表示設定
表示設定
目次 目次




ー/ー



『もしかしたら小瀬さんは、夏芽に対して憧れを抱いているんじゃないかな』
 樋渡綾に言われた言葉を思い出す。当時はその言葉の意味するところがまるで理解できなかったけれど、今となっては色々と想像を巡らせることができる。
 夏芽の持つ強さとは、芯の通ったたおやかな自我だ。内に秘めているその自我が存在するからこそ、夏芽は今日まで無垢なままでいられたのだろう。私の立ち回りなんかは実際のところ、あくまでも些細なアシストに過ぎなかった。
 そして、その強さはまさに、樋渡綾という人間の本質を表しているんじゃないだろうか。
 いつだったか、聡一郎が樋渡綾についてこう語っていた。『核を持っている』と。『彼女は、揺るがないんだ』と。
 だとすると私は、あの二人に憧れていたんだろうか。今となっては、そうであってほしいとさえ思う。憧れていたのだとすれば、私が私自身を制御できなくなったことも、一応なんとなく説明がつくから。
 私は和久井夏芽のようになりたかった。彼女のように素直で、誰からも愛される存在になりたかった。変わらないものを持っていたかった。憧れていたから近づいて、憧れていたからなにをおいても守り通した。でも、それは決して叶うことのない願いで、持て余した憧憬は長い時間をかけて嫉妬心に変わった。けれど、私はそのことに気づかないふりをして、内面の成長を促すという名目で、一方的な使命感に駆られてまで自らの憧れを壊した。
 それが私の行動原理の種明かしで、最後まで拭えなかった不安の正体は、身勝手で醜いジレンマだった。
 そういうことでいいじゃない、もう。
 私は、誰に向かってでもなくそう懇願したくなった。なんにせよ、冷静で論理的な思考が今の私にできるはずがなかった。
 夏芽がいなくなってからも、私は独り取り残された部屋で姉のタバコを吸った。吹かすだけでなく、煙を飲んで肺に入れた。全然美味しくなかった。明日、世界中からタバコが一本残らず消えてなくなっても、まったく構わないと思った。こんなもののせいで私と夏芽の間に決定的な亀裂が入ったのだと思うと、ため息も出ない。
 聡一郎や了との関係が終わり、ずっと一緒にいた夏芽をも払いのけてしまった私は、生まれて初めて、孤独という概念を身をもって感じていた。その一方で、夏休みが始まり、登校しなくてもよくなったことに、私ははっきりと安堵していた。
 スマホには、璃李依を始め、何人かのクラスメートや中学時代の友達からメッセージが届いている。私は間違いなく孤立していない。人とのつながりが絶たれたわけじゃない。そういうふうに考えようとしても、夏芽と聡一郎と了を失ってしまった私が抱えている感情に名前をつけるなら、それは間違いなく寂しさや虚しさと呼ばれるものだった。
 祖母のことを考える。細い身体でベッドに横たわり、苦しそうに乾いた咳を漏らしていたけれど、死という暗闇のような概念と堂々と対峙していた。そんな今際の際の姿を、私は今でも鮮明に思い出すことができる。
 誰にも甘えなければ、自由に生きられる。
 それが、最期を迎えようとしている祖母との会話から私が学んだ一つの教訓だった。小学校四年生、まだ夏芽と出会う前のことだ。なにも残さず、誰にも押し付けず、そうやって甘えることをせずに生きた祖母は、死の恐怖すら撥ね退けてみせた。
 その潔い姿勢に触れたことが、私という人間の行動規範を生み出した。いちいち声に出したり、心の中で念じたりすることはなかったけれど、ずっと変わらず根底にある、選択の基準だった。
 他人を頼らず、言い訳することをせず、その責任と判断をすべて己で引き受けることで、理想や欲求を叶えることができる。
 その生き様を、私なりに再現できているのだと、心から信じて疑っていなかった。
 けれど、今、私の手元に残っているのは、乾ききった理想の残骸だ。
 実際のところ私は、ずっと甘えていたのかもしれない。夏芽に甘え、聡一郎に甘え、了に甘えていたのかもしれない。
 突きつけられたその事実に、ある意味では彼らを失ってしまったこと以上のショックを私は感じた。
 七月はいつの間にか終わり、気がつけば八月に入っていた。深まる夏の暑さを感じるのは、家とバイト先のファストフード店を往復するときだけで、それ以外の時間、私はエアコンの効いた自分の部屋でなにをするでもなくダラダラと過ごしていた。
 そんなふうに、どこにも出かけず、なにかに打ち込むでもなく、ただ時間を空費するだけの日々を送るのは初めてのことだったけれど、私の体は日に日にその怠惰で無為な生活リズムに慣れていっているようだった。バイトのシフトを空けずに出勤し続けていることで辛うじて社会参加は継続しているものの、今の自分がなにに生きがいを見出しているのかがわからない。
 生きがい。そんなもの、こうなるまでの私は一度だって思いを巡らせたことのなかった概念だ。きっと今の私は暇だから、余計なことまであれこれ考えてしまって、結果としてこんなふうに思考がぐちゃぐちゃになっているのだろう。自業自得の末に交友関係を狭めて、その結果バイタリティを失ってしまったとしても、それはそれとしてなにか他のことに取り組むべきなんじゃない?
 頭では、ちゃんとわかっている。けれど、体が、意志がそれに追いつかない。そんな感覚は初めてのことだった。
 私はどうなってしまうんだろう? 
 けっきょく、頭を掠めるのはそんな抽象的でくだらない疑問だった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 掻痒


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



『もしかしたら小瀬さんは、夏芽に対して憧れを抱いているんじゃないかな』
 樋渡綾に言われた言葉を思い出す。当時はその言葉の意味するところがまるで理解できなかったけれど、今となっては色々と想像を巡らせることができる。
 夏芽の持つ強さとは、芯の通ったたおやかな自我だ。内に秘めているその自我が存在するからこそ、夏芽は今日まで無垢なままでいられたのだろう。私の立ち回りなんかは実際のところ、あくまでも些細なアシストに過ぎなかった。
 そして、その強さはまさに、樋渡綾という人間の本質を表しているんじゃないだろうか。
 いつだったか、聡一郎が樋渡綾についてこう語っていた。『核を持っている』と。『彼女は、揺るがないんだ』と。
 だとすると私は、あの二人に憧れていたんだろうか。今となっては、そうであってほしいとさえ思う。憧れていたのだとすれば、私が私自身を制御できなくなったことも、一応なんとなく説明がつくから。
 私は和久井夏芽のようになりたかった。彼女のように素直で、誰からも愛される存在になりたかった。変わらないものを持っていたかった。憧れていたから近づいて、憧れていたからなにをおいても守り通した。でも、それは決して叶うことのない願いで、持て余した憧憬は長い時間をかけて嫉妬心に変わった。けれど、私はそのことに気づかないふりをして、内面の成長を促すという名目で、一方的な使命感に駆られてまで自らの憧れを壊した。
 それが私の行動原理の種明かしで、最後まで拭えなかった不安の正体は、身勝手で醜いジレンマだった。
 そういうことでいいじゃない、もう。
 私は、誰に向かってでもなくそう懇願したくなった。なんにせよ、冷静で論理的な思考が今の私にできるはずがなかった。
 夏芽がいなくなってからも、私は独り取り残された部屋で姉のタバコを吸った。吹かすだけでなく、煙を飲んで肺に入れた。全然美味しくなかった。明日、世界中からタバコが一本残らず消えてなくなっても、まったく構わないと思った。こんなもののせいで私と夏芽の間に決定的な亀裂が入ったのだと思うと、ため息も出ない。
 聡一郎や了との関係が終わり、ずっと一緒にいた夏芽をも払いのけてしまった私は、生まれて初めて、孤独という概念を身をもって感じていた。その一方で、夏休みが始まり、登校しなくてもよくなったことに、私ははっきりと安堵していた。
 スマホには、璃李依を始め、何人かのクラスメートや中学時代の友達からメッセージが届いている。私は間違いなく孤立していない。人とのつながりが絶たれたわけじゃない。そういうふうに考えようとしても、夏芽と聡一郎と了を失ってしまった私が抱えている感情に名前をつけるなら、それは間違いなく寂しさや虚しさと呼ばれるものだった。
 祖母のことを考える。細い身体でベッドに横たわり、苦しそうに乾いた咳を漏らしていたけれど、死という暗闇のような概念と堂々と対峙していた。そんな今際の際の姿を、私は今でも鮮明に思い出すことができる。
 誰にも甘えなければ、自由に生きられる。
 それが、最期を迎えようとしている祖母との会話から私が学んだ一つの教訓だった。小学校四年生、まだ夏芽と出会う前のことだ。なにも残さず、誰にも押し付けず、そうやって甘えることをせずに生きた祖母は、死の恐怖すら撥ね退けてみせた。
 その潔い姿勢に触れたことが、私という人間の行動規範を生み出した。いちいち声に出したり、心の中で念じたりすることはなかったけれど、ずっと変わらず根底にある、選択の基準だった。
 他人を頼らず、言い訳することをせず、その責任と判断をすべて己で引き受けることで、理想や欲求を叶えることができる。
 その生き様を、私なりに再現できているのだと、心から信じて疑っていなかった。
 けれど、今、私の手元に残っているのは、乾ききった理想の残骸だ。
 実際のところ私は、ずっと甘えていたのかもしれない。夏芽に甘え、聡一郎に甘え、了に甘えていたのかもしれない。
 突きつけられたその事実に、ある意味では彼らを失ってしまったこと以上のショックを私は感じた。
 七月はいつの間にか終わり、気がつけば八月に入っていた。深まる夏の暑さを感じるのは、家とバイト先のファストフード店を往復するときだけで、それ以外の時間、私はエアコンの効いた自分の部屋でなにをするでもなくダラダラと過ごしていた。
 そんなふうに、どこにも出かけず、なにかに打ち込むでもなく、ただ時間を空費するだけの日々を送るのは初めてのことだったけれど、私の体は日に日にその怠惰で無為な生活リズムに慣れていっているようだった。バイトのシフトを空けずに出勤し続けていることで辛うじて社会参加は継続しているものの、今の自分がなにに生きがいを見出しているのかがわからない。
 生きがい。そんなもの、こうなるまでの私は一度だって思いを巡らせたことのなかった概念だ。きっと今の私は暇だから、余計なことまであれこれ考えてしまって、結果としてこんなふうに思考がぐちゃぐちゃになっているのだろう。自業自得の末に交友関係を狭めて、その結果バイタリティを失ってしまったとしても、それはそれとしてなにか他のことに取り組むべきなんじゃない?
 頭では、ちゃんとわかっている。けれど、体が、意志がそれに追いつかない。そんな感覚は初めてのことだった。
 私はどうなってしまうんだろう? 
 けっきょく、頭を掠めるのはそんな抽象的でくだらない疑問だった。