出題編3-3
ー/ー それぞれが点として、まるで星座のようにつながろうとしていたときだった。その瞬間だった。視界の端で大きな光が生まれた。私はあまりのまぶしさに思わず目を閉じて、右腕で目を覆った。しかし、それすらも貫通してまぶたを通して赤く光る。
次の瞬間に、遅れて音がやってきた。私は衝撃のあまり、後ろにしりもちをついてしまう。姿勢が良かったのか、腰を打ち付けたのみで済んだ。そんな私を追い去るように、警官たちがぞろぞろと私の横を通り抜けて音のした方へと向かって走って行った。
「渡橋さん。大丈夫ですか?」
腰をついて呆然としている私に気づいた井野さんが手を差し伸べてくれた。私はその手をとり、体を起こしてもらう。そして立ち上がった勢いのままに警官たちが進んでいった方へ彼らを追いかけていった。私が到着した先には西野博士の部屋と同じように、ぼろぼろになった大庭博士の部屋があった。開いたドアの隙間から、部屋の内側から黒煙が立ち上っている。何が原因で黒煙が発生しているかわからないため、誰も部屋には近づけない。集まった警官たちと、客人たちでごったがえしている。
「とにかく、下がって。危ないですよ!」
先についていた警官たちが後から追いかけてきた私たちを発生源からなんとか遠ざけようと必死に私たちを押し戻す。そして、二階にある窓をどんどん開いていく。
そして、数分後に黒い煙が晴れると、それが視界に入った。
「もしかして、大庭博士?」
それは頭部が燃え尽きたして、見る影もなくなった大庭博士の遺体だった。周りにはおそらく大庭博士の物だった肉片が飛び散って、壁に貼りついている。その壁には火で焼けた跡がくっきりと残っていた。理系に進学して解剖の経験がなければ、卒倒していただろう。まるでこの世の地獄みたいな光景だった。
私はすぐに、探偵さんへと少しでも多くの情報を報告するために警官の間を縫って部屋の中を窺う。そこは荷物が散乱し、パソコンや携帯電話の部品がよりその無残さを際立てていた。あちらこちらに部品が飛び散っている。
「ひっ!」
私はそれを発見して思わず悲鳴が口から漏れ出た。それは、大庭博士のグロテスクな遺体でも、壁にべったりと貼りついた肉片でもない。窓の外でこちらを嘲笑うかのように燃えている、海に不知火だった。私はそれが、怖かった。
「大庭博士まで、亡くなるなんて。いったい何が起こっているんだ……」
もう、大庭博士はその呼びかけに返事はしない。遅れて作動したスプリンクラーから放出された水が部屋を濡らしていた。それでやっと、私は正気を取り戻す。
今、私にできることはなんだ?
その答えは探偵さんの目となり、耳となり、鼻になることだ。
私は感覚を研ぎ澄ませて殺人現場のすべてを感じ取る。何か怪しいものは落ちていないか? 何か怪しい匂いはしないか? 何か怪しい音はしないか?
私はそれを警官たちに無理やり追い出されるまで続けた。
「なるほど……それは推理の遅れた私のせいね。大庭博士には申し訳ないことをしたわ」
私は警察による一連のアリバイ確認などを終えた後に、彼女に報告した。彼女は冷静でいようとしているが本気で悔しがっているのだろう。言葉の端々からそれが伝わってくる。電話口から歯が擦れる音がした。
「ちなみにですが、アリバイは誰にもなかったです。それで、どうやら警察は私を疑っているみたいで」
理由は、私のいた場所が現場に最も近かったからだそうだ。こんなに苦しい理由で容疑者の優先順位を決めなければいけないほど、警察はこの事件に惑わされている。もう、登松刑事も不知火が事件に関係ないとは思わなくなっていた。
しかし、それのせいで余計に混乱している節もある。
「はぁ? 意味が分かんない。もう、登松なんかに任せるからよ。あんな現場の経験も浅い頭でっかちの背広組に、こんな難しい事件が解決できるわけないじゃない」
「落ち着いてください。私は別に疑われても大丈夫ですから」
警察の言い分としては、私が大庭博士の部屋に放火をした後に驚いて尻餅をついた演技をしていたというシナリオらしい。筋は通っているけれど、火野博士と西野博士を殺害して警察がその影すらも掴めていないような犯人が、最も疑われる現場付近にいるだろうか。
まあ、警察もそこまで本気にはしていないだろうけど。探偵さんもそれはわかっているのだろう。地団駄を踏んで悔しがっている。
「それで、今回も不知火は見えたの?」
その言葉を聞いて私はあの光景を思い出す。亡くなった大庭博士のちょうど遺体がある場所、その近くにある窓から見える海に浮かぶ炎。真昼だというのにも関わらず、殺人が起きて動転している状況でも視認できるほど強い勢いだった。
「はい、この目ではっきりと見ました」
私の返事に探偵さんはやっぱりねというような溜息を漏らす。
彼女も不知火には辟易しているのだろう。
「警察はまだ第二の殺人にてこずっています。トリックを教えてあげたほうがいいんじゃないですか?」
私は、電話でそう提案した。警察に火野博士殺害と大庭博士殺害の捜査に注力をさせたほうが事件の解決も早いはず。もしかしたらそのことで私を信頼してくれて、警察しか得ていない情報を流してくれるかもしれない。
「もちろん、できることならそれがいいわ。だけど、もしもそれを誰かが聞いていて、それが犯人ならあなたの命が狙われるのよ」
確かに、ここまで私は狙われる理由がないから大胆な行動を繰り返し、安心して眠ることもできた。もしも警察に西野博士殺しのトリックがわかったと言えば、ここまで狡猾な犯人ならば次に私を狙う。
もちろん、私の事を心配してくれるのは嬉しいんだけれども、 私にはそれがひどく消極的な姿勢に見えた。最初に電話で話した時に見せた、傍若無人な姿勢はどこかへ消えてしまった。今は、冷静なのはともかく、語気に力がない。私はそれが残念で仕方がなかった。だから、電話口に向かって叫んだ。
「何をうじうじしてるんですか! そんなのらしくないです。もっとあっけらかんにしていてください」
電話越しにいる相手は、急に私が大声を出したことに驚いたようで声は聞こえてこない。
「大庭博士の命を救う事なんて、今さら神でも悪魔でも無い私たちにはできないんです。私たちにできるのは早く犯人を見つけ出してこれ以上の犠牲者を出さないようにすることだけです」
探偵さんは何も言わなかった。もしかしたら、探偵さんは何かを言っていたが私の耳には届いていなかっただけかもしれない。
「だから、早く推理してください。これくらいの事件なら探偵さんには簡単でしょ。私のことは気にしなくていいですから!」
私は大きな声を出して、息を切らす。こんなに大きな声を出したのなんていつ以来だろうか。もう憶えていないほど前だ。
でも、それくらい私は強い感情を抱いていた。彼女は飄々としたまま事件を解き明かすそんな姿が良く似合う。今も見えていないはずなのに脳裏に浮かぶほくそ笑んだ口元。そう、その表情だ。
「言ってくれるじゃない。そうね、そうよね。私にできることは事件の謎を解くこと。そんなこと、別に難しくもない」
探偵さんの声は自信を感じた。その中に少し怒りもブレンドされている。
「じゃあ、あなたをワトソンとしてお願いがある。警察に西野博士殺しのトリックを解説してきて。それでもしも警察から情報を得ることができればすぐに私に連絡すること。いい? この事件の解決はあなたにかかっているわ」
「はい! わかりました」
私は電話を切るのも忘れて、部屋を飛び出た。
「登松刑事に話ですか? わかりました、少しお待ちください」
私がちょうど見かけた体は大きいが気の弱そうな警官に声をかける。彼は少し嫌な顔をしたが、刑事にしっかりと取り次いでくれた。きっと、普段は登松刑事の偉そうな態度に苦労しているのだろう。
「どうしたんですか。こっちは捜査に忙しいんですが」
登松刑事が頭をかきながら、私の下へ向かって来た。面倒だと思っているのが、顔からわかる。どうやら、登松刑事は相手によって態度を変えるようだ。副島さんや他の博士には丁寧な対応だが、私のような学生や部下である警察官には高圧的な姿勢を崩さない。こんなので尋問とかできるのだろうか。刑事は空き部屋に警官二人をつれて入った。ちょうど刑事と向かい合わせになるように椅子を置いて、私に座るように手で促す。
「話なんですけども、実は西野博士を殺害した方法がわかったかもしれなくて」
「はい? 何を言っているんですか?」
登松刑事の反応は予想通りだったので私はできるだけわかりやすく、そして短くまとめた説明を披露した。登松刑事も私が自信たっぷりに話し始めるから最初はしぶしぶ黙って聞いていたようだが、途中から明らかに顔色が変わり始めた。当然だろう。
ただの小娘が、警察がたどり着いていない真相を、べらべらと明かしているのだから。しかも、その説明は理路整然としており納得ができる。いや、その方法でなければ、西野博士が亡くなったことについて説明がつかないのだ。
「なるほど……貴重な意見をありがとうございます」
一通り、説明を聞き終えた後に、登松刑事は悩んでいた。きっと自身のプライドなど捜査の邪魔をするものがあるのだろう。しかし、そんなことを言っている場合じゃない。私はそんな刑事を一喝した。
「何を悩んでいるんですか! 警察がどんな考えをお持ちかはわかりませんけれども、対抗になるアイデアがない限りはとりあえず私の意見を採用してすぐに火野博士と大庭博士を殺害した方法を暴くことが先なんじゃないですか!」
「そ、そうですね」
登松刑事はこれまでの人生で怒られた経験がないのかというくらいに怯えていた。温室育ちなのだろうか。別にそれが悪いとは言わないけれど。
「とにかく、早く警察が持っている情報をすべて渡してください!」
こんな風に現役の警官を脅して捜査状況の報告をさせるなんて真似をする女子大生は世界広しといえども、私だけだろう。後から思い返すと少し恥ずかしい。ともかく、私に怯えた登松刑事はすんなりと捜査資料を渡してくれた。二人いた警官も私の後ろで控えるだけで口出しはしない。彼らも私が説明した探偵さんの組み立てたロジックを聞いて、この人に任せた方がいいと判断したのだろう。そして、その捜査資料は大いに、少なくとも警察だけが握っているよりもよっぽど役に立った。私は部屋に戻ってすぐに電話を掛ける。
「もしもし、警察から捜査資料を借りることができました」
「え?」
私の言葉は探偵さんの想定以上だったらしい。かなり、驚いていたのがよくわかる。
「それを見て思い出したことなんですけど、大庭博士が亡くなられたときに部屋から何か、嫌な空気が流れてきたんですよね。なんだか、人が本能的にそれを拒否するみたいな。どうしても気持ち悪かったんです」
「嫌な空気? でも、夏だから空気が熱くなるのは当たり前でしょ?」
「違うんです。そもそも、この研究所は全体的に冷房が効いているので温度はだいたい二十四度くらいで統一されているんです。でも、外の気温は三十度を超えている。どちらかと言えば外の気温に近かったです。それで調べたところ、大庭博士の部屋だけ冷房が切られていたことがわかったんです」
「冷房が切られていた?」
探偵さんは不思議そうに首を傾げているのがわかる。きっと、彼女から見た普段の私も同じようなものだろう。私は少し得意げな気分になった。
「警官の一人も違和感に気づいて井野さんに確認をしてもらうと、一元管理のシステムにしっかりと冷房の使用記録が残されていました。季節は夏で、いくら寒がりだとしても扇風機の無い部屋で冷房をつかわないなんてあまりにも不自然です。それも、電源が切られていた時間帯はちょうど大庭博士が亡くなる一時間ほど前からです。明らかに大庭さんを殺害するためでしょう」
「なるほど、なんだからしくなってきたわね」
探偵さんは笑っていた。その笑いで、少し会話のペースを戻される。
「それに、調べたところによると大庭博士は重度のヘビースモーカーだったそうです。確かに言われれば食事中にも関わらず、たびたび席を外してどこかへ行っていました。つまりは、大庭さん相手にわざわざ火の手を用意することはないはずです」
「それで、大庭博士が殺害されていた状況を簡単に説明してくれる?」
私は捜査資料に目を通しながら探偵さんに話をする。大庭博士の部屋がどこにあったのか、部屋の内側がどのような状況になっていたのか、さらには大庭博士の遺体がどのような状態でどこにあったのかを事細かく説明する。さすがに警察の捜査資料はしっかりとまとまっていて説明も簡単だった。
「まず、ここまでの説明を聞いていると粉塵爆発が考えられるわね」
探偵さんの言った粉塵爆発とは、可燃性の粉塵が浮遊した状態で火花などによって引火して爆発を起こす。これは手軽な犯行だった。 例えば、可燃性の粉塵と言うのは小麦粉で十分だし、火元は火花などではなくタバコの火があれば火が発生し爆発を起こす。主に工場などで発生する事故にて耳にする言葉だが、安全管理を徹底しているはずの工場でも発生するほど身近で危険な現象である。
「ただ、大庭博士が部屋に戻る時にタバコを吸っているとは限りませんよね」
そこが大きな問題だ。人を瞬時に殺害できるほどの爆発を起こすにはかなり大量の粉塵が必要になる。なら、タバコに火をつけたまま部屋に入って、その瞬間に爆発して命を落とさない限りは、異変に気が付いた大庭博士は刑事たちに連絡し、部屋を離れるだろう。
「うん、やっぱり大庭博士の殺害にも手が込んでいるわね。考えてみるわ」
それだけ言って、探偵さんは思考の海に沈むために電話を切った。
私も、任された仕事を全うしよう。
それから私は、冷蔵庫にある残り物を食べながら思考する。注目したのは動機の部分。資料にはしっかりと火野博士を中心として人間関係が書かれていた。例えば、聞いたとおりに甲斐博士と火野博士には交際歴があったし、どうやら火野博士は長岡博士に個人的な借金があるらしい。しかし、それよりも気になった事実がある。覗くことはできないけれども、火野博士、西野博士、大庭博士の三人が所属しているトークのグループがあるらしい。しかし、その履歴はところどころに文脈が不可解だったと記載されている。もしかすると、このグループが何かしら関係しているのか。
資料を読みながら口に運んだ甘いデザートが、ほどよく疲れた頭を癒してくれた。こんなに何かを考えたのなんて久しぶりだ。でも、なんだか楽しかった。化学のテストで最終問題を解いているような気にさえなっていた。
次の瞬間に、遅れて音がやってきた。私は衝撃のあまり、後ろにしりもちをついてしまう。姿勢が良かったのか、腰を打ち付けたのみで済んだ。そんな私を追い去るように、警官たちがぞろぞろと私の横を通り抜けて音のした方へと向かって走って行った。
「渡橋さん。大丈夫ですか?」
腰をついて呆然としている私に気づいた井野さんが手を差し伸べてくれた。私はその手をとり、体を起こしてもらう。そして立ち上がった勢いのままに警官たちが進んでいった方へ彼らを追いかけていった。私が到着した先には西野博士の部屋と同じように、ぼろぼろになった大庭博士の部屋があった。開いたドアの隙間から、部屋の内側から黒煙が立ち上っている。何が原因で黒煙が発生しているかわからないため、誰も部屋には近づけない。集まった警官たちと、客人たちでごったがえしている。
「とにかく、下がって。危ないですよ!」
先についていた警官たちが後から追いかけてきた私たちを発生源からなんとか遠ざけようと必死に私たちを押し戻す。そして、二階にある窓をどんどん開いていく。
そして、数分後に黒い煙が晴れると、それが視界に入った。
「もしかして、大庭博士?」
それは頭部が燃え尽きたして、見る影もなくなった大庭博士の遺体だった。周りにはおそらく大庭博士の物だった肉片が飛び散って、壁に貼りついている。その壁には火で焼けた跡がくっきりと残っていた。理系に進学して解剖の経験がなければ、卒倒していただろう。まるでこの世の地獄みたいな光景だった。
私はすぐに、探偵さんへと少しでも多くの情報を報告するために警官の間を縫って部屋の中を窺う。そこは荷物が散乱し、パソコンや携帯電話の部品がよりその無残さを際立てていた。あちらこちらに部品が飛び散っている。
「ひっ!」
私はそれを発見して思わず悲鳴が口から漏れ出た。それは、大庭博士のグロテスクな遺体でも、壁にべったりと貼りついた肉片でもない。窓の外でこちらを嘲笑うかのように燃えている、海に不知火だった。私はそれが、怖かった。
「大庭博士まで、亡くなるなんて。いったい何が起こっているんだ……」
もう、大庭博士はその呼びかけに返事はしない。遅れて作動したスプリンクラーから放出された水が部屋を濡らしていた。それでやっと、私は正気を取り戻す。
今、私にできることはなんだ?
その答えは探偵さんの目となり、耳となり、鼻になることだ。
私は感覚を研ぎ澄ませて殺人現場のすべてを感じ取る。何か怪しいものは落ちていないか? 何か怪しい匂いはしないか? 何か怪しい音はしないか?
私はそれを警官たちに無理やり追い出されるまで続けた。
「なるほど……それは推理の遅れた私のせいね。大庭博士には申し訳ないことをしたわ」
私は警察による一連のアリバイ確認などを終えた後に、彼女に報告した。彼女は冷静でいようとしているが本気で悔しがっているのだろう。言葉の端々からそれが伝わってくる。電話口から歯が擦れる音がした。
「ちなみにですが、アリバイは誰にもなかったです。それで、どうやら警察は私を疑っているみたいで」
理由は、私のいた場所が現場に最も近かったからだそうだ。こんなに苦しい理由で容疑者の優先順位を決めなければいけないほど、警察はこの事件に惑わされている。もう、登松刑事も不知火が事件に関係ないとは思わなくなっていた。
しかし、それのせいで余計に混乱している節もある。
「はぁ? 意味が分かんない。もう、登松なんかに任せるからよ。あんな現場の経験も浅い頭でっかちの背広組に、こんな難しい事件が解決できるわけないじゃない」
「落ち着いてください。私は別に疑われても大丈夫ですから」
警察の言い分としては、私が大庭博士の部屋に放火をした後に驚いて尻餅をついた演技をしていたというシナリオらしい。筋は通っているけれど、火野博士と西野博士を殺害して警察がその影すらも掴めていないような犯人が、最も疑われる現場付近にいるだろうか。
まあ、警察もそこまで本気にはしていないだろうけど。探偵さんもそれはわかっているのだろう。地団駄を踏んで悔しがっている。
「それで、今回も不知火は見えたの?」
その言葉を聞いて私はあの光景を思い出す。亡くなった大庭博士のちょうど遺体がある場所、その近くにある窓から見える海に浮かぶ炎。真昼だというのにも関わらず、殺人が起きて動転している状況でも視認できるほど強い勢いだった。
「はい、この目ではっきりと見ました」
私の返事に探偵さんはやっぱりねというような溜息を漏らす。
彼女も不知火には辟易しているのだろう。
「警察はまだ第二の殺人にてこずっています。トリックを教えてあげたほうがいいんじゃないですか?」
私は、電話でそう提案した。警察に火野博士殺害と大庭博士殺害の捜査に注力をさせたほうが事件の解決も早いはず。もしかしたらそのことで私を信頼してくれて、警察しか得ていない情報を流してくれるかもしれない。
「もちろん、できることならそれがいいわ。だけど、もしもそれを誰かが聞いていて、それが犯人ならあなたの命が狙われるのよ」
確かに、ここまで私は狙われる理由がないから大胆な行動を繰り返し、安心して眠ることもできた。もしも警察に西野博士殺しのトリックがわかったと言えば、ここまで狡猾な犯人ならば次に私を狙う。
もちろん、私の事を心配してくれるのは嬉しいんだけれども、 私にはそれがひどく消極的な姿勢に見えた。最初に電話で話した時に見せた、傍若無人な姿勢はどこかへ消えてしまった。今は、冷静なのはともかく、語気に力がない。私はそれが残念で仕方がなかった。だから、電話口に向かって叫んだ。
「何をうじうじしてるんですか! そんなのらしくないです。もっとあっけらかんにしていてください」
電話越しにいる相手は、急に私が大声を出したことに驚いたようで声は聞こえてこない。
「大庭博士の命を救う事なんて、今さら神でも悪魔でも無い私たちにはできないんです。私たちにできるのは早く犯人を見つけ出してこれ以上の犠牲者を出さないようにすることだけです」
探偵さんは何も言わなかった。もしかしたら、探偵さんは何かを言っていたが私の耳には届いていなかっただけかもしれない。
「だから、早く推理してください。これくらいの事件なら探偵さんには簡単でしょ。私のことは気にしなくていいですから!」
私は大きな声を出して、息を切らす。こんなに大きな声を出したのなんていつ以来だろうか。もう憶えていないほど前だ。
でも、それくらい私は強い感情を抱いていた。彼女は飄々としたまま事件を解き明かすそんな姿が良く似合う。今も見えていないはずなのに脳裏に浮かぶほくそ笑んだ口元。そう、その表情だ。
「言ってくれるじゃない。そうね、そうよね。私にできることは事件の謎を解くこと。そんなこと、別に難しくもない」
探偵さんの声は自信を感じた。その中に少し怒りもブレンドされている。
「じゃあ、あなたをワトソンとしてお願いがある。警察に西野博士殺しのトリックを解説してきて。それでもしも警察から情報を得ることができればすぐに私に連絡すること。いい? この事件の解決はあなたにかかっているわ」
「はい! わかりました」
私は電話を切るのも忘れて、部屋を飛び出た。
「登松刑事に話ですか? わかりました、少しお待ちください」
私がちょうど見かけた体は大きいが気の弱そうな警官に声をかける。彼は少し嫌な顔をしたが、刑事にしっかりと取り次いでくれた。きっと、普段は登松刑事の偉そうな態度に苦労しているのだろう。
「どうしたんですか。こっちは捜査に忙しいんですが」
登松刑事が頭をかきながら、私の下へ向かって来た。面倒だと思っているのが、顔からわかる。どうやら、登松刑事は相手によって態度を変えるようだ。副島さんや他の博士には丁寧な対応だが、私のような学生や部下である警察官には高圧的な姿勢を崩さない。こんなので尋問とかできるのだろうか。刑事は空き部屋に警官二人をつれて入った。ちょうど刑事と向かい合わせになるように椅子を置いて、私に座るように手で促す。
「話なんですけども、実は西野博士を殺害した方法がわかったかもしれなくて」
「はい? 何を言っているんですか?」
登松刑事の反応は予想通りだったので私はできるだけわかりやすく、そして短くまとめた説明を披露した。登松刑事も私が自信たっぷりに話し始めるから最初はしぶしぶ黙って聞いていたようだが、途中から明らかに顔色が変わり始めた。当然だろう。
ただの小娘が、警察がたどり着いていない真相を、べらべらと明かしているのだから。しかも、その説明は理路整然としており納得ができる。いや、その方法でなければ、西野博士が亡くなったことについて説明がつかないのだ。
「なるほど……貴重な意見をありがとうございます」
一通り、説明を聞き終えた後に、登松刑事は悩んでいた。きっと自身のプライドなど捜査の邪魔をするものがあるのだろう。しかし、そんなことを言っている場合じゃない。私はそんな刑事を一喝した。
「何を悩んでいるんですか! 警察がどんな考えをお持ちかはわかりませんけれども、対抗になるアイデアがない限りはとりあえず私の意見を採用してすぐに火野博士と大庭博士を殺害した方法を暴くことが先なんじゃないですか!」
「そ、そうですね」
登松刑事はこれまでの人生で怒られた経験がないのかというくらいに怯えていた。温室育ちなのだろうか。別にそれが悪いとは言わないけれど。
「とにかく、早く警察が持っている情報をすべて渡してください!」
こんな風に現役の警官を脅して捜査状況の報告をさせるなんて真似をする女子大生は世界広しといえども、私だけだろう。後から思い返すと少し恥ずかしい。ともかく、私に怯えた登松刑事はすんなりと捜査資料を渡してくれた。二人いた警官も私の後ろで控えるだけで口出しはしない。彼らも私が説明した探偵さんの組み立てたロジックを聞いて、この人に任せた方がいいと判断したのだろう。そして、その捜査資料は大いに、少なくとも警察だけが握っているよりもよっぽど役に立った。私は部屋に戻ってすぐに電話を掛ける。
「もしもし、警察から捜査資料を借りることができました」
「え?」
私の言葉は探偵さんの想定以上だったらしい。かなり、驚いていたのがよくわかる。
「それを見て思い出したことなんですけど、大庭博士が亡くなられたときに部屋から何か、嫌な空気が流れてきたんですよね。なんだか、人が本能的にそれを拒否するみたいな。どうしても気持ち悪かったんです」
「嫌な空気? でも、夏だから空気が熱くなるのは当たり前でしょ?」
「違うんです。そもそも、この研究所は全体的に冷房が効いているので温度はだいたい二十四度くらいで統一されているんです。でも、外の気温は三十度を超えている。どちらかと言えば外の気温に近かったです。それで調べたところ、大庭博士の部屋だけ冷房が切られていたことがわかったんです」
「冷房が切られていた?」
探偵さんは不思議そうに首を傾げているのがわかる。きっと、彼女から見た普段の私も同じようなものだろう。私は少し得意げな気分になった。
「警官の一人も違和感に気づいて井野さんに確認をしてもらうと、一元管理のシステムにしっかりと冷房の使用記録が残されていました。季節は夏で、いくら寒がりだとしても扇風機の無い部屋で冷房をつかわないなんてあまりにも不自然です。それも、電源が切られていた時間帯はちょうど大庭博士が亡くなる一時間ほど前からです。明らかに大庭さんを殺害するためでしょう」
「なるほど、なんだからしくなってきたわね」
探偵さんは笑っていた。その笑いで、少し会話のペースを戻される。
「それに、調べたところによると大庭博士は重度のヘビースモーカーだったそうです。確かに言われれば食事中にも関わらず、たびたび席を外してどこかへ行っていました。つまりは、大庭さん相手にわざわざ火の手を用意することはないはずです」
「それで、大庭博士が殺害されていた状況を簡単に説明してくれる?」
私は捜査資料に目を通しながら探偵さんに話をする。大庭博士の部屋がどこにあったのか、部屋の内側がどのような状況になっていたのか、さらには大庭博士の遺体がどのような状態でどこにあったのかを事細かく説明する。さすがに警察の捜査資料はしっかりとまとまっていて説明も簡単だった。
「まず、ここまでの説明を聞いていると粉塵爆発が考えられるわね」
探偵さんの言った粉塵爆発とは、可燃性の粉塵が浮遊した状態で火花などによって引火して爆発を起こす。これは手軽な犯行だった。 例えば、可燃性の粉塵と言うのは小麦粉で十分だし、火元は火花などではなくタバコの火があれば火が発生し爆発を起こす。主に工場などで発生する事故にて耳にする言葉だが、安全管理を徹底しているはずの工場でも発生するほど身近で危険な現象である。
「ただ、大庭博士が部屋に戻る時にタバコを吸っているとは限りませんよね」
そこが大きな問題だ。人を瞬時に殺害できるほどの爆発を起こすにはかなり大量の粉塵が必要になる。なら、タバコに火をつけたまま部屋に入って、その瞬間に爆発して命を落とさない限りは、異変に気が付いた大庭博士は刑事たちに連絡し、部屋を離れるだろう。
「うん、やっぱり大庭博士の殺害にも手が込んでいるわね。考えてみるわ」
それだけ言って、探偵さんは思考の海に沈むために電話を切った。
私も、任された仕事を全うしよう。
それから私は、冷蔵庫にある残り物を食べながら思考する。注目したのは動機の部分。資料にはしっかりと火野博士を中心として人間関係が書かれていた。例えば、聞いたとおりに甲斐博士と火野博士には交際歴があったし、どうやら火野博士は長岡博士に個人的な借金があるらしい。しかし、それよりも気になった事実がある。覗くことはできないけれども、火野博士、西野博士、大庭博士の三人が所属しているトークのグループがあるらしい。しかし、その履歴はところどころに文脈が不可解だったと記載されている。もしかすると、このグループが何かしら関係しているのか。
資料を読みながら口に運んだ甘いデザートが、ほどよく疲れた頭を癒してくれた。こんなに何かを考えたのなんて久しぶりだ。でも、なんだか楽しかった。化学のテストで最終問題を解いているような気にさえなっていた。
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