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君の話 ―5―

ー/ー



 先程とは打って変わって真剣な表情をするマーリンと、モニカは真っ直ぐに目を合わせる。鋭い眼光は身体をを突き破ってしまいそうなほど鋭利で、心臓はドクンと大きく拍動していた。


「話した通り、『繋ぐ者』の役割は必要不可欠だ。均衡が保たれなくなれば、世界は諸共崩壊していく」

「崩壊……って」

「……君も知っているだろう」


 世界の崩壊。それは、()()()()()()()。奇しくもそれは、バランスの崩壊によって引き起こされると考えられていた。自然災害のような災い。天より舞い降りし厄災。人々はそれを――

 『天災(てんさい)』と呼ぶ。


「今はまだ小規模の天災しか起きていないが、そのうち世界規模の天災が訪れる。それも、過去一度あった『消えぬ厄災』とは比べ物にならないほどの天災がね」

「止める方法は、ないんですか?」

「ない」


 無慈悲にも、マーリンはその一言しか語らなかった。(おわり)を司る『終極の鍵』たるマーリンがそう言ったのだ。これ以上の言葉はいらない。だが、モニカは嘘でも、ほんの少しの希望が欲しかったのだろう。どうしようもない無力感に打ちひしがれながら、モニカはぎゅっとソラを抱きしめることしかできない。


「でも――」


 モニカはゆっくりと口を開いた。マーリンの話は真実で、何よりも正しい。それは分かっていた。それでも、絶対に無理なのだとしても。それが、実現不可能であったとしても――


「諦めたくありません」


 モニカ・エストレイラは諦めない。それが僅かな希望すらもない選択だったとしても、最後まで希望を願い続ける、折れることを知らない理想主義。普通に生きていたら、これほど歪んだ思想は持てはしないだろう。だが、モニカは知ってしまったのだ。


「魔法使いは、奇跡を起こせるんだから」


 ()()()()()()()。諦めない限り、いつか必ず希望は訪れる。それを知ってしまったらもう止まらない。誰もが幸せになれる世界を、人と妖の垣根を越えて手を取り合える世界を、争いのない平和な世界を、望んでしまったらモニカは止まらない。


「『繋ぐ者』でもなんでもいい。みんなを守るためなら、私は()()()()()()()()


 それがモニカ・エストレイラのすべて。モニカの献身的で、犠牲的で、破滅的な人格を作り上げている根幹にあるもの。それはもはや、優しさと呼ぶには破綻している。


(歪だな……)


 そして、モニカが今までその理想的な考えを貫くことができていたのは、紛れもなく()()のせいだと言える。奇跡の顕現と、全知の継承により、モニカの行動原理が実現可能になって、歪曲してしまった。
 何よりも美しい理想の果て。そこにあるものは言葉では言い尽くせないほどの光景だろう。あらゆる課題は取り払われ、異種族間を超える。争いはない、絶望はない。本当の意味での幸福がそこにはある。あるいは、理すらも乗り越えて、人と妖も手を取り合えるかもしれない。

 でも、そこに至るまでの過程は?

 (おわり)そのものであるマーリンは己に問う。きっと、最後に迎えるのは最高のハッピーエンドだろう。皆が心の底から笑える、誰も見た事のない世界が、幸せがそこにはあるはずだ。ただ一人を除いて。
 それは本当に正しいのだろうか。あまねく幸福を叶えることができたとして、そのためにたった一人の少女を犠牲にすることが、本当に平和だと、幸せだと言えるのだろうか。


(これが、『救世の鍵』に選ばれた……いや、選ばれてしまった少女)


 かつての友を思い浮かべながら、マーリンはボソリと呟いた。


「友よ……君は、どれほどの試練を彼女たちに与えようと言うのだ……」

「…………?」

「いや、気にするな。ただの独り言だ」


 マーリンは頭を抱えて深く深呼吸をした。『なんでもやる』。モニカの言うその言葉に含まれた意味が何であるのかは理解できた。だからこそ、マーリンはモニカに『繋ぐ者』を託しきれないのだ。
 人と妖を繋ぐ、二つの世界を繋ぎ止める。そう言ってしまえば聞こえはいいが、本当の『繋ぐ者』の役割はそんなものではない。きっと、モニカもそれを分かっていて『なんでもやる』と言い切ったのだろう。本来なら出て然るべき疑問が出てこないことが何よりの証拠だ。

 どうやって?

 人と妖、二つの世界をどのようにして繋げるのか。そんなことはお互いに分かりきったことだ。
 つまり、()()()()()()()()()。ただ道具のように、利用されるだけの存在なのだ。均衡を保つため、二つの世界に橋をかけ、道を作り出す。それができるのは、魔と妖、二つの素質を兼ね備えた者だけ。『繋ぐ者』に、それ以外の役目はない。ただそこに在ることしかできず、道具のように使い潰される毎日を過ごすのみだ。


(それを、よりにもよってこんな少女に……)


 モニカは喜んで『繋ぐ者』の役割を全うするだろう。けれど、マーリンは到底、許すことができなかったのだ。


「…………ダメだ」

「……え」

「今の君に、『繋ぐ者』は託せない」


 こんな、弱みに付け込むようなやり方が、マーリンは納得できなかった。誰よりも優しくて、聡明で、殊勝なモニカ。犠牲を犠牲とも思わないほどの破滅的な献身。そんなモニカを()()()()()ようなことを、マーリンは許せなかった。
 生きるべきなのだ。モニカは『繋ぐ者』として利用などされるべきではなく、人として、輝かしき未来たる若人として、モニカは生きなければならない。ただ心の底から、マーリンはそう思っていた。


「……ゆくぞ、モニカ」

「八重さん……でも」

「確かに、お主には覚悟があった。『繋ぐ者』として、全てを受け入れる覚悟が。それはとても立派なことじゃ」


 けれど、足りていなかったのはモニカの覚悟ではなく――


()()()()覚悟がなかったマーリンに問題がある」

「…………はは、手厳しいな」

「甘くなったものじゃ。昔のお主なら、躊躇いもなく決断を下していただろうよ」


 マーリンはただただ悲しそうに俯いていた。モニカに『繋ぐ者』を継がせる覚悟。それが足りなかったことは、マーリンも理解していたのだろう。マーリンが浮かべる悲しみの奥には、悔しさのようなものが滲んでいた。


「……だが、妾は今の人間的なお主の方が好みじゃ」

「…………お世辞はいらないよ。もう話は終わりだ。早く帰ってくれないか」


 八重はマーリンの言葉通りに、モニカとソラを抱きかかえて古書館を去ろうとする。また、二人の間には見えない軋轢が生まれたような気がした。埋まることのない溝には、過去に刻まれた痛ましい傷があるのだろう。
 だが、モニカはそんなことに構うような人間ではない。もぞもぞと八重の腕から這い出て、俯くマーリンに訴えるように机を叩いて言った。この際、『繋ぐ者』なんてどうでもいいのだ。役割などなくても、モニカのやることは変わりはしない。


「一つだけ、お願いがあります!」


 臆病で、逃げてばかりだったモニカは少しづつ変化していく。それはソラと結ばれたからか、それとも『奇跡』の顕現か。あるいは、『希望』との出逢いだろうか。

 助けたい。ただその一心で、モニカは1歩を踏み出すのだ


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次のエピソードへ進む 愛する少女の叫び


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 先程とは打って変わって真剣な表情をするマーリンと、モニカは真っ直ぐに目を合わせる。鋭い眼光は身体をを突き破ってしまいそうなほど鋭利で、心臓はドクンと大きく拍動していた。
「話した通り、『繋ぐ者』の役割は必要不可欠だ。均衡が保たれなくなれば、世界は諸共崩壊していく」
「崩壊……って」
「……君も知っているだろう」
 世界の崩壊。それは、|既《・》|に《・》|現《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》。奇しくもそれは、バランスの崩壊によって引き起こされると考えられていた。自然災害のような災い。天より舞い降りし厄災。人々はそれを――
 『|天災《てんさい》』と呼ぶ。
「今はまだ小規模の天災しか起きていないが、そのうち世界規模の天災が訪れる。それも、過去一度あった『消えぬ厄災』とは比べ物にならないほどの天災がね」
「止める方法は、ないんですか?」
「ない」
 無慈悲にも、マーリンはその一言しか語らなかった。|終《おわり》を司る『終極の鍵』たるマーリンがそう言ったのだ。これ以上の言葉はいらない。だが、モニカは嘘でも、ほんの少しの希望が欲しかったのだろう。どうしようもない無力感に打ちひしがれながら、モニカはぎゅっとソラを抱きしめることしかできない。
「でも――」
 モニカはゆっくりと口を開いた。マーリンの話は真実で、何よりも正しい。それは分かっていた。それでも、絶対に無理なのだとしても。それが、実現不可能であったとしても――
「諦めたくありません」
 モニカ・エストレイラは諦めない。それが僅かな希望すらもない選択だったとしても、最後まで希望を願い続ける、折れることを知らない理想主義。普通に生きていたら、これほど歪んだ思想は持てはしないだろう。だが、モニカは知ってしまったのだ。
「魔法使いは、奇跡を起こせるんだから」
 |奇《・》|跡《・》|は《・》|起《・》|こ《・》|せ《・》|る《・》。諦めない限り、いつか必ず希望は訪れる。それを知ってしまったらもう止まらない。誰もが幸せになれる世界を、人と妖の垣根を越えて手を取り合える世界を、争いのない平和な世界を、望んでしまったらモニカは止まらない。
「『繋ぐ者』でもなんでもいい。みんなを守るためなら、私は|な《・》|ん《・》|で《・》|も《・》|や《・》|り《・》|ま《・》|す《・》」
 それがモニカ・エストレイラのすべて。モニカの献身的で、犠牲的で、破滅的な人格を作り上げている根幹にあるもの。それはもはや、優しさと呼ぶには破綻している。
(歪だな……)
 そして、モニカが今までその理想的な考えを貫くことができていたのは、紛れもなく|奇《・》|跡《・》のせいだと言える。奇跡の顕現と、全知の継承により、モニカの行動原理が実現可能になって、歪曲してしまった。
 何よりも美しい理想の果て。そこにあるものは言葉では言い尽くせないほどの光景だろう。あらゆる課題は取り払われ、異種族間を超える。争いはない、絶望はない。本当の意味での幸福がそこにはある。あるいは、理すらも乗り越えて、人と妖も手を取り合えるかもしれない。
 でも、そこに至るまでの過程は?
 |終《おわり》そのものであるマーリンは己に問う。きっと、最後に迎えるのは最高のハッピーエンドだろう。皆が心の底から笑える、誰も見た事のない世界が、幸せがそこにはあるはずだ。ただ一人を除いて。
 それは本当に正しいのだろうか。あまねく幸福を叶えることができたとして、そのためにたった一人の少女を犠牲にすることが、本当に平和だと、幸せだと言えるのだろうか。
(これが、『救世の鍵』に選ばれた……いや、選ばれてしまった少女)
 かつての友を思い浮かべながら、マーリンはボソリと呟いた。
「友よ……君は、どれほどの試練を彼女たちに与えようと言うのだ……」
「…………?」
「いや、気にするな。ただの独り言だ」
 マーリンは頭を抱えて深く深呼吸をした。『なんでもやる』。モニカの言うその言葉に含まれた意味が何であるのかは理解できた。だからこそ、マーリンはモニカに『繋ぐ者』を託しきれないのだ。
 人と妖を繋ぐ、二つの世界を繋ぎ止める。そう言ってしまえば聞こえはいいが、本当の『繋ぐ者』の役割はそんなものではない。きっと、モニカもそれを分かっていて『なんでもやる』と言い切ったのだろう。本来なら出て然るべき疑問が出てこないことが何よりの証拠だ。
 どうやって?
 人と妖、二つの世界をどのようにして繋げるのか。そんなことはお互いに分かりきったことだ。
 つまり、|繋《・》|ぐ《・》|者《・》|と《・》|は《・》|楔《・》|な《・》|の《・》|だ《・》。ただ道具のように、利用されるだけの存在なのだ。均衡を保つため、二つの世界に橋をかけ、道を作り出す。それができるのは、魔と妖、二つの素質を兼ね備えた者だけ。『繋ぐ者』に、それ以外の役目はない。ただそこに在ることしかできず、道具のように使い潰される毎日を過ごすのみだ。
(それを、よりにもよってこんな少女に……)
 モニカは喜んで『繋ぐ者』の役割を全うするだろう。けれど、マーリンは到底、許すことができなかったのだ。
「…………ダメだ」
「……え」
「今の君に、『繋ぐ者』は託せない」
 こんな、弱みに付け込むようなやり方が、マーリンは納得できなかった。誰よりも優しくて、聡明で、殊勝なモニカ。犠牲を犠牲とも思わないほどの破滅的な献身。そんなモニカを|終《・》|わ《・》|ら《・》|せ《・》|る《・》ようなことを、マーリンは許せなかった。
 生きるべきなのだ。モニカは『繋ぐ者』として利用などされるべきではなく、人として、輝かしき未来たる若人として、モニカは生きなければならない。ただ心の底から、マーリンはそう思っていた。
「……ゆくぞ、モニカ」
「八重さん……でも」
「確かに、お主には覚悟があった。『繋ぐ者』として、全てを受け入れる覚悟が。それはとても立派なことじゃ」
 けれど、足りていなかったのはモニカの覚悟ではなく――
「|継《・》|が《・》|せ《・》|る《・》覚悟がなかったマーリンに問題がある」
「…………はは、手厳しいな」
「甘くなったものじゃ。昔のお主なら、躊躇いもなく決断を下していただろうよ」
 マーリンはただただ悲しそうに俯いていた。モニカに『繋ぐ者』を継がせる覚悟。それが足りなかったことは、マーリンも理解していたのだろう。マーリンが浮かべる悲しみの奥には、悔しさのようなものが滲んでいた。
「……だが、妾は今の人間的なお主の方が好みじゃ」
「…………お世辞はいらないよ。もう話は終わりだ。早く帰ってくれないか」
 八重はマーリンの言葉通りに、モニカとソラを抱きかかえて古書館を去ろうとする。また、二人の間には見えない軋轢が生まれたような気がした。埋まることのない溝には、過去に刻まれた痛ましい傷があるのだろう。
 だが、モニカはそんなことに構うような人間ではない。もぞもぞと八重の腕から這い出て、俯くマーリンに訴えるように机を叩いて言った。この際、『繋ぐ者』なんてどうでもいいのだ。役割などなくても、モニカのやることは変わりはしない。
「一つだけ、お願いがあります!」
 臆病で、逃げてばかりだったモニカは少しづつ変化していく。それはソラと結ばれたからか、それとも『奇跡』の顕現か。あるいは、『希望』との出逢いだろうか。
 助けたい。ただその一心で、モニカは1歩を踏み出すのだ