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心と体、繋ぐもの ―1―

ー/ー



 魔法に目覚めた理由はなんだった?

 微睡みのような妙に心地よい意識の中、ふとそんな疑問が浮かんだ。ずんと重く、落ちていくような感覚と共に、ソフィアは遠い過去を思い返す。

 自分を産んだ女はいたが、母親はいなかった。生まれて間もない頃に父は死んだ。忌み子だと疎まれ、親族に引き取られることも無く、孤独な世界で生きていた。ソフィア・アマルは、愛を知らずに生きてきた。
 ある日、そんなソフィアの人生が一転する、ある事件が起きた。とある国で、魔力を持った子供を集め、戦争兵器として利用する計画が立てられていたのだ。身寄りのない魔力を持つ子供。女という点さえ除けば、ソフィアは正しく求めていた人材だったのだ。そして、計画が実行されてから数日後、当然、魔の手はソフィアにまで及んだ。拉致され、隔離され、よく分からない検査を受けさせられ、ソフィアは人間兵器として利用されることになった。


(私は、どうして生きているんだろう)


 繰り返される毎日が退屈で仕方がなかった。人を殺すための魔法、人を苦しめるための魔法、人を拷問するための魔法。兵器として完璧になるために、ソフィアは育てられていた。そんな毎日を過ごせていたのは、心の底で何かを期待していたからなのだと、今は思う。
 兵器になれば、理想の兵器として人を殺せば、きっと、()()()()()()()()()()()()。こんな私でも、よくやったと、言ってもられるかもしれない。愛じゃなくていい。誰か、誰か、誰でもいいから、()()()()()()

 きっと、それは『飢え』のようなものだった。ソフィアは飢えていた。枯れ果てた承認欲求が満たされるのなら、もうなんでもいい。それが、人の道を外れていようと、道理を無視しようと、認められるのならそれで―――


「だっせぇな」


 ソフィアの人生は、その一言から始まったと言っても過言ではない。ソフィアと同じ、人間兵器に選ばれたらしい少年の言い放った一言は、ソフィアの心に深く突き刺さった。盲目になっていたソフィアの目を覚まさせた、と言い換えてもいい。とにかく、少年の一言で、ソフィアの中の『何か』が変わった。


「……今、なんて?」

「だせぇっつったんだよブス。聞こえなかったか?」

「何がダサいの? 私よりも殺せてないくせに」

「キルスコアなんか関係ねぇよ。妙な期待して頑張っちゃってるのが馬鹿みてぇだって言ってんだ。俺たちは兵器だせ?」

「だから何? 私は―――」


 言葉が上手く出てこない。妙な期待なんて分かっていた。いくら人を殺そうと、愛されることなんてない、認められやしないと。人を殺すための兵器に感情なんて抱かない。国は兵器としかソフィアたちのことを認識していないのだから。ソフィアたちは、人以下の奴隷も同然なのだ。


「……じゃあ、私はどうすればいいの? 答えてよ! 私はこれから、何に縋って生きていけばいいのよ!」


 乾いていた。求めていた。欲していた。飢えていた。愛とは、究極の承認欲求である。人は愛のために生き、そして死んでいく。生まれたその瞬間から、人は愛を求める。死ぬ最期の時までも、人は孤独を忌避し、愛を求めて死んでいく。だからこそ、ソフィアは嘆くのだ。


「どうして……なんで誰も、私を見てくれないの……?」


 飢えが、愛が、1人の少女を壊してしまった。愛して欲しいという願いが、ソフィアの心を渇かす。愛が、愛だけが、愛こそが―――

 ソフィアの願いであり、ソフィアを苦しめる呪いだった。


「愛なんてのは、ただの執着だ。人と人との想いだけじゃない。あらゆることへの強い欲望だ」


 少年は続けて言う。


「しかも、その欲望には際限がない。愛情が強ければ強いほど欲望は増していき、渇いていく」


 愛は執着。愛は欲望。求めれば求めるほど渇き、苦しむ。人の悲しみの根源とも呼べるものだ。だが、人は決してこの欲望から抜け出すことはできない。生きている限り人は愛を求めてしまう。欲望を持ってしまう。


「だから、見方を変えるんだ」

「…………見方?」


 自己愛ではない、愛されたいという欲望でもない。その愛の名は、『無償の愛(アガペー)』。あるいは、法愛とも呼ばれる。


「自分の欲望を捨て、全ての人間を苦しみから救いたいという想い。他者を思う気持ちこそがお前を救うはずだ」

「……そんなの、無理に決まってる。全ての人間を、なんて……私は神様なんかじゃないんだから」


 当然、無償の愛などという愛は、弱くて、非力で、ちっぽけな人間には到底抱けない。だが、この話で重要なのはそこでは無い。


「別に、世界中の人間全てを救えなんて言ってるわけじゃねぇよ。愛に見返りを求めるなって言ってんだ」


 愛情が悪いものだなんて、そんな残酷な話はあってはいけない。愛を求め、飢える者はいずれ道を踏み外すだろう。だが、愛する人の笑顔をみるために生きることの何がいけないというのだろうか。


「愛は求めるものじゃない。与えるものだ」

「……なに、それ」


 ソフィアは何かを吐き出すようにため息をついた。それと同時に、スっと肩の力が抜けて、身体が内側からも軽くなった気がした。何気なく見上げた空は、今まで見たどんな空よりも蒼く澄み渡っていた。

 そうして、ソフィアはずっと忘れていた自分の原点を思い出す。戦う理由。戦わなければいけない意味。忘れていた過去が、ソフィアの胸に溢れていく。


「あんた、名前は?」

「…………()

「極東人なのね、あんた。私はソフィア。ソフィでいいわ」

「外から拾われてきたのか。運が良かったな。お前以外の外国産はほとんど捨てられちまった」

「知ってる。私もいつか捨てられるわ。それまで、この短い人生を楽しんでみるつもり」


 哀愁漂う目で空を見つめるソフィアに、旭は言った。にやりと、不敵で、恐ろしい笑みを浮かべながら。


「ソフィア、この戦争はいつ終わると思う?」

「さぁ? 長ければ10年くらい……」

「いいや、違うね」


 戦争は、敵を全て殺せば終わりだ。敵である全てを滅ぼして、初めて戦争は幕を下ろす。だが、もう一つだけ、戦争が終わる瞬間があるのだ。


「戦争が終わるのは、今日だ」


 それは、味方が全員死んだ時だ。

 パチンと、高らかになる指の音と共に、ソフィアたちを隔離していた施設が()()()に囲まれた。十、百、千と、次第に数が増えていく紅い蝶は渦を巻き―――、弾け飛ぶ。


「”桜花爛漫(おうからんまん)”」


 この日、極東にとある事件が起きる。極東の大魔法使いが、両国纏めて吹き飛ばして戦争を終わらせた、という世にも奇妙な事件が。


「あっはは! 相変わらずデタラメだな、あの人は」

「な、なに……!? 何が起きてるの!?」

「さぁ、ソフィア! 道は開かれたぜ」


 瓦礫の飛び交う収容所の跡地で、旭はソフィアに手を伸ばす。その光景は、今でもソフィアの瞼に焼き付いている。


「短い人生を楽しむんだろ?」


 これが、ソフィア・アマルの原点。愛の始まった場所。


「……あんたのせいで、長くなっちゃいそうだわ」

「安心しろ。そんときは俺も一緒に楽しんでやる」


 そして、ソフィアの意識は現実へと引き戻される。


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 魔法に目覚めた理由はなんだった?
 微睡みのような妙に心地よい意識の中、ふとそんな疑問が浮かんだ。ずんと重く、落ちていくような感覚と共に、ソフィアは遠い過去を思い返す。
 自分を産んだ女はいたが、母親はいなかった。生まれて間もない頃に父は死んだ。忌み子だと疎まれ、親族に引き取られることも無く、孤独な世界で生きていた。ソフィア・アマルは、愛を知らずに生きてきた。
 ある日、そんなソフィアの人生が一転する、ある事件が起きた。とある国で、魔力を持った子供を集め、戦争兵器として利用する計画が立てられていたのだ。身寄りのない魔力を持つ子供。女という点さえ除けば、ソフィアは正しく求めていた人材だったのだ。そして、計画が実行されてから数日後、当然、魔の手はソフィアにまで及んだ。拉致され、隔離され、よく分からない検査を受けさせられ、ソフィアは人間兵器として利用されることになった。
(私は、どうして生きているんだろう)
 繰り返される毎日が退屈で仕方がなかった。人を殺すための魔法、人を苦しめるための魔法、人を拷問するための魔法。兵器として完璧になるために、ソフィアは育てられていた。そんな毎日を過ごせていたのは、心の底で何かを期待していたからなのだと、今は思う。
 兵器になれば、理想の兵器として人を殺せば、きっと、|褒《・》|め《・》|て《・》|く《・》|れ《・》|る《・》|か《・》|も《・》|し《・》|れ《・》|な《・》|い《・》。こんな私でも、よくやったと、言ってもられるかもしれない。愛じゃなくていい。誰か、誰か、誰でもいいから、|認《・》|め《・》|て《・》|欲《・》|し《・》|い《・》。
 きっと、それは『飢え』のようなものだった。ソフィアは飢えていた。枯れ果てた承認欲求が満たされるのなら、もうなんでもいい。それが、人の道を外れていようと、道理を無視しようと、認められるのならそれで―――
「だっせぇな」
 ソフィアの人生は、その一言から始まったと言っても過言ではない。ソフィアと同じ、人間兵器に選ばれたらしい少年の言い放った一言は、ソフィアの心に深く突き刺さった。盲目になっていたソフィアの目を覚まさせた、と言い換えてもいい。とにかく、少年の一言で、ソフィアの中の『何か』が変わった。
「……今、なんて?」
「だせぇっつったんだよブス。聞こえなかったか?」
「何がダサいの? 私よりも殺せてないくせに」
「キルスコアなんか関係ねぇよ。妙な期待して頑張っちゃってるのが馬鹿みてぇだって言ってんだ。俺たちは兵器だせ?」
「だから何? 私は―――」
 言葉が上手く出てこない。妙な期待なんて分かっていた。いくら人を殺そうと、愛されることなんてない、認められやしないと。人を殺すための兵器に感情なんて抱かない。国は兵器としかソフィアたちのことを認識していないのだから。ソフィアたちは、人以下の奴隷も同然なのだ。
「……じゃあ、私はどうすればいいの? 答えてよ! 私はこれから、何に縋って生きていけばいいのよ!」
 乾いていた。求めていた。欲していた。飢えていた。愛とは、究極の承認欲求である。人は愛のために生き、そして死んでいく。生まれたその瞬間から、人は愛を求める。死ぬ最期の時までも、人は孤独を忌避し、愛を求めて死んでいく。だからこそ、ソフィアは嘆くのだ。
「どうして……なんで誰も、私を見てくれないの……?」
 飢えが、愛が、1人の少女を壊してしまった。愛して欲しいという願いが、ソフィアの心を渇かす。愛が、愛だけが、愛こそが―――
 ソフィアの願いであり、ソフィアを苦しめる呪いだった。
「愛なんてのは、ただの執着だ。人と人との想いだけじゃない。あらゆることへの強い欲望だ」
 少年は続けて言う。
「しかも、その欲望には際限がない。愛情が強ければ強いほど欲望は増していき、渇いていく」
 愛は執着。愛は欲望。求めれば求めるほど渇き、苦しむ。人の悲しみの根源とも呼べるものだ。だが、人は決してこの欲望から抜け出すことはできない。生きている限り人は愛を求めてしまう。欲望を持ってしまう。
「だから、見方を変えるんだ」
「…………見方?」
 自己愛ではない、愛されたいという欲望でもない。その愛の名は、『|無償の愛《アガペー》』。あるいは、法愛とも呼ばれる。
「自分の欲望を捨て、全ての人間を苦しみから救いたいという想い。他者を思う気持ちこそがお前を救うはずだ」
「……そんなの、無理に決まってる。全ての人間を、なんて……私は神様なんかじゃないんだから」
 当然、無償の愛などという愛は、弱くて、非力で、ちっぽけな人間には到底抱けない。だが、この話で重要なのはそこでは無い。
「別に、世界中の人間全てを救えなんて言ってるわけじゃねぇよ。愛に見返りを求めるなって言ってんだ」
 愛情が悪いものだなんて、そんな残酷な話はあってはいけない。愛を求め、飢える者はいずれ道を踏み外すだろう。だが、愛する人の笑顔をみるために生きることの何がいけないというのだろうか。
「愛は求めるものじゃない。与えるものだ」
「……なに、それ」
 ソフィアは何かを吐き出すようにため息をついた。それと同時に、スっと肩の力が抜けて、身体が内側からも軽くなった気がした。何気なく見上げた空は、今まで見たどんな空よりも蒼く澄み渡っていた。
 そうして、ソフィアはずっと忘れていた自分の原点を思い出す。戦う理由。戦わなければいけない意味。忘れていた過去が、ソフィアの胸に溢れていく。
「あんた、名前は?」
「…………|旭《・》」
「極東人なのね、あんた。私はソフィア。ソフィでいいわ」
「外から拾われてきたのか。運が良かったな。お前以外の外国産はほとんど捨てられちまった」
「知ってる。私もいつか捨てられるわ。それまで、この短い人生を楽しんでみるつもり」
 哀愁漂う目で空を見つめるソフィアに、旭は言った。にやりと、不敵で、恐ろしい笑みを浮かべながら。
「ソフィア、この戦争はいつ終わると思う?」
「さぁ? 長ければ10年くらい……」
「いいや、違うね」
 戦争は、敵を全て殺せば終わりだ。敵である全てを滅ぼして、初めて戦争は幕を下ろす。だが、もう一つだけ、戦争が終わる瞬間があるのだ。
「戦争が終わるのは、今日だ」
 それは、味方が全員死んだ時だ。
 パチンと、高らかになる指の音と共に、ソフィアたちを隔離していた施設が|紅《・》|い《・》|蝶《・》に囲まれた。十、百、千と、次第に数が増えていく紅い蝶は渦を巻き―――、弾け飛ぶ。
「”|桜花爛漫《おうからんまん》”」
 この日、極東にとある事件が起きる。極東の大魔法使いが、両国纏めて吹き飛ばして戦争を終わらせた、という世にも奇妙な事件が。
「あっはは! 相変わらずデタラメだな、あの人は」
「な、なに……!? 何が起きてるの!?」
「さぁ、ソフィア! 道は開かれたぜ」
 瓦礫の飛び交う収容所の跡地で、旭はソフィアに手を伸ばす。その光景は、今でもソフィアの瞼に焼き付いている。
「短い人生を楽しむんだろ?」
 これが、ソフィア・アマルの原点。愛の始まった場所。
「……あんたのせいで、長くなっちゃいそうだわ」
「安心しろ。そんときは俺も一緒に楽しんでやる」
 そして、ソフィアの意識は現実へと引き戻される。