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 幸い手に端末を持っていなかったから守るものはない。むしろそれが(あだ)となっているかもしれない。美沙は思う存分くすぐり続けた。真一は抑えられない笑いをなんとか制御(せいぎょ)しながら「マジでやめろって!」と何度も口にするが、美沙は真一の財宝を知りたくて仕方がない様子だ。
 さっきは嫌われたくないと言いながら何をやってるんだ、真一は大災害が起きている身体をくねくね動かしつつ、冷静(れいせい)にもそう思っていた。
「分かった、言うから!」
 ついに観念(かんねん)する。美沙はようやく解放し、ニコやかに真一の答えを待った。彼は背中を向けながら、呟くように言った。
「カラオケが趣味」
「へえ!」
 次に美沙が何を言わんとするか、これも想像は簡単だった。想像はこれまた簡単に現実になった。
「じゃあ、今度行こ。今日は喉のケアばっちりじゃないからさ。今夜予定あるし」
 下手の横好きである真一にとって、誰かとのカラオケはド級の緊張(きんちょう)を呼び起こすものだ。緊張したら上手に歌えないという悪循環(あくじゅんかん)もあって――いや待て。
 科学準備室より狭い部屋で美沙と二人きりの環境に耐えられるだろうか。しかもカラオケだ。美沙のことだろうから一時間では返してくれないだろう。
「俺は下手だからもっと上手くなったら一緒に行く」
「なんで下手だって思うの?」
「音域がそんなに高くないし、俺の歌い方はなんかこう……多分、女子ウケが悪いと思う」
 自分の声を録音して最近流行りの歌手と比べると野太く、上手というよりは咆哮(ほうこう)に近くなっている。採点でも表現力しか褒められないし、それもお世辞だろう。
「カラオケって上手くないと人と行っちゃだめなの?」
「いや、そんなことはないけど……」
「じゃあ行こうよ。私初めてなんだー、カラオケ行くの。家でよく鼻歌するくらい。楽しみ」
 真一の本音は巧妙(こうみょう)に隠されていた。下手だから一緒に行きたくないのは事実だ。だがその先にある感情を真一は気付いていた。美沙に、ヘンなところを見せたくない。
「面白いこと教えてあげる。よくさ、歌が上手くないって言われるミュージシャンでもファンってついてきてるじゃん。なんでだと思う?」
「応援してるからとか、その歌声だから良いとか。色々理由はあるんじゃないか」
 下手と評される歌手も、真一にとってはプロ級の上手さだ。
「そうだね、色んな理由があるね。けど知ってた? 応援するのも歌声がいいなーって思うのもかなり単純な言葉で言えるんだよ」
 なんだか背中を向けているのが悪いような気がして、真一は美沙の声を聞きながら身体を真正面から彼女に向けた。視線を合わせるもまだ慣れない。
「好きな人の歌声ほど魅力的なものはないんだ」
 ほんの(わず)か、一秒にも満たない時間。美沙の方が目を逸らしたのを真一は見逃さなかった。
 気まずい沈黙(ちんもく)が訪れるも、美沙はニコニコと微笑を浮かべていた。さっき会ったばかりとは思えない、大きな感情が真一の中で(ふく)らんでいく。人生で経験したことのない、まったく分からないものだった。
 教室にいけば彼女はたちまち人気者。美沙を狙う男子は何人いるだろう。
「猫のゲーム、私もやろうかな。なんていうタイトル?」
「ネコ猫大騒動。フレンド機能あるんだけどさ……なるか?」
 さっき見せてくれたキョトン顔をしながら美沙は口を開いた。
「なんで疑問形なの? やっぱり……私が変わり者だから気を遣ってる?」
 いや、そうじゃ。真一は少しドモりながら言うも、美沙は残念そうにした。
「私、気を遣われるのそんなに好きじゃないんだよね」
「そんなつもりじゃ」
 さっきとは違う方向で気まずい沈黙が訪れる。
 気遣いが嬉しい人間がいれば、嬉しくない人間もいる。盛大な失言だったに違いない、彼女は口を閉ざしてしまって話そうとしない。端末を無言で操作している。何か言うべきだと分かっていた。
 色々な言葉が浮かんでくるが声にする勇気が無い。
 その時に、タイミングが良いのか悪いのか倉城が入って来るのだった。
「二人とも出番だ!」
 ある意味救われたのかもしれない。これから先、美沙は友達にはなれるだろうがそれ以上の発展は見込めないだろう。運が悪かったのだ、そう思うしかない。
 美沙がゆっくり立ち上がったのを見て、真一も腰を持ち上げた。
 すると予想だにしない出来事が起きた。美沙は突然真一の胸元に頭を寄せ、端末で内カメラにして写真を撮ったのだ。唐突(とうとつ)な出来事に唖然(あぜん)としていると、美沙は笑いながらこう言った。
「人生初自撮り」
 楽しそうにスキップしながら倉城のところへ向かう美沙を見ながら、真一は思う。
 転勤で疎ましく思っていた父に何かお菓子でも買っていこうか。
 美沙が手招きしている。さっきから膨らみ続けている感情の正体は相変わらず分からない。いつか分かる日が来るだろうか、真一は小さな笑みを浮かべながら歩き出すのだった。


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 幸い手に端末を持っていなかったから守るものはない。むしろそれが仇《あだ》となっているかもしれない。美沙は思う存分くすぐり続けた。真一は抑えられない笑いをなんとか制御《せいぎょ》しながら「マジでやめろって!」と何度も口にするが、美沙は真一の財宝を知りたくて仕方がない様子だ。
 さっきは嫌われたくないと言いながら何をやってるんだ、真一は大災害が起きている身体をくねくね動かしつつ、冷静《れいせい》にもそう思っていた。
「分かった、言うから!」
 ついに観念《かんねん》する。美沙はようやく解放し、ニコやかに真一の答えを待った。彼は背中を向けながら、呟くように言った。
「カラオケが趣味」
「へえ!」
 次に美沙が何を言わんとするか、これも想像は簡単だった。想像はこれまた簡単に現実になった。
「じゃあ、今度行こ。今日は喉のケアばっちりじゃないからさ。今夜予定あるし」
 下手の横好きである真一にとって、誰かとのカラオケはド級の緊張《きんちょう》を呼び起こすものだ。緊張したら上手に歌えないという悪循環《あくじゅんかん》もあって――いや待て。
 科学準備室より狭い部屋で美沙と二人きりの環境に耐えられるだろうか。しかもカラオケだ。美沙のことだろうから一時間では返してくれないだろう。
「俺は下手だからもっと上手くなったら一緒に行く」
「なんで下手だって思うの?」
「音域がそんなに高くないし、俺の歌い方はなんかこう……多分、女子ウケが悪いと思う」
 自分の声を録音して最近流行りの歌手と比べると野太く、上手というよりは咆哮《ほうこう》に近くなっている。採点でも表現力しか褒められないし、それもお世辞だろう。
「カラオケって上手くないと人と行っちゃだめなの?」
「いや、そんなことはないけど……」
「じゃあ行こうよ。私初めてなんだー、カラオケ行くの。家でよく鼻歌するくらい。楽しみ」
 真一の本音は巧妙《こうみょう》に隠されていた。下手だから一緒に行きたくないのは事実だ。だがその先にある感情を真一は気付いていた。美沙に、ヘンなところを見せたくない。
「面白いこと教えてあげる。よくさ、歌が上手くないって言われるミュージシャンでもファンってついてきてるじゃん。なんでだと思う?」
「応援してるからとか、その歌声だから良いとか。色々理由はあるんじゃないか」
 下手と評される歌手も、真一にとってはプロ級の上手さだ。
「そうだね、色んな理由があるね。けど知ってた? 応援するのも歌声がいいなーって思うのもかなり単純な言葉で言えるんだよ」
 なんだか背中を向けているのが悪いような気がして、真一は美沙の声を聞きながら身体を真正面から彼女に向けた。視線を合わせるもまだ慣れない。
「好きな人の歌声ほど魅力的なものはないんだ」
 ほんの僅《わず》か、一秒にも満たない時間。美沙の方が目を逸らしたのを真一は見逃さなかった。
 気まずい沈黙《ちんもく》が訪れるも、美沙はニコニコと微笑を浮かべていた。さっき会ったばかりとは思えない、大きな感情が真一の中で膨《ふく》らんでいく。人生で経験したことのない、まったく分からないものだった。
 教室にいけば彼女はたちまち人気者。美沙を狙う男子は何人いるだろう。
「猫のゲーム、私もやろうかな。なんていうタイトル?」
「ネコ猫大騒動。フレンド機能あるんだけどさ……なるか?」
 さっき見せてくれたキョトン顔をしながら美沙は口を開いた。
「なんで疑問形なの? やっぱり……私が変わり者だから気を遣ってる?」
 いや、そうじゃ。真一は少しドモりながら言うも、美沙は残念そうにした。
「私、気を遣われるのそんなに好きじゃないんだよね」
「そんなつもりじゃ」
 さっきとは違う方向で気まずい沈黙が訪れる。
 気遣いが嬉しい人間がいれば、嬉しくない人間もいる。盛大な失言だったに違いない、彼女は口を閉ざしてしまって話そうとしない。端末を無言で操作している。何か言うべきだと分かっていた。
 色々な言葉が浮かんでくるが声にする勇気が無い。
 その時に、タイミングが良いのか悪いのか倉城が入って来るのだった。
「二人とも出番だ!」
 ある意味救われたのかもしれない。これから先、美沙は友達にはなれるだろうがそれ以上の発展は見込めないだろう。運が悪かったのだ、そう思うしかない。
 美沙がゆっくり立ち上がったのを見て、真一も腰を持ち上げた。
 すると予想だにしない出来事が起きた。美沙は突然真一の胸元に頭を寄せ、端末で内カメラにして写真を撮ったのだ。唐突《とうとつ》な出来事に唖然《あぜん》としていると、美沙は笑いながらこう言った。
「人生初自撮り」
 楽しそうにスキップしながら倉城のところへ向かう美沙を見ながら、真一は思う。
 転勤で疎ましく思っていた父に何かお菓子でも買っていこうか。
 美沙が手招きしている。さっきから膨らみ続けている感情の正体は相変わらず分からない。いつか分かる日が来るだろうか、真一は小さな笑みを浮かべながら歩き出すのだった。