砕ける牙
ー/ー
魔力は枯れた。絞り出そうとしても一滴も溢れないほど使い果たした。もう、電撃はおろか、防御すらすることができない。
体力は尽きた。限界を超えて闘い続けた身体はボロボロになり、指先も動くことはない。貫かれた右脇腹からはドクドクと濁った赤い血が流れていく。
爪は折れた。全力を出し尽くした最速の攻撃でさえ、届くことはなかった。唯一残った勝機も完全に潰されてしまった。
「強かったよ、レオノール。本当に、強かった」
勝者は呟くように、息を荒くしながら言った。その声すら、敗者には届いていない。
「正直な話、最後のは勘だった。1歩間違えれば、君が勝っていたよ」
情けをかけられ、狼のプライドすらも引き裂かれた。浅くなっていく呼吸が遠のく意識をどうにか繋いでいる。いっそ途絶えてしまった方が楽だろうに、まだ足掻いている。
魔力はない。身体も動かない。爪も折れた。
それでも――
「ここから……先、は……通さ、ねぇよ……」
狼は折れてもなお、牙を剥く。
痺れ、酷く痛む腕を無理やり動かし、這いずるようにレオノールはメモリアの前に立ち塞がる。立ててはいない、もはや塞げてすらいない。威圧感の欠けらも無い、ただそこに這いつくばるボロボロの人間が、メモリアの前にいる。
「あんたを……止めなきゃ、いけない……ここから先へは……絶対に、通さない!」
勝利の希望はとうに消えた。勝ち目などどこにもありはしない。それでも、レオノールは折れなかった。その目はまだ、煌々と燃えているのだ。胸を貫かれるほど鋭い視線を、メモリアは確かに感じていた。勝機がなくとも、魔力が尽きようと、プライドが引き裂かれようと。例え、希望すら失おうとも、立ち上がらなければならない。
「……レオノール」
そう言うとメモリアはふらりと、躊躇なくレオノールの傍に歩み寄った。一筋の敵意すら持たず、悠々と歩を進めていく。まるで通い慣れた通学路を歩くように、両手を後ろで組んで、少し癖のある歩き方でゆっくりと近づく。抵抗しようにもどうすることもできないレオノールのすぐ側まで近づくと、メモリアはレオノールに合わせるように屈んで耳打ちした。
「―――――」
閑静な夜に奏でられる虫の音にかき消されるほど小さな声でメモリアはそっと囁いた。その言葉が何であったかは誰にも分からない。『識』によって隔てられた不可侵は天が観測することすら許さない。
その真実は、1番の親友にすら語られることはなかった。そして、この先もずっと語るつもりはなかったものだ。それを伝えて、許されようという訳ではないのだろう。それは懺悔でもなく、後悔でもない。
「君たちに託してみたくなった。きっと、今更すぎるだろうけどね」
ゆっくりと立ち上がり、メモリアは言った。眩しい光に当てられてしまったからなのかもしれない。ただ、信じたくなってしまったのだ。とうの昔に諦めた、誰もが幸せになれる未来を。自分にはなかった、大切なものを守り通す覚悟が。
誰かを不幸にすることでしか、誰かを幸せにすることもできない自分とは違うのかもしれない。彼らなら、きっと成し遂げることができるかもしれない。魅せられてしまったからには、もう無視はできない。
「頼むよ……レオノール。私は、もう止まれないから―――」
君たちが、私を止めて
そんな言葉が続いていたような気がした。ただ、意識を持つことで精一杯のレオノールに、それを確かめることはできなかった。依然変わりない癖のある歩き方で、メモリアはレオノールのすぐ横を歩く。その先にいるソフィアたちのところへと真っ直ぐに進んでいこうとする。
「……今の話」
レオノールのしゃがれた声を聞き取った瞬間、メモリアの足がピタリと止まった。嫌な予感を感じつつも、恐る恐るメモリアが振り返ると、そこには倒れ込んでしまい、僅かな腹部の起伏以外にはピクリとも動かないレオノールがいた。一先ず、嫌な予感が当たらなかったことに胸を撫で下ろしたメモリアはレオノールの声に耳を傾ける。
「俺は……嘘だとは、思わねぇ……」
「…………そう」
そこまで言うと、レオノールは力尽きたのはバタンと倒れてしまった。今度こそ本当に気絶したのだろうと、メモリアはまたゆっくりと進み始める。
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体力は尽きた。限界を超えて闘い続けた身体はボロボロになり、指先も動くことはない。貫かれた右脇腹からはドクドクと濁った赤い血が流れていく。
爪は折れた。全力を出し尽くした最速の攻撃でさえ、届くことはなかった。唯一残った勝機も完全に潰されてしまった。
「強かったよ、レオノール。本当に、強かった」
勝者は呟くように、息を荒くしながら言った。その声すら、敗者には届いていない。
「正直な話、最後のは勘だった。1歩間違えれば、君が勝っていたよ」
情けをかけられ、狼のプライドすらも引き裂かれた。浅くなっていく呼吸が遠のく意識をどうにか繋いでいる。いっそ途絶えてしまった方が楽だろうに、まだ足掻いている。
魔力はない。身体も動かない。爪も折れた。
それでも――
「ここから……先、は……通さ、ねぇよ……」
狼は折れてもなお、牙を剥く。
痺れ、酷く痛む腕を無理やり動かし、這いずるようにレオノールはメモリアの前に立ち塞がる。立ててはいない、もはや塞げてすらいない。威圧感の欠けらも無い、ただそこに這いつくばるボロボロの人間が、メモリアの前にいる。
「あんたを……止めなきゃ、いけない……ここから先へは……絶対に、通さない!」
勝利の希望はとうに消えた。勝ち目などどこにもありはしない。それでも、レオノールは折れなかった。その目はまだ、煌々と燃えているのだ。胸を貫かれるほど鋭い視線を、メモリアは確かに感じていた。勝機がなくとも、魔力が尽きようと、プライドが引き裂かれようと。例え、希望すら失おうとも、立ち上がらなければならない。
「……レオノール」
そう言うとメモリアはふらりと、躊躇なくレオノールの傍に歩み寄った。一筋の敵意すら持たず、悠々と歩を進めていく。まるで通い慣れた通学路を歩くように、両手を後ろで組んで、少し癖のある歩き方でゆっくりと近づく。抵抗しようにもどうすることもできないレオノールのすぐ側まで近づくと、メモリアはレオノールに合わせるように屈んで耳打ちした。
「―――――」
閑静な夜に奏でられる虫の音にかき消されるほど小さな声でメモリアはそっと囁いた。その言葉が何であったかは誰にも分からない。『識』によって隔てられた不可侵は天が観測することすら許さない。
その真実は、1番の親友にすら語られることはなかった。そして、この先もずっと語るつもりはなかったものだ。それを伝えて、許されようという訳ではないのだろう。それは懺悔でもなく、後悔でもない。
「君たちに託してみたくなった。きっと、今更すぎるだろうけどね」
ゆっくりと立ち上がり、メモリアは言った。眩しい光に当てられてしまったからなのかもしれない。ただ、信じたくなってしまったのだ。とうの昔に諦めた、誰もが幸せになれる未来を。自分にはなかった、大切なものを守り通す覚悟が。
誰かを不幸にすることでしか、誰かを幸せにすることもできない自分とは違うのかもしれない。彼らなら、きっと成し遂げることができるかもしれない。魅せられてしまったからには、もう無視はできない。
「頼むよ……レオノール。私は、もう止まれないから―――」
君たちが、私を止めて
そんな言葉が続いていたような気がした。ただ、意識を持つことで精一杯のレオノールに、それを確かめることはできなかった。依然変わりない癖のある歩き方で、メモリアはレオノールのすぐ横を歩く。その先にいるソフィアたちのところへと真っ直ぐに進んでいこうとする。
「……今の話」
レオノールのしゃがれた声を聞き取った瞬間、メモリアの足がピタリと止まった。嫌な予感を感じつつも、恐る恐るメモリアが振り返ると、そこには倒れ込んでしまい、僅かな腹部の起伏以外にはピクリとも動かないレオノールがいた。一先ず、嫌な予感が当たらなかったことに胸を撫で下ろしたメモリアはレオノールの声に耳を傾ける。
「俺は……嘘だとは、思わねぇ……」
「…………そう」
そこまで言うと、レオノールは力尽きたのはバタンと倒れてしまった。今度こそ本当に気絶したのだろうと、メモリアはまたゆっくりと進み始める。