11話 土地神様と体育祭 その二
ー/ー
「セッチャーン! 勝ってきたヨー!」
姉貴達と一緒に見学者席の後ろにある空きスペースに移動して駄弁っていると、競技を終えたサラとフキが入退場門から出てきた。
他のクラスメイトと騒がしく話し合いながらフキとは別にサラはすぐにこちらに気が付き、晴れやかで達成感のある笑顔で走ってきて飛びかかってきた。
「っとと、お疲れ。すげえ速かったな」
「フハハハ! モットホメてくれたマエー! ……ところでイザは?」
「リンギクさん達と自販機の方行った。すぐ戻ってくるよ」
「……仲が良いんだね?」
見事に勝利へ貢献した彼女を温かく出迎えて受け止め、そのまま話していると、隣に立っている姉貴が笑顔で評した。
そう、微笑ましいものをみる顔で……微笑ま…………。
……ん? よく見ると姉貴の笑顔、なんかぎこちないような。
いや、ぎこちないというか……ちょっと気まずそう?
「あ、もしかして……セッチャンのオネーサン?」
「ああうん、紹介するよ。姉貴、コイツは……」
「榎園サラさん、だよね。セキくんがお世話になってます」
「あ、ハイ。ヨロシクオネガイシマス……」
姉貴が軽く会釈すると、サラは静かに僕の元を離れて頭を下げた。
それから少しだけお互いの目線を交わしたかと思うと、すぐに逸らし合って声を出さなくなってしまった。
「……」
「……」
「「…………」」
二人が無言になったせいか、周りの喧騒がよく聴こえる。
(……いや、なにこの空気?)
おかしい。姉貴もサラも人見知りするタイプではない。むしろどちらも物怖じせず、積極的に話す性格だ。
相性はかなり良いと思ってたんだけど、どういうわけか二人ともお互いの目を合わせようとせずに別の場所を見ている。一体どういうことだ?
「おうセキ、勝ってきたぜ」
「あ、フキ。お疲れ」
喋らなくなった二人に戸惑っていると、静寂を裂くようにフキが近寄ってきた。
話は終わったようで、他の皆はテントへ向かったり僕らと同じように見学者たちと話をしているのが遠目に見える。
「ところで……そちらにおわすのはセキのお姉様ですか? こんにちははじめまして連絡先の交換はよろしいでしょうか」
「お断りします」(ゲシッ)
「俺の健脚!! ありがとうございます!!」
目の前でナンパしようとしてきたので、姉貴の代わりに断りながら脛を蹴った。
まったく油断も隙もない。……まあ、正直気まずかったから助かったところはあるけどさ。
「はじめまして、相引レイです。柊崎くんだよね? セキくんから話をよく聞いてるよ」
「ははは、こっちも時々聞いてますよ。話よりずっと美人っすね」
「あらお上手。フフッ」
気持ち悪いくらい綺麗な顔で丁寧に話すフキに対して、姉貴は普通に応対している。サラの時とは大違いで、むしろこっちがいつも通りの状態だけど……。
「サラ、うちの姉貴とは初対面だよね?」
「エ? ウン」
「そっか。そうだよなぁ……」
確認してから、腕を組んだ。
嘘をついているようではないし、やはり面識はないらしい。……なら、さっきの感じはなんだったんだろう?
『第四種目に参加する生徒は入場門に集まってくださーい』
疑問を浮かべていると、手持ちスピーカー特有の音質の悪い声が聞こえてきた。
次の種目の集合時間か。ということは僕らも行かないといけないな。
「じゃあ行こうか。イザも後から来るだろ」
「ハーイ。フキも行コーゼ」
「了解。ではお姉様、また後で」
「うん。三人とも頑張ってね」
そうして姉貴と別れ、二人を連れ立って入退場門へと向かう。
列に並びながらイザを待っていると、フキが口を開いた。
「ところでセキ、俺の活躍は見てくれたか?」
「ごめん、姉貴とキリさんたち来て話してたから見てないや」
「そりゃ残念。未来の義弟にいいところを見せたかったんだが……待て冗談だからその顔やめろマジで怖い」
「殺すぞ」
「本番前に何仲間割れしてんのよ……」
「あ、イザ。オツカレーィ」
競技寸前にも関わらず友情が瓦解しそうになりながらも、無事イザが合流。
そのまま軽く雑談をしていると、第三種目の障害物競走に出ていた生徒達が帰ってきた。それから程なくして入場曲がかかり始め、僕らの出番がやってきたのだった。
第四種目、借り物競争。
コースの途中に置かれているカードを拾い、そこに記載されているお題に沿った物、または人物を探してゴールまで向かうという、体育祭ならよく見る競技の一つだ。
難しいルールでもないので特に注意することはないけど、強いて言うなら物が見つかるまで時間が掛かったり、お題によっては物の運び方が指定されていたりもするのが厄介なくらいだろうか。
今回の体育祭に限って注目する点としては、生徒だけでなく教師も走者として参加しており、僕らが警戒している教師陣の配点にも関わる種目の一つとなっていることだ。
しかし、騎馬戦なんかの生徒同士の接触が多いものに比べ、指定された物を借りてゴールに進むだけの比較的平和な競技だ。勝敗は重要だけど、怪我の心配をすることなく安心して走れる。
……始まるまでは僕もそう思ってました。
「オラァァ!! どけコラァ!!」
借り物である体育マットをぶん回して他の走者を弾き飛ばしながら爆走するうちのクラスの第一走者、柊崎。
清々しいまでの走路妨害をしながら一位を奪取したあの馬鹿のお陰で空気が完全に変わってしまったのである。
『柊崎テメェ! なんて卑怯な手を……!』
「あ? 運んでたら偶然当たっただけですけど? 変な言いがかりやめてもらえます?」
『腹立つなコイツ!?』
『おいAクラスに気をつけろ! 何してくるかわかんねえぞ!』
『柊崎くん。今度内申点下げておきますね』
「職権乱用は良くないと思いませんか先生」
ゴールした後も悪びれるどころか煽りまくるフキのせいで、他のクラスと先生方からの悪い意味での注目が出走前の僕らに集まった。
何してくれてんだあの馬鹿。後でシメたろか。
『フッ……偶然を装った妨害なら俺に任せろ!』
ざわつく出走前の列の中、一人の男子が立ち上がって名乗りを上げた。
彼はCクラスの……誰だったっけ。たしかクラスの大半の男子が運動部という優勝候補のクラスの一人で、その主力を担っている男だ。
『ここまでの競技では後れを取ったが、今回そうはいかんぞ。俺も同様に……いや、さらに(物理的に)強い力で叩き伏せてくれようじゃないか!』
「より悪いやり方で上塗りしようとしないでくれません?」
なんという熱い暴力宣言だ。誰かフキと一緒にこいつも退場させてくれ。
『安心しろ。スポーツマンシップに則り、Aクラス以外の全員も平等に怪我を負わせるつもりだからな』
なんという爽やかなスポーツマンシップの欠片もない発言だ。頼むから退場してくれ。
……と、ふざけた調子で話しているが、実際彼はマジで脅威である。
フキに近い体格のいい人間であり、単純な実力だけでなく競り合いにも強い。そんな奴に睨まれてしまったのはかなり痛いな……。
そんな心配をしているうちに第二走者の出番となった。
フキのせいで余計なヘイト稼ぎをしてしまっているが、うちのクラスメイトは気をしっかり保っているようで、冷静に体勢を整えている。プレッシャーに圧し負けず、良い感じだ。
どうにか怪我無く完走してくれればいいけど……。
『用意……スタート!』
――パァン!
スターターの号砲が乾いた音を出した。その瞬間――
『フンッッッ!!!』(ドゴォッッ!!)
『『『ぐわああぁぁぁ―――っっ!!?』』』
……彼が真横にすっ飛んで他の走者をまとめて吹き飛ばした。
完全な不意打ちに堪らず宙に舞う化学教師と男子達。悪質タックルとかいうレベルじゃない。
『ハッハー! これでライバルは無し! 一位は貰ったァ!』
『Cクラス走者、退場!!』
『なんだとぉ!?』
倒れた皆を尻目に駆けだそうとした瞬間、彼は即座に捕まって強制退場させられていった。当たり前だろ。
そんな一幕により余計に混沌とした雰囲気が立ち込めながら、次なる第三走者の番。うちのクラスからはイザが出ているが……
「おいイザ、無理すんなよ?」
「Relax! オチ着いてー!」
「だだだ大丈夫よ。任せなさいわよ」
うむ、目が泳いでいるし口調もおかしい。どう見ても大丈夫ではないというか、さっきの今でちょっと怯えてやがる。
ただでさえ走りが遅い自覚があるから競技の参加自体に後ろ向きなのに、このままでは実力の発揮すらままならないのではなかろうか。
『───スタートっ!』
そんな心配をしているうちに、スターターが空を撃った。
流石にさっきのような珍事は起こらず、普通に始まったが……委縮してしまったのか、イザは少し出遅れる形でのスタートとなった。
他の皆がカードを拾う中、遅れてイザもカードを拾ってお題を確認する。
それから辺りを見回し、声を上げた。
「───スっ! ……来て! ……リ!」
ダメだ、周りの喧騒に飲まれて声がほとんど聞こえてこない。
あれでは目的の物を持っている人なんかにも届かないんじゃないか。
サラと一緒にハラハラしながら少し不安げな顔のイザを見ていると……入退場門の方から凄まじい勢いで彼女へ向かっていく生徒の姿が見えた。
「イザクラせんぱ───い!!! お呼びかァ───ッッ!!!」
大声と砂埃を巻き上げながらとんでもない速さでイザの元へ駆け寄ったのは銀髪の後輩、リンギクさん。
どうやらイザが呼んでいたのは彼女のようで、あの騒音の中でも聞き分けて飛んできたらしい。あの子、イザのこと好きすぎじゃない?
しかし目的の人物と合流できたはいいが、他のクラスの人間もお題を引き当ててゴールへと向かっている。少し離れているし、イザの足では間に合いそうも──
「先輩、失礼する!」
「え、ちょっ、何──きゃあ!」
諦め半分で行く末を見つめていると、リンギクさんが突然イザを抱え上げた。
そのままお姫様抱っこ状態で走り出し、周りの生徒を追い抜かし……一着でゴールテープを切った!
『『『おおおお───っっ!!』』』
ドラマチックな逆転劇に歓声が上がる。
立ち上がって見ていた僕も声が出そうだった。リンギクさん、かっこよすぎんでしょ……。
『待って待って! お題を確認しますから!』
興奮する会場の熱を落ち着かせるように、ベリーショートの髪をした女子がマイクを持ってイザ達の元へと駆け寄った。
彼女はゴールの判定係。未だに抱えられたままのイザからカードを受け取り、確認作業に入る。
『ええっと……お題は『一年生、お姫様抱っこ』ですね。これは……』
『誰が運ぶかは書かれていない。ならば、一年生が先輩を運んでも問題ないだろう?』
『……ですね! 一着、Aクラスです!』
リンギクさんがフォローするようにマイクへのせて発言すると、無事一着として認められた。
わあっ、とまた歓声が上がって盛り上がる中、ようやくイザがリンギクさんの腕から解放された。
『もう、いつまで抱き上げてんのよ』
『ハハハ、すまない。では、次の競技もあるから、ボクはこれで……』
『あ、ちょっと待ちなさい。……来てくれてありがと』
イザは控えめにお礼を言うと、リンギクさんをギュッと抱きしめた。
するとリンギクさんの顔が一瞬で真っ赤になり、その場にへたり込んでしまった。
そのギャップに対してなのか、それとも普通に二人の勝利に対してなのか……会場はより大きな歓声に包まれたのだった。
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見事に勝利へ貢献した彼女を温かく出迎えて受け止め、そのまま話していると、隣に立っている姉貴が笑顔で評した。
そう、微笑ましいものをみる顔で……微笑ま…………。
……ん? よく見ると姉貴の笑顔、なんかぎこちないような。
いや、ぎこちないというか……ちょっと気まずそう?
「あ、もしかして……セッチャンのオネーサン?」
「ああうん、紹介するよ。姉貴、コイツは……」
「榎園サラさん、だよね。セキくんがお世話になってます」
「あ、ハイ。ヨロシクオネガイシマス……」
姉貴が軽く会釈すると、サラは静かに僕の元を離れて頭を下げた。
それから少しだけお互いの目線を交わしたかと思うと、すぐに逸らし合って声を出さなくなってしまった。
「……」
「……」
「「…………」」
二人が無言になったせいか、周りの喧騒がよく聴こえる。
(……いや、なにこの空気?)
おかしい。姉貴もサラも人見知りするタイプではない。むしろどちらも物怖じせず、積極的に話す性格だ。
相性はかなり良いと思ってたんだけど、どういうわけか二人ともお互いの目を合わせようとせずに別の場所を見ている。一体どういうことだ?
「おうセキ、勝ってきたぜ」
「あ、フキ。お疲れ」
喋らなくなった二人に戸惑っていると、静寂を裂くようにフキが近寄ってきた。
話は終わったようで、他の皆はテントへ向かったり僕らと同じように見学者たちと話をしているのが遠目に見える。
「ところで……そちらにおわすのはセキのお姉様ですか? こんにちははじめまして連絡先の交換はよろしいでしょうか」
「お断りします」(ゲシッ)
「俺の健脚!! ありがとうございます!!」
目の前でナンパしようとしてきたので、姉貴の代わりに断りながら脛を蹴った。
まったく油断も隙もない。……まあ、正直気まずかったから助かったところはあるけどさ。
「はじめまして、相引レイです。柊崎《フキザキ》くんだよね? セキくんから話をよく聞いてるよ」
「ははは、こっちも時々聞いてますよ。話よりずっと美人っすね」
「あらお上手。フフッ」
気持ち悪いくらい綺麗な顔で丁寧に話すフキに対して、姉貴は普通に応対している。サラの時とは大違いで、むしろこっちがいつも通りの状態だけど……。
「サラ、うちの姉貴とは初対面だよね?」
「エ? ウン」
「そっか。そうだよなぁ……」
確認してから、腕を組んだ。
嘘をついているようではないし、やはり面識はないらしい。……なら、さっきの感じはなんだったんだろう?
『第四種目に参加する生徒は入場門に集まってくださーい』
疑問を浮かべていると、手持ちスピーカー特有の音質の悪い声が聞こえてきた。
次の種目の集合時間か。ということは僕らも行かないといけないな。
「じゃあ行こうか。イザも後から来るだろ」
「ハーイ。フキも行コーゼ」
「了解。ではお姉様、また後で」
「うん。三人とも頑張ってね」
そうして姉貴と別れ、二人を連れ立って入退場門へと向かう。
列に並びながらイザを待っていると、フキが口を開いた。
「ところでセキ、俺の活躍は見てくれたか?」
「ごめん、姉貴とキリさんたち来て話してたから見てないや」
「そりゃ残念。未来の義弟にいいところを見せたかったんだが……待て冗談だからその顔やめろマジで怖い」
「殺すぞ」
「本番前に何仲間割れしてんのよ……」
「あ、イザ。オツカレーィ」
競技寸前にも関わらず友情が瓦解しそうになりながらも、無事イザが合流。
そのまま軽く雑談をしていると、第三種目の障害物競走に出ていた生徒達が帰ってきた。それから程なくして入場曲がかかり始め、僕らの出番がやってきたのだった。
第四種目、借り物競争。
コースの途中に置かれているカードを拾い、そこに記載されているお題に沿った物、または人物を探してゴールまで向かうという、体育祭ならよく見る競技の一つだ。
難しいルールでもないので特に注意することはないけど、強いて言うなら物が見つかるまで時間が掛かったり、お題によっては物の運び方が指定されていたりもするのが厄介なくらいだろうか。
今回の体育祭に限って注目する点としては、生徒だけでなく教師も走者として参加しており、僕らが警戒している教師陣の配点にも関わる種目の一つとなっていることだ。
しかし、騎馬戦なんかの生徒同士の接触が多いものに比べ、指定された物を借りてゴールに進むだけの比較的平和な競技だ。勝敗は重要だけど、怪我の心配をすることなく安心して走れる。
……始まるまでは僕もそう思ってました。
「オラァァ!! どけコラァ!!」
借り物である体育マットをぶん回して他の走者を弾き飛ばしながら爆走するうちのクラスの第一走者、柊崎《フキザキ》。
清々しいまでの走路妨害をしながら一位を奪取したあの馬鹿のお陰で空気が完全に変わってしまったのである。
『柊崎テメェ! なんて卑怯な手を……!』
「あ? 運んでたら偶然当たっただけですけど? 変な言いがかりやめてもらえます?」
『腹立つなコイツ!?』
『おいAクラスに気をつけろ! 何してくるかわかんねえぞ!』
『柊崎くん。今度内申点下げておきますね』
「職権乱用は良くないと思いませんか先生」
ゴールした後も悪びれるどころか煽りまくるフキのせいで、他のクラスと先生方からの悪い意味での注目が出走前の僕らに集まった。
何してくれてんだあの馬鹿。後でシメたろか。
『フッ……偶然を装った妨害なら俺に任せろ!』
ざわつく出走前の列の中、一人の男子が立ち上がって名乗りを上げた。
彼はCクラスの……誰だったっけ。たしかクラスの大半の男子が運動部という優勝候補のクラスの一人で、その主力を担っている男だ。
『ここまでの競技では後れを取ったが、今回そうはいかんぞ。俺も同様に……いや、さらに(物理的に)強い力で叩き伏せてくれようじゃないか!』
「より悪いやり方で上塗りしようとしないでくれません?」
なんという熱い暴力宣言だ。誰かフキと一緒にこいつも退場させてくれ。
『安心しろ。スポーツマンシップに則り、Aクラス以外の全員も平等に怪我を負わせるつもりだからな』
なんという爽やかなスポーツマンシップの欠片もない発言だ。頼むから退場してくれ。
……と、ふざけた調子で話しているが、実際彼はマジで脅威である。
フキに近い体格のいい人間であり、単純な実力だけでなく競り合いにも強い。そんな奴に睨まれてしまったのはかなり痛いな……。
そんな心配をしているうちに第二走者の出番となった。
フキのせいで余計なヘイト稼ぎをしてしまっているが、うちのクラスメイトは気をしっかり保っているようで、冷静に体勢を整えている。プレッシャーに圧し負けず、良い感じだ。
どうにか怪我無く完走してくれればいいけど……。
『用意……スタート!』
――パァン!
スターターの号砲が乾いた音を出した。その瞬間――
『フンッッッ!!!』(ドゴォッッ!!)
『『『ぐわああぁぁぁ―――っっ!!?』』』
……彼が真横にすっ飛んで他の走者をまとめて吹き飛ばした。
完全な不意打ちに堪らず宙に舞う化学教師と男子達。悪質タックルとかいうレベルじゃない。
『ハッハー! これでライバルは無し! 一位は貰ったァ!』
『Cクラス走者、退場!!』
『なんだとぉ!?』
倒れた皆を尻目に駆けだそうとした瞬間、彼は即座に捕まって強制退場させられていった。当たり前だろ。
そんな一幕により余計に混沌とした雰囲気が立ち込めながら、次なる第三走者の番。うちのクラスからはイザが出ているが……
「おいイザ、無理すんなよ?」
「Relax! オチ着いてー!」
「だだだ大丈夫よ。任せなさいわよ」
うむ、目が泳いでいるし口調もおかしい。どう見ても大丈夫ではないというか、さっきの今でちょっと怯えてやがる。
ただでさえ走りが遅い自覚があるから競技の参加自体に後ろ向きなのに、このままでは実力の発揮すらままならないのではなかろうか。
『───スタートっ!』
そんな心配をしているうちに、スターターが空を撃った。
流石にさっきのような珍事は起こらず、普通に始まったが……委縮してしまったのか、イザは少し出遅れる形でのスタートとなった。
他の皆がカードを拾う中、遅れてイザもカードを拾ってお題を確認する。
それから辺りを見回し、声を上げた。
「───スっ! ……来て! ……リ!」
ダメだ、周りの喧騒に飲まれて声がほとんど聞こえてこない。
あれでは目的の物を持っている人なんかにも届かないんじゃないか。
サラと一緒にハラハラしながら少し不安げな顔のイザを見ていると……入退場門の方から凄まじい勢いで彼女へ向かっていく生徒の姿が見えた。
「イザクラせんぱ───い!!! お呼びかァ───ッッ!!!」
大声と砂埃を巻き上げながらとんでもない速さでイザの元へ駆け寄ったのは銀髪の後輩、リンギクさん。
どうやらイザが呼んでいたのは彼女のようで、あの騒音の中でも聞き分けて飛んできたらしい。あの子、イザのこと好きすぎじゃない?
しかし目的の人物と合流できたはいいが、他のクラスの人間もお題を引き当ててゴールへと向かっている。少し離れているし、イザの足では間に合いそうも──
「先輩、失礼する!」
「え、ちょっ、何──きゃあ!」
諦め半分で行く末を見つめていると、リンギクさんが突然イザを抱え上げた。
そのままお姫様抱っこ状態で走り出し、周りの生徒を追い抜かし……一着でゴールテープを切った!
『『『おおおお───っっ!!』』』
ドラマチックな逆転劇に歓声が上がる。
立ち上がって見ていた僕も声が出そうだった。リンギクさん、かっこよすぎんでしょ……。
『待って待って! お題を確認しますから!』
興奮する会場の熱を落ち着かせるように、ベリーショートの髪をした女子がマイクを持ってイザ達の元へと駆け寄った。
彼女はゴールの判定係。未だに抱えられたままのイザからカードを受け取り、確認作業に入る。
『ええっと……お題は『一年生、お姫様抱っこ』ですね。これは……』
『誰が運ぶかは書かれていない。ならば、一年生《ボク》が先輩を運んでも問題ないだろう?』
『……ですね! 一着、Aクラスです!』
リンギクさんがフォローするようにマイクへのせて発言すると、無事一着として認められた。
わあっ、とまた歓声が上がって盛り上がる中、ようやくイザがリンギクさんの腕から解放された。
『もう、いつまで抱き上げてんのよ』
『ハハハ、すまない。では、次の競技もあるから、ボクはこれで……』
『あ、ちょっと待ちなさい。……来てくれてありがと』
イザは控えめにお礼を言うと、リンギクさんをギュッと抱きしめた。
するとリンギクさんの顔が一瞬で真っ赤になり、その場にへたり込んでしまった。
そのギャップに対してなのか、それとも普通に二人の勝利に対してなのか……会場はより大きな歓声に包まれたのだった。