「───それじゃあ皆さん。お元気で」
僕とフキが話を終えて帰ってきてから少しすると、ちょうどニシユキさんの帰る時間となった。
見送りはリンギクさんがするということで、昼休憩の後に出番を控えている僕らは軽く挨拶をして別れることになった。
「また姉貴と遊びに来て下さい」
「See You!」
「また会いましょう、ニシユキさん」
「に、ニシユキさん、お元気で! 新刊待ってます……!」
「次は罵ってください」
キリさんとフキは欲望を垂れ流しているが、ニシユキさんは文句を言うでもなく困ったように苦笑いを浮かべるに留めていた。こんな良い人を困らすな。
「ううむ、当方ももう少し話していたかったんだが……そうだ。折角の機会だし、連絡先を交換するとしようか」
「えぇ!? い、いいんですか……!?」
「勿論だ。マトイたちほどではないにせよ、貴女も肌理細やかな白い肌をお持ちだからな」
「ソレ言わなきゃよかったンだがなァ」
「……む……」
ボンチョさんがスマホを取り出しながらマトイさんの腕に絡みつこうとして振りほどかれ、キリさんが何か言いたげにそれを見つめる。
キリさんもボンチョさんの連絡先が気になるのかな、なんて考えている間にボンチョさん達がスマホの操作を終えて、お別れとなった。
それから次の競技の準備がある僕らもその場を離れ、入退場門の方へと移動を始めたのだが……。
「……あ、しまった」
さっきの声について、キリさん達に訊くのをすっかり忘れていた。
競技を終えてからまた話すとしよう。
「そういえば、今日はフキの家の人は来てないんだね。てっきりコマチさんとルリさん辺りは連れてくると思ってたんだけど」
「アイツらは神通力の使い方がまだ不安定だからな。前みたく空間を捻じ曲げたりしたらやべえし、なんとか説得してきた」
「たしかにアレが暴発したらとんでもないわね。ナイス判断」
「デモ会いたかったナー。今度フキ's House遊びイッテモイイ?」
「おう、そのうち集まって皆でゲームでもすっか」
再びやってきた入退場門の近く。午後の最初の競技である綱引きの出場する生徒がまばらに列を成す中で僕らはいつもと変わらない調子でのんびりした会話を楽しんでいた。
昼食を挟んだせいか、生徒達の間には午前のようなどこか張り詰めた雰囲気はなく、門を前にして待機している間も多少は落ち着いた空気になっている。
おかげで肩の力を抜いて話ができる、と安心して雑談していると、スピーカーから音楽のテスト再生が流れ始めた。
「お、そろそろかな?」
「よし、ここで榎園選手、意気込みをどうぞ」
「IKI-GOMI!!」
「「ありがとうございました」」
「何このノリ。まあアタシは手ぇ添えるだけにしとくから頑張ってねー」
「お前も頑張れよミジンコチビ」
「あ゛?」
「すいません」
「ま、全員頑張ってねェ」
それぞれが意気込み(?)を口にしながら列に並んだところで、スピーカーからテストではない入場曲が流れ始めた。
よくある歌唱抜きのインスト曲を耳に入れながら、すぐにクラスの皆と一緒に先導係の生徒の後ろを歩いて入場していく。
さて……なんやかんや言い合ってるけど、とにかく頑張るとしよう。
……ところで、なんかさっき声が一人多くなかった? デジャヴ?
〇〇〇
「───去年と同じなら、この競技の配点が一番高いはずだ。全員、気を引き締めていくぞ」
入場してからクラスごとに待機する中、僕らのクラスは全員で円陣を組んで会議していた。
やはり中心となっているのはフキ。流石に重要性を感じてか、緩んだ空気を引き締めるように冷静な声色で話している。
……どうでもいいけど、去年の体育祭の配点なんかよく覚えてんなコイツ。
『今回は教師陣も出てきますからね。絶対に勝たないといけません』
『トーナメント表的に先生方と当たるとすれば決勝になるな』
『しかし、先の部活対抗でかなりの手傷を負わせたはず。教師チームは出てこないのではないか?』
『ってことは、やっぱ脅威になるのはCクラスか。そっちも逆ブロックだな』
『だけど、他のクラスの警戒も怠ってはいけないわ。侮っていると足元を掬われるのは世の常だもの』
クラスの皆もフキに感化されて真剣に分析を行っている。
話し始めてからすぐにこうして勝利を見据えた会話をしている辺り、真面目というか勝ちに貪欲というか……勝負事が好きなんだよな、うちのクラスの連中。
まあ、僕としてもできれば勝ちたいという気持ちはある。負けるよりも勝つ方が気持ちいいからね。
「ま、綱引きは単純な実力勝負だし、警戒しても仕方ねえだろ。だが勿論、俺達が狙うのは優勝だ。ならばこの勝負の一位を狙うのは必然だろう。……勝ちに行くぞ!!」
『『『オォ───ッッ!!!』』』
気合を入れるように、あらためて全員で声を出す。
午後も全力でやっていこう!
……と、気合を入れ直したところで、スピーカーからピンポンパンポン、とアナウンスを知らせる音声が流れてきた。
『──お知らせします。第7競技で怪我人が続出したため、教師チームと保護者参加チームは混合での出場となります。繰り返します──』
放送係からの肉声に切り替わり、そんなお知らせが会場に響く。
『教師と保護者の混合チームか』
『まあ、あの惨状ならそれも仕方ないんじゃないか?』
『今も救護テントのベッドで何人か休んでるみたいだしな』
突然の知らせにどのクラスも僅かに動揺している。
ただ、どういうチームで来ようと僕らも勝ちを譲る気はない。そう意気込みながら教師・保護者チームの入場を見つめていたのだが──
『…………………………』
入場曲と共に列を成した大人たちが続々とグラウンドのトラック内に歩いて入って来ている中、ありえないものを見つけた僕とフキ、そしてサラとイザの四人が同時に固まってしまった。
───並んで歩く大人たちの一番後ろに、見覚えのある布に覆われた顔の人間……マトイさんが歩いている。
僕らは一度顔を見合わせて、もう一度見直した。
うん、見間違いじゃない。どう見てもマトイさんが紛れ込んでいるな。
のんびりと歩いている不審者の姿をしっかりと確認してから、フキが口を開いた。
「よし全員聞け。この競技はもうダメだ。諦めよう」
『『『さっきと言ってることが違くない!?』』』
〇〇〇
───纏《マトイ》という人物は、どんな方なのでしょうか。
「そうですねぇ……謎の人物。これに尽きますかね」
───謎、ですか。たしかに、見た目からしてそうですね。
「そこもですけど、色々と分からないことが多いんですよ(笑)。初対面からあの恰好で、でも話してみると案外気さくで、優しくて。色々助けられてます」
───とても頼りにされているんですね。では仮に、マトイさんが敵に回ったとしたらどうしますか?
「敵に……とは穏やかじゃないですね。ただまあ、そういう状況になったら──
───絶対に勝てないでしょうね」
……と、そんなインタビュー記事的な現実逃避の妄想はさておき。
僕ら2-Aクラスは現在進行形で綱引きの縄を持った状態で地を這っていた。
「み、皆無事……?」
『な、なんとか……』
『腕持っていかれるかと思った……』
僕が確認すると、それぞれが砂だらけになった状態でヨロヨロと立ち上がった。……どうやら誰も怪我はしてなさそうだな。
そんな既に死に体といった僕らの対面にはただ一人、マトイさんが立っている。
「ゴメン、加減はしてるつもりなんだけどサ」
涼やかに言うマトイさんは僕らと対照的に息一つ切らしておらず、ぐるぐると肩を回している。余裕そうだなぁ……。
……どういう経緯でこの状況に陥っているのか、軽く説明しておこう。
まず、教師と保護者の混合チームにマトイさんが助っ人として参加した。本人に理由を訊いたところ、「人手が足りないから手伝ってくれと頼まれた」とのことだった。
今だけはこの人の善性が憎らしいと思ったけど、一旦それは置いておこう。
問題は競技が始まってからで、一試合目から大人たちの殿《しんがり》に位置していたマトイさんが縄を引っ張ると同時に、試合に参加している全員がそっくりそのまま引きずり込まれたのだ。
綱引きは普通、それなりに実力差があろうと多少は拮抗する時間が生まれる。しかし今回に限ってはそんな常識なんて通用せず、試合開始からノータイムで敵味方関係なくマトイさんに引き回されてしまっていた。
初っ端で参加者全員から悲鳴が上がり、大人たちは勝利しながらも怪我の危険性を考慮して一度の試合で全員が棄権。マトイさんただ一人が残る形となり、混合チームとは名ばかりのマトイさん単独で戦いに挑むという異例の事態が発生した。
しかし、ただ一人となっているにも関わらず、誰もマトイさんの快進撃を止めることができないまま競技は進んだ。試合ごとに生徒から悲鳴が上がるという地獄絵図が出来上がったのである。
『なんで20人いて負けるんだよ!?』
『勝てるわけねーだろあんなん! チートだチート!』
『戦わすならせめて人間連れてこいって!』
マトイさんとの試合の度に飛び交う悲鳴と怒号。
もはや一人を相手とするレイド戦へと変貌しており、はたして綱引きと言っていいのか分からない状態となっていた。
そんな化物が紛れ込んだ綱引きは着々と進み、あっという間に決勝戦。
当然のように危なげなく勝ち進んできたマトイさんと対峙することになったわけなのだが……案の定、一回目の試合で僕らは文字通り土をつけられたのだった。
「マトチャン、やっぱツエーナ!」
「加減されてる気がしねえよな。まあそれはそれで興奮するんだが」
「アンタだけでしょソレ。ていうかなんで亀甲縛りされてんのよ」
「試合中の不慮の事故だ。気にするな」
どんな事故起こしてんだお前。
変態《フキ》による綱引き縄との合体事故はさておき、正直マジで勝てる気がしない。概ね予想通りというか、あまりにも相手が悪すぎる。
「ていうかあの人おかしいって。なんで試合ごとに課せられてるハンデを一人で負ってるのに一方的に引きずられたのよアタシ達」
「タイヤ五個背負って両足に土嚢括りつけられて右手にバーベル持って残った左手だけで縄引いてるもんな。……ホントになんで僕ら負けてんの?」
「|Combiner Robot《合体ロボット》みたいでカッケーですワ」
今回の綱引きにはチームが勝ち進むごとに重い物を追加で持つという特殊ルールが課せられており、僕らのクラスもフキを含む一部生徒がタイヤ等を背負ったり持ったりしている。
そのルールは単騎で勝ち進んできたマトイさんにも適用されているわけだけど……あらためて見ると滅茶苦茶すぎるハンデになってるな。それ以上にマトイさんが滅茶苦茶なんだけどさ。
しかしここまでしてもらっても準決勝までの他のクラスと同じように一瞬で片を付けられてしまった。絶望的としか言いようがありませんな。
『なあ、ここから勝てると思うか?』
『無理だろ』
『井櫻さんとか次こそ勢い余って校舎まで飛ぶんじゃねえの?』
「否定しきれないわね」
二回目が始まる前だというのに、うちのクラスの面々は明らかに戦意を削がれてしまっていて覇気がない。既に諦めムードが漂ってるというか、戦う前から完全に折れてしまっているようだった。
「こりゃまずいな。うちのやつら、完全に戦意喪失してやがる」
「当たり前だろ。アレが相手だぞ」
僕が親指で示した|マトイさん《アレ》はまだまだ余力を残しているかのように右手に持ったバーベルを上げ下げしている。
僕らや他のクラスとは違って一人で出ずっぱりなのに、疲れた様子が微塵も感じられない姿だ。顔は見えないのに余裕そうな待機姿は一層こちらに絶望感を与えている。
「うーむ……セキ、サラ。なんか良い案ないか?」
「ワタシタチ?」
「ああ。俺も考えるが、アイデアとか出すなら頭の固い俺よりお前らの方が適任だろ」
「そういうのってむしろお前の方が得意そうだけど……具体的には?」
「なんでもいいからマトイに付け入る隙を作れればそれでいい。通じなくても何かしら考えついたことを言うだけでもいいぞ」
「付け入る隙、ねぇ……」
フキに言われて頭を悩ませる。
正直、こういう真っ向勝負だとこの人に勝てるイメージが湧かないんだよな。真っ向勝負じゃなくても多分無理だと思うけど。
《人数差の時点で真っ向勝負じゃなくない?》
神通力によるキリさんのテレパシーツッコミを脳内に食らいながらも、何かできることがないか模索する。
マトイさんに付け入る隙、弱点……あ、そういえば──
『ハハハ、大丈夫じゃねェ。死にそう』
───ふと、前に神社でマトイさんが雪に埋もれた時のことを思いだした。
そうだ。たしかあの時、マトイさんは身体を冷やして動けなくなっていた。
もしかして、アレなら……!
(キリさん、神通力で少し手伝ってほしいことがあるんですけど……)
《え、いや……それはちょっと。さっきも神通力使ってマトイに怒られそうになったばっかりなんよ、私?》
(前に行ったショッピングモールの本屋がありましたよね。あの店で使えるクーポン券あげます)
《なんなりとお申し付けください》
報酬をチラつかせると、キリさんは簡単に懐柔できてしまった。
フキの時も思ったけど、チョロすぎると思う。今更ながらこの神様に土地を任せていいのか不安になってきた。
「サラ、こういう作戦考えてみたんだけど……」
「ン、ナンデッシャロ…………ナルホド、いけそうダナ! アレ? デモ神通力使うのはドーとか言ってなかタ?」
「相手が相手だからなぁ。こうでもしないと勝てないでしょ」
「ソレもソーネ。じゃーダイジョブっショ!」
「よし、賛同したな。仮にマトイさんに怒られるとしてもお前を道連れにする」
「騙したなセッチャン」
真顔で抗議する赤毛を無視しつつ、今度はマトイさんへ向けて歩き出す。
本当は覚悟を決めるのに少し時間が欲しいところだけど、次の試合まで時間がない。このまま勢いで話に行くとしよう。
「マトイさん」
「どうしたセキサン」
「次、ちょっと卑怯な手を使ってもいいですか?」
「いいよ」
意を決して正々堂々と姑息な手を用いることを言うと、マトイさんはあっさりと許可を出してきた。
「え、いいんですか?」
「良いも悪いも、オレは気にしないよ。ていうか黙ってやればいいのにわざわざ宣言しに来る辺り、アンタも真面目というかお人好しだねェ」
拍子抜けしていると、呆れ混じりのような声で笑われてしまった。
ううむ、器が大きい。しかしお人好し云々に関してはところ構わず人助けしてるアンタに言われたくねえ。
まあいいや。許可は取れたし、クラスの陣営に戻ろう。
(キリさん、やること自体は簡単なんですけど、僕が合図したら──)
《あ、うん。分かった》
マトイさんに軽く頭を下げてから、自分の配置に戻りつつキリさんに脳内で作戦内容を伝えておく。
よしよし、これでなんとかなりそうだ。
「なんかいい案でも浮かんだのか?」
「うん。皆も少し聞いてほしい。……僕の予想が合っていれば、次は隙が生まれるはずだ。そのタイミングに合わせて、皆全力で縄を引っ張ってほしいんだけど……」
『なんだと?』
『本当か、アイビキ?』
「ソウビキです。ただ、あくまで希望的観測みたいなものだから、あまり期待しすぎないでね?」
「やけに曖昧ね」
「ま、ダメで元々だからな。セキのことを信じてみようぜ。合図は任せていいか?」
「うん」
後がないことを踏まえてか、疑い半分ながらクラスメイトの了承を得ることができた。
これで事前準備は整った。あとは僕の予想が正しければ、少しは勝ちの目があるはずだろう。
───さて、一矢報いてみようか!