31話 怪人と僕らの後夜祭 その二
ー/ー
「───…………え……」
衝撃的な告白をされ、僕は混乱して声を漏らした。
……僕の記憶喪失が、サラのせい?
「いやいや、何言ってんだお前。記憶云々は死神さんが魂を持っていったからだってこの前話されたばっかだろ」
「そうだケド……そうじゃないの。そうなった原因は、ワタシだから」
そうじゃない? 原因?
なんだ、何の話をしてるんだ。
「──もう思い出してるんでしょ? ワタシタチがあの日、非常階段から落ちた時のコト」
……サラの目尻には、雫が溜まっていた。
堪えるように揺れる瞳を伏せ、声を出すのさえ苦しそうにしながら、表情をくしゃくしゃに歪ませながら……僕から目を逸らすようにして、彼女は話を続ける。
「体育祭の時、色んな声が聞こえた。アレがキリチャンの言ってた、セッチャンの記憶……なんだよネ? あの声でチャンと思い出したノ。文化祭前のあの日……ワタシが立ち入り禁止の非常階段に入っていなけレバ、セッチャンは──」
「待て待て待て、ちょっと待て」
泣き出しそうな顔で話すサラの言葉を遮るように、待ったをかけた。
かなりシリアス状態なところ申し訳ないけど、少し止まってほしい。
「ご、ゴメンネ。こんな、こんなコトを知ってて黙ってたナンテ、やっぱりイヤだったよね。謝って済むコトじゃナイダロケド……」
「いや本当に待っ……泣くな、怒ってないから! いや、それ以上に困惑してるというかネタバレ食らって混乱してるというか──
──まだ僕は、その時の事を思い出してないんだってば!」
「──……エ?」
僕が声を強めて放った言葉に、サラは呆けた声を上げた。
それから目を丸くして、こちらを見つめてきた。
「……タマシイ、戻ったんダヨネ?」
「そのはずだね」
「…………記憶も戻ったんダヨネ?」
「さっぱりだね」
「え……エェー……?」
なんだその微妙に困惑したような顔は。僕も今そんな感じだけどな。
「いや、一応変化はあったんだぞ? ちゃんと人の名前は覚えられるようになったしさ。……ただ──」
……自分の魂の一部が合体融合してからというもの、たしかに色々と変化はあった。いや、変化というより本来の状態に戻っている……というのが正しいのだろうか。
気持ち程度に体調が良くなったり、微細な変化もいくつかあるが……特に顕著なのは、普通に他の人の名前を覚えられるようになったことだ。
元々知っていたイザやフキの名前は思い出せるようになったし、雑誌や本に載っている名前もぼやけることなくきちんと読めるようになった。リンギクさん達みたいに最近出会った人の名前はまた覚えないといけないけど……人名に対する認識能力は元に戻ってきているのが自覚できている。
そんな変化がありつつも、未だ変わっていない部分もあった。
「──去年の文化祭の辺り。そこだけはまだ、思い出せてないんだ」
唯一といっていい変化のない部分。それはごっそりと抜け落ちている去年の文化祭周辺の記憶だ。
そこだけはなぜか全くと言っていいほど思い出すことができず、未だにその兆候すら感じられない。
校舎で死神さんの纏っていた呪いとなんやかんやしてる時に見た、断片的な景色。あれらが手掛かりになると思って色々思い起こしてはみたものの……成果はさっぱりである。
「な、ナンデ? タマシイが戻ったら記憶も戻るンジャナイノ?」
「理由は僕も分からない。この前言われたように時間が掛かるのか……ってことを実はさっきBBQが始まる前にキリさんに訊いてみたんだけど」
「行動ハエーなセッチャン」
「お褒めにあずかり恐悦至極。……で、土地神様にも訊いてみたけど、どうにもできないって言われてな。魂の形は元に戻ってるから、既に記憶が蘇っててもおかしくはないらしいんだけどね」
神通力で戻せないかとも聞いてみたけど、キリさんによると『無理に治そうとすると逆に危ないかもしれない』とのことだった。
僕の状態としては人間の領域外の力によって歪められているため、現状どうやって成り立っているのかはよく分からない状態……つまり、変に手を出すこと自体が危ういと言われてしまったのである。
「一応、その辺も含めて後でマトイさんにも訊いてみようかと思うけど……って、どうした!?」
説明をしながらサラへ振り向くと、膝を抱えて顔を埋める彼女の姿があった。
体調でも悪いのかと思って焦ったところで、彼女は口を開いた。
「……自分のコトが、嫌になっただけ」
ぽつり、と。
そのまま呟くように言って、サラは続ける。
「嫌われたくナイとか、そんなコトばっかり考えて。セッチャンはまだ大変なままなのに、ワタシは自分のコトしか考えてなくて……一方的に急いで話して、許されようとしテタ」
床に垂れた自分の髪の毛をくしゃっと掴んだその手は震えている。
いつも元気で快活とした彼女の赤い髪が、今だけはなんだか萎れた色に見えた。
「ワタシ、全然ダメだ。イザやフキみたいにハッキリ言えナイし、キリチャンやマトチャンタチみたいに人助けもできナイ。セッチャンみたいに……思いヤリもナイし、前も向けない。ナンデこうなんだろ」
「サラ」
「ワタシ、自分勝手で頭も悪くて、騙されやすくて……ダメダメだ」
「おいサラ」
どんよりと沈み続けるサラの言葉を止めるように、声を掛ける。しかし顔は俯いたままで、言葉も止まる気配がない。
……ええい、面倒くせえ。
表情を見せずに俯いたままの赤い頭を、両手で掴んだ。
そして、
「おりゃおりゃおりゃおりゃ」
「Waaaaahh!?」
これでもかというくらい、ぐしゃぐしゃにかき回す。犬猫を撫でまわすように、もうぐっしゃぐしゃに。
うーむ、綺麗な髪で手触りもいい。それをかき乱していくのは背徳感があるね……なんて言うと変態的な感じになるな。やめとこう。
「な、ナニすんノ!」
「うるせえ。お前の方こそ何言ってやがる」
僕の手を振り払い、涙目で自分の頭を抱えるサラに対して吐き捨てる。
ホントに何言ってんだか、この馬鹿は。
「別に僕自身は大変だとか思ってないし、そんなに大した人間じゃない。つーか自分第一で行動や発言するのなんか誰でも当たり前のことだ。それに……お前だって色々悩んで、自分から言おうとしてくれたんだろ?」
どういう事情であれ、サラは色々と思い悩んで僕に話そうとしてくれた。何も打ち明けることなく、そのままの関係を維持することだって選択できたのに。
それでも逃げずに言おうとしてくれたことが、何より嬉しいってものだ。
「非常階段から落ちたとかなんとかってのは思い出せてないし、その時の状況もまだよく分かってないけどさ。事故った時も別にお前に悪気があったわけじゃないんだろ? なら僕は気にしない。……ていうか、お前と変な感じになるなら、別に記憶とかどうでもいいわ」
何があったのかは知らないし、思い出せていない。サラの様子を見るに、碌な事があったわけでもないだろう。
それを思い出して今の関係を壊すくらいなら、僕はあえて記憶に蓋をしてしまっても構わない。
「……フツー、記憶って取り戻しタイモノじゃナイノ?」
「悪いけど、最近僕の中で『普通』の定義が揺らぎまくってるもんでね。薔薇本好きな土地神様とかが身近にいるせいかな」
「フフッ……ゴメンネ」
「謝るのは無し。感謝を述べよ」
「……Thanks, セッチャン」
僕が釘を刺すように言うと、サラは微笑んでくれた。
──やっぱり、お前はいつも通り笑ってんのが一番いいよ。
……なんて、恥ずかしいことは言えないけれど。とりあえずいつもの調子に戻ったみたいでよかった。
「あ、でもソレはソレとしてワタシの知ってるコトはまた今度ちゃんと話させテ。セッチャンが覚えてないままでイイって言っても、記憶があったホーがイイのは事実デショ?」
「あ、はい」
一緒に笑ってたら僕も釘を刺された。
いや、はい。ごもっともな意見だと思います、はい。
思わず畏まった返事をすると、サラはまた花が咲いたような笑みを浮かべた。
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「いやいや、何言ってんだお前。記憶云々は死神さんが魂を持っていったからだってこの前話されたばっかだろ」
「そうだケド……そうじゃないの。そうなった《《原因》》は、ワタシだから」
そうじゃない? 原因?
なんだ、《《何の話をしてるんだ》》。
「──もう思い出してるんでしょ? ワタシタチがあの日、《《非常階段から落ちた時のコト》》」
……サラの目尻には、雫が溜まっていた。
堪えるように揺れる瞳を伏せ、声を出すのさえ苦しそうにしながら、表情をくしゃくしゃに歪ませながら……僕から目を逸らすようにして、彼女は話を続ける。
「体育祭の時、色んな声が聞こえた。アレがキリチャンの言ってた、セッチャンの記憶……なんだよネ? あの声でチャンと思い出したノ。文化祭前のあの日……ワタシが立ち入り禁止の非常階段に入っていなけレバ、セッチャンは──」
「待て待て待て、ちょっと待て」
泣き出しそうな顔で話すサラの言葉を遮るように、待ったをかけた。
かなりシリアス状態なところ申し訳ないけど、少し止まってほしい。
「ご、ゴメンネ。こんな、こんなコトを知ってて黙ってたナンテ、やっぱりイヤだったよね。謝って済むコトじゃナイダロケド……」
「いや本当に待っ……泣くな、怒ってないから! いや、それ以上に困惑してるというかネタバレ食らって混乱してるというか──
──まだ僕は、《《その時の事を思い出してない》》んだってば!」
「──……エ?」
僕が声を強めて放った言葉に、サラは呆けた声を上げた。
それから目を丸くして、こちらを見つめてきた。
「……タマシイ、戻ったんダヨネ?」
「そのはずだね」
「…………記憶も戻ったんダヨネ?」
「さっぱりだね」
「え……エェー……?」
なんだその微妙に困惑したような顔は。僕も今そんな感じだけどな。
「いや、一応変化はあったんだぞ? ちゃんと人の名前は覚えられるようになったしさ。……ただ──」
……自分の魂の一部が合体融合してからというもの、たしかに色々と変化はあった。いや、変化というより本来の状態に戻っている……というのが正しいのだろうか。
気持ち程度に体調が良くなったり、微細な変化もいくつかあるが……特に顕著なのは、普通に他の人の名前を覚えられるようになったことだ。
元々知っていたイザやフキの名前は思い出せるようになったし、雑誌や本に載っている名前もぼやけることなくきちんと読めるようになった。リンギクさん達みたいに最近出会った人の名前はまた覚えないといけないけど……人名に対する認識能力は元に戻ってきているのが自覚できている。
そんな変化がありつつも、未だ変わっていない部分もあった。
「──去年の文化祭の辺り。そこだけはまだ、思い出せてないんだ」
唯一といっていい変化のない部分。それはごっそりと抜け落ちている去年の文化祭周辺の記憶だ。
そこだけはなぜか全くと言っていいほど思い出すことができず、未だにその兆候すら感じられない。
校舎で死神さんの纏っていた呪いとなんやかんやしてる時に見た、断片的な景色。あれらが手掛かりになると思って色々思い起こしてはみたものの……成果はさっぱりである。
「な、ナンデ? タマシイが戻ったら記憶も戻るンジャナイノ?」
「理由は僕も分からない。この前言われたように時間が掛かるのか……ってことを実はさっきBBQが始まる前にキリさんに訊いてみたんだけど」
「行動ハエーなセッチャン」
「お褒めにあずかり恐悦至極。……で、土地神様にも訊いてみたけど、どうにもできないって言われてな。魂の形は元に戻ってるから、既に記憶が蘇っててもおかしくはないらしいんだけどね」
神通力で戻せないかとも聞いてみたけど、キリさんによると『無理に治そうとすると逆に危ないかもしれない』とのことだった。
僕の状態としては人間の領域外の力によって歪められているため、現状どうやって成り立っているのかはよく分からない状態……つまり、変に手を出すこと自体が危ういと言われてしまったのである。
「一応、その辺も含めて後でマトイさんにも訊いてみようかと思うけど……って、どうした!?」
説明をしながらサラへ振り向くと、膝を抱えて顔を埋める彼女の姿があった。
体調でも悪いのかと思って焦ったところで、彼女は口を開いた。
「……自分のコトが、嫌になっただけ」
ぽつり、と。
そのまま呟くように言って、サラは続ける。
「嫌われたくナイとか、そんなコトばっかり考えて。セッチャンはまだ大変なままなのに、ワタシは自分のコトしか考えてなくて……一方的に急いで話して、許されようとしテタ」
床に垂れた自分の髪の毛をくしゃっと掴んだその手は震えている。
いつも元気で快活とした彼女の赤い髪が、今だけはなんだか萎れた色に見えた。
「ワタシ、全然ダメだ。イザやフキみたいにハッキリ言えナイし、キリチャンやマトチャンタチみたいに人助けもできナイ。セッチャンみたいに……思いヤリもナイし、前も向けない。ナンデこうなんだろ」
「サラ」
「ワタシ、自分勝手で頭も悪くて、騙されやすくて……ダメダメだ」
「おいサラ」
どんよりと沈み続けるサラの言葉を止めるように、声を掛ける。しかし顔は俯いたままで、言葉も止まる気配がない。
……ええい、面倒くせえ。
表情を見せずに俯いたままの赤い頭を、両手で掴んだ。
そして、
「おりゃおりゃおりゃおりゃ」
「Waaaaahh!?」
これでもかというくらい、ぐしゃぐしゃにかき回す。犬猫を撫でまわすように、もうぐっしゃぐしゃに。
うーむ、綺麗な髪で手触りもいい。それをかき乱していくのは背徳感があるね……なんて言うと変態的な感じになるな。やめとこう。
「な、ナニすんノ!」
「うるせえ。お前の方こそ何言ってやがる」
僕の手を振り払い、涙目で自分の頭を抱えるサラに対して吐き捨てる。
ホントに何言ってんだか、この馬鹿は。
「別に僕自身は大変だとか思ってないし、そんなに大した人間じゃない。つーか自分第一で行動や発言するのなんか誰でも当たり前のことだ。それに……お前だって色々悩んで、自分から言おうとしてくれたんだろ?」
どういう事情であれ、サラは色々と思い悩んで僕に話そうとしてくれた。何も打ち明けることなく、そのままの関係を維持することだって選択できたのに。
それでも逃げずに言おうとしてくれたことが、何より嬉しいってものだ。
「非常階段から落ちたとかなんとかってのは思い出せてないし、その時の状況もまだよく分かってないけどさ。事故った時も別にお前に悪気があったわけじゃないんだろ? なら僕は気にしない。……ていうか、お前と変な感じになるなら、別に記憶とかどうでもいいわ」
何があったのかは知らないし、思い出せていない。サラの様子を見るに、碌な事があったわけでもないだろう。
それを思い出して今の関係を壊すくらいなら、僕はあえて記憶に蓋をしてしまっても構わない。
「……フツー、記憶って取り戻しタイモノじゃナイノ?」
「悪いけど、最近僕の中で『普通』の定義が揺らぎまくってるもんでね。薔薇本好きな土地神様とかが身近にいるせいかな」
「フフッ……ゴメンネ」
「謝るのは無し。感謝を述べよ」
「……Thanks, セッチャン」
僕が釘を刺すように言うと、サラは微笑んでくれた。
──やっぱり、お前はいつも通り笑ってんのが一番いいよ。
……なんて、恥ずかしいことは言えないけれど。とりあえずいつもの調子に戻ったみたいでよかった。
「あ、でもソレはソレとしてワタシの知ってるコトはまた今度ちゃんと話させテ。セッチャンが覚えてないままでイイって言っても、記憶があったホーがイイのは事実デショ?」
「あ、はい」
一緒に笑ってたら僕も釘を刺された。
いや、はい。ごもっともな意見だと思います、はい。
思わず畏まった返事をすると、サラはまた花が咲いたような笑みを浮かべた。