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黒狼 ―2―

ー/ー



 雷が走るような緊張感が冷たい空気に変わって肌を撫でる。不敵な笑みを浮かべるメモリアとは対照的に、レオノールは未だかつて無い強敵を前にしているというのに戦闘に身が入らないようだった。緊張感が足りないのではなく、何か別のことに気を取られている。この世のものとは思えない冷気を放つメモリアなどもはやレオノールの眼中にはなく、ひたすら怒りを抑え込むように拳を握りしめていた。
 奥歯を噛み締める。手には爪痕がくっきりと残るほど拳は強く握り込まれている。雷電はレオノールの怒りを体現するようにほとばしっていた。


「本気でやってくれるんだろ? じゃあ、せっかくだから憂さ晴らしさせてもらうぜ」


 レオノールが抱いていた不快感の正体は、紛れもなく2人の親友に向けられたものだった。苛立つレオノールの発する雷は青白く夜闇を照らす。逆光のせいか、白い残影のようにも見えるレオノールの姿をメモリアはじっと見つめて、まるで立ちはだかるように様子を窺っている。


(なぁ、旭。俺はずっと、師匠(せんせい)の名を継ぐのはお前だと思ってたんだよ。獄蝶まで教えてもらって、あんなに世話になって……なのに、なんだよあのザマは!)


 瞬間、駆けるレオノールをメモリアは見失った。油断も隙もなかったメモリアの絶対領域(テリトリー)を雷が切り裂いた。反撃など許さない瞬速の電撃は目で追うことはおろか、勘で避けることすら認めない。


(国綱もだ! お前なら師匠(せんせい)の期待に応えられたはずだろうが! なんで……なんでなんだよ!)


 メモリアは目の前の光景に目を疑った。怒り狂う黒狼が夜を駆けている。レオノールは侮れない敵だということは、当然理解していた。だからこそ、メモリアは最初から本気でやると宣言したのだ。
 だが、その想定すらレオノールは上回った。メモリアですら手に負えないほどの『速さ』。木曜(フエベス)との戦いで自分の未熟さを思い知らされたレオノールが修練の先に手に入れた雷の魔法のもう1つの強み。


(お前らが師匠(せんせい)の跡を継ぐんだって……俺はずっと信じてたんだ!)

「…………速すぎない?」


 レオノールの戦闘スタイルは旭と似た部分が多い。その日の気分に左右されることが大きく、理性よりも本能、第六感に己の身のすべてを任せる、正しく獣のような戦い方だ。そして、この日のレオノールは絶好調。煮えたぎらんばかりの怒りが魔力を沸き立たせ、残された理性は極度の集中を維持している。


(とっくに諦めてたんだ! なのに……! なんで今更、俺に夢を見せるんだ!)


 レオノールは実力の120%まで引き出せる、最高の状態にあった。


(俺だって、あの人に憧れていたんだ!)


 レオノールの使う雷の魔法は一般的な雷の魔法とは異なるオリジナルになっている。といっても、根本的な部分は変わっていない。ほんの少しだけ魔法陣を書き換えるだけだ。
 魔力を消費して、雷を放つ。当然のことだが、そこに電気が流れるのであれば、抵抗が発生する。その影響を受けるのはもちろん使用者であり、電気エネルギーは変換されて熱エネルギーになり、負荷として使用者に降りかかる。この抵抗は練度や消費した魔力によって左右することはあれど、0にすることは限りなく不可能に近い。
 レオノールも例に漏れず雷の魔法を使う度にその影響を受ける。だが、それでは足りない。理想とする最強の大魔法使いには届かない。そしてレオノールが考えついたのが、エネルギーの()()()だ。抵抗として使用者に降りかかる熱エネルギーを、再度、電気エネルギーに変換させる。雷の魔法を使えば使うほどレオノールには電気エネルギーが蓄積されていく。


「それ、痛くない?」

「いてぇよ、死ぬほどな」


 雷の魔法を使い続けたこの超帯電状態にはとてつもない激痛を伴う。常に治癒魔法を使い続け、帯電も絶やさない。消費する魔力は想像もできない。当然、長くは持たないとメモリアは予想していた。レオノールが超帯電状態になってから、もう5分は絶え間ない雷撃に耐え続けただろう。


「どんだけ待っても終わらねぇよ」

「強がり。そろそろ限界でしょ」


 レオノールの手先が震えているのをメモリアは見逃さなかった。徐々にレオノールが減速していることもあるが、最初は目で追うことすらできなかった速度にも慣れてきている。捉えられるのも時間の問題だ。メモリアを相手にして、5()()()見せてしまった。もう通じないことは承知の上だ。密かに肩を落として、レオノールはまた加速していく。
 これだけやって、たったの5分しか稼げない自分に嫌気が差す。きっと、国綱ならまだ足掻いただろう。旭なら、もしかしたら勝てていたのかもしれない。自分の弱さが恨めしい。


「諦めるの?」


 突如、メモリアがそう口にした。


「私はまだ何も見ていない。予想よりもちょっと速かったけど、それだけでしょう? これで終わり?」


 レオノールは何も言い返さず、ちまちまと攻撃を繰り返す。電撃ももう碌に当たっていない。メモリアに戦う気なんて、最初からなかったのだ。


「時間稼ぎしか考えてない相手のやることなんて見え透いてるよ。付き合ってあげてるのは、あなたと遊んでからでも間に合うからであって――」

「一つ、訂正しろ」


 聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「どこのどいつが、『時間稼ぎしか考えてない』だって?」


 自分の弱さなんて、とうの昔に思い知った。国綱はそれでも愚直に自分を貫き通すはずだ。旭は、策など考えもせず、それでも勝つのだろう。メモリアとの真っ向勝負はまだできないだろう。それほどの実力差が、2人にはある。レオノールにできることは、たった一撃にすべてを賭けることだけだ。
 5分間、メモリアはレオノールの速度を見続けた。だが、それはレオノールも同じだ。飛び交う氷槍の合間を縫って5分間も攻撃を続けた。もう見飽きるほどに、レオノールはメモリアの攻撃に慣れている。


(15m。それがメモリア・ビアスの絶対領域だ)


 15m以上になると正確無比に飛んでくる氷槍の照準が僅かにブレる。物量と速度で誤魔化されているが、騙しきれないほどレオノールは見続けているのだ。間違いはしないと確信している。そして、その程度の距離は速度で潰せる。最初の接近でそれは確認済みだ。帯電状態もいい加減に厳しくなってきている。一刻でも早く終わらせなければ、レオノールも無事では済まない。

 そして、その時は突如として訪れる。


(このタイミング……!)


 攻撃が放たれたその瞬間、レオノールがメモリアに急接近する。落雷を彷彿とさせる轟音よりも速く、レオノールは動き出した。次第に量が増していく氷槍をくぐり抜け、メモリアの絶対領域(テリトリー)に足を踏み込む。白い残影とともに視界に現れたレオノールの動きをようやく捉えたメモリアは半歩後ろに身を動かした。


(逃がさない!)


 その、次の瞬間――


「ここ」


 メモリアの放った氷槍が、レオノールの右脇腹を貫いた。


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 雷が走るような緊張感が冷たい空気に変わって肌を撫でる。不敵な笑みを浮かべるメモリアとは対照的に、レオノールは未だかつて無い強敵を前にしているというのに戦闘に身が入らないようだった。緊張感が足りないのではなく、何か別のことに気を取られている。この世のものとは思えない冷気を放つメモリアなどもはやレオノールの眼中にはなく、ひたすら怒りを抑え込むように拳を握りしめていた。
 奥歯を噛み締める。手には爪痕がくっきりと残るほど拳は強く握り込まれている。雷電はレオノールの怒りを体現するようにほとばしっていた。
「本気でやってくれるんだろ? じゃあ、せっかくだから憂さ晴らしさせてもらうぜ」
 レオノールが抱いていた不快感の正体は、紛れもなく2人の親友に向けられたものだった。苛立つレオノールの発する雷は青白く夜闇を照らす。逆光のせいか、白い残影のようにも見えるレオノールの姿をメモリアはじっと見つめて、まるで立ちはだかるように様子を窺っている。
(なぁ、旭。俺はずっと、|師匠《せんせい》の名を継ぐのはお前だと思ってたんだよ。獄蝶まで教えてもらって、あんなに世話になって……なのに、なんだよあのザマは!)
 瞬間、駆けるレオノールをメモリアは見失った。油断も隙もなかったメモリアの|絶対領域《テリトリー》を雷が切り裂いた。反撃など許さない瞬速の電撃は目で追うことはおろか、勘で避けることすら認めない。
(国綱もだ! お前なら|師匠《せんせい》の期待に応えられたはずだろうが! なんで……なんでなんだよ!)
 メモリアは目の前の光景に目を疑った。怒り狂う黒狼が夜を駆けている。レオノールは侮れない敵だということは、当然理解していた。だからこそ、メモリアは最初から本気でやると宣言したのだ。
 だが、その想定すらレオノールは上回った。メモリアですら手に負えないほどの『速さ』。|木曜《フエベス》との戦いで自分の未熟さを思い知らされたレオノールが修練の先に手に入れた雷の魔法のもう1つの強み。
(お前らが|師匠《せんせい》の跡を継ぐんだって……俺はずっと信じてたんだ!)
「…………速すぎない?」
 レオノールの戦闘スタイルは旭と似た部分が多い。その日の気分に左右されることが大きく、理性よりも本能、第六感に己の身のすべてを任せる、正しく獣のような戦い方だ。そして、この日のレオノールは絶好調。煮えたぎらんばかりの怒りが魔力を沸き立たせ、残された理性は極度の集中を維持している。
(とっくに諦めてたんだ! なのに……! なんで今更、俺に夢を見せるんだ!)
 レオノールは実力の120%まで引き出せる、最高の状態にあった。
(俺だって、あの人に憧れていたんだ!)
 レオノールの使う雷の魔法は一般的な雷の魔法とは異なるオリジナルになっている。といっても、根本的な部分は変わっていない。ほんの少しだけ魔法陣を書き換えるだけだ。
 魔力を消費して、雷を放つ。当然のことだが、そこに電気が流れるのであれば、抵抗が発生する。その影響を受けるのはもちろん使用者であり、電気エネルギーは変換されて熱エネルギーになり、負荷として使用者に降りかかる。この抵抗は練度や消費した魔力によって左右することはあれど、0にすることは限りなく不可能に近い。
 レオノールも例に漏れず雷の魔法を使う度にその影響を受ける。だが、それでは足りない。理想とする最強の大魔法使いには届かない。そしてレオノールが考えついたのが、エネルギーの|再《・》|変《・》|換《・》だ。抵抗として使用者に降りかかる熱エネルギーを、再度、電気エネルギーに変換させる。雷の魔法を使えば使うほどレオノールには電気エネルギーが蓄積されていく。
「それ、痛くない?」
「いてぇよ、死ぬほどな」
 雷の魔法を使い続けたこの超帯電状態にはとてつもない激痛を伴う。常に治癒魔法を使い続け、帯電も絶やさない。消費する魔力は想像もできない。当然、長くは持たないとメモリアは予想していた。レオノールが超帯電状態になってから、もう5分は絶え間ない雷撃に耐え続けただろう。
「どんだけ待っても終わらねぇよ」
「強がり。そろそろ限界でしょ」
 レオノールの手先が震えているのをメモリアは見逃さなかった。徐々にレオノールが減速していることもあるが、最初は目で追うことすらできなかった速度にも慣れてきている。捉えられるのも時間の問題だ。メモリアを相手にして、|5《・》|分《・》|も《・》見せてしまった。もう通じないことは承知の上だ。密かに肩を落として、レオノールはまた加速していく。
 これだけやって、たったの5分しか稼げない自分に嫌気が差す。きっと、国綱ならまだ足掻いただろう。旭なら、もしかしたら勝てていたのかもしれない。自分の弱さが恨めしい。
「諦めるの?」
 突如、メモリアがそう口にした。
「私はまだ何も見ていない。予想よりもちょっと速かったけど、それだけでしょう? これで終わり?」
 レオノールは何も言い返さず、ちまちまと攻撃を繰り返す。電撃ももう碌に当たっていない。メモリアに戦う気なんて、最初からなかったのだ。
「時間稼ぎしか考えてない相手のやることなんて見え透いてるよ。付き合ってあげてるのは、あなたと遊んでからでも間に合うからであって――」
「一つ、訂正しろ」
 聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「どこのどいつが、『時間稼ぎしか考えてない』だって?」
 自分の弱さなんて、とうの昔に思い知った。国綱はそれでも愚直に自分を貫き通すはずだ。旭は、策など考えもせず、それでも勝つのだろう。メモリアとの真っ向勝負はまだできないだろう。それほどの実力差が、2人にはある。レオノールにできることは、たった一撃にすべてを賭けることだけだ。
 5分間、メモリアはレオノールの速度を見続けた。だが、それはレオノールも同じだ。飛び交う氷槍の合間を縫って5分間も攻撃を続けた。もう見飽きるほどに、レオノールはメモリアの攻撃に慣れている。
(15m。それがメモリア・ビアスの絶対領域だ)
 15m以上になると正確無比に飛んでくる氷槍の照準が僅かにブレる。物量と速度で誤魔化されているが、騙しきれないほどレオノールは見続けているのだ。間違いはしないと確信している。そして、その程度の距離は速度で潰せる。最初の接近でそれは確認済みだ。帯電状態もいい加減に厳しくなってきている。一刻でも早く終わらせなければ、レオノールも無事では済まない。
 そして、その時は突如として訪れる。
(このタイミング……!)
 攻撃が放たれたその瞬間、レオノールがメモリアに急接近する。落雷を彷彿とさせる轟音よりも速く、レオノールは動き出した。次第に量が増していく氷槍をくぐり抜け、メモリアの|絶対領域《テリトリー》に足を踏み込む。白い残影とともに視界に現れたレオノールの動きをようやく捉えたメモリアは半歩後ろに身を動かした。
(逃がさない!)
 その、次の瞬間――
「ここ」
 メモリアの放った氷槍が、レオノールの右脇腹を貫いた。