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27話 土地神様と番外競技 その七

ー/ー




 林泉高校の本校舎はコの字型の形状をしている。

 音楽室や理科室、美術室といった特定教科の授業を行う特別教室が主に並んでいる西棟。大講堂と連なる中央棟。そして、普通教室や職員室、保健室なんかが収まっている東棟。そんな三つの直線的な棟から成り立っている校舎だが、それぞれの直線は均一な長さをしているわけではない。
 全校生徒や教員を収容する必要のある東棟が最も長く広い面積になっていて、直線距離も西棟より頭一つ二つ抜けて長いというアンバランスさだ。ついでに言うと、東棟から渡り廊下を結んで隣接している食堂を含めればもっと長かったりもする。


 そして、そんな本校舎の中では最も長い東棟の廊下を今、僕は全力で走っていた。

(キリさん、今死神さんどの辺!?)
「ちょうど私達の真上の辺り! セキさんの方が速いかも!」
(っしゃ、勝てる!)

 少し後ろを浮遊しながら追従している土地神様から競争相手の現在位置を聞き、少しだけ安堵する。
 階段を降りる時間を考えれば、直線で駆け抜ければいいだけの僕らが優位に立っているといっていい。このままペースを落とさず走れば、確実にこちらが先にゴールできるだろう。

 問題は体力的にはもう限界をとっくに超えているということ。大講堂の前からスタートしてここまでずっと全速力を維持し続けているから当然ではあるが、息が完全に上がってしまっている。
 しかし、限界だからといって止まる気も速度を緩める気もない。呪いにやられるとめちゃくちゃに苦しいのは分かりきっているし、心の中が丸見えの拡声器になるのも御免だ。絶対に勝ってやる。

「……!? 死神さんが速くなっとる! セキさん、急いで!」
(マジすか!?)

 どうやら向こうも本気を出してきたみたいだ。こっちはもうギリギリだってのに、クソッ!
 ……と、腹の内で悪態をついたところで、視界の先にボンチョさんの姿が確認できた。
 距離はあと少し。相手がどの程度迫ってきているのかは分からないけど、まだ死神さんの姿は見えていない。このままの勢いで突っ込めば──勝てる!

 勝ち筋を掴み、さらにペースを上げて階段の前を通り抜けようとしたところで……予想外のものが目に映った。

「───ぁ?」

 思わず思考が止まり、呆けた声が出た。
 ちょうど僕と合流するように階段を降りてきた存在。呪いの靄を撒き散らしながら駆ける死神さんだ。
 しかし、その姿は三階で別れた時に見たものとは違っている。


 僕だ。
 僕の……相引セキの姿をしているのだ。


 どうしてそんな姿に? いつ、どのタイミングで?
 それにその姿は、まるで去年の──

「セキさん! 止まっちゃ駄目!!」
「───っ!」

 キリさんの叱咤にハッと思考を取り戻した。
 そうだ、頭の中を疑問で埋め尽くしている場合じゃない。今はとにかく走らないと。
 思考が止まっていたのが一瞬だったこともあって、幸い足は止まっていない。僕の姿をした死神さんにもまだ追い付かれていないようだ。

 しかし、足が鉛のように重い。肺は焼けつくように痛むし、耳の奥では心臓の音がうるさく鳴り響いている。
 視界の端に黒い靄がちらつく。よく見えないけど、すぐ隣に死神さんがいる。

 このままだと、追い抜かれる。

 真横から感じるプレッシャーに吐き気を催しながらも、ただ前に、前に足を出していく。身体の不調は呪いが進行しているのか、疲れからかは分からない。考えてる余裕がない。ゴール地点であるボンチョさんの姿がどんどん近づく。そして、死神さんの圧もどんどん近づいている。
 ああもう、頭が回らない。考えてることもぐっちゃぐちゃだ。

 もうなんか色々分からなくなってきながらも、いつの間にかゴールは目の前。最後の一歩に全力で力を込めて、跳ぶようにゴールへと身体を投げ出した。

「───っ!」

 ゴールラインである壁際のボンチョさんの目の前を通り抜けた途端、喉の奥から掠れた息とも声ともつかない何かを吐き出しながら、床に倒れ込んだ。
 あーヤバい。視界が滲んでほとんど何も見えないし、耳もよく聞こえない。頭痛い。
 完全に限界を超えておかしくなった身体をどうにか落ち着けようと、荒くなった息を整えようとする……けど、これ無理だ。マジでキツイ吐きそう死ぬ。
 そのまま泥に沈むかのように、僕は目を瞑って意識を手放……

 ……すことはなく。やけに身体が優しい暖かさに包まれた。

 なんだろう。どうしたんだい僕の身体。限界超えていよいよおかしくなったのかな。
 というか、息が急に楽になってきた気がする。もしかしてこれホントに死ぬ直前的なやつだったりする?

「──キさん! しっかりして! セキさん!」
「……キリさん?」
「あ、良かった! 気が付いた……」

 目を開けると、キリさんが僕の身体を揺さぶっていた。
 起き上がって見てみると、身体が光に包まれている。どうやらキリさんが神通力で体力を回復してくれたみたいだ。神の御業ってホントに便利だな。

「っ、げほっごほっ……」
「ああ待って、ゆっくり呼吸して」

 感心したのも束の間、咳き込んでしまった。キリさんが優しく背中を撫でてくれている。
 流石の神通力でも急速に調子が良くなるわけじゃないみたいだな。まあ疲れはほとんど吹っ飛んでるし、十分すぎるくらいの効果だけどね。

「無事で何よりだ、相引氏。それとキリさんは当方も撫でてください身体のありとあらゆるところを舐め回すように」
「げほっ……平常運転で何よりですボンチョさん。それで、結果は?」
「これを見るといいよ」

 そう言うと、ボンチョさんはスマホを差し出してきた。
 画面には動画が流れており、僕と僕……の姿をした死神さんが競り合いながら近づいてきている様子が映し出されていた。すぐに画面内のカメラ角度が変わって壁の方向を写し始め、そして……ほぼ同時に僕と死神さんが横切っていった。

「……どっちが勝ったか、よく分からないですね」
「ほとんど同時だったからね。コマ送りにしてみようか。あ、ゴールはここの窓枠の線だよ」

 追加説明と共にボンチョさんはスマホを操作して、僕らが横切る寸前まで動画を戻した。それからコマ送りで僕らが左から出てくる。
 キリさんと一緒に緊張しながら画面を見つめていると……

「「あっ!」」

 決定的な瞬間を見た僕とキリさんは同時に声を上げた。
 窓枠の線へと先に辿り着いたのは、手前側の僕の頭。つまり──

「おめでとう、ソウビキ氏。キミの勝ちだよ」
「よっ……しゃぁ!」

 ボンチョさんの賞賛を聞きながら、僕は両手を上げて後ろに倒れ込んだ。
 達成感や安堵で力が抜けてしまった。ギリギリだったけど、どうにか勝ててよかった……。
 そのまま首を動かし、少し離れた場所で棒立ちになっている僕……じゃなくて、死神さんを見つめる。まだ黒い靄が周りを漂っているけど、虚空を見つめたままボーっと突っ立っている。

 落ち着いたから思い出したけど、そういや死神さんは僕の魂の一部を持っているから姿を変えられるってさっき言ってたっけ。もしかして、サラよりも僕の方が足が速いから切り替えたということだろうか。呪い側にそういった意思があるのかは疑問が残るところだけど……。

 まあその辺の理屈はいいとして……こうして客観的に自分の姿を見るって変な感じがするな。鏡に映るのとも違う、妙な感覚だ。

「とりあえず、これで僕らの無事が確定して、死神さんの呪いは剥がせる……んですよね?」
「あ、うん! ちょっとしたら誓約の効果が出て、呪いが分離すると思う。まだ時間に余裕はあるはずじゃけえ、今のうちにサラちゃん迎えに行ってくるね」
「死神氏は放置していいのかい?」
「正直言うと不安が多いけえ、あんまり離れたくはないんじゃけど……呪いが分離した時になんかあったら、一人になっとるサラちゃんが危ないかもしれんけえね。もしなんかあったら、盆提灯先生がセキさんを守ってあげてくれませんか?」
「了解した。一応、あまり近づかないでおこうか」

 キリさんは僕をボンチョさんに任せると、フワフワと浮遊しながら来た道を戻っていった。全体的に白いせいか、薄暗い中だと目立つなぁ。
 しかしあの移動方法、見た感じ歩かなくていいから楽そうだよな。実際浮かんだことのある身としては怖かったけど、慣れるとちょっと楽しそうな気がする。

 そんな土地神様を見送ってから、この場に残ったのは僕とボンチョさんと死神さんの三人。いや二人と一神。

(……気まずい)

 僕の姿になってる死神さんは呪いの影響が怖いからまだ近付けないし、ボンチョさんも僕に対して苦手意識が残ってるだろうし……何を話したらいいか分かりません。
 誰も喋ることがないまま、ただ時間が流れていく。なんか今日、こういう状況が多くないかな。気のせい?

「ソウビキ氏」
「あ、はい?」

 いたたまれない空気に戸惑っていると、ボンチョさんの方から話しかけてきた。そして……

「ごめんなさい」

 と、なぜか頭を下げられてしまった。

「え?」
「いや何、誤解していた件について、きちんと謝罪していなかったからね。碌に話すこともなく、キミという人となりを勝手に決めつけてしまって本当に申し訳なかったと思う」
「そんな、気にしないでください。……中学の時、騒ぎを起こしたことは事実ですから」
「だとしても、さ。キミもフキザキ氏も理由なく人を傷つける人間ではないというのは話していて理解できる。自己満足でしかないかもしれないが、何かできる範囲のことをさせてはくれないかな」
「え、いやいいですよ。僕もフキも本当に気にしてませんから」
「いや、しかしだね……」

 ボンチョさんの意志は固く、頑として意見を曲げようとしない。本当にそこまで気にしなくていいのに、この人も大概人が好いな。
 しかし困った。こういう人はこっちが気にしなくてもいいと言えば余計に気を揉むタイプである。上手い落としどころを見つけないと納得してもらえないだろうし……あ、そうだ。

「じゃあ、後で僕にもサインください。それでこの件は終わりってことで」
「そんなことでいいのかい?」
「ミーハーですけど、僕も貴女の作品は好きですから。それと、これからは仲良くしてもらえると嬉しいです」
「……くふ、了解した」

 僕の提案に対して、彼女は口元を抑えながら軽く微笑んだ。
 どうにか納得してもらえたようでよかった。まあサインが欲しかったのも本心だし、普通に嬉しいです、はい。

「ああ、そうだ。もう一つ謝っておきたいことがあったんだ」
「え、何です?」
「当方の漫画の主人公達なんだが……勝手ながらキミとフキザキ氏をモデルにしてしまったんだ。事後承諾ですまない」
「マジですか。いや、むしろ嬉しいですけど……僕らにしては美化し過ぎじゃないですか、アレ」
「勿論、エンタメ作品だからね。多少の加筆修正なんかは必然だとも」
「修正しすぎて別モンでしょ」
「くふ、そうかもね」

 多少どころじゃねえだろ、と突っ込むと彼女はまた微笑んで、つられて僕も笑いが零れた。
 さっきまであったはずの壁はなく、ただ仲良く笑い合う。
 自意識過剰かもしれないけど……彼女と対等な関係になれた。そんな気がした。

 そうして薄暗さを照らすような、安心と嬉しさを混ぜたお互いの笑い声が廊下に小さく響くのだった───。




 ───目の前からボンチョさんの姿が消えるまでは。






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 林泉高校の本校舎はコの字型の形状をしている。
 音楽室や理科室、美術室といった特定教科の授業を行う特別教室が主に並んでいる西棟。大講堂と連なる中央棟。そして、普通教室や職員室、保健室なんかが収まっている東棟。そんな三つの直線的な棟から成り立っている校舎だが、それぞれの直線は均一な長さをしているわけではない。
 全校生徒や教員を収容する必要のある東棟が最も長く広い面積になっていて、直線距離も西棟より頭一つ二つ抜けて長いというアンバランスさだ。ついでに言うと、東棟から渡り廊下を結んで隣接している食堂を含めればもっと長かったりもする。
 そして、そんな本校舎の中では最も長い東棟の廊下を今、僕は全力で走っていた。
(キリさん、今死神さんどの辺!?)
「ちょうど私達の真上の辺り! セキさんの方が速いかも!」
(っしゃ、勝てる!)
 少し後ろを浮遊しながら追従している土地神様から競争相手の現在位置を聞き、少しだけ安堵する。
 階段を降りる時間を考えれば、直線で駆け抜ければいいだけの僕らが優位に立っているといっていい。このままペースを落とさず走れば、確実にこちらが先にゴールできるだろう。
 問題は体力的にはもう限界をとっくに超えているということ。大講堂の前からスタートしてここまでずっと全速力を維持し続けているから当然ではあるが、息が完全に上がってしまっている。
 しかし、限界だからといって止まる気も速度を緩める気もない。呪いにやられるとめちゃくちゃに苦しいのは分かりきっているし、心の中が丸見えの拡声器になるのも御免だ。絶対に勝ってやる。
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 どうやら向こうも本気を出してきたみたいだ。こっちはもうギリギリだってのに、クソッ!
 ……と、腹の内で悪態をついたところで、視界の先にボンチョさんの姿が確認できた。
 距離はあと少し。相手がどの程度迫ってきているのかは分からないけど、まだ死神さんの姿は見えていない。このままの勢いで突っ込めば──勝てる!
 勝ち筋を掴み、さらにペースを上げて階段の前を通り抜けようとしたところで……予想外のものが目に映った。
「───ぁ?」
 思わず思考が止まり、呆けた声が出た。
 ちょうど僕と合流するように階段を降りてきた存在。呪いの靄を撒き散らしながら駆ける死神さんだ。
 しかし、その姿は三階で別れた時に見たものとは違っている。
 僕だ。
 僕の……相引セキの姿をしているのだ。
 どうしてそんな姿に? いつ、どのタイミングで?
 それにその姿は、まるで去年の──
「セキさん! 止まっちゃ駄目!!」
「───っ!」
 キリさんの叱咤にハッと思考を取り戻した。
 そうだ、頭の中を疑問で埋め尽くしている場合じゃない。今はとにかく走らないと。
 思考が止まっていたのが一瞬だったこともあって、幸い足は止まっていない。僕の姿をした死神さんにもまだ追い付かれていないようだ。
 しかし、足が鉛のように重い。肺は焼けつくように痛むし、耳の奥では心臓の音がうるさく鳴り響いている。
 視界の端に黒い靄がちらつく。よく見えないけど、すぐ隣に死神さんがいる。
 このままだと、追い抜かれる。
 真横から感じるプレッシャーに吐き気を催しながらも、ただ前に、前に足を出していく。身体の不調は呪いが進行しているのか、疲れからかは分からない。考えてる余裕がない。ゴール地点であるボンチョさんの姿がどんどん近づく。そして、死神さんの圧もどんどん近づいている。
 ああもう、頭が回らない。考えてることもぐっちゃぐちゃだ。
 もうなんか色々分からなくなってきながらも、いつの間にかゴールは目の前。最後の一歩に全力で力を込めて、跳ぶようにゴールへと身体を投げ出した。
「───っ!」
 ゴールラインである壁際のボンチョさんの目の前を通り抜けた途端、喉の奥から掠れた息とも声ともつかない何かを吐き出しながら、床に倒れ込んだ。
 あーヤバい。視界が滲んでほとんど何も見えないし、耳もよく聞こえない。頭痛い。
 完全に限界を超えておかしくなった身体をどうにか落ち着けようと、荒くなった息を整えようとする……けど、これ無理だ。マジでキツイ吐きそう死ぬ。
 そのまま泥に沈むかのように、僕は目を瞑って意識を手放……
 ……すことはなく。やけに身体が優しい暖かさに包まれた。
 なんだろう。どうしたんだい僕の身体。限界超えていよいよおかしくなったのかな。
 というか、息が急に楽になってきた気がする。もしかしてこれホントに死ぬ直前的なやつだったりする?
「──キさん! しっかりして! セキさん!」
「……キリさん?」
「あ、良かった! 気が付いた……」
 目を開けると、キリさんが僕の身体を揺さぶっていた。
 起き上がって見てみると、身体が光に包まれている。どうやらキリさんが神通力で体力を回復してくれたみたいだ。神の御業ってホントに便利だな。
「っ、げほっごほっ……」
「ああ待って、ゆっくり呼吸して」
 感心したのも束の間、咳き込んでしまった。キリさんが優しく背中を撫でてくれている。
 流石の神通力でも急速に調子が良くなるわけじゃないみたいだな。まあ疲れはほとんど吹っ飛んでるし、十分すぎるくらいの効果だけどね。
「無事で何よりだ、相引氏。それとキリさんは当方も撫でてください身体のありとあらゆるところを舐め回すように」
「げほっ……平常運転で何よりですボンチョさん。それで、結果は?」
「これを見るといいよ」
 そう言うと、ボンチョさんはスマホを差し出してきた。
 画面には動画が流れており、僕と僕……の姿をした死神さんが競り合いながら近づいてきている様子が映し出されていた。すぐに画面内のカメラ角度が変わって壁の方向を写し始め、そして……ほぼ同時に僕と死神さんが横切っていった。
「……どっちが勝ったか、よく分からないですね」
「ほとんど同時だったからね。コマ送りにしてみようか。あ、ゴールはここの窓枠の線だよ」
 追加説明と共にボンチョさんはスマホを操作して、僕らが横切る寸前まで動画を戻した。それからコマ送りで僕らが左から出てくる。
 キリさんと一緒に緊張しながら画面を見つめていると……
「「あっ!」」
 決定的な瞬間を見た僕とキリさんは同時に声を上げた。
 窓枠の線へと先に辿り着いたのは、手前側の僕の頭。つまり──
「おめでとう、ソウビキ氏。キミの勝ちだよ」
「よっ……しゃぁ!」
 ボンチョさんの賞賛を聞きながら、僕は両手を上げて後ろに倒れ込んだ。
 達成感や安堵で力が抜けてしまった。ギリギリだったけど、どうにか勝ててよかった……。
 そのまま首を動かし、少し離れた場所で棒立ちになっている僕……じゃなくて、死神さんを見つめる。まだ黒い靄が周りを漂っているけど、虚空を見つめたままボーっと突っ立っている。
 落ち着いたから思い出したけど、そういや死神さんは僕の魂の一部を持っているから姿を変えられるってさっき言ってたっけ。もしかして、サラよりも僕の方が足が速いから切り替えたということだろうか。呪い側にそういった意思があるのかは疑問が残るところだけど……。
 まあその辺の理屈はいいとして……こうして客観的に自分の姿を見るって変な感じがするな。鏡に映るのとも違う、妙な感覚だ。
「とりあえず、これで僕らの無事が確定して、死神さんの呪いは剥がせる……んですよね?」
「あ、うん! ちょっとしたら誓約の効果が出て、呪いが分離すると思う。まだ時間に余裕はあるはずじゃけえ、今のうちにサラちゃん迎えに行ってくるね」
「死神氏は放置していいのかい?」
「正直言うと不安が多いけえ、あんまり離れたくはないんじゃけど……呪いが分離した時になんかあったら、一人になっとるサラちゃんが危ないかもしれんけえね。もしなんかあったら、盆提灯先生がセキさんを守ってあげてくれませんか?」
「了解した。一応、あまり近づかないでおこうか」
 キリさんは僕をボンチョさんに任せると、フワフワと浮遊しながら来た道を戻っていった。全体的に白いせいか、薄暗い中だと目立つなぁ。
 しかしあの移動方法、見た感じ歩かなくていいから楽そうだよな。実際浮かんだことのある身としては怖かったけど、慣れるとちょっと楽しそうな気がする。
 そんな土地神様を見送ってから、この場に残ったのは僕とボンチョさんと死神さんの三人。いや二人と一神。
(……気まずい)
 僕の姿になってる死神さんは呪いの影響が怖いからまだ近付けないし、ボンチョさんも僕に対して苦手意識が残ってるだろうし……何を話したらいいか分かりません。
 誰も喋ることがないまま、ただ時間が流れていく。なんか今日、こういう状況が多くないかな。気のせい?
「ソウビキ氏」
「あ、はい?」
 いたたまれない空気に戸惑っていると、ボンチョさんの方から話しかけてきた。そして……
「ごめんなさい」
 と、なぜか頭を下げられてしまった。
「え?」
「いや何、誤解していた件について、きちんと謝罪していなかったからね。碌に話すこともなく、キミという人となりを勝手に決めつけてしまって本当に申し訳なかったと思う」
「そんな、気にしないでください。……中学の時、騒ぎを起こしたことは事実ですから」
「だとしても、さ。キミもフキザキ氏も理由なく人を傷つける人間ではないというのは話していて理解できる。自己満足でしかないかもしれないが、何かできる範囲のことをさせてはくれないかな」
「え、いやいいですよ。僕もフキも本当に気にしてませんから」
「いや、しかしだね……」
 ボンチョさんの意志は固く、頑として意見を曲げようとしない。本当にそこまで気にしなくていいのに、この人も大概人が好いな。
 しかし困った。こういう人はこっちが気にしなくてもいいと言えば余計に気を揉むタイプである。上手い落としどころを見つけないと納得してもらえないだろうし……あ、そうだ。
「じゃあ、後で僕にもサインください。それでこの件は終わりってことで」
「そんなことでいいのかい?」
「ミーハーですけど、僕も貴女の作品は好きですから。それと、これからは仲良くしてもらえると嬉しいです」
「……くふ、了解した」
 僕の提案に対して、彼女は口元を抑えながら軽く微笑んだ。
 どうにか納得してもらえたようでよかった。まあサインが欲しかったのも本心だし、普通に嬉しいです、はい。
「ああ、そうだ。もう一つ謝っておきたいことがあったんだ」
「え、何です?」
「当方の漫画の主人公達なんだが……勝手ながらキミとフキザキ氏をモデルにしてしまったんだ。事後承諾ですまない」
「マジですか。いや、むしろ嬉しいですけど……僕らにしては美化し過ぎじゃないですか、アレ」
「勿論、エンタメ作品だからね。多少の加筆修正なんかは必然だとも」
「修正しすぎて別モンでしょ」
「くふ、そうかもね」
 多少どころじゃねえだろ、と突っ込むと彼女はまた微笑んで、つられて僕も笑いが零れた。
 さっきまであったはずの壁はなく、ただ仲良く笑い合う。
 自意識過剰かもしれないけど……彼女と対等な関係になれた。そんな気がした。
 そうして薄暗さを照らすような、安心と嬉しさを混ぜたお互いの笑い声が廊下に小さく響くのだった───。
 ───目の前からボンチョさんの姿が消えるまでは。