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10話 土地神様と体育祭 その一

ー/ー





『───より、第一種目を始めます。一年生は──』


 なんやかんやで迎えた体育祭当日。
 退屈な開会式を終え、グラウンドに設置されたスピーカーから響くアナウンスを聞きながら、僕らは生徒用の待機テントに移動していた。
 まだひんやりしているブルーシートの上に腰を落ち着けた僕らはすぐに頭を突き合わせ、話し合いを始めた。

「いいかお前ら。全11種目の中で勝敗に関わるものは10種、一年と三年の専用競技を除けば8種、そして教師共が出る種目で配点されるものは3種だ。つまり……」
「勝率にもよるけど、仮に1つでも負ければその時点で生徒側の負けが確定する可能性が高いってことだね」
「そういうことだ」

 僕とフキの確認するような掛け合いに周りも頷く。
 実際は競技によって配点が違うから勝敗によって多少のブレはあるけど、教師陣の配点は10倍。当然、一つでも教師が勝利を取ってしまえば逆転は絶望的になってしまうだろう。

「勝利が目標だとは言ったが、全員無理はしないでいい。仮に競技で負けたとしても、誰かを責めることは俺が許さん。……だが、教師共には絶対に点をくれてやるな! 最悪の場合、他のクラスに一位を取らせてでも阻止しろ!」

 フキはグッと拳を握りしめ、段階を踏むように語気を強めていく。
 その目は既に肉……いや、優勝を見定めている。

「狙うは優勝! 勝って食うぞ!!」

『『『オーッッ!!!』』』

 クラス全員で拳を掲げ、声を上げる。
 こうして僕らの体育祭は始まった。



         〇〇〇



 第一種目が終わり、第二種目の全学年徒競走の時間になった。
 各クラスから選ばれた男女三人ずつのチームが順番に走り、その順位とタイムを競い合うもので、うちのクラスからは男女で一番足の速いフキとサラも出ている。

『頑張れー!』
『頑張ってー!!』
『気張れよー!!』
『やったれぇ!!』

 出走を待つ中、生徒達から怒号にも似た声援が響く。
 BBQについては他のクラスも知ってのことなので、自然と皆応援に熱が入っているらしく、前年に増して声量が大きい。
 うちのクラスの連中も応援しているが、やっぱり周りも声が大きくて埋もれそうになっていた。

『やれ、やれーっ!!』
『差せ差せー!!』
『うちのクラスはお前らに全賭けしとんじゃぁ!! 死んでも勝てぇ!!』

 ……いやなんかおかしいな。
 ガラの悪い競馬場みたいな野次を飛ばす連中までいる気がする。ここホントに進学校?

「やあやあ先輩方! ヘーメラーの輝きに感謝を(こんにちは)!」
「あ、リンギクさん。おはよう」
「おはよ」

 皆の応援している様をイザと一緒に後ろから見ていると、横から銀髪の後輩……リンギクさんが片手を挙げながら近づいてきた。
 第一種目である一年生の応援合戦に出ていたばかりにもかかわらず、キラキラとした良い笑顔を浮かべている。

「お二方は投票は済ませたか? よければボクのクラスに入れてくれると嬉しいのだが……」
「心配しなくてもアンタんとこに入れてるわよ。ねえ?」
「そうだね。リンギクさんのクラス、明らかに飛びぬけてたもん」
「ハッハーァ! そう褒められると面映ゆいな! ありがとうございます!」

 腰を直角に曲げて感謝を表現するリンギクさんを見ながら、イザと肩をすくめる。

 第一種目の応援合戦は一年生の専用競技で、それぞれのクラスが歌やダンスといった様々な表現を行い、会場の生徒や見学者に投票してもらって勝敗を決めるというものだった。
 どのクラスも見ごたえのあるパフォーマンスだったが……リンギクさんの所属する1-Bが飛びぬけて目立っていた。
 歌とダンス、芝居も含めた全部盛り。しかもクオリティが高い。
 体育祭というよりも文化祭のステージ演目のようであり、まるで短編ミュージカル映画でも見せられてるかのような気分になってしまった。あれは投票せざるを得ないって。

「リンギクさんめちゃくちゃかっこよかったよ。よくあそこまで仕上げたね」
「イザクラ先輩の美しさには敵わないさ!」
「いや、誇張抜きで凄かったわよアンタ。もっと誇りなさいって」
「ハッハッハ……あの、あまりボク個人を褒めないでくれ。普通に恥ずかしいからな」

 胸を張って笑うリンギクさんを僕らが褒めそやすと、だんだんと顔を赤らめさせて照れ始めた。なんだこの可愛い後輩は。

「ところでリンギクさん、今日は眼帯付けてないんだね」
「む? ああ、流石に今日は隻眼では危ないだろうからな。魔眼封じし黒き片翼は収めてきたとも。少し落ち着かないがな」

 片翼どうこうはよく分からないが、何も着けていない状態で彼女の顔を見るのは初めてだから少し新鮮な気分だ。
 ていうか近くで見て気が付いたけど、オッドアイだったんだなこの子。グレーの左目と金色の右目のコントラストが幻想的に思える。

「アンタの目、綺麗なんだからいつもその状態でもいいんじゃないの?」
「イザクラ先輩にそう言われると揺らいでしまうが、事情があるのでな。特別な時だけ解放されし秘めた力……む? 次の出走、先輩方のクラスではないか?」
「え? あ、ほんとだ」

 リンギクさんに言われてトラックの方を見ると、たしかに二年生の順番になっている。
 各クラスの第一出走者たちが横並びになって身体を解している様子が遠目に見え、その中にはサラの姿も確認できた。

「サラー! 頑張れー!」
「ぶっちぎってやんなさい!」
「エゾノ先輩! ファイトだー!」

 僕らが声を上げて声援を送ると、サラはこちらを見て笑顔で手を振った。こちらまで微笑んでしまいそうなくらいの朗らかな笑みに周りの生徒も見惚れている。
 しかし、出走者の横に立っているスターターが『用意』と言った途端にその笑顔は消え失せ、真剣な顔つきで姿勢を取った。

『……スタート!』

 ───パァン!

 全く違う表情のギャップにサラのことをあまり知らない人たちが驚いている一瞬の隙に、スタートを告げる号砲が鳴った。
 いち早くサラが飛び出し、駆け抜け……ぶっちぎりの一位でゴールしていった。

『『おっしゃ───っ!!!』』

 サラがゴールした瞬間、うちのクラスから歓声が上がる。
 流石はサラ、めちゃくちゃ速い。アイツ学年の女子の中で上位らしいからなぁ。

「Yeahhhh!! セッチャーン! イザー! やったヨー!!」

 一位のゴール旗の元へと歩く中、サラがバカでかい声を出しながらこちらに手をブンブン振ってきた。
 微笑ましく思いながらイザと一緒に控えめに手を振り返していると、周りの奴らの視線が一気にこちらに集中した。

『アイツが噂のアイビキってやつか……!』
『名前の通り美少女を侍らせているらしいな』
『見ろ、今も両手に花だぞ!』
『素直に羨ましいな』
『ヤツが出場したら積極的に潰しにいこう』

 ……なんか男子共から怖いことを言われている。名前を訂正する気も起きないくらい目つきが怖い。
 助けてイザクラさん。おい距離を置こうとするな。助けてください。

 ジリジリと僕との間隔を空けようとするイザと野生動物のように睨み合っていると、


「───セキくーん! お姉ちゃんが来たよー!」
「どわーっ!?」


 突然後ろから抱きつかれた。
 こ、この声と神出鬼没な感じ。まさか……

「あ、姉貴? なんでいんの?」
「愛する弟の活躍を見に来たに決まっているじゃないか。……来ちゃダメだった?」
「いや、全然。むしろ久しぶりに会えて嬉しいけど……」
「良かった。私も嬉しいよ」

 後ろから抱きついたまま僕の頭を撫でているこの女性は僕の姉、相引(ソウビキ)レイだ。
 家から少し離れた大学に通っている現役学生で、普段は多忙でなかなか顔を見せないんだけど……まさか来てくれるとは思っていなかった。

「せ、センパイ速い……ひぃ……」

 思わぬゲストの登場に少し感動していると、続けざまにもう一人駆け寄ってきた。
 金髪の女性が息絶え絶えな状態で膝に手を当てて立ち止まった。

「姉さん!! 来てくれたのだな!!」
「うん、来たよ……ぐぇっ」

 金髪の女性の姿を見るや否や、リンギクさんがタックルに近い勢いで抱き着いた。
 どつかれ……もとい、抱きつかれてえづく彼女は西雪(ニシユキ)さん。リンギクさんの従姉にあたる人で、姉貴の大学の後輩でもある人だ。
 ほんわかとした雰囲気の綺麗な人だが、これでもキリさんのよく読んでいる同人誌の作者さんだったりする。

 ……ん? 姉貴とニシユキさん。この二人がいるということは、もしかして……


「ジブンもいるぞ」


 僕の予想の答え合わせをするように女性の声が聞こえてきて、ニシユキさんの肩掛けバッグから小さながひょっこりと顔を覗かせてきた。

「うわ出た。……ノロイさんも連れて来てたんだね」
「置いてけぼりにしたら可哀そうだからね」

 ううむ、姉貴の優しさが輝いている。流石は自慢の姉、相手が変態でも分け隔てのない慈愛だ。

 こうして目の前にいる話題の喋る変態……いや喋る折り鶴はノロイさん。不穏な名前ではあるけれど、ただ人の匂いを嗅ぐのが好きなだけの無害な変態悪霊、いや幽霊だ。
 四月にリンギクさんとニシユキさんの身に起こった怪異騒動に偶然巻き込まれた幽霊で、以前はニシユキさんの身体を意図せずして乗っ取っていたりもしていた被害者なのだが……その騒動の際、なんやかんやあって現在はこの鶴(製作:榎園サラ)に封じ込められている。ちなみに性別は一応女性で、この姿では嗅覚が無いので匂いは嗅げないらしい。

「体育祭か。ジブンが万全なら、存分に嗅ぐことができただろうに……!」
「……連れてきたの、失敗だったんじゃない?」
「アハハ。正直ちょっと後悔してる」

 力強く悲しげに言葉を漏らす折り鶴へ白けた視線を送っていると、姉貴がケラケラと笑った。
 この折り鶴(ひと)、相変わらず欲望に忠実すぎるなぁ。そこを除けば基本的にいい人(?)なのに。

「あ、ニシユキさんにセキさんのお姉さん。久しぶりじゃねえ」

 久々に会う折り鶴幽霊に呆れていると、また後ろから声が聞こえてきた。
 この声はおなじみの土地神様、キリさんだ。

「キリさん、お疲れ様で──誰?」

 振り返ると、つばの大きな麦わら帽子と縁の大きなサングラス、首元にはストールを巻いた着物の女性が立っていた。
 いやまあ、キリさんなんだけど……なんですかその恰好。

「何ですかその恰好。神様も日焼け対策すんの?」
「日が強いけえってアザミちゃんに着せられてしもうてね」

 僕の代弁をするようにイザが訊ねると、UV対策バッチリなキリさんは見学者席のあるテントへ目を向けた。
 倣って視線を向けると、見知った老婆……サラのお婆さんであるアザミさんの姿があった。どうやら原因はあの人らしい。
 見るからに怪しい格好になってしまっているが、思いやりの結果だから責めることはできまい。それに怪我の功名というか、顔が隠れてるおかげでそこまで注目されてないからキリさんの人見知りも発動してないみたいだしな。

「道中は問題ありませんでしたか?」
「あ、うん。アザミちゃんと一緒に来たし……この前案内してもらった時にちょっとだけ覚えとったけえね。なんとかなったよぉ」

 どうやらこの前のざっくりとした案内も無駄じゃなかったみたいだ。お役に立てたようで何よりです。

「……ところで、ここ生徒用スペースなんだけど。三人は入っちゃダメなんじゃないの?」
「あ、それもそうだね。移動しようか」
「え? でもさっき聞いたら、マトイの知り合いならいいよーって言われて入れたんじゃけど」
「うちの高校ザル警備すぎない?」

 イザの指摘は尤もだ。
 あんな不審者の名前で不審者みたいな格好のキリさんをパスさせんなよ。良い人なのは分かるけどさぁ……。

「許可されてるとは言っても、生徒用スペースに部外者がいたら混乱しちゃいそうだし、移動しようか」
「そうだね。どうせ次は僕らも出るわけだし、ちょっと早いけど行こうか」

 というわけで姉貴の提案に乗っかり、入退場門にも近いフリースペースへと仲良く向かうことになったのだった。

 ……テントの方から『また女の人が増えてるぞ』とか言われてたけど、振り向かないようにしておく。
 移動中、何故か無性に背中が薄ら寒かった。





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 退屈な開会式を終え、グラウンドに設置されたスピーカーから響くアナウンスを聞きながら、僕らは生徒用の待機テントに移動していた。
 まだひんやりしているブルーシートの上に腰を落ち着けた僕らはすぐに頭を突き合わせ、話し合いを始めた。
「いいかお前ら。全11種目の中で勝敗に関わるものは10種、一年と三年の専用競技を除けば8種、そして教師共が出る種目で配点されるものは3種だ。つまり……」
「勝率にもよるけど、仮に1つでも負ければその時点で生徒側の負けが確定する可能性が高いってことだね」
「そういうことだ」
 僕とフキの確認するような掛け合いに周りも頷く。
 実際は競技によって配点が違うから勝敗によって多少のブレはあるけど、教師陣の配点は10倍。当然、一つでも教師が勝利を取ってしまえば逆転は絶望的になってしまうだろう。
「勝利が目標だとは言ったが、全員無理はしないでいい。仮に競技で負けたとしても、誰かを責めることは俺が許さん。……だが、教師共には絶対に点をくれてやるな! 最悪の場合、他のクラスに一位を取らせてでも阻止しろ!」
 フキはグッと拳を握りしめ、段階を踏むように語気を強めていく。
 その目は既に肉……いや、優勝を見定めている。
「狙うは優勝! 勝って食うぞ!!」
『『『オーッッ!!!』』』
 クラス全員で拳を掲げ、声を上げる。
 こうして僕らの体育祭は始まった。
         〇〇〇
 第一種目が終わり、第二種目の全学年徒競走の時間になった。
 各クラスから選ばれた男女三人ずつのチームが順番に走り、その順位とタイムを競い合うもので、うちのクラスからは男女で一番足の速いフキとサラも出ている。
『頑張れー!』
『頑張ってー!!』
『気張れよー!!』
『やったれぇ!!』
 出走を待つ中、生徒達から怒号にも似た声援が響く。
 BBQについては他のクラスも知ってのことなので、自然と皆応援に熱が入っているらしく、前年に増して声量が大きい。
 うちのクラスの連中も応援しているが、やっぱり周りも声が大きくて埋もれそうになっていた。
『やれ、やれーっ!!』
『差せ差せー!!』
『うちのクラスはお前らに全賭けしとんじゃぁ!! 死んでも勝てぇ!!』
 ……いやなんかおかしいな。
 ガラの悪い競馬場みたいな野次を飛ばす連中までいる気がする。ここホントに進学校?
「やあやあ先輩方! |ヘーメラーの輝きに感謝を《こんにちは》!」
「あ、リンギクさん。おはよう」
「おはよ」
 皆の応援している様をイザと一緒に後ろから見ていると、横から銀髪の後輩……リンギクさんが片手を挙げながら近づいてきた。
 第一種目である一年生の応援合戦に出ていたばかりにもかかわらず、キラキラとした良い笑顔を浮かべている。
「お二方は投票は済ませたか? よければボクのクラスに入れてくれると嬉しいのだが……」
「心配しなくてもアンタんとこに入れてるわよ。ねえ?」
「そうだね。リンギクさんのクラス、明らかに飛びぬけてたもん」
「ハッハーァ! そう褒められると面映ゆいな! ありがとうございます!」
 腰を直角に曲げて感謝を表現するリンギクさんを見ながら、イザと肩をすくめる。
 第一種目の応援合戦は一年生の専用競技で、それぞれのクラスが歌やダンスといった様々な表現を行い、会場の生徒や見学者に投票してもらって勝敗を決めるというものだった。
 どのクラスも見ごたえのあるパフォーマンスだったが……リンギクさんの所属する1-Bが飛びぬけて目立っていた。
 歌とダンス、芝居も含めた全部盛り。しかもクオリティが高い。
 体育祭というよりも文化祭のステージ演目のようであり、まるで短編ミュージカル映画でも見せられてるかのような気分になってしまった。あれは投票せざるを得ないって。
「リンギクさんめちゃくちゃかっこよかったよ。よくあそこまで仕上げたね」
「イザクラ先輩の美しさには敵わないさ!」
「いや、誇張抜きで凄かったわよアンタ。もっと誇りなさいって」
「ハッハッハ……あの、あまりボク個人を褒めないでくれ。普通に恥ずかしいからな」
 胸を張って笑うリンギクさんを僕らが褒めそやすと、だんだんと顔を赤らめさせて照れ始めた。なんだこの可愛い後輩は。
「ところでリンギクさん、今日は眼帯付けてないんだね」
「む? ああ、流石に今日は隻眼では危ないだろうからな。魔眼封じし黒き片翼は収めてきたとも。少し落ち着かないがな」
 片翼どうこうはよく分からないが、何も着けていない状態で彼女の顔を見るのは初めてだから少し新鮮な気分だ。
 ていうか近くで見て気が付いたけど、オッドアイだったんだなこの子。グレーの左目と金色の右目のコントラストが幻想的に思える。
「アンタの目、綺麗なんだからいつもその状態でもいいんじゃないの?」
「イザクラ先輩にそう言われると揺らいでしまうが、事情があるのでな。特別な時だけ解放されし秘めた力……む? 次の出走、先輩方のクラスではないか?」
「え? あ、ほんとだ」
 リンギクさんに言われてトラックの方を見ると、たしかに二年生の順番になっている。
 各クラスの第一出走者たちが横並びになって身体を解している様子が遠目に見え、その中にはサラの姿も確認できた。
「サラー! 頑張れー!」
「ぶっちぎってやんなさい!」
「エゾノ先輩! ファイトだー!」
 僕らが声を上げて声援を送ると、サラはこちらを見て笑顔で手を振った。こちらまで微笑んでしまいそうなくらいの朗らかな笑みに周りの生徒も見惚れている。
 しかし、出走者の横に立っているスターターが『用意』と言った途端にその笑顔は消え失せ、真剣な顔つきで姿勢を取った。
『……スタート!』
 ───パァン!
 全く違う表情のギャップにサラのことをあまり知らない人たちが驚いている一瞬の隙に、スタートを告げる号砲が鳴った。
 いち早くサラが飛び出し、駆け抜け……ぶっちぎりの一位でゴールしていった。
『『おっしゃ───っ!!!』』
 サラがゴールした瞬間、うちのクラスから歓声が上がる。
 流石はサラ、めちゃくちゃ速い。アイツ学年の女子の中で上位らしいからなぁ。
「Yeahhhh!! セッチャーン! イザー! やったヨー!!」
 一位のゴール旗の元へと歩く中、サラがバカでかい声を出しながらこちらに手をブンブン振ってきた。
 微笑ましく思いながらイザと一緒に控えめに手を振り返していると、周りの奴らの視線が一気にこちらに集中した。
『アイツが噂のアイビキってやつか……!』
『名前の通り美少女を侍らせているらしいな』
『見ろ、今も両手に花だぞ!』
『素直に羨ましいな』
『ヤツが出場したら積極的に潰しにいこう』
 ……なんか男子共から怖いことを言われている。名前を訂正する気も起きないくらい目つきが怖い。
 助けてイザクラさん。おい距離を置こうとするな。助けてください。
 ジリジリと僕との間隔を空けようとするイザと野生動物のように睨み合っていると、
「───セキくーん! お姉ちゃんが来たよー!」
「どわーっ!?」
 突然後ろから抱きつかれた。
 こ、この声と神出鬼没な感じ。まさか……
「あ、姉貴? なんでいんの?」
「愛する弟の活躍を見に来たに決まっているじゃないか。……来ちゃダメだった?」
「いや、全然。むしろ久しぶりに会えて嬉しいけど……」
「良かった。私も嬉しいよ」
 後ろから抱きついたまま僕の頭を撫でているこの女性は僕の姉、相引《ソウビキ》レイだ。
 家から少し離れた大学に通っている現役学生で、普段は多忙でなかなか顔を見せないんだけど……まさか来てくれるとは思っていなかった。
「せ、センパイ速い……ひぃ……」
 思わぬゲストの登場に少し感動していると、続けざまにもう一人駆け寄ってきた。
 金髪の女性が息絶え絶えな状態で膝に手を当てて立ち止まった。
「姉さん!! 来てくれたのだな!!」
「うん、来たよ……ぐぇっ」
 金髪の女性の姿を見るや否や、リンギクさんがタックルに近い勢いで抱き着いた。
 どつかれ……もとい、抱きつかれてえづく彼女は西雪《ニシユキ》さん。リンギクさんの従姉にあたる人で、姉貴の大学の後輩でもある人だ。
 ほんわかとした雰囲気の綺麗な人だが、これでもキリさんのよく読んでいる同人誌の作者さんだったりする。
 ……ん? 姉貴とニシユキさん。この二人がいるということは、もしかして……
「ジブンもいるぞ」
 僕の予想の答え合わせをするように女性の声が聞こえてきて、ニシユキさんの肩掛けバッグから小さな《《朱い鶴の折り紙》》がひょっこりと顔を覗かせてきた。
「うわ出た。……ノロイさんも連れて来てたんだね」
「置いてけぼりにしたら可哀そうだからね」
 ううむ、姉貴の優しさが輝いている。流石は自慢の姉、相手が変態でも分け隔てのない慈愛だ。
 こうして目の前にいる話題の喋る変態……いや喋る折り鶴はノロイさん。不穏な名前ではあるけれど、ただ人の匂いを嗅ぐのが好きなだけの無害な変態悪霊、いや幽霊だ。
 四月にリンギクさんとニシユキさんの身に起こった怪異騒動に偶然巻き込まれた幽霊で、以前はニシユキさんの身体を意図せずして乗っ取っていたりもしていた被害者なのだが……その騒動の際、なんやかんやあって現在はこの鶴(製作:榎園サラ)に封じ込められている。ちなみに性別は一応女性で、この姿では嗅覚が無いので匂いは嗅げないらしい。
「体育祭か。ジブンが万全なら、存分に嗅ぐことができただろうに……!」
「……連れてきたの、失敗だったんじゃない?」
「アハハ。正直ちょっと後悔してる」
 力強く悲しげに言葉を漏らす折り鶴へ白けた視線を送っていると、姉貴がケラケラと笑った。
 この|折り鶴《ひと》、相変わらず欲望に忠実すぎるなぁ。そこを除けば基本的にいい人(?)なのに。
「あ、ニシユキさんにセキさんのお姉さん。久しぶりじゃねえ」
 久々に会う折り鶴幽霊に呆れていると、また後ろから声が聞こえてきた。
 この声はおなじみの土地神様、キリさんだ。
「キリさん、お疲れ様で──誰?」
 振り返ると、つばの大きな麦わら帽子と縁の大きなサングラス、首元にはストールを巻いた着物の女性が立っていた。
 いやまあ、キリさんなんだけど……なんですかその恰好。
「何ですかその恰好。神様も日焼け対策すんの?」
「日が強いけえってアザミちゃんに着せられてしもうてね」
 僕の代弁をするようにイザが訊ねると、UV対策バッチリなキリさんは見学者席のあるテントへ目を向けた。
 倣って視線を向けると、見知った老婆……サラのお婆さんであるアザミさんの姿があった。どうやら原因はあの人らしい。
 見るからに怪しい格好になってしまっているが、思いやりの結果だから責めることはできまい。それに怪我の功名というか、顔が隠れてるおかげでそこまで注目されてないからキリさんの人見知りも発動してないみたいだしな。
「道中は問題ありませんでしたか?」
「あ、うん。アザミちゃんと一緒に来たし……この前案内してもらった時にちょっとだけ覚えとったけえね。なんとかなったよぉ」
 どうやらこの前のざっくりとした案内も無駄じゃなかったみたいだ。お役に立てたようで何よりです。
「……ところで、ここ生徒用スペースなんだけど。三人は入っちゃダメなんじゃないの?」
「あ、それもそうだね。移動しようか」
「え? でもさっき聞いたら、マトイの知り合いならいいよーって言われて入れたんじゃけど」
「うちの高校ザル警備すぎない?」
 イザの指摘は尤もだ。
 あんな不審者の名前で不審者みたいな格好のキリさんをパスさせんなよ。良い人なのは分かるけどさぁ……。
「許可されてるとは言っても、生徒用スペースに部外者がいたら混乱しちゃいそうだし、移動しようか」
「そうだね。どうせ次は僕らも出るわけだし、ちょっと早いけど行こうか」
 というわけで姉貴の提案に乗っかり、入退場門にも近いフリースペースへと仲良く向かうことになったのだった。
 ……テントの方から『また女の人が増えてるぞ』とか言われてたけど、振り向かないようにしておく。
 移動中、何故か無性に背中が薄ら寒かった。