愛する少女の叫び ―3―
ー/ー
メモリアは瞬時に状況を整理した。援軍は3人。だが、メモリアの相手になるような人物はレオノールしかいない。連れてきた残りの2人はソフィアの治療に専念している。なんてことはない相手だ。しかし、どうしても解せないことがあった。
レオノールはメモリアが呼び出したはずだ。問題は、いつ連絡を取ったのか、だ。ソフィアは戦うつもりなどなかった。会話の中でメモリアもそれを確信していた。あらかじめ助けを用意していたとしても、何を引き金として助けに来たのかが分からない。怪しい行動はひとつもなかったはずだった。考えることが面倒になったのか、メモリアは口を開いてレオノールに問いかけた。
「どうして助けに来ることができたの?」
「……ん」
レオノールは服の内ポケットに無造作に詰め込まれた赤く光る魔具を見せてきた。救難信号とはまた違う。その魔具の正体は、レオノールが説明した。
「この魔具にはソフィアの魔力が込められてるらしい。赤く光ってんのは、魔力の主の魔力切れ、あるいは命の危機って時の反応だ」
「……そんな便利な魔具あったんだ」
見たことも聞いたこともない魔具にメモリアは目を見開いた。メモリアは小さく頷いた。そのような魔具があるならあるいは、と考えてまた首を振る。間に合うわけがない。盤星寮、あけぼの寮から、どれだけ速くここに駆けつけたとしても5分はかかるはずだ。だが、まだメモリアがソフィアに手をかけてから1分も経っていない。もし仮に、魔具が想定よりも早く発動していたとしても、この差を埋めることは絶対にできない。
(まぁ、これは考えても仕方ないか。間に合ってるんだし、今は目の前のことだけ考えよう)
ソフィアが生き延びれば、メモリアがこれまで犯してきた罪も、目的も、すべて明るみに晒される。七曜がモニカを狙っていることも、その先にあることまで知られてしまうだろう。それだけは避けなければならない。ならば、することは一つだ。
メモリアは深く呼吸をして集中する。今、一番の障害は間違いなくレオノールだ。レオノールがバウディアムスの中でも指折りの実力者なのは認めざるを得ない。まともに相手をするのは骨が折れることだろう。メモリアは吸った空気をため息にして吐き捨てた。白い息が吐き切られたその瞬間、メモリアの左頬を電撃が迸った。
「っ……」
「次、動く素振りを見せたら本気で撃つ。こっちの用事が終わるまで大人しくしてな」
頬から滴る鮮血に目をやりながら、メモリアは深く納得した。指折りの実力者、練り上げられた魔法。そして、雷を操る魔法。救助に使うにはこれ以上ない逸材だ。誰よりも速く駆けつけ、危機的状況にも慣れている。なにより、強い。こと戦闘において、レオノールの魔法以上に優れた魔法は存在しない。
(どうしようかな……電撃よりも速くソフィアまで到達することは無理。それどころか動くことすら許されない……)
ほとんど詰みとも言っていい状況で、メモリアはそっと目を閉じる。だが、それは打つ手のないこの局面を案じてのことではない。むしろ、メモリアはかつてないほど好戦的なようだった。空気が震えるほどメモリアの魔力が練り上げられていく。凍える風は肌を貫くような感覚だ。レオノールは武者震いを抑えながら、口角を釣り上げた。
「レオノール、何度も言いますが……」
「うるせぇ」
口を挟むヨナをレオノールは言葉を被せて黙らせた。まるで獣のような黄色の虹彩が縁取る黒い瞳孔。興奮が抑えきれていないのか、瞳孔は真円を維持したまま収縮している。バチバチと迸る電撃によって発生した静電気で逆立つ黄髪。ヨナが見つめる先にいるレオノールは、獲物を目の前にした狼のようだった。
「ちょっ……! ちょっと、待ってください! 私たちはソフィアを助けに来たのであって、メモリア先輩と戦う必要は……!」
「ないと、思うか?」
直後、空気が激しい破裂音を奏でて割れた。メモリアの尋常ならざる魔力に耐えきれなかったのか、そこかしこで空震が起きる。このまま二人が戦えば、小規模な天災ほどの被害にはなるだろう。吹き荒れる寒波がヨナの身を震わせる。
ほんの一瞬、ヨナとメモリアの目が合った。本当に、一瞬の出来事だ。もしかしたら、勘違いだったのではないかと思ってしまうほどの、またたきの間に、ヨナはメモリアと目を合わせた。
目が合ってしまった。
「伏せろ」
ヨナは耳を掠めたレオノールの声に無意識のまま従う。長い紺色の髪を振り乱して思い切り地面に伏した。片手はソフィアを庇うように優しく支えている。直後、ヨナの頭の僅か数センチ上を何かが通り過ぎていった。その正体が何であったのかは理解できないが、ハラハラと宙を舞っている紺色の髪がその魔法の恐ろしさを物語る。
「……ここまで伸ばすの、大変だったんですよ?」
「もっと早く言えってか? そりゃ無理だ」
脇にメルティを抱えたレオノールが木の上に避難しながら言った。ぷるぷると小動物のように震えるメルティに軽い手刀を食らわせ、レオノールはメモリアに目をやった。
魔法に反応できなかった訳ではなかった。ほとんど溜めのない、本来ならば回避も許さないほど早い魔法。微弱な電気による攻撃察知、常軌を逸したレオノールの反応速度、加えて雷の魔法による速さ。それらすべてを掛け合わせて、ようやくギリギリのところで避けることができた。
「君一人なら、私も苦戦してたかもしれないけど……戦えない足でまとい3人抱えた相手、余裕にもほどがあると思わない?」
重症のソフィア、その治療に専念しているヨナとメルティ。3人に気を配りながらメモリアと戦うのはさすがのレオノールでも至難の業だ。ソフィアの応急処置が終わるのにもまだ時間がかかるようで、ヨナが滝のように汗をかきながら対応している。決断を下すのにこれ以上の時間をかけるわけにはいかない。
誘われている。そう分かっていながらも、レオノールは腹を括った。メモリアの目的がソフィアの排除なのだとしたら、レオノールに時間を稼がれること以上に厄介なことは無い。その上で、メモリアが何かを企んでいるとしても、今ここで行動しなければどうしようもない。
「ヴァンチャット、下に行ってヨナとソフィアを守れ」
「え……で、でも……」
「お前の魔法が頼りだ。死ぬ気で2人を守れ」
そう言うとレオノールは木の上からメルティを思い切り投げた。絶叫しながらもなんとか着地した先には、図ったかのようにソフィアとヨナがいた。呼吸を荒らげ、深刻そうな面持ちでソフィアを見つめるヨナはメルティに気づきもしていない。その様子を見てメルティも覚悟を決めたのか、両頬を思い切り叩いて涙目になりながら言った。
「わ、私がここを守ります。だから……ソフィアを助けてください」
「……はい、任せてください」
そう言うヨナの顔に余裕はない。依然として緊張は続く。ソフィアの身体は声も出ないほどの重症だった。身体は芯まで凍っているかのように冷たく、体温も低い。この状況がこれ以上続けば、回復はしても後遺症が残る可能性がある。一刻も早く処置をしなければならない。
(低体温症……まずは……どうする? 保温……身体を温めないと……いいえ、今の状況じゃそれも……)
メモリアがこちらを狙っている今、できることは限りなく少ない。パニックになっている頭を整理して、ヨナは祈るように呟いた。
「お願いしますよ、レオノール……あなたにすべてが懸かっているんです。強いことだけが、あなたの取り柄なんですから」
その直後、少し遠くで魔力が弾けた。
静まり返った闇夜の中、激しい戦いが始まる。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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レオノールはメモリアが呼び出したはずだ。問題は、いつ連絡を取ったのか、だ。ソフィアは戦うつもりなどなかった。会話の中でメモリアもそれを確信していた。あらかじめ助けを用意していたとしても、何を引き金として助けに来たのかが分からない。怪しい行動はひとつもなかったはずだった。考えることが面倒になったのか、メモリアは口を開いてレオノールに問いかけた。
「どうして助けに来ることができたの?」
「……ん」
レオノールは服の内ポケットに無造作に詰め込まれた赤く光る魔具を見せてきた。救難信号とはまた違う。その魔具の正体は、レオノールが説明した。
「この魔具にはソフィアの魔力が込められてるらしい。赤く光ってんのは、魔力の主の魔力切れ、あるいは命の危機って時の反応だ」
「……そんな便利な魔具あったんだ」
見たことも聞いたこともない魔具にメモリアは目を見開いた。メモリアは小さく頷いた。そのような魔具があるならあるいは、と考えてまた首を振る。間に合うわけがない。盤星寮、あけぼの寮から、どれだけ速くここに駆けつけたとしても5分はかかるはずだ。だが、まだメモリアがソフィアに手をかけてから1分も経っていない。もし仮に、魔具が想定よりも早く発動していたとしても、この差を埋めることは絶対にできない。
(まぁ、これは考えても仕方ないか。間に合ってるんだし、今は目の前のことだけ考えよう)
ソフィアが生き延びれば、メモリアがこれまで犯してきた罪も、目的も、すべて明るみに晒される。七曜がモニカを狙っていることも、その先にあることまで知られてしまうだろう。それだけは避けなければならない。ならば、することは一つだ。
メモリアは深く呼吸をして集中する。今、一番の障害は間違いなくレオノールだ。レオノールがバウディアムスの中でも指折りの実力者なのは認めざるを得ない。まともに相手をするのは骨が折れることだろう。メモリアは吸った空気をため息にして吐き捨てた。白い息が吐き切られたその瞬間、メモリアの左頬を電撃が迸った。
「っ……」
「次、動く素振りを見せたら本気で撃つ。こっちの用事が終わるまで大人しくしてな」
頬から滴る鮮血に目をやりながら、メモリアは深く納得した。指折りの実力者、練り上げられた魔法。そして、雷を操る魔法。救助に使うにはこれ以上ない逸材だ。誰よりも速く駆けつけ、危機的状況にも慣れている。なにより、|強《・》|い《・》。こと戦闘において、レオノールの魔法以上に優れた魔法は存在しない。
(どうしようかな……電撃よりも速くソフィアまで到達することは無理。それどころか動くことすら許されない……)
ほとんど詰みとも言っていい状況で、メモリアはそっと目を閉じる。だが、それは打つ手のないこの局面を案じてのことではない。むしろ、メモリアはかつてないほど好戦的なようだった。空気が震えるほどメモリアの魔力が練り上げられていく。凍える風は肌を貫くような感覚だ。レオノールは武者震いを抑えながら、口角を釣り上げた。
「レオノール、何度も言いますが……」
「うるせぇ」
口を挟むヨナをレオノールは言葉を被せて黙らせた。まるで獣のような黄色の虹彩が縁取る黒い瞳孔。興奮が抑えきれていないのか、瞳孔は真円を維持したまま収縮している。バチバチと迸る電撃によって発生した静電気で逆立つ黄髪。ヨナが見つめる先にいるレオノールは、獲物を目の前にした狼のようだった。
「ちょっ……! ちょっと、待ってください! 私たちはソフィアを助けに来たのであって、メモリア先輩と戦う必要は……!」
「ないと、思うか?」
直後、空気が激しい破裂音を奏でて割れた。メモリアの尋常ならざる魔力に耐えきれなかったのか、そこかしこで空震が起きる。このまま二人が戦えば、小規模な天災ほどの被害にはなるだろう。吹き荒れる寒波がヨナの身を震わせる。
ほんの一瞬、ヨナとメモリアの目が合った。本当に、一瞬の出来事だ。もしかしたら、勘違いだったのではないかと思ってしまうほどの、またたきの間に、ヨナはメモリアと目を合わせた。
目が合ってしまった。
「伏せろ」
ヨナは耳を掠めたレオノールの声に無意識のまま従う。長い紺色の髪を振り乱して思い切り地面に伏した。片手はソフィアを庇うように優しく支えている。直後、ヨナの頭の僅か数センチ上を何かが通り過ぎていった。その正体が何であったのかは理解できないが、ハラハラと宙を舞っている紺色の髪がその魔法の恐ろしさを物語る。
「……ここまで伸ばすの、大変だったんですよ?」
「もっと早く言えってか? そりゃ無理だ」
脇にメルティを抱えたレオノールが木の上に避難しながら言った。ぷるぷると小動物のように震えるメルティに軽い手刀を食らわせ、レオノールはメモリアに目をやった。
魔法に反応できなかった訳ではなかった。ほとんど溜めのない、本来ならば回避も許さないほど早い魔法。微弱な電気による攻撃察知、常軌を逸したレオノールの反応速度、加えて雷の魔法による速さ。それらすべてを掛け合わせて、ようやくギリギリのところで避けることができた。
「君一人なら、私も苦戦してたかもしれないけど……戦えない足でまとい3人抱えた相手、余裕にもほどがあると思わない?」
重症のソフィア、その治療に専念しているヨナとメルティ。3人に気を配りながらメモリアと戦うのはさすがのレオノールでも至難の業だ。ソフィアの応急処置が終わるのにもまだ時間がかかるようで、ヨナが滝のように汗をかきながら対応している。決断を下すのにこれ以上の時間をかけるわけにはいかない。
誘われている。そう分かっていながらも、レオノールは腹を括った。メモリアの目的がソフィアの排除なのだとしたら、レオノールに時間を稼がれること以上に厄介なことは無い。その上で、メモリアが何かを企んでいるとしても、今ここで行動しなければどうしようもない。
「ヴァンチャット、下に行ってヨナとソフィアを守れ」
「え……で、でも……」
「お前の魔法が頼りだ。死ぬ気で2人を守れ」
そう言うとレオノールは木の上からメルティを思い切り投げた。絶叫しながらもなんとか着地した先には、図ったかのようにソフィアとヨナがいた。呼吸を荒らげ、深刻そうな面持ちでソフィアを見つめるヨナはメルティに気づきもしていない。その様子を見てメルティも覚悟を決めたのか、両頬を思い切り叩いて涙目になりながら言った。
「わ、私がここを守ります。だから……ソフィアを助けてください」
「……はい、任せてください」
そう言うヨナの顔に余裕はない。依然として緊張は続く。ソフィアの身体は声も出ないほどの重症だった。身体は芯まで凍っているかのように冷たく、体温も低い。この状況がこれ以上続けば、回復はしても後遺症が残る可能性がある。一刻も早く処置をしなければならない。
(低体温症……まずは……どうする? 保温……身体を温めないと……いいえ、今の状況じゃそれも……)
メモリアがこちらを狙っている今、できることは限りなく少ない。パニックになっている頭を整理して、ヨナは祈るように呟いた。
「お願いしますよ、レオノール……あなたにすべてが懸かっているんです。強いことだけが、あなたの取り柄なんですから」
その直後、少し遠くで魔力が弾けた。
静まり返った闇夜の中、激しい戦いが始まる。