心と体、繋ぐもの ―2―
ー/ー
冷えきった身体に、熱い血潮が流れる。全身を巡るその感覚で、ソフィアはハッと目を覚ました。
「……っ! ソフィア!」
「…………ヨナ、ヴァンちゃん」
「動かないでください! まだ治療が……!」
ヨナの忠告はソフィアの耳には届かなかった。無視したのではなく、音も声も、ソフィアにはもうほとんど聞こえていなかったからだ。起き上がろうとした瞬間、ソフィアは耐え難い激痛でまた倒れ込んだ。
「待って! 動いてはいけません!」
そう言ってヨナは倒れるソフィアを抱きかかえる。ソフィアからは氷塊のような凍てつく冷気が放たれていた。死んだ人間からでさえ、まだ多少の温もりを感じられるはずだというのに、ソフィアにはそれがなかったのだ。
生ぬるい風が肌を撫でる。嫌な予感がした。ソフィアの精神まで凍てつかせている魔法は、根深く突き刺さったまま溶けようとしない。じわじわとソフィアの命に手をかけようと迫っている。それが何を意味しているのか、ヨナには理解できた。
これは刻限だ。ソフィアの生命のタイムリミット。それはまるで、旭に刻みつけられた焔の印のような、呪いとも見える死の刻限だ。ヨナの魔力とは比べることもできないほどの莫大な魔力で構成された魔法。治すことができる者がどれほどいるというのだろうか。
「……治す。治してみせます。だから――」
ソフィアは答えなかった。ヨナの眼に光が灯る。力不足を嘆いていても現実は変わらない。再び、ヨナはソフィアの胸に手を当てて治療を再開する。ソフィアの肌に触れるだけで、ひんやりと冷気が伝わってくる。それどころか、冷気で痛みすら感じるほどだ。魔力を込めて、回復を試みる。
「おまたせ」
しかし、メモリア・ビアスはそれを許さない。
血の気が引く音が聞こえた。驚きと恐怖で鳥肌が立ち、気持ちの悪い汗が首筋を伝う。ヨナが恐る恐る顔を上げると、ボロボロになっていて満身創痍のメモリアが目に映った。
「少し手間取った。まさか、レオノールがあそこまでやれるとはね」
「……ヴァンチャット、戦闘準備を」
「は、はい……!」
頼りない返事をするメルティが構えるのと同時に、ヨナは覚悟を決めた。準備は十全というには程遠い。限られた手段で、限られた手数で、限られた時間で、勝負を決めなければならない。
(大丈夫……イメージはある。これなら、メモリア先輩にも届く!)
拳を握りしめて奥歯を噛み締める。もう後戻りはできない。やるしかない。そう何度も心の中で繰り返す。
次の瞬間に、勝負は決した。
「”止まらないで”!」
そうメルティが叫んだ。嘘の魔法、『嘘吐き』。声と言葉に魔力を込めて叫ぶことで、その言葉と反対の行動を強制させる魔法。使いづらく、読まれやすい魔法だが、ある特定の場面にハマれば無類の強さを誇る。
瞬間、メモリアが硬直する。『止まるな』という命令は、嘘の魔法によって『止まれ』という命令に覆る。意識していても、意識していなくても避けようのない非常に厄介な魔法だ。
(でも、それはヨナも同じなはず……)
だが、メモリアの予想は大きく外れる。メルティがメモリアを力強く指さした次の瞬間、ヨナから魔力が溢れ出る。
「蛇王の猛毒!」
「……っ!」
身動きの取れないメモリアに毒の蛇が襲いかかった。飛び散る毒は草木を枯れさせていく。蛇王の猛毒はヨナが使うことができる唯一の攻撃魔法。限りなく希釈させた猛毒を魔力によって創生し、蛇の形を象って相手を攻撃する。死ぬことはない。本来なら、人間の肉さえ容易に溶かしてしまえるほどの猛毒が、数十分は平衡感覚を失って、麻痺する程度で済むくらいには薄められている。
(お願い……これでどうか……!)
ヨナはあらかじめ、メルティともしもの時の打ち合わせをしていた。メルティの嘘の魔法を100%活用するため、事前に自身に聴覚神経を麻痺させる毒を打ち込み、メルティの声を聞かないように対策する。メルティの魔法が決まったことが分かるように合図をして、最適なタイミングで最高火力を叩き込む。ヨナたちの作戦は思い通りに遂行された。
「……メルティ、警戒を解かないように」
毒の蛇が瞬く間に凍りつく。やがて全て凍りついた蛇は大きな音を立てて無惨にも崩れ去っていく。そして、ゆっくりと、メモリアは歩きながら近づいてくる。
「狙いはいい。けど、火力が足りない。私は君たちの敵だよ? 躊躇っちゃいけない。君は今の場面、毒を薄めずに魔法を打つべきだった」
絶望は再びやってくる。
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冷えきった身体に、熱い血潮が流れる。全身を巡るその感覚で、ソフィアはハッと目を覚ました。
「……っ! ソフィア!」
「…………ヨナ、ヴァンちゃん」
「動かないでください! まだ治療が……!」
ヨナの忠告はソフィアの耳には届かなかった。無視したのではなく、音も声も、ソフィアにはもうほとんど聞こえていなかったからだ。起き上がろうとした瞬間、ソフィアは耐え難い激痛でまた倒れ込んだ。
「待って! 動いてはいけません!」
そう言ってヨナは倒れるソフィアを抱きかかえる。ソフィアからは氷塊のような凍てつく冷気が放たれていた。死んだ人間からでさえ、まだ多少の温もりを感じられるはずだというのに、ソフィアにはそれがなかったのだ。
生ぬるい風が肌を撫でる。嫌な予感がした。ソフィアの精神まで凍てつかせている魔法は、根深く突き刺さったまま溶けようとしない。じわじわとソフィアの命に手をかけようと迫っている。それが何を意味しているのか、ヨナには理解できた。
これは刻限だ。ソフィアの生命のタイムリミット。それはまるで、旭に刻みつけられた焔の印のような、呪いとも見える死の刻限だ。ヨナの魔力とは比べることもできないほどの莫大な魔力で構成された魔法。治すことができる者がどれほどいるというのだろうか。
「……治す。治してみせます。だから――」
ソフィアは答えなかった。ヨナの眼に光が灯る。力不足を嘆いていても現実は変わらない。再び、ヨナはソフィアの胸に手を当てて治療を再開する。ソフィアの肌に触れるだけで、ひんやりと冷気が伝わってくる。それどころか、冷気で痛みすら感じるほどだ。魔力を込めて、回復を試みる。
「おまたせ」
しかし、メモリア・ビアスはそれを許さない。
血の気が引く音が聞こえた。驚きと恐怖で鳥肌が立ち、気持ちの悪い汗が首筋を伝う。ヨナが恐る恐る顔を上げると、ボロボロになっていて満身創痍のメモリアが目に映った。
「少し手間取った。まさか、レオノールがあそこまでやれるとはね」
「……ヴァンチャット、戦闘準備を」
「は、はい……!」
頼りない返事をするメルティが構えるのと同時に、ヨナは覚悟を決めた。準備は十全というには程遠い。限られた手段で、限られた手数で、限られた時間で、勝負を決めなければならない。
(大丈夫……イメージはある。|こ《・》|れ《・》なら、メモリア先輩にも届く!)
拳を握りしめて奥歯を噛み締める。もう後戻りはできない。やるしかない。そう何度も心の中で繰り返す。
次の瞬間に、勝負は決した。
「”止まらないで”!」
そうメルティが叫んだ。嘘の魔法、『|嘘吐き《ライアー・ライアー》』。声と言葉に魔力を込めて叫ぶことで、その言葉と|反《・》|対《・》|の《・》行動を強制させる魔法。使いづらく、読まれやすい魔法だが、ある特定の場面にハマれば無類の強さを誇る。
瞬間、メモリアが硬直する。『止まるな』という命令は、嘘の魔法によって『止まれ』という命令に覆る。意識していても、意識していなくても避けようのない非常に厄介な魔法だ。
(でも、それはヨナも同じなはず……)
だが、メモリアの予想は大きく外れる。メルティがメモリアを力強く指さした次の瞬間、ヨナから魔力が溢れ出る。
「|蛇王の《デッドリー・》|猛毒《セルピエンテ》!」
「……っ!」
身動きの取れないメモリアに毒の蛇が襲いかかった。飛び散る毒は草木を枯れさせていく。|蛇王の《デッドリー・》|猛毒《セルピエンテ》はヨナが使うことができる唯一の攻撃魔法。限りなく希釈させた猛毒を魔力によって創生し、蛇の形を象って相手を攻撃する。死ぬことはない。本来なら、人間の肉さえ容易に溶かしてしまえるほどの猛毒が、数十分は平衡感覚を失って、麻痺する程度で済むくらいには薄められている。
(お願い……これでどうか……!)
ヨナはあらかじめ、メルティともしもの時の打ち合わせをしていた。メルティの嘘の魔法を100%活用するため、事前に自身に聴覚神経を麻痺させる毒を打ち込み、メルティの声を聞かないように対策する。メルティの魔法が決まったことが分かるように合図をして、最適なタイミングで最高火力を叩き込む。ヨナたちの作戦は思い通りに遂行された。
「……メルティ、警戒を解かないように」
毒の蛇が瞬く間に凍りつく。やがて全て凍りついた蛇は大きな音を立てて無惨にも崩れ去っていく。そして、ゆっくりと、メモリアは歩きながら近づいてくる。
「狙いはいい。けど、火力が足りない。私は君たちの敵だよ? 躊躇っちゃいけない。君は今の場面、毒を薄めずに魔法を打つべきだった」
絶望は再びやってくる。