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第138話 後輩の演技

ー/ー



 今日の稽古は、昨日できなかったところから始まった。
 台本片手に役者が一連の流れを確かめる。
 と言っても今回の劇はそこまで難しい動きはない。
 一通りの確認を終えると、いよいよ立ち稽古になる。

「頭からやろうと思ったんだが、それよりも一年の二人の芝居を先に見たい」

 始めに樫田がそう言った。
 轟先輩と俺たち二年は言葉の意味を理解して、すぐに動く。
 真似るように田島も台本を置き、樫田に質問をした。

「どっちからですかぁ?」

「そうだな、池本からにしようか」

「え」

 未だ台本を持っている池本から不安そうな声が出る。
 サポート役の夏村がすぐに話しかけ、誘導する。

「大丈夫。台本置いて」

「あ、でも台詞とか……」

「プロンプ入れるから問題ない」

 そう言って夏村は仮舞台(本番の舞台を想定して作った空間)に池本を導く。
 仮舞台には俺と池本だけになる。
 演出席の樫田が視線だけを俺に送る。
 分かっているよ、と小さく頷く。

「大丈夫だ池本。楽しくやろう」

「はい……!」

 どこか緊張感残る池本は、ガッチガチに固まっていた。
 まぁ、初心者だ。仕方ない。

「池本。やるのは五場だ。基本的に止めないから、自分のやりたいようにやっていいぞ」

「はい」

 覚悟を決めたのか、真剣な表情になる池本。
 仮舞台の外からみんなの視線が俺と池本に集まる。
 久々の立ち稽古に俺の気分は高揚していた。

「じゃあいくぞ、よーい、はい!」

 樫田が手を叩く。
 静まり返る場の中で、俺は演じる。

「――――、――――」
「――――――――、――――」

 俺の言葉に池本が一テンポ遅れて返してくる。
 正しいリズムを作るために俺は素早くリードする。

「――。――――」
「――! ――――。――――――」

 ……ああ、違う。
 視線は合うが、その奥にある感情が見えない。
 俺がリードしているが、決して呼吸が合っているわけでもない。
 必死な池本に落ち着けと念じるが、たぶん届いていない。

「――――――――、――?」
「――――――! ――――!」
「――――――――。――――」

 こんなにも、こんなにも難しいものなのか。
 これが一年生か。
 今更ながら実感する。自分が上の立場として頑張らないといけないことを。

「――――――――――」
「――――――」

 気づくと、あっという間に終わっていた。
 途中、台詞を間違ったり動きが止まったりと色々あった。
 自分の中では決して満足いく出来ではなかった。
 だが、それを表に出さないように気を付ける。

「池本、どうだった?」

「その、あの、難しかったです」

 樫田の質問に、池本は疲れ顔でそう答えた。
 十分にも満たない芝居だったが、池本にとっては初の動きを伴った稽古、そりゃ疲れるか。

「難しい、か……杉野、なんか言うことあるか?」

「……そうだな。楽しかったか?」

「はい! 楽しかったです!」

 笑顔で答える池本を見て俺は、まぁならひとまずは良いかと思う。
 俺から言うことはもうないよと視線で伝える。
 樫田は池本の方に視線を戻して、ダメ出しを言う。

「色々あるが、まずは台詞をすらすらと言えるようにするところからだな」

「はい」

「池本は自分でもダメなところが分かっているだろうし、一度に多く言っても仕方ないから一回目はこんなところだ」

「はい、分かりました」

「次! 田島!」

 池本が下がり、田島が樫田の近くまでやってくる。
 経験者だけあって、話が早い。

「お願いします。どこやりますかぁ?」

「とりあえず、杉野と二人のところやってもらおうかな」

「はい、分かりました!」

「杉野も大丈夫か?」

「ああ。よろしくな田島」

「はい! よろしくお願いします!」

 元気よく笑顔で返事をする田島。
 肝が据わっているのか、それとも経験者としての慣れか。
 ともかく、池本とは対照的な様子だった。

「それじゃあいくぞ、よーい、はい!」

 樫田の合図とともに始まる。
 すっと周りの気配が消えた。

「――――――」
「――!」

 すぐに分かった。田島は慣れている。
 呼吸が合う。
 次の行動が分かる。
 感情がぶつかり合う。
 池本と比べるとその差は歴然だった。
 …………けど、多分これは。
 俺が結論を出す前に、場面が終わった。

「どうでしたかぁ?」

「そうだな……」

 田島に聞かれた樫田が、ちらっと俺の方を見る。
 俺と同じことを思ったのだろう。視線だけで答える。

「悪くなかったぞ、さすが経験者だけあるな」

「本当ですかぁ! ありがとうございますぅ!」

 分かりやすく喜ぶ田島。周りもそれを温かく見ている。
 気づいているのは、俺と樫田ぐらいだろう。だが演出家の樫田が言わないのなら、俺からは違うと思った。
 ノーコメントのまま、稽古は次の場面へと移る。

「田島と杉野は一旦下がっていいぞ。次は轟先輩と夏村のところだな」

「待ってました!」

「分かった」

 二人が仮舞台に来たので、俺と田島は下がった。
 池本が台本と睨みっこしていたので、そちらの方へ歩く。
 稽古をしているので、小声で話しかける。

「池本、台詞(セリフ)覚えか?」

「はい。実際に演じてみると、まだまだなんだと実感しました」

 真剣な表情で俺を見てくる池本。
 よっぽどさっきの演技が納得いかなかったようだ。うん、良い傾向だ。

「演技の方向性自体は悪くなかったと思うぞ」

「本当ですか……!? ありがとうございます……!」

「ああ、ただここなんだが、感情のボルテージを上げるならもっと前の台詞からでもいいと思う」

 池本の持っている台本を指さしながら俺はアドバイスしていく。
 必死に台本にメモをする池本を見て、懐かしさと微笑ましさを覚える。
 俺も初めはこんなんだったな。

「でしたら、ここの台詞からでしょうか?」

「そうだな。言葉のキッカケとしてはそこからでいいと思う。ただボルテージの上がり方も一定じゃなくて、相手役の言葉で一気に上がったり自分が話している間にだんだん上がったりとか、色んなやり方を試してみたらいい」

「分かりました。ありがとうございます」

 どことなく池本が尊敬するような眼差しを向けてくるが、今述べたことは基礎的なことだ。
 現状の池本に応用的なことを言うのは違うだろうし、それは俺の役目ではない。
 問題があるとすれば――。
 俺は池本越しに見える田島へと視線をやる。
 向こうの方で楽しそうに椎名と何かを話していた。

 ……さて、どうしたものか。



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 今日の稽古は、昨日できなかったところから始まった。
 台本片手に役者が一連の流れを確かめる。
 と言っても今回の劇はそこまで難しい動きはない。
 一通りの確認を終えると、いよいよ立ち稽古になる。
「頭からやろうと思ったんだが、それよりも一年の二人の芝居を先に見たい」
 始めに樫田がそう言った。
 轟先輩と俺たち二年は言葉の意味を理解して、すぐに動く。
 真似るように田島も台本を置き、樫田に質問をした。
「どっちからですかぁ?」
「そうだな、池本からにしようか」
「え」
 未だ台本を持っている池本から不安そうな声が出る。
 サポート役の夏村がすぐに話しかけ、誘導する。
「大丈夫。台本置いて」
「あ、でも台詞とか……」
「プロンプ入れるから問題ない」
 そう言って夏村は仮舞台(本番の舞台を想定して作った空間)に池本を導く。
 仮舞台には俺と池本だけになる。
 演出席の樫田が視線だけを俺に送る。
 分かっているよ、と小さく頷く。
「大丈夫だ池本。楽しくやろう」
「はい……!」
 どこか緊張感残る池本は、ガッチガチに固まっていた。
 まぁ、初心者だ。仕方ない。
「池本。やるのは五場だ。基本的に止めないから、自分のやりたいようにやっていいぞ」
「はい」
 覚悟を決めたのか、真剣な表情になる池本。
 仮舞台の外からみんなの視線が俺と池本に集まる。
 久々の立ち稽古に俺の気分は高揚していた。
「じゃあいくぞ、よーい、はい!」
 樫田が手を叩く。
 静まり返る場の中で、俺は演じる。
「――――、――――」
「――――――――、――――」
 俺の言葉に池本が一テンポ遅れて返してくる。
 正しいリズムを作るために俺は素早くリードする。
「――。――――」
「――! ――――。――――――」
 ……ああ、違う。
 視線は合うが、その奥にある感情が見えない。
 俺がリードしているが、決して呼吸が合っているわけでもない。
 必死な池本に落ち着けと念じるが、たぶん届いていない。
「――――――――、――?」
「――――――! ――――!」
「――――――――。――――」
 こんなにも、こんなにも難しいものなのか。
 これが一年生か。
 今更ながら実感する。自分が上の立場として頑張らないといけないことを。
「――――――――――」
「――――――」
 気づくと、あっという間に終わっていた。
 途中、台詞を間違ったり動きが止まったりと色々あった。
 自分の中では決して満足いく出来ではなかった。
 だが、それを表に出さないように気を付ける。
「池本、どうだった?」
「その、あの、難しかったです」
 樫田の質問に、池本は疲れ顔でそう答えた。
 十分にも満たない芝居だったが、池本にとっては初の動きを伴った稽古、そりゃ疲れるか。
「難しい、か……杉野、なんか言うことあるか?」
「……そうだな。楽しかったか?」
「はい! 楽しかったです!」
 笑顔で答える池本を見て俺は、まぁならひとまずは良いかと思う。
 俺から言うことはもうないよと視線で伝える。
 樫田は池本の方に視線を戻して、ダメ出しを言う。
「色々あるが、まずは台詞をすらすらと言えるようにするところからだな」
「はい」
「池本は自分でもダメなところが分かっているだろうし、一度に多く言っても仕方ないから一回目はこんなところだ」
「はい、分かりました」
「次! 田島!」
 池本が下がり、田島が樫田の近くまでやってくる。
 経験者だけあって、話が早い。
「お願いします。どこやりますかぁ?」
「とりあえず、杉野と二人のところやってもらおうかな」
「はい、分かりました!」
「杉野も大丈夫か?」
「ああ。よろしくな田島」
「はい! よろしくお願いします!」
 元気よく笑顔で返事をする田島。
 肝が据わっているのか、それとも経験者としての慣れか。
 ともかく、池本とは対照的な様子だった。
「それじゃあいくぞ、よーい、はい!」
 樫田の合図とともに始まる。
 すっと周りの気配が消えた。
「――――――」
「――!」
 すぐに分かった。田島は慣れている。
 呼吸が合う。
 次の行動が分かる。
 感情がぶつかり合う。
 池本と比べるとその差は歴然だった。
 …………けど、多分これは。
 俺が結論を出す前に、場面が終わった。
「どうでしたかぁ?」
「そうだな……」
 田島に聞かれた樫田が、ちらっと俺の方を見る。
 俺と同じことを思ったのだろう。視線だけで答える。
「悪くなかったぞ、さすが経験者だけあるな」
「本当ですかぁ! ありがとうございますぅ!」
 分かりやすく喜ぶ田島。周りもそれを温かく見ている。
 気づいているのは、俺と樫田ぐらいだろう。だが演出家の樫田が言わないのなら、俺からは違うと思った。
 ノーコメントのまま、稽古は次の場面へと移る。
「田島と杉野は一旦下がっていいぞ。次は轟先輩と夏村のところだな」
「待ってました!」
「分かった」
 二人が仮舞台に来たので、俺と田島は下がった。
 池本が台本と睨みっこしていたので、そちらの方へ歩く。
 稽古をしているので、小声で話しかける。
「池本、台詞《セリフ》覚えか?」
「はい。実際に演じてみると、まだまだなんだと実感しました」
 真剣な表情で俺を見てくる池本。
 よっぽどさっきの演技が納得いかなかったようだ。うん、良い傾向だ。
「演技の方向性自体は悪くなかったと思うぞ」
「本当ですか……!? ありがとうございます……!」
「ああ、ただここなんだが、感情のボルテージを上げるならもっと前の台詞からでもいいと思う」
 池本の持っている台本を指さしながら俺はアドバイスしていく。
 必死に台本にメモをする池本を見て、懐かしさと微笑ましさを覚える。
 俺も初めはこんなんだったな。
「でしたら、ここの台詞からでしょうか?」
「そうだな。言葉のキッカケとしてはそこからでいいと思う。ただボルテージの上がり方も一定じゃなくて、相手役の言葉で一気に上がったり自分が話している間にだんだん上がったりとか、色んなやり方を試してみたらいい」
「分かりました。ありがとうございます」
 どことなく池本が尊敬するような眼差しを向けてくるが、今述べたことは基礎的なことだ。
 現状の池本に応用的なことを言うのは違うだろうし、それは俺の役目ではない。
 問題があるとすれば――。
 俺は池本越しに見える田島へと視線をやる。
 向こうの方で楽しそうに椎名と何かを話していた。
 ……さて、どうしたものか。