
「もう一度聞きます。どうして、旭の記憶を奪ったんですか」
ソフィアの問いかけに、メモリアは少し考えてからこう答えた。
「秘密」
「あぅ……」
その返答にメルティは狼狽える。あまりにも速く正確な対応にソフィアも顔を顰めた。秘密、そう答えたメモリアの応答はほぼ完璧に近い嘘の魔法への対処法だった。
メルティは嘘に反応する。正直に本当のことなど言うはずもないが、嘘をついてもメルティには見破られる。ではどうすればいいか、答えは単純だ。
真実も嘘も口には出さない。
つまるところ、沈黙、あるいはまるで的はずれなことを言うこと。曖昧で不透明な回答であれば、嘘も真実もメルティは見破ることができない。質問への回答は必ずしも『YES』か『NO』かではないのだから。
「ヴァンちゃん! いちいちオドオドしない!」
「で、でも……! 私の魔法の弱点、もう見破られちゃいましたぁ!」
「うるさい! 黙って言葉を聞き漏らさないようにして!」
ソフィアはこの場面におけるメルティの重要性を理解していた。今、必要なことはメモリアの集中を削ぐこと。真正面から戦っても勝ち目がないことは明白だ。だから、それ以外の土俵で戦う。
メルティの役割は、メモリアの集中を乱すこと、少しでも情報を引き出すこと。そして、いざという時の切り札としての役目。メルティなしでは作戦が何一つとして成り立たない。すべての軸となっている存在だ。
「”零氷散華”」
「……っ! 避けて!」
しかし、当然ながらメモリアもそんなことは理解している。牽制としての攻撃は欠かさず、それとなく攻撃はメルティに集中している。何が、とまでは分かってはいないが、メルティに何かがある、と勘づかれている。ソフィアたちを襲う氷柱は勢いを増すばかりで衰えを感じさせない。つい先程までレオノールと戦っていたというのに、魔力もほとんど消耗していない。
「もう、キリがない……」
体力の底も見えそうにない。現状の戦力差は歴然としている。まるで消耗していないメモリアに対し、魔力も体力も底をついているメルティとヨナ、そして何もかも限界な状態のソフィア。控えめに言っても絶望的だ。
「もう無理……ヴァンちゃん、あれやって」
「うぇ……でも、もう魔力が……」
「じゃあここで限界超えて。じゃなきゃみんな死ぬ」
ソフィアは真剣な目つきでメルティに訴える。今、ここで限界を超える。それしか道は残されていない。ソフィアはとうに腹をくくっている。レオノールは敗れ、3人はボロボロのこの状況。すべて、何もかもが上手くいっている。
「私たちで思い知らせてやるの。弱者の一撃ってやつをさ」
「は、はい! 頑張ります!」
『嘘』なんて魔法は歴史上存在しない。メルティの魔法はこれまで存在していなかったまったく新しい魔法だ。魔法世界に存在する魔法の中で最も新しく、最も異質な魔法、それが嘘の魔法だ。
断言しよう。クラス・アステシアの中で、最も高いポテンシャルを秘めているのは、騎獅道旭ではなく、モニカ・エストレイラでもない。レオノールでもなければパーシーでもない。メルティ・ヴァンチャットという気弱な少女である。
「……真偽刻銘――」
メルティとソフィアが手を繋いで呟く。それが何であるかは、魔法使いならばすぐに理解できた。
(……詠唱?)
2人に魔力が満ちる。魔法の詠唱の目的は主に3つ。1つは魔法の効果を120%まで引き出すこと。もう1つは、足りない魔力を補うための補助。そして、最後に、詠唱を必須とする被害の規模が大きすぎる魔法の封印措置である。
(流石にそれはっ……!)
魔法使いとしての勘が警告する。脳は咄嗟にメルティとソフィアを止めるために身体を突き動かそうとする。
「……っ!?」
しかし、その1歩を踏み出すことはできなかった。魔法による拘束は感じ取れない。まるで、身体中が麻痺しているような感覚だった。
(まさか……!)
「やっと効きましたか……効果がないのかもしれないとヒヤヒヤしましたよ」
隠れて2人を見守るヨナがピクリとも動けないメモリアを見てニヤリと笑った。ヨナの放った魔法、蛇王の猛毒はただの攻撃魔法ではない。かすり傷でも負わせればそこから毒が染み込んでいく猛毒は攻撃を弾かれても、目に見えない気体となって辺りに漂い続ける。
「蛇王の猛毒の毒は身体の神経を鈍らせる麻痺毒。気づかないうちにたくさん吸い込みましたね。もう身体は動きませんよ」
事前にメルティとソフィアには毒への抗体を打ち込んである。麻痺毒をいくら吸い込んでも2人へ被害は及ばない。
(このまま……どうか!)
「――時空を歪めて運命を裏切る力。我らが運命をさかしまに塗り替える悪しき糸。天地は別れ、今虚実を現実に!」
告げる。それは、『嘘』による運命の逆光。メルティの魔法の最も恐ろしい力。『真偽刻銘』。その効果は理にすら届きうる運命への反逆。
嘘は真に、真は嘘に。この世のすべてを裏返す。
「”大嘘つきの世界”!」
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闇夜に駆ける。夜に叫ぶ者たちが、空を切り裂いて火花を散らす。
「どうして旭の記憶を奪ったの!?」
「理由は説明した。ソフィアが契約を破ったから、その腹いせ」
「……っ! ヴァンちゃん!」
「ひゃ、ひゃい!」
「今の、|ど《・》|っ《・》|ち《・》!?」
怒鳴るようにソフィアがメルティに呼びかける。ソフィアからの問いの意味を、メルティは瞬時に理解して、間髪入れずに答える。
「|嘘《・》|で《・》|す《・》!」
「はぁ、あの子、ほんとに厄介」
メモリアが白い息を吐く。辺りはすっかり寒くなってしまった。今にも雪が降ってきそうな気すらしてくる。ちらりと、メモリアがメルティに目を向ける。
メルティの『嘘の魔法』。今のメモリアにとって、これ程厄介で面倒な魔法は存在しない。常に聞こえてくる音に注意していなければ、何をされるかわかったものではない。集中しなければいけない時に限って、意識の一部を割かれるというのは非常に不愉快なものだ。それだけに限らず、メモリアの吐く言葉にもメルティの魔法は反応する。下手なことは口に出すこともできない。
「もう一度聞きます。どうして、旭の記憶を奪ったんですか」
ソフィアの問いかけに、メモリアは少し考えてからこう答えた。
「秘密」
「あぅ……」
その返答にメルティは狼狽える。あまりにも速く正確な対応にソフィアも顔を顰めた。秘密、そう答えたメモリアの応答はほぼ完璧に近い嘘の魔法への対処法だった。
メルティは嘘に反応する。正直に本当のことなど言うはずもないが、嘘をついてもメルティには見破られる。ではどうすればいいか、答えは単純だ。
真実も嘘も口には出さない。
つまるところ、沈黙、あるいはまるで的はずれなことを言うこと。曖昧で不透明な回答であれば、嘘も真実もメルティは見破ることができない。質問への回答は必ずしも『YES』か『NO』かではないのだから。
「ヴァンちゃん! いちいちオドオドしない!」
「で、でも……! 私の魔法の弱点、もう見破られちゃいましたぁ!」
「うるさい! 黙って言葉を聞き漏らさないようにして!」
ソフィアはこの場面におけるメルティの重要性を理解していた。今、必要なことはメモリアの集中を削ぐこと。真正面から戦っても勝ち目がないことは明白だ。だから、|そ《・》|れ《・》|以《・》|外《・》|の《・》|土《・》|俵《・》|で《・》戦う。
メルティの役割は、メモリアの集中を乱すこと、少しでも情報を引き出すこと。そして、いざという時の切り札としての役目。メルティなしでは作戦が何一つとして成り立たない。すべての軸となっている存在だ。
「”|零氷散華《アイシクル・ピラー》”」
「……っ! 避けて!」
しかし、当然ながらメモリアもそんなことは理解している。牽制としての攻撃は欠かさず、それとなく攻撃はメルティに集中している。何が、とまでは分かってはいないが、メルティに何かがある、と勘づかれている。ソフィアたちを襲う氷柱は勢いを増すばかりで衰えを感じさせない。つい先程までレオノールと戦っていたというのに、魔力もほとんど消耗していない。
「もう、キリがない……」
体力の底も見えそうにない。現状の戦力差は歴然としている。まるで消耗していないメモリアに対し、魔力も体力も底をついているメルティとヨナ、そして何もかも限界な状態のソフィア。控えめに言っても絶望的だ。
「もう無理……ヴァンちゃん、|あ《・》|れ《・》やって」
「うぇ……でも、もう魔力が……」
「じゃあここで限界超えて。じゃなきゃみんな死ぬ」
ソフィアは真剣な目つきでメルティに訴える。今、ここで限界を超える。それしか道は残されていない。ソフィアはとうに腹をくくっている。レオノールは敗れ、3人はボロボロのこの状況。すべて、何もかもが|上《・》|手《・》|く《・》|い《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》。
「私たちで思い知らせてやるの。弱者の一撃ってやつをさ」
「は、はい! 頑張ります!」
『嘘』なんて魔法は歴史上存在しない。メルティの魔法はこれまで存在していなかったまったく新しい魔法だ。魔法世界に存在する魔法の中で最も新しく、最も異質な魔法、それが嘘の魔法だ。
断言しよう。クラス・アステシアの中で、最も高いポテンシャルを秘めているのは、騎獅道旭ではなく、モニカ・エストレイラでもない。レオノールでもなければパーシーでもない。メルティ・ヴァンチャットという気弱な少女である。
「……真偽刻銘――」
メルティとソフィアが手を繋いで呟く。それが何であるかは、魔法使いならばすぐに理解できた。
(……詠唱?)
2人に魔力が満ちる。魔法の詠唱の目的は主に3つ。1つは魔法の効果を120%まで引き出すこと。もう1つは、足りない魔力を補うための補助。そして、最後に、詠唱を必須とする被害の規模が大きすぎる魔法の封印措置である。
(流石にそれはっ……!)
魔法使いとしての勘が警告する。脳は咄嗟にメルティとソフィアを止めるために身体を突き動かそうとする。
「……っ!?」
しかし、その1歩を踏み出すことはできなかった。魔法による拘束は感じ取れない。まるで、身体中が麻痺しているような感覚だった。
(まさか……!)
「やっと効きましたか……効果がないのかもしれないとヒヤヒヤしましたよ」
隠れて2人を見守るヨナがピクリとも動けないメモリアを見てニヤリと笑った。ヨナの放った魔法、|蛇王の《デッドリー・》|猛毒《セルピエンテ》はただの攻撃魔法ではない。かすり傷でも負わせればそこから毒が染み込んでいく猛毒は攻撃を弾かれても、目に見えない|気《・》|体《・》となって辺りに漂い続ける。
「|蛇王の《デッドリー・》|猛毒《セルピエンテ》の毒は身体の神経を鈍らせる麻痺毒。気づかないうちにたくさん吸い込みましたね。もう身体は動きませんよ」
事前にメルティとソフィアには毒への抗体を打ち込んである。麻痺毒をいくら吸い込んでも2人へ被害は及ばない。
(このまま……どうか!)
「――時空を歪めて運命を裏切る力。我らが運命をさかしまに塗り替える悪しき糸。天地は別れ、今虚実を現実に!」
告げる。それは、『嘘』による運命の逆光。メルティの魔法の最も恐ろしい力。『|真偽刻銘《しんぎこくめい》』。その効果は理にすら届きうる運命への反逆。
嘘は真に、真は嘘に。この世のすべてを裏返す。
「”|大嘘つきの《リバーシブル・》|世界《ワールド》”!」