15話 土地神様と体育祭 その六
ー/ー
~一方その頃、イザ達~
セキとフキの二人と別れたアタシとサラは西雪さん達の元へ帰ってきた。
さっきの戦場……いや、リレーの応援のために離れていたキリさんも戻ってきており、皆でセキ達が出ている種目、全学年男子によるクラス対抗騎馬戦を遠目で見ていた。
「あのー……アレって騎馬戦……だよね?」
「お、恐らくは……?」
競技トラックの惨状を見つめながら訊ねてきた西雪さんに対し、銀髪の後輩は自信なさげに答えた。
その回答も無理もないというか……グラウンドの中心部はさっきのリレーの影響か、騎馬戦とは名ばかりの抗争状態になっているのだ。
しかも選手に男子しかいないこともあってか明らかにほぼ全員が殺気立っており、先程から遠目で見ても体育祭の競技とは言い難い、血なまぐさい戦いが繰り広げられている。
そう考えてる間にも……あーあー人が吹っ飛んでる吹っ飛んでる。セキとフキ、死ななきゃいいけど。
そんな地獄から目を背けるように、アタシ達は別の話題を立てて雑談に興じることになった。
「ソンデ、キリチャン。フキにクルクルされてTrap作ったテ聞いたヨ?」
「くるくる……?」
「多分『言いくるめられて』って言いたいんじゃないかしら。……あの馬鹿に言われたからって変なことしないでくださいよ。人に向けて神通力使うの、マトイさんに止められてましたよね?」
「む? あの穴はキリさんが用意したのか。ということは神聖なものなのでは……」
「落ちたらご利益があったりするのかな?」
「あるんかね?」
「ワタシに訊かれましテモ」
詰問しているはずなのに、なんとも安穏とした雰囲気である。
いけない。アタシ以外の面子の雰囲気が緩いこともあって毒気が抜かれてしまう。ちゃんと注意せねば。
「とにかく、次からはああいうことしないでください。下手すりゃ大事故だったんだから」
「落ちたノはアワタン先生だけだったケドナ」
「そこが不幸中の幸いね」
「ただの不幸ではないだろうか」
「まあまあ、キリさんも頼まれてやっただけなんでしょう? そんなに責めなくてもいいんじゃないでしょうか」
「あ、はい。それにフキザキさんに言われたことも一理あるというか、直接人に向けてやったわけじゃないけえ、いいんじゃないかと──」
「いいワケねェだろコラ」
アタシ達が話していると、背後から底冷えするようなくぐもった声がした。
同時にキリさんの笑顔が固まり、白い顔が青くなった。
「…………どうもこんにちは、マトイ」
「どォもこんにちは、土地神サマ?」
「へ、へへへ……」
滝のような汗を垂れ流しながら軋むような動きでキリさんが振り返ると……こちらを見下ろす布に包まれた謎の存在、マトイさんが立っていた。
「マトイさん、お疲れ様でーす」
「さっきブリだネー」
「どォもこんにちは。リンギクサンもこの前ぶりだね」
「ああ、どうも……キリさん、凄まじく汗をかいているが大丈夫か?」
「だいじょうぶですなんでもないですすいませんあはははは」
背後からマトイさんに見下ろされているキリさんは視線が泳ぎまくっている。明らかに大丈夫ではないご様子だ。
蛇に睨まれた蛙状態の土地神様だけど、神通力を使ったのは彼女の判断なので自業自得とも言える。放っておこう。
「ハァ……まァやらかしたって自覚があるンなら皆まで言わなくてもいいか。使うなら使うでほどほどにな」
「あ、うん。分かりました」
マトイさんは溜息を吐くと、そのままキリさんの頭を撫で始めた。
あっさり許されたことで安心したのか、キリさんは胸を撫で下ろした表情を浮かべてから満更でもなさそうな顔で撫でられ続けている。
そんな二人に対し、西雪さんが「あ、あのー……」と声を掛けて続けた。
「GWの時に助けてくださった、マトイさん……ですよね? あの時はありがとうございました」
「ン? あァ、その件はどうも。ニシユキサン……だったかな。リンギクサンからお名前は伺ってます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
西雪さんが挨拶したところで、マトイさんはキリさんの頭から手を放してしっかりと握手を交わした。
そういえば彼女もこの布人間と面識があったとかいう話だったわね。……本当にどういう人脈なのかしら。
目の前の不審人物の交友関係にあらためて疑問を抱いていると、手を離されたキリさんが少しだけ名残惜しそうな顔で麦わら帽子を被り直しているのが見えた。なんだこの可愛い神様は。
「ところでマトイ、お知り合いへの挨拶は終わったん?」
「とりあえずはね。色々頼まれたりもしたけど……それはまァいいや。それより紹介したいヤツがいるンだけど、連れてきていいかな」
「ソレって前に言テタ、キリチャンHappyな知り合いでゴザンス?」
キリさんがハッピー……あ、喜ぶってことかしら。
そういえば今朝、教室でセキとサラが『マトイさんが言ってた人って誰なんだろうなー』とかそんな話をしていた気がする。このことだったのね。
「どんな人なんですか?」
「あそこにいるよ。スケッチブック持ってる三つ編みの子」
アタシの質問に対して、マトイさんが少し離れた場所を手のひらで示した。
そちらに目を向けると、長い髪を三つ編みにまとめ、黒縁眼鏡をかけた文学少女風の小柄な女性が一人、グラウンド端のベンチに座っているのが見えた。
彼女はグラウンドで男子達が騎馬戦をしている様子を観察しながら、手元のノートらしき物に黙々とペンを走らせている。手の動きからして絵を描いているのだろうか。
「少しスケッチしてから来るってサ。……っと、そうだ。リンギクサンとニシユキサンはキリが読んでる本について知ってます?」
「グフゥ……っ!」
少し声のトーンを抑えたマトイさんの確認に、ニシユキさんが胸元を押さえて唸った。
あぁ、さっきのダメージが尾を引いている……。
「どうしたンすかニシユキサン」
「気にしないでくれ。というか知っているも何も、あの本を創ったのはここにいる姉さんだぞ?」
「え、マジで?」
銀髪の後輩が答えると、マトイさんは珍しく驚きが混じった声で西雪さんを見た。
そりゃこんなほんわかした雰囲気の金髪美人があんな内容の薄い本を作ってるとは思わないわよね。初見なら狼狽えるのも無理はないと思う。
「……えーっと、ニシユキサン。つかぬコトをお訊きしますけど、推しに認知されるのとかって大丈夫なタイプ?」
マトイさんは少し悩んだ後、なんだか言い難そうに問いかけた。
……質問の意図は分からないけれど、話の内容的に狼狽えていたのは作者が目の前にいたっていう衝撃とは違うことみたいね。
「え? ええっと、よく意味が──」
「おーい、マトイー。終わったぞー」
ニシユキさんが訊き返そうとしたその時、平坦な声が彼女の言葉を遮った。
声の方向へ振り返ると、先程話題に上がっていた三つ編みの女性が真顔のままこちらへ小走りで近寄ってきて……マトイさんへと抱きついた。
「お疲れ。楽しそうだな」
「ああ。やはり資料というのは生で見るに限る。連れてきてくれてありがとうマトイ。むふぅ」
「腕に絡みつくな」
三つ編みの女性は流れるような動きでマトイさんの腕を取って抱こうとしたが、即座に振りほどかれた。
突飛な行動をする女性に全員が呆気に取られている中、話を中断させられていた西雪さんが口を開いた。
「マトイさん、その女性と姉さんの創った本にどういう関係があるんだ?」
「む。本というと……もしや、例の同人誌の話か? 姉さんとはそちらの方だろうか」
「あ、ええっと……」
あ、この人も同人誌のこと知ってるんだ。情報はマトイさん経由だろうか。
三つ編みの女性は平坦な表情のまま目を輝かせ、言い淀む西雪さんの手を取った。
「なあに、恥ずかしがることはないさ。他は知らないが、当方は基本的に二次創作はどんなものでも大歓迎なタイプだからね。R指定であろうとG指定であろうと気にしないとも。いやしかし、熱心なファンがいるというのは嬉しいなぁ」
「え? え? えぇ?」
ブンブンと繋いだ手を上下に激しく振り回しながら笑顔で話す彼女に対し、ニシユキさんは困惑している。
まあ困惑しているのはこっちも同じわけだけど……。
「あの、マトイさん? この人は一体……」
「あー……ニア、ちょっとこっち来な」
「どうした。抱き着いてもいいのかい?」
「張り倒すぞ。そうじゃなくて、アンタのコトまだ紹介してないンだって」
「なんだ、まだ言っていなかったのか。それは失敬したね」
三つ編みの女性はニシユキさんの手を離すと、全員の顔が見えるようにマトイさんの傍に立って姿勢を正した。
そして──
「当方は小灯……いや──
───ペンネーム、盆提灯。漫画、『ダンタリオン・ゲーム』を執筆しているしがない大学生だよ。よろしく!」
───とんでもない自己紹介を口にしてきたのだった。
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「あのー……アレって騎馬戦……だよね?」
「お、恐らくは……?」
競技トラックの惨状を見つめながら訊ねてきた西雪さんに対し、銀髪の後輩は自信なさげに答えた。
その回答も無理もないというか……グラウンドの中心部はさっきのリレーの影響か、騎馬戦とは名ばかりの抗争状態になっているのだ。
しかも選手に男子しかいないこともあってか明らかにほぼ全員が殺気立っており、先程から遠目で見ても体育祭の競技とは言い難い、血なまぐさい戦いが繰り広げられている。
そう考えてる間にも……あーあー人が吹っ飛んでる吹っ飛んでる。セキとフキ、死ななきゃいいけど。
そんな地獄から目を背けるように、アタシ達は別の話題を立てて雑談に興じることになった。
「ソンデ、キリチャン。フキにクルクルされてTrap作ったテ聞いたヨ?」
「くるくる……?」
「多分『言いくるめられて』って言いたいんじゃないかしら。……あの馬鹿に言われたからって変なことしないでくださいよ。人に向けて神通力使うの、マトイさんに止められてましたよね?」
「む? あの穴はキリさんが用意したのか。ということは神聖なものなのでは……」
「落ちたらご利益があったりするのかな?」
「あるんかね?」
「ワタシに訊かれましテモ」
詰問しているはずなのに、なんとも安穏《あんのん》とした雰囲気である。
いけない。アタシ以外の面子の雰囲気が緩いこともあって毒気が抜かれてしまう。ちゃんと注意せねば。
「とにかく、次からはああいうことしないでください。下手すりゃ大事故だったんだから」
「落ちたノはアワタン先生だけだったケドナ」
「そこが不幸中の幸いね」
「ただの不幸ではないだろうか」
「まあまあ、キリさんも頼まれてやっただけなんでしょう? そんなに責めなくてもいいんじゃないでしょうか」
「あ、はい。それにフキザキさんに言われたことも一理あるというか、直接人に向けてやったわけじゃないけえ、いいんじゃないかと──」
「いいワケねェだろコラ」
アタシ達が話していると、背後から底冷えするようなくぐもった声がした。
同時にキリさんの笑顔が固まり、白い顔が青くなった。
「…………どうもこんにちは、マトイ」
「どォもこんにちは、土地神サマ?」
「へ、へへへ……」
滝のような汗を垂れ流しながら軋むような動きでキリさんが振り返ると……こちらを見下ろす布に包まれた謎の存在、マトイさんが立っていた。
「マトイさん、お疲れ様でーす」
「さっきブリだネー」
「どォもこんにちは。リンギクサンもこの前ぶりだね」
「ああ、どうも……キリさん、凄まじく汗をかいているが大丈夫か?」
「だいじょうぶですなんでもないですすいませんあはははは」
背後からマトイさんに見下ろされているキリさんは視線が泳ぎまくっている。明らかに大丈夫ではないご様子だ。
蛇に睨まれた蛙状態の土地神様だけど、神通力を使ったのは彼女の判断なので自業自得とも言える。放っておこう。
「ハァ……まァやらかしたって自覚があるンなら皆まで言わなくてもいいか。使うなら使うでほどほどにな」
「あ、うん。分かりました」
マトイさんは溜息を吐くと、そのままキリさんの頭を撫で始めた。
あっさり許されたことで安心したのか、キリさんは胸を撫で下ろした表情を浮かべてから満更でもなさそうな顔で撫でられ続けている。
そんな二人に対し、西雪さんが「あ、あのー……」と声を掛けて続けた。
「|GW《ゴールデンウィーク》の時に助けてくださった、マトイさん……ですよね? あの時はありがとうございました」
「ン? あァ、その件はどうも。ニシユキサン……だったかな。リンギクサンからお名前は伺ってます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
西雪さんが挨拶したところで、マトイさんはキリさんの頭から手を放してしっかりと握手を交わした。
そういえば彼女もこの布人間と面識があったとかいう話だったわね。……本当にどういう人脈なのかしら。
目の前の不審人物の交友関係にあらためて疑問を抱いていると、手を離されたキリさんが少しだけ名残惜しそうな顔で麦わら帽子を被り直しているのが見えた。なんだこの可愛い神様は。
「ところでマトイ、お知り合いへの挨拶は終わったん?」
「とりあえずはね。色々頼まれたりもしたけど……それはまァいいや。それより紹介したいヤツがいるンだけど、連れてきていいかな」
「ソレって前に言テタ、キリチャンHappyな知り合いでゴザンス?」
キリさんがハッピー……あ、喜ぶってことかしら。
そういえば今朝、教室でセキとサラが『マトイさんが言ってた人って誰なんだろうなー』とかそんな話をしていた気がする。このことだったのね。
「どんな人なんですか?」
「あそこにいるよ。スケッチブック持ってる三つ編みの子」
アタシの質問に対して、マトイさんが少し離れた場所を手のひらで示した。
そちらに目を向けると、長い髪を三つ編みにまとめ、黒縁眼鏡をかけた文学少女風の小柄な女性が一人、グラウンド端のベンチに座っているのが見えた。
彼女はグラウンドで男子達が騎馬戦をしている様子を観察しながら、手元のノートらしき物に黙々とペンを走らせている。手の動きからして絵を描いているのだろうか。
「少しスケッチしてから来るってサ。……っと、そうだ。リンギクサンとニシユキサンはキリが読んでる本について知ってます?」
「グフゥ……っ!」
少し声のトーンを抑えたマトイさんの確認に、ニシユキさんが胸元を押さえて唸った。
あぁ、さっきのダメージが尾を引いている……。
「どうしたンすかニシユキサン」
「気にしないでくれ。というか知っているも何も、あの本を創ったのはここにいる姉さんだぞ?」
「え、マジで?」
銀髪の後輩が答えると、マトイさんは珍しく驚きが混じった声で西雪さんを見た。
そりゃこんなほんわかした雰囲気の金髪美人があんな内容の薄い本を作ってるとは思わないわよね。初見なら狼狽えるのも無理はないと思う。
「……えーっと、ニシユキサン。つかぬコトをお訊きしますけど、推しに認知されるのとかって大丈夫なタイプ?」
マトイさんは少し悩んだ後、なんだか言い難そうに問いかけた。
……質問の意図は分からないけれど、話の内容的に狼狽えていたのは作者が目の前にいたっていう衝撃とは違うことみたいね。
「え? ええっと、よく意味が──」
「おーい、マトイー。終わったぞー」
ニシユキさんが訊き返そうとしたその時、平坦な声が彼女の言葉を遮った。
声の方向へ振り返ると、先程話題に上がっていた三つ編みの女性が真顔のままこちらへ小走りで近寄ってきて……マトイさんへと抱きついた。
「お疲れ。楽しそうだな」
「ああ。やはり資料というのは生で見るに限る。連れてきてくれてありがとうマトイ。むふぅ」
「腕に絡みつくな」
三つ編みの女性は流れるような動きでマトイさんの腕を取って抱こうとしたが、即座に振りほどかれた。
突飛な行動をする女性に全員が呆気に取られている中、話を中断させられていた西雪さんが口を開いた。
「マトイさん、その女性と姉さんの創った本にどういう関係があるんだ?」
「む。本というと……もしや、例の同人誌の話か? 姉さんとはそちらの方だろうか」
「あ、ええっと……」
あ、この人も同人誌のこと知ってるんだ。情報はマトイさん経由だろうか。
三つ編みの女性は平坦な表情のまま目を輝かせ、言い淀む西雪さんの手を取った。
「なあに、恥ずかしがることはないさ。他は知らないが、当方《とうほう》は基本的に二次創作はどんなものでも大歓迎なタイプだからね。R指定であろうとG指定であろうと気にしないとも。いやしかし、熱心なファンがいるというのは嬉しいなぁ」
「え? え? えぇ?」
ブンブンと繋いだ手を上下に激しく振り回しながら笑顔で話す彼女に対し、ニシユキさんは困惑している。
まあ困惑しているのはこっちも同じわけだけど……。
「あの、マトイさん? この人は一体……」
「あー……ニア、ちょっとこっち来な」
「どうした。抱き着いてもいいのかい?」
「張り倒すぞ。そうじゃなくて、アンタのコトまだ紹介してないンだって」
「なんだ、まだ言っていなかったのか。それは失敬したね」
三つ編みの女性はニシユキさんの手を離すと、全員の顔が見えるようにマトイさんの傍に立って姿勢を正した。
そして──
「当方は|小灯《コアカリ》……いや──
───ペンネーム、盆提灯《ボンチョウチン》。漫画、『ダンタリオン・ゲーム』を執筆しているしがない大学生だよ。よろしく!」
───とんでもない自己紹介を口にしてきたのだった。