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18話 土地神様と体育祭 その九

ー/ー




 生徒用の荷物置き場から弁当を取って戻ってきた僕らは皆揃って外での昼食をすることになった。
 輪になって食事をしながら、あらためて三つ編みの女性……もとい、盆提灯先生を紹介されたわけだが……。

「僕らの中学の先輩で、『ダンタリオン・ゲーム』の作者か……」
「なるほどな。そりゃまた色んな意味でビッグゲストだ」
「二人トモ、冷静(レーセー)だネ?」

 三つ編みの女性、盆提灯先生について僕らが呟くと、反応の薄さが気になったのかサラが不思議そうな目でこちらを見つめてきた。
 いやまあ、驚いてはいるんだけどね……。

「最近、とんでもないのと出会ってばっかだったからなぁ」
「?」

 サラの隣でキリさんが『誰のことだろう』みたいな顔してるけど、アンタもその一人ですよ。
 大人気漫画の作者というのはたしかに凄い肩書きではあるけど、土地神様やさっき別れたばかりの折り鶴幽霊といった超常現象の擬人化みたいなのと比べるとかなり普通な部類だろう。そう考えれば、リアクションも薄くなるというものである。

「ま、普通に良い子だからサ。ソコは安心してよ」
「一番とんでもねえヤツに言われると説得力あるな」
「マトイさんが見た目一番ぶっ飛んでるものね」
「中身もでネーノ?」
「存在そのものじゃないかな」
「好き勝手言うねェアンタら。別にいいけどサ」

 いいんですかそれで。

「と、とにかくよろしく頼むよ、後輩諸君。気軽にボンチョさんと呼んでくれ」
「気軽にって言うならもう少し近付いてほしいんですけど……」

 僕らが神様よりも強い性別不明の覆面人間(マトイさん)へ好き勝手な評価を下していると、そのトンデモ存在の陰から盆提灯先生……ボンチョさんがおずおずと頭を下げた。
 どうやら僕らが弁当を取りに行ってる間にマトイさんやリンギクさん達が僕らについてちゃんと説明してくれたらしく、さっきよりは落ち着いて話せるようになったみたいだけど……それでも距離が開いている。話すのもマトイさんを挟んでやっとといった具合だ。

(まあ、逃げなくなっただけ良しとするか)

 それにしても盆提灯先生、いやボンチョさん……文学少女っぽい見た目の割にボーイッシュな話し方なんだな。ギャップがあって少し驚いた。
 ……姉貴やリンギクさんもだけど、最近周りにそういう人が多いな。類は友を呼ぶ的なものか?

「いやしかし、当方も驚いたよ。まさかあのフキセキコン「ボンチョさん」ひぃ! ……失敬、キミたちがこの学校の生徒だったとはね」
「ボクも驚愕の至りだ。世間(ミズガルズ)とは狭いものだな」
「それもそうですけど、マトイさんの人脈も凄いですね……」
「偶々(たまたま)だよ。偶然偶然」

 驚いた様子のニシユキさんに対し、マトイさんはカラカラと笑っている。
 実力、人脈、その他諸々。色々高水準というかなんというか……まあこの人については今更考えるだけ無駄ですわな。

「「マトイがタマとか言うと興奮するな……」」

「「ん?」」

 マトイさんの発言に対し、フキとボンチョさんの声が重なってお互いに目を合わせた。
 もしやこの人……いやいや、初対面でフキと同類認定は失礼だな、うん。もう少し様子を見よう。

「セキ、何か俺のことを褒めなかったか?」
「少なくとも褒めてはない。……それはともかく、キリさんはどこ向いてるんですか」

 親友の訝しげな視線を無視しながら、ボンチョさんとマトイさんの反対側に座っている土地神様へと訊ねた。
 どういうわけか昼ご飯を食べ始めてからというもの、彼女だけ何故か真上に顔を向け続けている。首痛くならないのかなアレ。

「な、なんでもないよ」
「なんでもなくはないでしょ。僕らが弁当取りに行ってる間になんかありました?」
「ドッチかとユーと来る前ダナ。ボンチョサン、タマタマサマのトモダチらしーのヨ」
「ぶっふ!」
「うわ汚っ。……いやむしろご褒美か……?」

 サラの説明? を聞いた途端、イザが弁当を吹き出してフキの膝に掛かった。相変わらずしょうもない下ネタに弱い女だ。

「タマ……ああ、ウカなんとか様か。え、マジで?」
「げほっ……えらくマジ。メル友らしいわよ」
「メッセージアプリがある今時メル友って……」
「その流れは既にやったわ」

 あ、そうなの。
 ともかく、そりゃまたとんでもない関係だな……って思ったけど、僕らも土地神様と友達になってるわけだし、そう驚くことでもないのかもしれない。案外そういう人っているのかな?

「そんなそこら中におったら堪らんよ」
「二人トモまたTelepathy communication?」
「てれ……ええと、それでどうしてキリさんは蒼穹を仰いでおられるのだ?」
「いやだって、冷静に考えるとウカ様のご友人に失礼なことしたらいかん気がして……顔が合わせられんというか」
「顔合わせない方がむしろ失礼じゃないっすかね」

 フキのツッコミに内心で同意する。
 まあキリさんも緊張して混乱しているのだろう。この神様が変な行動を取るのは初めてじゃないし、前みたく発光したりしないだけマシになってると思いたい。
 
「くふ、どうか肩の力を抜いてくれ。当方は貴女の様な白くて美しい神様ならどんな扱いでも気分を害することはないとも」
「あ、ありがとうございます?」

 ボンチョさんのなかなか軟派なセリフにキリさんは少し困惑気味の表情だ。
 なんというかこの人……性格的にはフキとリンギクさんと姉貴を足して割ったような感じだろうか。少なくとも悪い人では無さそうだ。

「ところで、先程は申し訳なかった。キミ達にも当時は事情があっただろうに、一方的に(いと)うなんて」
「気にしてませんから大丈夫ですよ。ね?」
「ああ、美人に謝られるのは良い気分じゃねえしな」

 僕とフキが軽く笑うと、ボンチョさんは「ありがとう」と短く礼を言って微笑んだ。
 まあ可愛らしい笑顔。



         〇〇〇



「──そうですそうです! それで結構過激なワードが突然ポンポン出てきた時には自分も驚いてしまって。でもその辺の会話が彼の過去に繋がった時は本当に衝撃でした……でもその言葉選びも相手を傷つけるような物言いじゃなくて後から読み直してみるとどこか優しさも含まれてるなぁとか思えて」
「その辺りは描いた当方としても印象深いところでね。今後のネタバレを含まない程度に抑えるけれど、実は彼と主人公の味方の一人には少しだけ共通点があったりするのさ。その辺りを踏まえて外伝小説の方にも少し口添えをすることになったりと──」

『…………』

 ……ニシユキさんとボンチョさんが輝いた表情をしながら、早口で話し合っている。
 そして、僕らはまるで討論会でも見るかのように白熱する二人を見つめていた。

 昼食を終えてからというもの、いつもより長めの昼休憩の残りをのんびりと過ごすことになった僕らは興味本位でボンチョさんの漫画に関わる話を聞くことになった。
 最初は質疑応答のような感じで、今後の展開のネタバレにならない程度の裏話なんかで盛り上がっていたのだが……途中で『ダンタリオン・ゲーム』オタクのニシユキさんが嬉しそうに感想を漏らしたところ、ボンチョサンもそれに反応。二人の熱い談義が行われることとなり、それを皆で見つめるというシュールな状況に陥ることとなったのである。

「早くて何言ってるかワカンネー」
「俺は読んでねえからまず内容が分からん」
「なるほど、あのシーンはそういう感じだったのね」
「あ、イザは分かるんだ」
「姉さんが嬉しそうで何よりだな!」

 二人の会話を観察中の僕らの反応は様々だ。
 ちなみにキリさんは二人に向けてなぜか無言で手を合わせて拝んでいた。彼女曰く、『原作者様と同人誌の作者様が熱く語り()うて尊い』だとかなんとか。意味が分からん。

「マトチャンは何してンノ?」
「仕事」

 キリさんと同様に特に反応のないマトイさんはというと、タブレット端末に指を滑らせていた。
 ……そういえば、マトイさんの仕事って何なんだろう? 物を直したりするのが得意とは聞いてるけど、その関係かな。
 というか僕らが弁当を食べていた時から作業してたけど、お昼はいいんだろうか。あと、画面は見えているんだろうか。

「……セキ、ちょっといいか?」
「ん、何?」
「さっき言ってた話だ。場所変えるぞ」

 マトイさんにあらゆる方面で疑問を浮かべていると、フキにこっそりと話しかけられた。
 ああ、そういえば話があるとか昼食前に言ってたっけ。珍しく神妙な顔をしている辺り、かなり真面目な話なのかも……いや、コイツがこういう顔してる時ってアホなこと言う時もあるんだよな。今回はどっちなんだろ。

 半分疑いの目で見ながらついて行くと、割とすぐに立ち止まった。
 皆とあまり離れていないけど、とりあえずあまり大声でなければ話は聞こえないくらいの距離。ここで話をするということだろう。

「……で、何の話? 言っておくけど、また変な話ならすぐに戻──」


「───お前のについての話だ」


 僕の言葉を遮るような、フキの真剣な低い声。
 振り返ったコイツの顔は真顔であり、真面目そのものといた表情だ。
 珍しくニヤついていない引き締まった表情を見て、僕は──


「あ、なんだその話か。なんかあったっけ?」


 ───普通に返事をした。


「なんかあった。というか、症状やらについてマトイに訊いたら色々分かってな。オカルト関係だってよ」
「マジで? じゃあ土地神様(キリさん)案件?」
「そういうことだな」
「マジか」

 なかなか元に戻らないとは思っていたけど、まさか怪異関連だったとは。普通に病院で診断されたりしてたから、そこは盲点だったなぁ。

「しかし、お前……この話になると自分の事なのにマジで軽いよな。そのくらいの方がこっちも気が楽だけどさ」
「まあ、現在進行形で起こってることに関して嘆いても仕方ないからね」

 これといって変わらない調子の僕に呆れ混じりの笑みを浮かべる親友。それに対して、こちらも肩をすくめて笑っておいた。


 ───去年の秋頃から今に至るまで、僕は一時期の記憶を失っている。

 正確には、去年の文化祭辺りの記憶がさっぱりと抜け落ちているのだ。


 原因について詳しいことは僕自身よく知らないけれど……どうやら去年の文化祭の準備中、ある事故に巻き込まれたことがきっかけらしい。その時に酷く身体を打ち付けたようで、そのせいで記憶喪失のようなものになったみたいだ。

 さらに言うと、その時の事故の影響で家族や一部の人間を除いてフルネームを覚えづらくなってしまっている。
 なるべく頑張って覚えようにも、近しい人間でもフルネーム……というか、名字と名前のどちらか片方しか覚えられない。例外的にテレビなんかで取り立たされている著名人や歴史上の偉人なんかはどうにか覚えられるんだけど、基本的には人の名前なら文字でも覚えていられない。
 しかも、自己紹介や人伝てでも名前だけ聞こえないような感じで、認識そのものができないという厄介なものである。

 事故そのものを覚えていないし、フキやイザといった友達の名前をきちんと覚えられない。
 当然、最初は戸惑ったし絶望もしたけれど……人間案外慣れるもので、いつの間にかあまり気にせず生活を送るようになっているものだった。


「怪異関係ってことは……これ治んの?」
「ああ。マトイの見立てだと先月の蔵でのサラのアレと同じようなもんで、元凶の神をボコってお前の魂の一部を取り返せばいいんだとさ」
「魂取られてんのかよ僕」

 端的な説明内容に少し驚きつつも、不思議と納得がいった。
 病院でも頭部に問題は無いと言われ、ストレスによる一時的なものだから時間経過で治ると言われていたのだが……これまで一向にその気配は無かった。
 事故から半年以上経ってるのに戻らないし、妙だと思っていたからね。むしろ怪異(そっち)が原因ならそれはそれで納得できるってものである。

「最近お前の様子がおかしかったのってこの話のせいか。……てか、マトイさんに勝手に話したの? 別にいいけど、その辺適当なのってなんかお前らしくないな」
「そこはすまん。ただ、お前の状態に関しては初対面の時点で気付いてたっぽいぞ?」
「えっ……僕そんなに分かりやすかった?」
「いや、普通だったと思う。キリさんはともかく、マトイについては正直俺もどうやって見抜いたのか分からん」

 ああ、キリさんも気付いてんのね……って神様だしそりゃそうか。天眼通でしょっちゅう内心読まれてるしな。
 人間のはずのマトイさんがなんで知ってるかっていうのは……考えるだけ無駄か。でもやっぱ神通力的なの使えるんじゃないのかなあの人。
 色々言いたいことがないわけじゃないけど、話す手間が省けたと思うことにしよう、うん。

「元凶は校舎内にいて、今日の体育祭が終わった後キリさんとマトイが対応してくれるらしい。俺もついて行く予定なんだが、お前も来るか?」
「あ、行っていいんだ」
「クソ危ないらしいけどな。責任取れないかもしれないけど、それでもよかったら止めないってよ」
「え、怖っ。まあ行くけど」
「ホント軽いなお前。ちゃんと考えて答えてますか相引くん?」

 失敬な。これでも真剣に考えていましてよ柊崎さん。
 とはいえ、マトイさんが予防線を張るってことは相当ことなのだろう。だけどこれは僕の問題でもあるわけだし、ちゃんと僕自身が関わっておかなければならないと思う。

「とにかく、体育祭の後だね。……体力残ってるかな」
「体力的にも余裕が無さそうならマトイ側で判断して止めるってさ」

 そこも考えてあんのか。抜かりない。
 ……それにしても、半年以上患っていたこの状態が治るかもしれないと考えると、なんだか不思議な気分だ。
 今となっては普通に違和感なく生活できているし、慣れてきて気にしてすらいなかったもんな。だけど当然、元に戻れるのならそれが一番いい。

「お前はついて行くってことでいいとして……次はサラにも訊かねえと」
「事件の当事者だもんなぁ」
「……そうだな」

 詳細は省くが、文化祭での事故にはサラも関わっている……いや、関わっているどころかその事件によって一番被害を被っている人間の一人だ。し、話は通しておくべきだろう。
 ただ、一つ問題があるとすれば……。

「フキ、一応訊くけど……サラに話せる?」

 僕が確認するように言葉を掛けると、フキの眉間に僅かな皺が寄った。
 問題というのは、基本的にこの話題についてはサラやイザを含めた僕らの中で、ある種のタブーとなっていることだ。
 この話を口にすると、サラは決まって苦しそうな表情を浮かべ、イザも僕のことを気遣ってかすごく泣きそうな顔になる。
 そんな女子の顔を曇らせる話をするのはフキも本望ではないだろう。

「ちゃんと俺から伝えるから心配すんな。美人に泣かれるのは心が痛むが……いやそれはそれで興奮するか?」
「お前が言うとシャレにならんからやめろ」

 筋肉ダルマの大男が女子泣かせて興奮するのは絵面がまずいって。
 僕の心配を余所にいつも通りの変態の脇腹を小突いたところで話は終了。さっさと皆のところへ戻──




 ───危ないから戻ってきなよ。

 ───ウン。そーする……。




「───っ」

 聞き覚えのあるような、ないような会話が頭の中を駆けて、足を止めた。

 今のは僕と、サラの声……か? 騎馬戦の前といい、なんなんだ一体。
 ……後でキリさん達に訊いた方がいいかな。

「どうした? 熱中症か?」
「……いや、大丈夫。皆のところに戻ろう」

 一瞬動きを止めた僕に問いかけるフキに心配をかけないよう適当に誤魔化しつつ、皆の元へと戻るのだった。





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次のエピソードへ進む 19話 土地神様と体育祭 その十


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 生徒用の荷物置き場から弁当を取って戻ってきた僕らは皆揃って外での昼食をすることになった。
 輪になって食事をしながら、あらためて三つ編みの女性……もとい、盆提灯先生を紹介されたわけだが……。
「僕らの中学の先輩で、『ダンタリオン・ゲーム』の作者か……」
「なるほどな。そりゃまた色んな意味でビッグゲストだ」
「二人トモ、冷静《レーセー》だネ?」
 三つ編みの女性、盆提灯先生について僕らが呟くと、反応の薄さが気になったのかサラが不思議そうな目でこちらを見つめてきた。
 いやまあ、驚いてはいるんだけどね……。
「最近、とんでもないのと出会ってばっかだったからなぁ」
「?」
 サラの隣でキリさんが『誰のことだろう』みたいな顔してるけど、アンタもその一人ですよ。
 大人気漫画の作者というのはたしかに凄い肩書きではあるけど、土地神様やさっき別れたばかりの折り鶴幽霊といった超常現象の擬人化みたいなのと比べるとかなり普通な部類だろう。そう考えれば、リアクションも薄くなるというものである。
「ま、普通に良い子だからサ。ソコは安心してよ」
「一番とんでもねえヤツに言われると説得力あるな」
「マトイさんが見た目一番ぶっ飛んでるものね」
「中身もでネーノ?」
「存在そのものじゃないかな」
「好き勝手言うねェアンタら。別にいいけどサ」
 いいんですかそれで。
「と、とにかくよろしく頼むよ、後輩諸君。気軽にボンチョさんと呼んでくれ」
「気軽にって言うならもう少し近付いてほしいんですけど……」
 僕らが|神様よりも強い性別不明の覆面人間《マトイさん》へ好き勝手な評価を下していると、そのトンデモ存在の陰から盆提灯先生……ボンチョさんがおずおずと頭を下げた。
 どうやら僕らが弁当を取りに行ってる間にマトイさんやリンギクさん達が僕らについてちゃんと説明してくれたらしく、さっきよりは落ち着いて話せるようになったみたいだけど……それでも距離が開いている。話すのもマトイさんを挟んでやっとといった具合だ。
(まあ、逃げなくなっただけ良しとするか)
 それにしても盆提灯先生、いやボンチョさん……文学少女っぽい見た目の割にボーイッシュな話し方なんだな。ギャップがあって少し驚いた。
 ……姉貴やリンギクさんもだけど、最近周りにそういう人が多いな。類は友を呼ぶ的なものか?
「いやしかし、当方も驚いたよ。まさかあのフキセキコン「ボンチョさん」ひぃ! ……失敬、キミたちがこの学校の生徒だったとはね」
「ボクも驚愕の至りだ。世間《ミズガルズ》とは狭いものだな」
「それもそうですけど、マトイさんの人脈も凄いですね……」
「偶々《たまたま》だよ。偶然偶然」
 驚いた様子のニシユキさんに対し、マトイさんはカラカラと笑っている。
 実力、人脈、その他諸々。色々高水準というかなんというか……まあこの人については今更考えるだけ無駄ですわな。
「「マトイがタマとか言うと興奮するな……」」
「「ん?」」
 マトイさんの発言に対し、フキとボンチョさんの声が重なってお互いに目を合わせた。
 もしやこの人……いやいや、初対面でフキと同類認定は失礼だな、うん。もう少し様子を見よう。
「セキ、何か俺のことを褒めなかったか?」
「少なくとも褒めてはない。……それはともかく、キリさんはどこ向いてるんですか」
 親友の訝しげな視線を無視しながら、ボンチョさんとマトイさんの反対側に座っている土地神様へと訊ねた。
 どういうわけか昼ご飯を食べ始めてからというもの、彼女だけ何故か真上に顔を向け続けている。首痛くならないのかなアレ。
「な、なんでもないよ」
「なんでもなくはないでしょ。僕らが弁当取りに行ってる間になんかありました?」
「ドッチかとユーと来る前ダナ。ボンチョサン、タマタマサマのトモダチらしーのヨ」
「ぶっふ!」
「うわ汚っ。……いやむしろご褒美か……?」
 サラの説明? を聞いた途端、イザが弁当を吹き出してフキの膝に掛かった。相変わらずしょうもない下ネタに弱い女だ。
「タマ……ああ、ウカなんとか様か。え、マジで?」
「げほっ……えらくマジ。メル友らしいわよ」
「メッセージアプリがある今時メル友って……」
「その流れは既にやったわ」
 あ、そうなの。
 ともかく、そりゃまたとんでもない関係だな……って思ったけど、僕らも土地神様と友達になってるわけだし、そう驚くことでもないのかもしれない。案外そういう人っているのかな?
「そんなそこら中におったら堪らんよ」
「二人トモまたTelepathy communication?」
「てれ……ええと、それでどうしてキリさんは蒼穹を仰いでおられるのだ?」
「いやだって、冷静に考えるとウカ様のご友人に失礼なことしたらいかん気がして……顔が合わせられんというか」
「顔合わせない方がむしろ失礼じゃないっすかね」
 フキのツッコミに内心で同意する。
 まあキリさんも緊張して混乱しているのだろう。この神様が変な行動を取るのは初めてじゃないし、前みたく発光したりしないだけマシになってると思いたい。
「くふ、どうか肩の力を抜いてくれ。当方は貴女の様な白くて美しい神様ならどんな扱いでも気分を害することはないとも」
「あ、ありがとうございます?」
 ボンチョさんのなかなか軟派なセリフにキリさんは少し困惑気味の表情だ。
 なんというかこの人……性格的にはフキとリンギクさんと姉貴を足して割ったような感じだろうか。少なくとも悪い人では無さそうだ。
「ところで、先程は申し訳なかった。キミ達にも当時は事情があっただろうに、一方的に厭《いと》うなんて」
「気にしてませんから大丈夫ですよ。ね?」
「ああ、美人に謝られるのは良い気分じゃねえしな」
 僕とフキが軽く笑うと、ボンチョさんは「ありがとう」と短く礼を言って微笑んだ。
 まあ可愛らしい笑顔。
         〇〇〇
「──そうですそうです! それで結構過激なワードが突然ポンポン出てきた時には自分も驚いてしまって。でもその辺の会話が彼の過去に繋がった時は本当に衝撃でした……でもその言葉選びも相手を傷つけるような物言いじゃなくて後から読み直してみるとどこか優しさも含まれてるなぁとか思えて」
「その辺りは描いた当方としても印象深いところでね。今後のネタバレを含まない程度に抑えるけれど、実は彼と主人公の味方の一人には少しだけ共通点があったりするのさ。その辺りを踏まえて外伝小説の方にも少し口添えをすることになったりと──」
『…………』
 ……ニシユキさんとボンチョさんが輝いた表情をしながら、早口で話し合っている。
 そして、僕らはまるで討論会でも見るかのように白熱する二人を見つめていた。
 昼食を終えてからというもの、いつもより長めの昼休憩の残りをのんびりと過ごすことになった僕らは興味本位でボンチョさんの漫画に関わる話を聞くことになった。
 最初は質疑応答のような感じで、今後の展開のネタバレにならない程度の裏話なんかで盛り上がっていたのだが……途中で『ダンタリオン・ゲーム』オタクのニシユキさんが嬉しそうに感想を漏らしたところ、ボンチョサンもそれに反応。二人の熱い談義が行われることとなり、それを皆で見つめるというシュールな状況に陥ることとなったのである。
「早くて何言ってるかワカンネー」
「俺は読んでねえからまず内容が分からん」
「なるほど、あのシーンはそういう感じだったのね」
「あ、イザは分かるんだ」
「姉さんが嬉しそうで何よりだな!」
 二人の会話を観察中の僕らの反応は様々だ。
 ちなみにキリさんは二人に向けてなぜか無言で手を合わせて拝んでいた。彼女曰く、『原作者様と同人誌の作者様が熱く語り合《お》うて尊い』だとかなんとか。意味が分からん。
「マトチャンは何してンノ?」
「仕事」
 キリさんと同様に特に反応のないマトイさんはというと、タブレット端末に指を滑らせていた。
 ……そういえば、マトイさんの仕事って何なんだろう? 物を直したりするのが得意とは聞いてるけど、その関係かな。
 というか僕らが弁当を食べていた時から作業してたけど、お昼はいいんだろうか。あと、画面は見えているんだろうか。
「……セキ、ちょっといいか?」
「ん、何?」
「さっき言ってた話だ。場所変えるぞ」
 マトイさんにあらゆる方面で疑問を浮かべていると、フキにこっそりと話しかけられた。
 ああ、そういえば話があるとか昼食前に言ってたっけ。珍しく神妙な顔をしている辺り、かなり真面目な話なのかも……いや、コイツがこういう顔してる時ってアホなこと言う時もあるんだよな。今回はどっちなんだろ。
 半分疑いの目で見ながらついて行くと、割とすぐに立ち止まった。
 皆とあまり離れていないけど、とりあえずあまり大声でなければ話は聞こえないくらいの距離。ここで話をするということだろう。
「……で、何の話? 言っておくけど、また変な話ならすぐに戻──」
「───お前の《《記憶》》についての話だ」
 僕の言葉を遮るような、フキの真剣な低い声。
 振り返ったコイツの顔は真顔であり、真面目そのものといた表情だ。
 珍しくニヤついていない引き締まった表情を見て、僕は──
「あ、なんだその話か。なんかあったっけ?」
 ───普通に返事をした。
「なんかあった。というか、症状やらについてマトイに訊いたら色々分かってな。オカルト関係だってよ」
「マジで? じゃあ土地神様《キリさん》案件?」
「そういうことだな」
「マジか」
 なかなか元に戻らないとは思っていたけど、まさか怪異関連だったとは。普通に病院で診断されたりしてたから、そこは盲点だったなぁ。
「しかし、お前……この話になると自分の事なのにマジで軽いよな。そのくらいの方がこっちも気が楽だけどさ」
「まあ、現在進行形で起こってることに関して嘆いても仕方ないからね」
 これといって変わらない調子の僕に呆れ混じりの笑みを浮かべる親友。それに対して、こちらも肩をすくめて笑っておいた。
 ───去年の秋頃から今に至るまで、僕は一時期の記憶を失っている。
 正確には、去年の文化祭辺りの記憶がさっぱりと抜け落ちているのだ。
 原因について詳しいことは僕自身よく知らないけれど……どうやら去年の文化祭の準備中、ある事故に巻き込まれたことがきっかけらしい。その時に酷く身体を打ち付けたようで、そのせいで記憶喪失のようなものになったみたいだ。
 さらに言うと、その時の事故の影響で家族や一部の人間を除いてフルネームを覚えづらくなってしまっている。
 なるべく頑張って覚えようにも、近しい人間でもフルネーム……というか、名字と名前のどちらか片方しか覚えられない。例外的にテレビなんかで取り立たされている著名人や歴史上の偉人なんかはどうにか覚えられるんだけど、基本的には人の名前なら文字でも覚えていられない。
 しかも、自己紹介や人伝てでも名前だけ聞こえないような感じで、認識そのものができないという厄介なものである。
 事故そのものを覚えていないし、フキやイザといった友達の名前をきちんと覚えられない。
 当然、最初は戸惑ったし絶望もしたけれど……人間案外慣れるもので、いつの間にかあまり気にせず生活を送るようになっているものだった。
「怪異関係ってことは……これ治んの?」
「ああ。マトイの見立てだと先月の蔵でのサラのアレと同じようなもんで、元凶の神をボコってお前の魂の一部を取り返せばいいんだとさ」
「魂取られてんのかよ僕」
 端的な説明内容に少し驚きつつも、不思議と納得がいった。
 病院でも頭部に問題は無いと言われ、ストレスによる一時的なものだから時間経過で治ると言われていたのだが……これまで一向にその気配は無かった。
 事故から半年以上経ってるのに戻らないし、妙だと思っていたからね。むしろ怪異《そっち》が原因ならそれはそれで納得できるってものである。
「最近お前の様子がおかしかったのってこの話のせいか。……てか、マトイさんに勝手に話したの? 別にいいけど、その辺適当なのってなんかお前らしくないな」
「そこはすまん。ただ、お前の状態に関しては初対面の時点で気付いてたっぽいぞ?」
「えっ……僕そんなに分かりやすかった?」
「いや、普通だったと思う。キリさんはともかく、マトイについては正直俺もどうやって見抜いたのか分からん」
 ああ、キリさんも気付いてんのね……って神様だしそりゃそうか。天眼通でしょっちゅう内心読まれてるしな。
 人間のはずのマトイさんがなんで知ってるかっていうのは……考えるだけ無駄か。でもやっぱ神通力的なの使えるんじゃないのかなあの人。
 色々言いたいことがないわけじゃないけど、話す手間が省けたと思うことにしよう、うん。
「元凶は校舎内にいて、今日の体育祭が終わった後キリさんとマトイが対応してくれるらしい。俺もついて行く予定なんだが、お前も来るか?」
「あ、行っていいんだ」
「クソ危ないらしいけどな。責任取れないかもしれないけど、それでもよかったら止めないってよ」
「え、怖っ。まあ行くけど」
「ホント軽いなお前。ちゃんと考えて答えてますか相引くん?」
 失敬な。これでも真剣に考えていましてよ柊崎さん。
 とはいえ、マトイさんが予防線を張るってことは相当ことなのだろう。だけどこれは僕の問題でもあるわけだし、ちゃんと僕自身が関わっておかなければならないと思う。
「とにかく、体育祭の後だね。……体力残ってるかな」
「体力的にも余裕が無さそうならマトイ側で判断して止めるってさ」
 そこも考えてあんのか。抜かりない。
 ……それにしても、半年以上患っていたこの状態が治るかもしれないと考えると、なんだか不思議な気分だ。
 今となっては普通に違和感なく生活できているし、慣れてきて気にしてすらいなかったもんな。だけど当然、元に戻れるのならそれが一番いい。
「お前はついて行くってことでいいとして……次はサラにも訊かねえと」
「事件の当事者だもんなぁ」
「……そうだな」
 詳細は省くが、文化祭での事故にはサラも関わっている……いや、関わっているどころかその事件によって一番被害を被っている人間の一人だ。《《僕の状態に関わりがないわけでもない》》し、話は通しておくべきだろう。
 ただ、一つ問題があるとすれば……。
「フキ、一応訊くけど……サラに話せる?」
 僕が確認するように言葉を掛けると、フキの眉間に僅かな皺が寄った。
 問題というのは、基本的にこの話題についてはサラやイザを含めた僕らの中で、ある種のタブーとなっていることだ。
 この話を口にすると、サラは決まって苦しそうな表情を浮かべ、イザも僕のことを気遣ってかすごく泣きそうな顔になる。
 そんな女子の顔を曇らせる話をするのはフキも本望ではないだろう。
「ちゃんと俺から伝えるから心配すんな。美人に泣かれるのは心が痛むが……いやそれはそれで興奮するか?」
「お前が言うとシャレにならんからやめろ」
 筋肉ダルマの大男が女子泣かせて興奮するのは絵面がまずいって。
 僕の心配を余所にいつも通りの変態の脇腹を小突いたところで話は終了。さっさと皆のところへ戻──
 ───危ないから戻ってきなよ。
 ───ウン。そーする……。
「───っ」
 聞き覚えのあるような、ないような会話が頭の中を駆けて、足を止めた。
 今のは僕と、サラの声……か? 騎馬戦の前といい、なんなんだ一体。
 ……後でキリさん達に訊いた方がいいかな。
「どうした? 熱中症か?」
「……いや、大丈夫。皆のところに戻ろう」
 一瞬動きを止めた僕に問いかけるフキに心配をかけないよう適当に誤魔化しつつ、皆の元へと戻るのだった。