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熾烈の牙狼

ー/ー



 火事場の馬鹿力、という言葉がある。切迫した状況に置かれた時に、普段では想像もできないような力を出すことができるというのだ。冷静に考えてみれば、そんなことあるはずがないと言いたくなってしまうが、これが実際有り得てしまうのである。
 脳には力をセーブするための安全装置(セーフティ)が備わっている。人間の身体は案外脆いもので、100%の力を出し続けると、筋肉や骨にとてつもない負荷がかかり、身体を壊してしまう。安全装置(セーフティ)はそれを防ぐためのものだ。ところが、緊急時となれば話が変わる。


「あっははははは! 疾っ……すぎて、止まんねぇ! はっはは!」


 緊急時、100%の力を出さないように作用していた安全装置(セーフティ)は外れ、アドレナリンやβエンドルフィンといった物質が分泌され、人間の身体は限界を超える。一時的とはいえ飛躍的に上昇した運動能力、気分の高まりや幸福感をもたらすいわゆる脳内麻薬。全身を襲う激しい痛みをかき消し、黒狼は高らかに笑う。


鎖電瞬撃(ライトニングボルト)!」


 安全装置(セーフティ)が外れたことによる瞬間的な潜在能力の解放。溢れんばかりに増幅した魔力。バチバチと音を立てて迸る雷鳴の姿はもうどこにもなく、空気を割らんばかりに空を響かせ、轟音を鳴り響かせる雷は脳を揺らすほど地を響かせる。影も残さずに青白い雷電が闇を切り裂く光景を見たメモリアはもはや何をすることもできず立ち尽くすばかりだった。


「いくらなんでも速すぎ……」


 メモリアは絶対的な強者を知っている。幼なじみであり、同年代で唯一自分に勝ったフィスティシア。理不尽とまでは言わないが、メモリアをもって「フィスティシアには絶対勝てない」と言わしめる、最も大魔法使いに近い人物。
 あるいは、最強の大魔法使い、獄蝶のジョカ。勝てるビジョンすら見えない圧倒的理不尽の極み。メモリアが魔法使いとしての壁を思い知るきっかけになった人物。月詠、旋律、『火緋色の傷』。上げればキリがないほど、数多くの強者と渡り合ってきた。

 その上で、メモリアは言う。


「認めるよ、君は……強い!」


 最終演目(ラストリゾート)。魔法を『根源』へと還す、魔法使いの切り札。レオノールの最終演目(ラストリゾート)は想像の通りである。


(この速さを制御しろ! 場を広く使え! 思考を回し続けろ!)


 だが、その真髄は速さだけではない。今のレオノールは超帯電状態を維持しながら異次元の速度で走行する怪物だ。そこを何かが通過したことすら悟らせない超光速。そんな速度を維持し、その上移動、攻撃をする度に帯電することによってガス欠もしない。観測すらできない超光速で移動し、不可視の速度で攻撃。時間をかけるほど速度も火力を強化されていく。

 その最終演目(ラストリゾート)の名を――


「駆けろ! ”韋駄天(タキオン)”!」


 激しい雷撃を身にまといながら、レオノールは超光速で縦横無尽に攻撃を繰り返す。目の前から突如、死角から突然、見えている位置から普通に。メモリアは緩急のつけられた避けにくく防ぎにくい雷撃に、心底うざったそうな顔をしながらギリギリで雷撃を防ぐ。

 さて、時に話を変えるが、人間の反射神経の限界は果たしてどこなのだろうかと、考えたことはあるだろうか。高い反射神経が求められる場面はそう多くない。普通の魔法なら見てから避けることは容易であり、近接を得意とする脳筋魔法戦士でもなければ、魔法使いに反射神経は必要ない。
 それはそれとして、人間の反射神経の限界はおよそ0.1秒だと言われている。では、目の前から急に自身目掛けて飛んでくる雷を、人間は避けられるだろうか。


「当たるまで撃ってやるよ! 鎖電瞬撃(ライトニングボルト)!」

「……うっ……っへぇ……それ、連発できるんだ!」


 当然のように普通の域を超えたメモリアが、識の魔法という最大級のズルをすることで反射神経を強化し、すんでのところで避けることは、ギリギリ可能である。もちろん、そんな意味不明の速度にいつまでもついていける訳もなく、被弾は当たり前の意識で反撃をしているような状況だ。

 しかし、本当の問題は避ける側ではなく――


「あっ…………」


 異次元の超光速で動き続けるレオノールの反射神経である。レオノールも笑いながら悪態をついていたが、これだけは断言できる。


「くっっっそが! 制御できるわけねぇだろこんなクソスピード!」


 速すぎるスピードを制御しきれず、身体の半分を茂みを突っ込ませたレオノールが怒号を上げる。ため息が出るようなほど気の抜ける光景に、ほんの一瞬戦場の勢いが止んだ。


「……次で終わりにしようか」

「そうだな、俺もいい加減飽きてきた」

「当たらない魔法を撃つのは退屈でしょ?」


 そう言ってメモリアが両手を広げる。


「次は避けない。最高速の君を捉えてみせる」

「上等!」


 駆ける。雷撃とともに黒狼が駆ける。けたたましい雄叫びのような、落雷のような轟音がスタート合図だ。獲物の首元に目掛けて狼が牙を立てる。四肢を喰いちぎるように爪を立てる。


「”稲妻の槍(ブリューナク)”ッ!」


 1歩、地面を踏みしめてレオノールは加速していく。

 2歩、たったそれだけで最高速度に達し、音を超える。

 3歩、帯電され続けた電撃が槍の形を成していく。

 4歩、超越された速さで狼が駆ける。

 5歩を踏みしめ、狼は――


「…………くそ」


 ぱたりと膝から崩れ落ち、吠えることなく闘い果てた。


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 火事場の馬鹿力、という言葉がある。切迫した状況に置かれた時に、普段では想像もできないような力を出すことができるというのだ。冷静に考えてみれば、そんなことあるはずがないと言いたくなってしまうが、これが実際有り得てしまうのである。
 脳には力をセーブするための|安全装置《セーフティ》が備わっている。人間の身体は案外脆いもので、100%の力を出し続けると、筋肉や骨にとてつもない負荷がかかり、身体を壊してしまう。|安全装置《セーフティ》はそれを防ぐためのものだ。ところが、緊急時となれば話が変わる。
「あっははははは! 疾っ……すぎて、止まんねぇ! はっはは!」
 緊急時、100%の力を出さないように作用していた|安全装置《セーフティ》は外れ、アドレナリンやβエンドルフィンといった物質が分泌され、人間の身体は限界を超える。一時的とはいえ飛躍的に上昇した運動能力、気分の高まりや幸福感をもたらすいわゆる脳内麻薬。全身を襲う激しい痛みをかき消し、黒狼は高らかに笑う。
「|鎖電瞬撃《ライトニングボルト》!」
 |安全装置《セーフティ》が外れたことによる瞬間的な潜在能力の解放。溢れんばかりに増幅した魔力。バチバチと音を立てて迸る雷鳴の姿はもうどこにもなく、空気を割らんばかりに空を響かせ、轟音を鳴り響かせる雷は脳を揺らすほど地を響かせる。影も残さずに青白い雷電が闇を切り裂く光景を見たメモリアはもはや何をすることもできず立ち尽くすばかりだった。
「いくらなんでも速すぎ……」
 メモリアは絶対的な強者を知っている。幼なじみであり、同年代で唯一自分に勝ったフィスティシア。理不尽とまでは言わないが、メモリアをもって「フィスティシアには絶対勝てない」と言わしめる、最も大魔法使いに近い人物。
 あるいは、最強の大魔法使い、獄蝶のジョカ。勝てるビジョンすら見えない圧倒的理不尽の極み。メモリアが魔法使いとしての壁を思い知るきっかけになった人物。月詠、旋律、『火緋色の傷』。上げればキリがないほど、数多くの強者と渡り合ってきた。
 その上で、メモリアは言う。
「認めるよ、君は……強い!」
 |最終演目《ラストリゾート》。魔法を『根源』へと還す、魔法使いの切り札。レオノールの|最終演目《ラストリゾート》は想像の通りである。
(この速さを制御しろ! 場を広く使え! 思考を回し続けろ!)
 だが、その真髄は速さだけではない。今のレオノールは超帯電状態を維持しながら異次元の速度で走行する怪物だ。そこを何かが通過したことすら悟らせない超光速。そんな速度を維持し、その上移動、攻撃をする度に帯電することによってガス欠もしない。観測すらできない超光速で移動し、不可視の速度で攻撃。時間をかけるほど速度も火力を強化されていく。
 その|最終演目《ラストリゾート》の名を――
「駆けろ! ”|韋駄天《タキオン》”!」
 激しい雷撃を身にまといながら、レオノールは超光速で縦横無尽に攻撃を繰り返す。目の前から突如、死角から突然、見えている位置から普通に。メモリアは緩急のつけられた避けにくく防ぎにくい雷撃に、心底うざったそうな顔をしながらギリギリで雷撃を防ぐ。
 さて、時に話を変えるが、人間の反射神経の限界は果たしてどこなのだろうかと、考えたことはあるだろうか。高い反射神経が求められる場面はそう多くない。普通の魔法なら見てから避けることは容易であり、近接を得意とする脳筋魔法戦士でもなければ、魔法使いに反射神経は必要ない。
 それはそれとして、人間の反射神経の限界はおよそ0.1秒だと言われている。では、目の前から急に自身目掛けて飛んでくる雷を、人間は避けられるだろうか。
「当たるまで撃ってやるよ! |鎖電瞬撃《ライトニングボルト》!」
「……うっ……っへぇ……それ、連発できるんだ!」
 当然のように普通の域を超えたメモリアが、識の魔法という最大級のズルをすることで反射神経を強化し、すんでのところで避けることは、ギリギリ可能である。もちろん、そんな意味不明の速度にいつまでもついていける訳もなく、被弾は当たり前の意識で反撃をしているような状況だ。
 しかし、本当の問題は避ける側ではなく――
「あっ…………」
 異次元の超光速で動き続けるレオノールの反射神経である。レオノールも笑いながら悪態をついていたが、これだけは断言できる。
「くっっっそが! 制御できるわけねぇだろこんなクソスピード!」
 速すぎるスピードを制御しきれず、身体の半分を茂みを突っ込ませたレオノールが怒号を上げる。ため息が出るようなほど気の抜ける光景に、ほんの一瞬戦場の勢いが止んだ。
「……次で終わりにしようか」
「そうだな、俺もいい加減飽きてきた」
「当たらない魔法を撃つのは退屈でしょ?」
 そう言ってメモリアが両手を広げる。
「次は避けない。最高速の君を捉えてみせる」
「上等!」
 駆ける。雷撃とともに黒狼が駆ける。けたたましい雄叫びのような、落雷のような轟音がスタート合図だ。獲物の首元に目掛けて狼が牙を立てる。四肢を喰いちぎるように爪を立てる。
「”|稲妻の槍《ブリューナク》”ッ!」
 1歩、地面を踏みしめてレオノールは加速していく。
 2歩、たったそれだけで最高速度に達し、音を超える。
 3歩、帯電され続けた電撃が槍の形を成していく。
 4歩、超越された速さで狼が駆ける。
 5歩を踏みしめ、狼は――
「…………くそ」
 ぱたりと膝から崩れ落ち、吠えることなく闘い果てた。