レオノール・ブラックハウンドはボロボロになって極東をさ迷っていたところを獄蝶のジョカに保護された孤児だった。自分の名前も、極東にいる理由も、何も分からないままにあてもなく歩いていたレオノールを発見した獄蝶のジョカに、半ば強制的に捕らえられたのだ。なぜ助けたのかと聞いてみれば、獄蝶のジョカは迷いもなしに『魔力を宿しているガキは珍しいんだよね』と、堂々と本人の前でそう言う。要するに、面白半分で、まるで道端に落ちている綺麗な形をした小石を拾うような感覚で、レオノールは命を助けられたのだ。
だからといって、獄蝶のジョカに感謝の心がないかと言われればそうではないと断言できる。結局のところ、あの日、獄蝶のジョカが気まぐれにレオノールを見つけていたからこそ、レオノールは騎獅道旭と宮本国綱という後の親友たちと出会うことになったのだ。むしろ、感謝してもしきれないくらいに恩を感じている。
だからこそ、レオノールは許さない。親友の記憶を奪い、壊し、果てには改竄し愚弄する、メモリア・ビアスが許せないのだ。
「旭とエストレイラから色々聞いたぜ。旭の記憶を消したのはあんたなんだってな」
「それがどうかした?」
「俺に教えてくれよ。別にいいだろ? 口は堅いほうだぜ?」
「……あなたに騎獅道から消した記憶を教えて……それが何になるの?」
メモリアは呆れ、眉をひそめてそう言った。いつの間にか薄雲に姿を隠した月を見上げて、メモリアは白い息を吐く。
「俺はバカだからよ、自分の中で理解とか納得ができないとなんだかモヤモヤすんだよなぁ。あんたみたいな天才にはわかんねぇ感覚だろうけどよ」
レオノールは小石を蹴り飛ばす。軽く宙に跳ね上げられた小石はコロコロと転がり、やがてメモリアの目の前まで転がるとピタリと止まった。
こんなにも美しく感じる夜は他にありはしないだろうと、そんなことを思いながらメモリアは夜空を見つめていた。いつでもノーチェスにある、月が見守る夜空が疎ましくてたまらなかったのだ。燦々と煌めく星々の輝きが、ミッドナイトブルーの夜空を優しく煌めかせている。まるで、ステージの上でスポットライトでも当てられているみたいな感覚だ。
「じゃあ、やろうか」
今までになく高揚する気持ちはもう抑えられはしない。止まらない、止められない。この昂りの故を知る者はメモリアの他には存在しない。誰も知らない、メモリアだけの物語が、ようやく1歩を踏み出せた。
薄雲の後ろで朧にノーチェスを照らしていた月はもうどこにもない。星明りだけが照らす夜のノーチェスは、自然とメモリアが涙するほどに美しかった。
「加減はしない。というか、できないから――」
そして、始まる――
「死なないでね、レオノール・ブラックハウンド」
強者同士の戦い。