愛する少女の叫び
ー/ー
時は少し遡る。モニカがマーリンの元へ向かった頃の話。月が昇る空の元で、2人の魔法使いが対峙していた。
「……どういうことですか」
愛に飢えていた少女に宿ったのは、愛される魔法だった。愛への渇望は、愛されることで満たされていく。けれど少女の飢えは、愛されて、愛され続けて、それでも満たされることはなかった。少女の飢えを満せるのは、ただ一つの太陽しかなかったのだ。
「旭には、手を出さないって約束だったじゃないですか!」
少女の名はソフィア・アマル。愛を宿した魔法使い。星一つ無い夜空の下で、誰かがソフィアと対峙している。彼女は、悪夢の怪物の襲来、神精樹の古書館での襲撃の裏で手を引いていた。旭の記憶を失わせた張本人。世界の破滅のために、何もかもすべてを利用し、画策していた世界の敵。
「答えてください! メモリア先輩!」
「…………」
現時点で、メモリアの目的を、その許されざる所業を知っている唯一の人物がソフィアだった。ある契約を結び、『騎獅道旭に危害を加えないこと』を条件にソフィアはメモリアに手を貸し、その目的を知った。それがどんなことであるかを知りながらも、愛する者のためにその手を汚した。
叫ぶソフィアと目を合わせようとせず、メモリアは小さくため息をつく。
「先に契約を破ったのはソフィアでしょ。危険だって言ったのに『全知』にまで触れて無理やり記憶を取り戻して……博打は上手くいった?」
メモリアの目的を知ったソフィアはその鍵がモニカであることを理解した。危険を犯して『全知』に触れたのは、眠っていた魔導書を強制的に起こすため。そして、『全知』とモニカを引き合せるためだ。記憶を取り戻したのはソフィアも予想外のことだった。
モニカが『全知』を使いこなせるようになれば、メモリアや七曜の魔法使いは迂闊に手を出せなくなる。メモリアの目的のためにモニカの力は必要不可欠だ。それを知っていながら、メモリアとの協力関係を先に破ったのはソフィアの方なのだ。
「おかげでモニカには逃げられてばっかり。あれから1度しか会えてない。私もそろそろ立場が危うい」
ソフィアの画策によって、メモリアの正体は暴かれつつある。一つはモニカに七曜の魔法使いへの対抗手段を持たせるために、『全知』を起こしたこと。そしてもう一つ、ソフィアはメモリアを欺くためにある布石を打っていた。
「宮本国綱と金曜を動かしたのはソフィアなんでしょ?」
「金曜じゃない。彼女の名前はガイア・ヴェローニカよ」
「あぁ、そうだっけ? どうでもいいけど」
1歩、また1歩とメモリアはソフィアに接近する。ソフィアの立っている場所はとうにメモリアの射程圏内だ。今更逃げる気力なんてなかった。こんな状況でメモリアに背を向けられるような甘い考えはしていない。それでも、ここで逃げなければ殺されてしまうだろう。もちろん、逃げても殺される。避けることのできない選択をソフィアは迫られていた。凍えるような魔力が辺り一面に満ちていく。まるで吹雪が吹いているかのような寒さだった。
「2人の恋路に首を突っ込んでさ、品がないと思わない?」
「……違う。頼まれたの、友達からね。事情も何も言わず、ただ一言、『助けて』ってね」
その言葉は、国綱を除いて唯一ヴェローニカの正体を知っていたソフィアだったから言えたのだろう。一体、ヴェローニカはどんな気持ちでクラス・アステシアの仲間を裏切らなければならなかったのだろうか。ヴェローニカの心情を想像して、そして手を差し伸べてしまった。
普段のソフィアなら、天地がひっくり返っても助けることなんてなかったはずだ。まず、誰かに助けを求めるという行為そのものが気に入らない。自分のことなのだから、自分自身が何とかするしかない。それが、ソフィアの理念だった。
だが、ソフィアは知ってしまった。ヴェローニカの恋心を。久しくできた友の愛を。そして、ヴェローニカの置かれている立場も。まったく同じではなくとも、ヴェローニカの境遇はソフィアに似ていた。ただ、情が湧いてしまった。友達を、助けたいと思ってしまった。
「あんたが何をしようとしてるのか、1回も聞かせてもらえなかったけどさぁ」
寒さも忘れるほど自分が激情していることにソフィアは気がついていなかった。逸る気持ちは抑えきれず、溢れるように流れ出ていく。愛する者が傷ついたことなど、もう眼中にない。ソフィアはただ、ひたすらに怒っているのだ。初めての感情で、ソフィアも自分をコントロールできなくなっていた。
純愛しか知らなかったソフィアは、この瞬間に初めてもう一つの『愛』を知る。愛するただ1人のためではなく、友のために、ソフィアは心を震わせる。
「知らないよ、そんなこと。でも、あんたのせいで、あたしの友達が泣いてるってんなら!」
それを、人は『友愛』と呼ぶ。
「そんなこと、許せるわけないだろうが!」
刹那、僅かに動いたメモリアの指先に反応してソフィアが駆け出した。弄する策は無い。メモリアを倒せる手段も、ソフィアは持ち合わせていない。無茶で無意味な行動。その行動にメモリアも驚きのあまり目を見開いた。
ソフィアの使う『愛の魔法』は攻撃手段を持たない。暴力は決して愛情にはなり得ないということの表れなのか、それは本物の愛を知るものにしか分からない。しかし、愛を司る魔法で人を傷つけることができないのは、つまりそういうことなのだろう。
だからこそ、メモリアは戸惑った。この状況で、ソフィアがメモリアに接近することは悪手中の悪手だ。既にメモリアの射程圏内だったソフィアはそれよりも更にメモリアに接近する。もう2、3歩も進めば手が届きそうなほどだ。この距離なら、メモリアは魔法を外さない。火に飛び込むようなものだ。
(なんでわざわざ……何か理由が? 今更愛の魔法なんて使ったところで、私は絆されないよ)
迫り来るソフィアに対して、ソフィアは半歩引き下がる。位置、距離感、タイミング。すべてが噛み合った。もう外さない、外せない。待ちわびた勝機を前にして―――
ソフィアは怪しく笑う。
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時は少し遡る。モニカがマーリンの元へ向かった頃の話。月が昇る空の元で、2人の魔法使いが対峙していた。
「……どういうことですか」
愛に飢えていた少女に宿ったのは、愛される魔法だった。愛への渇望は、愛されることで満たされていく。けれど少女の飢えは、愛されて、愛され続けて、それでも満たされることはなかった。少女の飢えを満せるのは、ただ一つの太陽しかなかったのだ。
「旭には、手を出さないって約束だったじゃないですか!」
少女の名はソフィア・アマル。愛を宿した魔法使い。星一つ無い夜空の下で、誰かがソフィアと対峙している。彼女は、|悪夢の怪物《ナイトメア》の襲来、神精樹の古書館での襲撃の裏で手を引いていた。旭の記憶を失わせた張本人。世界の破滅のために、何もかもすべてを利用し、画策していた世界の敵。
「答えてください! メモリア先輩!」
「…………」
現時点で、メモリアの目的を、その許されざる所業を知っている唯一の人物がソフィアだった。ある契約を結び、『騎獅道旭に危害を加えないこと』を条件にソフィアはメモリアに手を貸し、その目的を知った。それがどんなことであるかを知りながらも、愛する者のためにその手を汚した。
叫ぶソフィアと目を合わせようとせず、メモリアは小さくため息をつく。
「先に契約を破ったのはソフィアでしょ。危険だって言ったのに『全知』にまで触れて無理やり記憶を取り戻して……博打は上手くいった?」
メモリアの目的を知ったソフィアはその鍵がモニカであることを理解した。危険を犯して『全知』に触れたのは、眠っていた|魔導書《グリモワール》を強制的に起こすため。そして、『全知』とモニカを引き合せるためだ。記憶を取り戻したのはソフィアも予想外のことだった。
モニカが『全知』を使いこなせるようになれば、メモリアや七曜の魔法使いは迂闊に手を出せなくなる。メモリアの目的のためにモニカの力は必要不可欠だ。それを知っていながら、メモリアとの協力関係を先に破ったのはソフィアの方なのだ。
「おかげでモニカには逃げられてばっかり。あれから1度しか会えてない。私もそろそろ立場が危うい」
ソフィアの画策によって、メモリアの正体は暴かれつつある。一つはモニカに七曜の魔法使いへの対抗手段を持たせるために、『全知』を起こしたこと。そして|も《・》|う《・》|一《・》|つ《・》、ソフィアはメモリアを欺くためにある布石を打っていた。
「宮本国綱と|金曜《ビエルネス》を動かしたのはソフィアなんでしょ?」
「|金曜《ビエルネス》じゃない。彼女の名前はガイア・ヴェローニカよ」
「あぁ、そうだっけ? どうでもいいけど」
1歩、また1歩とメモリアはソフィアに接近する。ソフィアの立っている場所はとうにメモリアの射程圏内だ。今更逃げる気力なんてなかった。こんな状況でメモリアに背を向けられるような甘い考えはしていない。それでも、ここで逃げなければ殺されてしまうだろう。もちろん、逃げても殺される。避けることのできない選択をソフィアは迫られていた。凍えるような魔力が辺り一面に満ちていく。まるで吹雪が吹いているかのような寒さだった。
「2人の恋路に首を突っ込んでさ、品がないと思わない?」
「……違う。頼まれたの、友達からね。事情も何も言わず、ただ一言、『助けて』ってね」
その言葉は、国綱を除いて唯一ヴェローニカの正体を知っていたソフィアだったから言えたのだろう。一体、ヴェローニカはどんな気持ちでクラス・アステシアの仲間を裏切らなければならなかったのだろうか。ヴェローニカの心情を想像して、そして手を差し伸べてしまった。
普段のソフィアなら、天地がひっくり返っても助けることなんてなかったはずだ。まず、誰かに助けを求めるという行為そのものが気に入らない。自分のことなのだから、自分自身が何とかするしかない。それが、ソフィアの理念だった。
だが、ソフィアは知ってしまった。ヴェローニカの恋心を。久しくできた友の愛を。そして、ヴェローニカの置かれている立場も。まったく同じではなくとも、ヴェローニカの境遇はソフィアに似ていた。ただ、情が湧いてしまった。友達を、助けたいと思ってしまった。
「あんたが何をしようとしてるのか、1回も聞かせてもらえなかったけどさぁ」
寒さも忘れるほど自分が激情していることにソフィアは気がついていなかった。逸る気持ちは抑えきれず、溢れるように流れ出ていく。愛する者が傷ついたことなど、もう眼中にない。ソフィアはただ、ひたすらに怒っているのだ。初めての感情で、ソフィアも自分をコントロールできなくなっていた。
純愛しか知らなかったソフィアは、この瞬間に初めてもう一つの『愛』を知る。愛するただ1人のためではなく、友のために、ソフィアは心を震わせる。
「知らないよ、そんなこと。でも、あんたのせいで、あたしの友達が泣いてるってんなら!」
それを、人は『友愛』と呼ぶ。
「そんなこと、許せるわけないだろうが!」
刹那、僅かに動いたメモリアの指先に反応してソフィアが駆け出した。弄する策は無い。メモリアを倒せる手段も、ソフィアは持ち合わせていない。無茶で無意味な行動。その行動にメモリアも驚きのあまり目を見開いた。
ソフィアの使う『愛の魔法』は攻撃手段を持たない。暴力は決して愛情にはなり得ないということの表れなのか、それは本物の愛を知るものにしか分からない。しかし、愛を司る魔法で人を傷つけることができないのは、つまりそういうことなのだろう。
だからこそ、メモリアは戸惑った。この状況で、ソフィアがメモリアに接近することは悪手中の悪手だ。既にメモリアの射程圏内だったソフィアはそれよりも更にメモリアに接近する。もう2、3歩も進めば手が届きそうなほどだ。この距離なら、メモリアは魔法を外さない。火に飛び込むようなものだ。
(なんでわざわざ……何か理由が? 今更愛の魔法なんて使ったところで、私は絆されないよ)
迫り来るソフィアに対して、ソフィアは半歩引き下がる。位置、距離感、タイミング。すべてが噛み合った。もう外さない、外せない。待ちわびた勝機を前にして―――
ソフィアは怪しく笑う。