「──だから、マトイの一番えっちな部分というのはあの袖と手袋の間から垣間見える白い腕であると当方は思うわけだよ! というか普段隠されてる分、チラッと見える素肌が全部エロく感じると思うんだけれど、どうだろう!?」
「肌もそうじゃけど、私はあの左目じゃと思う! こう、蔑んだ目で見られた時になんか……なんか!!」
「分かる! すごく分かる!! 叩かれたりするのも、痛いけど悪くないというか……」
「…………ちょっと分かるかもしれん……」
「くふ、くふふふ……やはり我々は分かり合える同志かもしれないねぇ!」
階段脇でサラと話した後、彼女を連れて屋上のテントまで戻ってくると、興奮した様子で白い髪を揺らした土地神様と黒い三つ編みを揺らす漫画家先輩の姿があった。
うん、何話してんだこの人達。
「おう二人とも、戻ったか」
「ただいま。で、何あの酷い会話」
「いや何、最初はお前らの校舎での一件について話を聞いてたんだがな? いつの間にかあの二人だけマトイについて話す方向に舵切ってて、気が付いたらああなってた」
「どう話題が転がったらマトイさんのエロティシズムに関する話に……」
方向転換どころか交通事故レベルの舵の取り方だ。あの二人酒飲んでるわけじゃないよな?
「ちなみに俺も混ざりたいのは山々だが、綺麗な女性二人が会話に花を咲かせているところに挟まるつもりはないから安心しろ」
「やろうと思えば会話に混ざれるってこと自体が安心できねえよ」
こっちにも脳内事故ハンドル持ちがいやがった。
友人三人に陰ながらそういった目を向けられているマトイさんに同情するわ。
「ン? イザとマトチャンは?」
「あの二人なら飲み物取りに行ったぞ。まあそろそろ戻ってくると思……あっ」
「「あっ」」
「できることならどうにかしてそういうプレェイ(ねっとり)を行う仲に発展してみたいものだけどそうもいかなくてね。もう最近は率直にベッドに誘って既成事実を捏造しようかと痛たただだだ!!」
「昼間っから学生がいる前で何を話してンだアンタは」
目を輝かせながら話していたボンチョさんの頭部がマトイさんによって背後から鷲掴みされ、ミシミシと軋むような音を奏で始めた。
相変わらず見事なアイアンクローだ。以前キリさんがやられていた時同様、片手でボンチョさんが浮き上がっている。
それを見たキリさんは即座に降参の構え……というか土下座の体勢に入っていた。神様らしさの欠片もない姿だけど、懸命な判断と言える。
「何やってんのあの人達……はい、どうぞ」
「お、ありがとうイザ」
「アリガト……イザ、目が赤いヨ? ダイジョブ?」
マトイさんと一緒に帰ってきたらしいイザから缶ジュースを受け取っていると、サラが彼女の顔を覗き込んだ。
ホントだ。ちょっとだけ目が赤くなってるというか、泣き腫らした後のようにも見える。まあサラも同じようなものなんだけど……こっちでも何かあったんだろうか。
「ああ、さっきマトイとキリさんに軽くお前らの状態について聞いたもんだから泣き出したってだけグハァ!」
「な、何でもないわ。ちょっと目元を巨大オオグソクムシに襲われただけよ」
なぜか突然フキが床に沈んだ。
いや今はそんな見慣れた光景よりも……。
「このBBQにそんな恐ろしい虫の混入が……!?」
「異物混入どころの話ではないね。マトイ、グソクムシって調理できる?」
「ココでやンなら唐揚げか蒸し焼きでイケるぞ」
「Dishesの追加だー!」
「ごめん冗談だから。つーか調理する方向で考えないで」
なんだ冗談か。すっかり騙されてしまった。
「オオグソクムシの食感や味がカニとかエビに似てるっつー話は置いておくとして、マトイ。そろそろこの前の件について、ちゃんと説明してもらってもいいか?」
僕らがイザによる功名な冗談に振り回されていると、立ち上がったフキの言葉でマトイさんに視線が集まった。
この前の件、というのはやはり……一昨日の校舎でのことだろう。
「えー、飯食ってる時に面倒な話はしたくねェンだけどなァ」
「いや話しとこうや。たしかに色々と面倒なことになっとるし、話せることは少ないけど……」
「少ない、ですか?」
僕らの魂だったり、死神だったり呪いだったり……たしかに面倒くさい話ではあったけど、『話せることが少ない』というのはどういうことだろう。
「流石に今回のは今までと違って別格な案件でサ。言えない話が多くてね」
「ベッカク?」
「あんまし人間に教えるのは好《よ》くない範囲の出来事だったって話よ。神々にとっての機密事項というか……」
「踏み込みすぎると後戻りできない的なやつか?」
「「そうそう」」
フキの言葉を肯定するように、キリさんとマトイさんは同時に頷いた。
そんな様子を見て、『そうだったんだ』なんてどこか他人事のような感想が頭に浮かぶ。
……体育祭が終わった後、マトイさんと死神さんは揃って姿を消していた。
残っていたキリさんとボンチョさんに訊ねると、後処理の為に先に帰ったと聞かされたのだ。事情をキリさんに訊いても「今回のことはあんまり話せることがないんよ」と申し訳なさそうに言われてしまい、深掘りすることが出来なかったんだけど……そういう事情だったのか。
「あァ、アンタらが当事者として関わったコトに関しては気にしなくていいよ。キリも死神もすぐに報告上げてたし、オレも早めに対応はしといた。特に悪いコトにはならんだろうサ」
「よく分からないけど、分かりました。あ、それで死神さんは……?」
「宇迦之御魂神《ウカノミタマノカミ》に引き渡した。あの死神も色々あって周りから睨まれるヤツみたいだからな。ウカのトコなら反省と保護が同時にできるモンでね」
反省……そういえばキリさんが誓約を交わす時、罪がどうとか言ってたっけ。
「その、死神……は何をしたのよ? 悪いことをしそうな性格じゃなかったって二人は言ってたけど」
「うん。というか、呪いから僕らを守ってくれてたんですよね?」
イザの言う通り、呪いの影響でほとんど話すことはできなかったけど、あの神様自体は何か悪いことをしそうな雰囲気ではなかった。今回の件だって、問題だったのは死神さんではなく呪いの方だし、そもそもそんな危険な呪いを封じ込めていたのは死神さんという話だったはずだ。
罪があるどころか、土地神様に代わって人を守っていた。賞賛されそうなものなのに、どうして責められることになっているのだろう。
「そりゃアレが死神としての責務を放っぽり投げてたからだ。長いコト人間の魂を管理しなくなって、キリや他の神に押し付けてたようなモンだからな。そら他の神の怒りも買うって話サね」
「そういえば、まつろわぬ神ってやつになってたとか言ってましたね。それって呪いを封じてた件とは別なんですか?」
「うん。元々は違う目的のために責務を手放して、その後に呪いを封じとったんじゃって」
なるほど。そういう経緯だったか。
言い方からして、マトイさんもキリさんもあの後で死神さんに直接訊いたのかな。
「ンなワケで周囲をそれなりに納得させる言い分が立つ上、禊《みそぎ》のために拘留させられる場所として最適だったのがウカのところってコトだ。まァ人助けもしてた辺りは情状酌量の余地ありって判定にゃなるだろうから、暫くは小間使いとして働かされて元の役割に戻すってのが落としどころじゃねェかな」
「死神の目的ってのは……」
「ソレについては本人の希望でオレから言うのは無しだ。悪いね」
まあ、その辺りはプライベートな事なのかもしれないし、追求しても仕方がないか。
しかし、そういうことならもう簡単に会うことができないところに行ってしまったんだな。元より神様なんてそういう存在だろうけど……せめて、もう少し話くらいはしておきたかったな。
「気になるンならいつか直接話してみるといい。そのうち休暇取って謝りにくるだろうからな」
「え、休暇とかあるんですか?」
「前にウカはまともな神だって言ったろ。反省中でも休暇くらいは出すだろうし、なんならソコの漫画家とウカを通してメールでもやり取りできると思うぞ」
「そうだね。さっき死神さんの料理が美味しかったとメールで報告が来たよ」
ボンチョさんが差し出してきたスマホの画面を見ると、お椀に盛られた蕎麦と天ぷらの写真が表示されている。やだ、すごく美味しそう。
勝手に刑務所に収容されたようなイメージをしてたけど、この様子だと福利厚生がしっかりした部署への異動のようなものにも思えてきた。ホワイト反省室?
「とりあえず、今回の件でオレやキリから話せンのはこの辺りまでだな。ご清聴ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました!」
キリさん達が軽く頭を下げたところで今回の死神騒動の話は終了となり、あらためて肉と料理で舌鼓を打つことになった。
話せることは少ないと言われたけれど、聞きたいことは大体聞けた。つーかそれより飯食いたい。
恐らく皆も同じような考えなのだろう。それ以上はこの件について特に話すこともなく、食事を楽しむことになったのだった。
「──ところで誰かお酒が置いてあるところ知らん? 探したんじゃけど見当たらんのんよ」
「あるわけねェだろ高校だぞココ」
〇〇〇
「悪いね、手伝ってもらって」
校舎裏のゴミ捨て場で、荷を下ろしたマトイさんがそう言ってきた。
時間は過ぎて、午後二時頃。
食事会は無事に終わりを迎え、片付けをすることになったのだが……マトイさんは一人で大量のゴミ袋を捨てに行こうとしていた。
誰が見ても明らかな多量積載を見て、偶然手の空いていた僕は手伝いを申し出た結果、二人きりのゴミ捨て隊となってここまでやってきたわけである。
「いやいや、むしろお礼を言わないといけないのはこっちの方ですよ。ご馳走様でした」
「お粗末様でした。満足してもらえたならよかったよ」
「はい。……ところで、マトイさんって普段はどういう仕事してるんですか? これだけの規模の食事会って相当お金かかってると思うんですけど……」
「その辺はまァ、秘密ってコトで」
「……クリーンなお金ですよね?」
「オレのコト何だと思ってンの?」
どうあっても顔を見せない怪しい大人……と正直に言うのはやめておこう。自覚はあるっぽいしな。
ううむ、頼りにはなるし信頼もしてるけど、胡散臭い印象なのは初対面の時から据え置きなんだよなこの人。顔が見えないのが主な理由だけど。
「ま、素性を明かさない輩に対してその反応は正常だわな」
「いやあの、失礼な事言った僕が言うのもなんですけど、少しは文句言ってもいいと思いますよ……?」
「や、それよりも安心が勝つというかね。ホラ、変なコトに巻き込まれてると認知が歪むからサ」
肩をすくめるマトイさんの言葉に少しハッとした。
たしかに最近、怪異なんかに関わりすぎて自分の中の認識が変化している自覚はある。
無意識下での認知の歪み。言われてみれば、僕自身その状況に陥っている気がするな。
「さっきも少し言ったけど、あまり踏み込み過ぎると碌な事にならねェからな。今更な気はするけど、怪異だの神だのと人間の手に余るモンに深く関わるとあんまし良いコトなんざねェ。興味を持つのはいいが、行き過ぎないようにしとくのを勧めるよ」
マトイさんの声は真剣なもので、思わず背が伸びてしまう。
……って言われても、本当に今更な話だ。もうキリさんだったりノロイさんだったり、付喪神なんかにも関わってるし。というか……
「そう言う割には訊いたら色々教えてくれますよね。それにマトイさん自身も人のことは言えないんじゃ……」
「そら訊かれたら答えられる範囲で答えるサ。ただ、オレはもう関わりすぎて戻れないからなァ。色々あった身だし……キミらには普通でいてほしいっつー老婆心ってだけサね」
「……そうですか」
遠くを見つめるような呟きに、これ以上の質問はできなかった。
なんでそんなに色々知ってて、キリさんでも手こずる存在を簡単に打倒せたりするのか。顔を隠しているのはどんな理由があるのか。そもそも、マトイさんは一体何者なのか……。
訊きたいことは山ほどあるし、訊けばそれなりに答えてくれるのかもしれない。だけど、どこか踏み込んではいけないような……そんな無意識のうちに感じていた雰囲気を今は全面に出しているような、そんな気がした。
……そんな話をしていると、校舎の方から足音や話し声がにわかに聞こえてきた。
他の場所で食べていた人達も片付けにきたみたいだな。
「人が増えそうだな。邪魔になったらよくないし、サッサと退散するか」
「そうですね」
ゴミ捨てが済んだのにこの場に残って話し込むのもおかしな話だもんな。
ということで、僕らはその場を後にしたのだった。
「あ、そうだ」
ゴミ捨て場からの帰り道……と言うにはさほど時間が経っていないけど、校舎内に入ったところで、前を行くマトイさんがふと呟いた。
「何かありました?」
「いや、大した話じゃないから適当に聞き流してくれてもいいンだけどサ。さっき話した関わらない方がいいってヤツの続きというか、補足をしとこうかと思って」
話を続けるマトイさんは背中を向けたまま、いたって普通の声をしている。
そんないつもと変わらないテンションで──
「───オレのコトも、あんまり信用し過ぎないでもらえると助かる。……ま、コレも今更な話だけどサ」
──そんなよく分からないことを言い残して、また歩き始めたのだった。